【第四章】私と侍、破壊と再生、そして、新しい生命へと繋がる環【三十三話】
首無しの死体? 死体なのか? まあ、頭部がなくなって生きていられる生物の方が少ないよな。
じゃあ、死体なんだろうな。
庭先に転がった死体が地面に溶けるように消えていく。
体だけではない、安っぽい着物も擦り切れた履物も、偽物の刀もすべてが幻のように消えていく。
それで私も気づく。
ああ、変質者じゃなくて妖怪だったんだと。
「トウフ、妖怪だよな? この西瓜頭」
と、トウフに聞くと、トウフは少し私から距離を取った上で、
「え? いえ、ボクも知らない人です」
と、そう言った。
むむ? なんでトウフは私から距離を取った?
まあ、変質者、ではなく妖怪相手とはいえ、口上中にいきなりハイキックするのはまずかったか?
いや、でもな、相手も相手で刀ぽいのを腰にぶら下げていたし、それを抜かれて本物の刀だったら流石にわたしに勝ち目はないからな。
仕方なかったんだよ。
口上を述べるっていうことは攻撃する意思があるってことだしな。うんうん。私は間違ってない。
「そうなの? いや、でも妖怪は妖怪だろ? 消えていったぞ?」
だけど、トウフの知り合いじゃなくてっよかったよ。
私はさ、変質者だと思ってその素顔を拝んでやろうと、そう思い西瓜を割っただけなんよ。
殺すつもりは私にもなかったんよ。
まさか西瓜の下に何もないとは思わないじゃん?
そのまま、地面に消えていくとは思わないじゃん?
「ですよね。人間ではなさそうですけど……」
ですけど、なによ?
トウフ。
何か言いたいことがあるなら、言いなさいよ。
「やっちゃったもんは仕方ないでしょう? 私もまさか死ぬとは思わなかったし」
うんうん、まさかまさか、そのまま消えていくとは思わないじゃん?
「え? 妖怪を殺して置いて、仕方ないで済ますんですか?」
妖怪のトウフからしたら私は同族殺しってか?
いや、まあ、そうなんだけど、そう考えれば確かにトウフが私から距離を取るのも分かる話か?
けど、どうすればよかったって言うんだよ。
あんな口上を述べるって言うことは攻撃の意思ありってことだろ?
しかも相手は刀を持ってたんだぞ?
それを蹴り殺したからって何だって言うんだよ。
「じゃあ、私に妖怪を殺しましたって、交番に自首しに行けっていうのか?」
そんなことしてみろ。
お巡りさんに可哀そうな人を見る目で見られちゃうぞ。
逆に心配されちゃうぞ。
「そんな事は言ってないですけど……」
トウフはそう言って私と目を合わしてくれない。
うっ、想像以上に来るものがある。
でも、トウフも知らない妖怪って言ったじゃんか。
そこまで引かなくても良いじゃないか。
「トウフ、おまえ、引いているな?」
私は強がってそう言うと、トウフも強気に反論してくる。
「そ、そりゃ引きますよ! 妖怪を殺して逆ギレしているんですから!」
もっともなご意見だよ、トウフ。
「ま、まあ、妖怪のトウフからしてみれば、そうかもしれないな」
私は強がりつつ、どうしようか考える。
トウフに呆れられることはあっても、ここまで引かれることはなかったからな。
どうすべきだ?
私はどうすべきなんだ?
「カズミさんは罪悪感とか感じないんですか?」
トウフが、あのかわいらしいトウフが、蔑むような目で私を見てくる。
いや、これも良いぞ。トウフ。
そんな目で見て来るトウフも可愛いじゃないか。
そうかそうか、トウフ。おまえは凄い逸材だよ!
そんなことを考えていることを知られたら、更に軽蔑されそうなので、
「うーん、夏なら、このかすかに残る西瓜の匂いで感じているぞ」
私がそう言うと、トウフは呆れた目で私を見てきて、
「そ、そうですか……」
と、心底呆れかえった目でそう言った。
ああ、良い。新しい扉開いちゃいそうだよ、私。