【第四章】私と侍、破壊と再生、そして、新しい生命へと繋がる環【三十五話】
西瓜侍を蹴り殺して翌朝の事だ。
私はトウフに呼ばれて、庭先に出る。
そこには綺麗な若葉色の双葉がいくつか芽を出していた。
うーん、昨日まではこんな芽なかったよな。
私があまりよくない予感をひしひしと感じていると、トウフがそれを言葉に出してくれる。
「これ、西瓜侍さんの種から発芽したんじゃないんですか?」
トウフがそんな事を言ってくる。
少なくとも昨日まではこんな芽なかったもんな。
しかも、西瓜侍を蹴り殺した付近にだけ、双葉が生えてきているから、その可能性は高い。
ってか、そうなんだろうな。
芽が出るにしても早すぎるけど妖怪相手だしな。
「ということは西瓜の芽か……」
将来的には、これが西瓜になるのか?
結構、大玉の西瓜だったよな、あの西瓜侍。
大玉西瓜を買うと高いし良いんじゃないか?
人型になられたら困るけど。
「こっからたくさんの西瓜侍さんが生まれて来るんですね!」
「うわー、想像したくない……」
トウフの言葉に私も渋い顔をするしかない。
しかしだ。
西瓜の蔓に襲われるトウフ、そして、西瓜侍に……
いやいや、強要するのは私の趣味じゃないんだよな。
そっちの趣味はないんだ。
「カズミさん、少し酷くないですか?」
私が渋い顔のまま物思いにふけっているとトウフにそんなことを言われる。
「トウフ、あのな、私も相手が刀を抜いていたら勝てないんだよ。刀を抜かれる前に倒す必要があったんだよ」
刀を持った妖怪がわんさかと湧いて出てこられたら、どうにもならないな。
先に除草剤でも撒いて先手を打っておくべきか?
でも、そうすると西瓜は食べれなくなるな。
「それは…… 確かにそうかもですね……」
一応トウフの中でも納得しているようで、それ以上のことは言って来ない。
「だろ?」
と、ついでにダメ押しもしておこう。
「この西瓜侍さん達はうちで飼うんですよね!?」
けど、トウフの発言に私も理解が追い付けない。
西瓜侍を飼う?
それも、達を? 複数を? 私にヒモを飼えってことか?
ヒモなんてトウフ一人で十分だよ。
いや、トウフはなんだかんだで稼いでいるから私のヒモじゃないんだけど。
「は? 飼わないよ」
うんうん、あんな不気味な西瓜は飼わないよ。
せめて美青年なら考えるんだけどさ。
「え? なんでですか!」
なんでって、なんでもだよ、トウフ。
君はかわいかったから、ついお持ち帰りしただけで。
そう考えると、なんでカラカサを持って帰ってきたんだ、私?
それだけは今考えも分からん。
それに、
「うちを妖怪屋敷にするつもりかよ」
だよな。
もうこれ以上は部屋が狭いって。
「西瓜侍さんを殺しておいてそれはないんじゃないんですか!」
そう言われると辛いところだな。
でも西瓜だしな。
敵意を向けてきた西瓜だぞ。
容赦してやるほど私は優しくないぞ。
「そうは言われてもな。侍っていうくらいだろ? 攻撃的な奴だったらどうするんだよ」
「それは確かに……」
私がそう言うとトウフも納得してくれている。
豆腐小僧はただ豆腐を持っている妖怪だけど、西瓜侍は名前に侍とついている以上、侍的な要素もあるんだよな。
そう考えると蹴り殺しておいて正解だったはずだよな。
「トウフ、おまえは私が斬り殺されても良いって言うんだな? 私は妖怪みたいに生き返れないんだぞ」
私がそう言うと、トウフは泣きそうな顔になる。
あー、トウフ、おまえ泣き顔も可愛いな。
「そ、それは……」
おたおたする姿まで愛らしい奴だ。
もう少しイジメたくなってしまうが、やめておこう。
トウフは愛でるものであってイジメたいわけじゃないんだ。
「わかったか。じゃあ、今日の味噌汁の分の豆腐を出して味噌汁作ってくれよ」
「はい、わかりました」
今や我が家の家事はトウフが取り仕切ってるしな。
金稼いでいるのもトウフなんだよな。実は私がトウフに飼われている状態じゃないか?
