【第四章】私と侍、破壊と再生、そして、新しい生命へと繋がる環【三十二話】
トウフとの散歩を終え、スーパーで買い物を終えてアパートに帰ると、アパートの庭先に誰かが立っているのが見えた。
まだシルエットだけなんだけど、そのシルエットが変だ。
すらっとしたシルエットで服は恐らく和服で着物。
着物といっても高い感じのではなく、安っぽい感じに遠目では見えた。
まだお祭りの季節でもないだろう浴衣でも着ているのではないかと。
私はそんな事を考えていた。
けど、私の視線がそのシルエットの頭部に行った時、そんな考えは吹き飛んだ。
頭部が真ん丸だったから。
頭部だけ真ん丸な形をしている。
人間の頭部よりひとまわり、いや、ふたまわり程大きな真ん丸なのだ。
何かおかしい、そう思いつつもアパートまでたどり着くと、頭が真ん丸だった理由がわかる。
シルエットの人物はやはり安物の着物を着ていた。
浴衣ではないが、似通った感じはする。
そして、何よりも頭部が西瓜そのものだ。
大玉の西瓜が男性の頭部の代わりに乗っている。
もう暑くなってきてから、こういう輩も出て来るよな、それくらいに私は思っていた。
西瓜で作ったマスクを被る変質者が出たのだと。
あと、偽物だろうけど刀のような物を腰に刺している。
だから、ちょっと警戒していたってのは私にもある。
その輩は私に向かい立ちはだかり、背筋を伸ばし、足を開き、腰の刀に手を当てて、私の方を見つめる。
ついでに、本当に見つめられたかは不明かもしれない。
西瓜のマスクではなく、本物の、そのまんま無加工の西瓜で目や口を取った飾りもなかったから。
緑と黒の縞々の果実に、なんだか睨まれているように思える。
その西瓜男は高らかに私に向かい口上を述べ始める。
「拙者、幼き折より弓馬を嗜み、十にして兵法を学び、十五にして初陣を果たし、以後幾度の合戦に身を投じ、討ち死に覚悟の忠義を貫いてまいった者にござる。身は藁に伏すとも、心は金に勝るとの覚悟を抱き、命を惜しまず、武功を挙げんことを誓いし者なり。今、この刃、抜かずして収めんと思わず、この槍、振るわずして錆びさすことなかれと願い、いざ、敵前にて……」
「なげーよっ!」
つい出てしまった。
声もだけど、主に足が。
我ながら美しいハイキックだった。
美しい弧を描いた私の足は西瓜男の頭部にヒットする。
口上を述べるために顔? 顔か? いや、顔だよな。
それをこちらに向けていたのもある。
私には蹴ってくれ、そういう風に見えて仕方なかったのだ。
それに、刀か棒を腰から下げた輩だろ?
そんなもんに話しかけられたら、先制攻撃するしかないじゃないか。
しかも、相手は口上に夢中になっていたのか隙だらけだ。変質者の癖して隙を晒す方が悪い。
で、まさしく会心の蹴りを放ち、西瓜男の頭部に蹴りを命中させたわけだ。
西瓜がはじける。
真っ赤な果汁と黒い種、甘い匂いを辺りにまき散らして、西瓜がはじける。
割れた緑と黒の皮と赤い果実が辺りに散っていくのが見えた。
私は少し夏を感じたね。
西瓜男がそのまま地面に倒れ込む。
私は西瓜男の素顔を見てやろうと思って、覗き込んだんだ。
でも、なかったんだ。
西瓜男の頭部。
蹴りで砕けた西瓜以外、何もなかったんだよ。
首無しの着物を着た男がアパートの庭に転がったんだ。