【第四章】私と侍、破壊と再生、そして、新しい生命へと繋がる環【三十四話】
家に帰った後、カラカサに一連の話をすると、
「それは西瓜侍という妖怪でありんす」
と、その妖怪の名を教えてもらえた。
いや、見たまんまだな、西瓜侍って。
「あの方が西瓜侍さんだったんですか!」
と、トウフが驚いて見せる。
トウフ、トウフさんよ。その名前を知っているなら、見ただけでわかるだろ?
トウフさんよ? 本当にそのまんまだろ?
「どんな侍だよ」
本当に妖怪って奴は訳が分からないな。
頭が西瓜の侍。
名は体を表すを地でいく妖怪だよな。
トウフなんて豆腐持ってなければ、豆腐小僧とはわからないぞ。
ただのかわいいらしい少年でしかないぞ。
「あちきもあまり詳しゅうは知りんせん。西瓜の頭を持った侍で夕方ごろに姿を現すとしか…… あん方も妖怪連合に所属していたんでありんすかねぇ」
カラカサはそう言って首をひねる。
いや、どこが首かわからないけども。
ただピンク色でどぎついメイクした目と口が付いて、美脚を持った傘が傾いているだけだけども。
しかし、トウフどころかカラカサも詳しく知らないとなると、何者なんだ? 西瓜侍。
「割らずにもぎ取って食えばよかったのか?」
今思うと中々大玉の西瓜だったじゃないか。
あんな大玉、ブランド西瓜なら五千円くらいするんじゃないか?
そう思うと、もぎ取ればよかったか?
失敗したか? 冷やして食べれば美味しいしな。
「毒はありんせんと思いんすが、妖怪の頭部を食べるつもりでありんすか? 主さんはどこまでも酷いお方でありんすね」
トウフどころかカラカサにまで引かれてしまったようだが、まあ、いい。
トウフに軽蔑されそうになった時は、若干焦ったが、カラカサからなら、問題ないしな。
「そうか? 西瓜は西瓜だろ……」
トウフの豆腐も食べれるんだから問題ないだろう?
今日おまえが飲んだ味噌汁の具も、トウフが出した豆腐だぞ?
旨そうにトウフに食べさせられていたくせに、今さら何を言っているんだよ。
「ボクも一歩間違えればあんな風に……」
ただトウフはカラカサとは違う方向で引いているようだ。
「安心しろ、トウフ。トウフは愛でるだけだぞ。一歩間違えても違う意味で食われるだけだ」
うんうん、私に子供を蹴る趣味はないよ、流石に。
ただ愛でるだけだよ。
そ、それ以上の事なんて望んでないからな!
な、ないよな?
でも、最近トウフを見ていると、ギュゥって無性に抱きしめたくなってくる自分がいるんだよな。
可愛すぎるんだよ、トウフの奴がさ。トウフが悪いよ、うん。
「ほんに酷いお方でありんすね……」
カラカサが更に私を軽蔑して、白々とした視線を送ってくるがそれは私の知ったことじゃない。
「西瓜侍、西瓜侍ねぇ、どんな妖怪なんだ?」
でも少し気になる名前だよな。西瓜侍って。凄いインパクトだよ。
ちょっとスマホで調べてみるか、どれどれ?
「詳しゅうはあちきも知りんせん」
「うーん、スマホで調べてもよくわからんな」
スマホで調べてもカラカサが言っていた、夕方ごろ現れて、頭部が西瓜の妖怪としか出てこなかった。
マイナー妖怪なんか? 名前の割に。
一度聴いたら忘れないだろ? 西瓜侍なんて名前はさ。
「そんな貴重な妖怪をカズミさんは……」
いや、待て、トウフ。
私は殺してない、いや、殺したか? 殺しちゃったよな? あれは?
「仕方がないだろ? 刀持った奴が口上を述べて啖呵を切ってきたんだぞ? 内容も敵対するような物だったし」
そうだよな。
あの口上を長々と聞いていたら、刀を抜かれて斬りかかれていたかもしれないんだぞ?
流石に刀を抜かれたら、私でもどうにもできないぞ。
私はな、買ったばかりのジャージを西瓜臭くしてまで、トウフ、おまえを守ったんだぞ。
後から思うと、そうだった。そうだったに違いないぞ。
けど? 私の言葉を聞いたカラカサはある程度納得してくれたようだ。
「それなら仕方ありんせんのかもしれんせん」
そう言って、私に向けていた軽蔑の目を少しだけ緩める。
「だろ?」
「そうなんですか?」
トウフは少し納得できない、といった感じだ。
ただそんなトウフを諭すようにカラカサが言い始める。
カラカサ、お前良い奴だったんだな。
「西瓜侍とはいえ、侍は侍。侍が口上を述べたのであればそれは敵対すると宣言しているようなものでありんす。口上中の不意打ちはいただけんせんが」
それだって刀を抜かれる前に倒さないと、っていう私の危機管理能力がなせたことだよ。
口上が長すぎてイラついたからじゃないよ。
「そう…… なんですね。カズミさんも無作為に妖怪を殺して回っているわけじゃないんですね」
そう言ってトウフは落ち着いた様子を見せる。
「トウフ。お前は私を何だと思っているんだ?」
少し誤解があるが、確かに私は庭でミントを枯らすような女だが、そんなガサツってわけじゃ……
ないよな? うん、ないない、そんなわけがない。
「そんな事よりも、素麺を茹でましょう!」
とりあえずトウフの機嫌が戻ったから良いか。
でも、意外とあっさり納得したな。
「ああ、うん?」
トウフが余りにも簡単に機嫌を直したので、私の方が微妙な気持ちだ。
「どうしんしたか?」
そんな私を見てカラカサが心配でもしたのか聞いてくる。
「西瓜侍を蹴り殺して、トウフに軽蔑されたかとそう思ってたけど……」
素直にそういうと、
「西瓜侍に敵意があったとわかって納得できたのでありんしょう」
と、カラカサは答えた。
妖怪だからか? 案外納得できればその辺の倫理観とかないのかもな。
「そんなもの?」
「妖怪はそんなものでありんすよ」
確かに妖怪だもんな。
あまり気にすることじゃないのかもな。