なにそれ素敵なんだけど?
可愛いらしい少年に世話されて養ってもらえるって最高かよ。
けど、これだけは注意しとかないと。
「それにうちじゃこれ以上は何か飼えないからな? トウフも変な妖怪を拾ってくるなよ」
これ以上変なの増えてもな。そもそも私の部屋はワンルームだぞ。
大学時代から使っていた部屋だぞ。
トウフとカラカサと一緒に暮らすのでも手狭なのにな。
引っ越すか? 流石にそうなるとな。
今の部屋は家賃安いからな。
でも、トウフの付け爪を売って得た収入があれば……
それも安定はしてないから無理だよな。
私がそんな事を考えていると、
「拾って来たのは全部カズミさんじゃないですか」
と、トウフから正論を言われる。
まあ、確かに。トウフを拾ったのもカラカサを拾ったのも私だ。
そして、スネコスリ改めスネカジリを飼おうと言い出したのも私だ。
「え? そうだっけ? そういえば、そうだったかもな」
少しとぼけるしか私にはできない。
トウフ、成長してきたな。
「ボクもカラカサさんもカズミさんに拾われてきたんですよ! スネカジリさんをペットにしたのもカズミさんですし」
私が弱腰になったせいかトウフもここぞとばかりに攻めてきやがる。
以前はトウフを簡単にやり込めていたのに、ほんと知恵をつけてきているな。
「確かにそうだな。わかった、もう拾わないから。だから、な? この西瓜の芽も後で毟ってしまおう」
この芽の数だけ侍になられたら流石にな。
「ひ、酷い!!」
あっ、本気で酷いと思ってるな。トウフ。
そ、そんな目で見るなよ。
と、とりあえず…… 本当に西瓜侍の芽かわからないし、後々考えようか。
後回しにした結果だ。
夕方トウフと買物がてらの散歩に行こうとしたときだ。
アパートの庭に変化があった。
既にソフトボールくらいの西瓜が実っている。
まだ色はそこまで濃くないが、西瓜独特の縞模様もでき始めている。
ええ、朝には芽だったけど、もう実がなっているのかよ。いくら何でも速すぎだろ……
しかも結構な量が実ってるぞ?
食えないんかな? これ。
「いや、まて、朝には双葉の状態だったよな、トウフ」
とりあえず実っている西瓜を見ながらトウフに確認する。
「確かにそうですが、まだ小振りですが西瓜、実ってますね」
トウフは頷きつつも、生命の力強さに感動しているようだ。
感動しているところ悪いけど、今日中にどうにかしないと、明日の朝には侍が収穫できちゃうんじゃないか?
それは流石にまずいよな?
「ご丁寧に顔まで浮き出ているじゃないか…… あの西瓜侍は顔なんか浮き出てなかったってのに」
しかも小振りの西瓜は全部人面西瓜だ。
西瓜侍に顔はなかったのに、なんで実った西瓜には顔が浮き出ているんだよ。
うっわ、気持ち悪い……
「凄いですね、西瓜って朝に目が出て夕方には実をつけるんですね!」
「いや、これが妖怪由来だからに決まってんだろ」
トウフはそんなことを言って未だに感動しているようだけど、妖怪だからだよな、こんなに成長速いの。
どうするかな、この西瓜。
下手に処理すると、またトウフに拗ねられるしな。
「なるほど!」
トウフはそう言って人面西瓜を楽しそうに観察している。
どう見ても小学生の自由研究だな。
少しの間そんなトウフを見ていて私は閃いてしまったよ。
「あ、これ、スネカジリに食べさせようぜ」
「え?」
と、トウフが今まで見たことのないような絶妙な顔を見せる。
トウフもどう反応していいかわからないみたいだな。
「流石に人面西瓜を食べる気になれないし、スネカジリの食費も浮くし、良いじゃないか」
うんうん、スネカジリの食費が浮くし、また種巻けば勝手に生えてくるだろうしな。
「えぇ……」
信じられない物を見る目でトウフは私を見上げてくる。
な、なんだよ、トウフ。そんな目で私を見るなよ。
けど、私の考えていることは、
「小振りだけどもう種あるんかな? あるなら永久機関だな」
と、いうことだった。