【第四章】私と侍、破壊と再生、そして、新しい生命へと繋がる環【三十一話】
最近の趣味は何か。
そう聞かれたら、トウフとの夕方の散歩だ。
それしかない。
相変わらず私はダラダラとニート生活を送っている。
というのも、まだ私の死相が完全に消えたわけではないらしくて、それを聞くと何かに打ち込む気にもなれないのよね。
のめり込みやすいタイプなんで、一度ハマると時間を忘れて、それにハマっちゃうんだよ、私って。
だから、趣味だったBLの創作を今始めるのは、本当に命に関わるんだよ。
死相が消えてから、ゆっくりとそのあたりのことは考えるよ。
それまでは脳内で、トウフをあんな目やこんな目に遭わせることにしているだけにとどめておくよ。
トウフを見ていればいくらでもネタは出て来るしな。
ああ、なんて至高の存在なんだトウフ、おまえは。
まあ、今はそんなことはどうでも良くて、最近の日課、といっても少しは外に出ないと健康に良くない、とトウフに言われて初めて趣味にもなったトウフとの散歩中だ。
特に決まったコースはなく適当に近所をほっつき歩いて、ついでに買い物して帰るだけだけどな。
「なあ、トウフ。どうだ、私の新しいジャージは」
そう言ってネット通販で買ったジャージをトウフに見せる。
着心地が良さそうなのを選んだら、前まで着ていた高校時代のジャージと似たようなジャージになってしまったが、まあ、気にしない。
誰に見せるでもないしな。
いや、こうやってトウフには見せるか?
私は新しいジャージをトウフにウッキウキで見せるんだけど、トウフの方は少し冷めた目で私を見てくる。
「カズミさん、なんでジャージなんですか? せっかく新しい服を買ったのに」
と。
今や、妖怪のトウフの方が、女の私よりもお洒落な気がする。
トウフもネット通販を覚えてから色々買っているからな。
うちには段ボールの山が出来ているくらいだ。
まあ、全部トウフが付け爪作成で稼いでいるお金なので私からは文句はない。
けど、わざわざ私がジャージを買ったのは、
「あれ……? トウフ、おまえジャージ好きって言ってたじゃないか!」
トウフが好きだって言ってたからなのに!!
いや、違うか、ただ単に動きやすい服が楽だからか?
「それは他の服を知らなかったからですよ! 確かにジャージは動きやすくて良いですけど」
トウフ、おまえは変わっちまったよ。
純情でなんにでも驚いていたおまえはもういないんだな。
「くっそ、カラカサの奴だな。アイツと一緒にファッション誌なんか読みやがって! 純朴なトウフが都会に染まって行ってしまうだなんて……」
まあ、私からしたら半ズボン履いてくれれば、それで問題ないけどな。
お洒落で可愛く着飾った子供も好きだし。守備範囲だし。
私がそんな事を考えていると、
「そもそも、ジャージって運動するときの服って聞きましたよ! なんでカズミさんは運動しないのに着ているんですか?」
と、トウフが急に刺してきた。
内心狼狽えながらも私は、
「今、散歩という名の運動をしているだろ?」
と、狼狽えていない風を装い私は答える。
散歩も運動には違いない。
私は何も間違っていない。
いや、私の人生間違いだらけだな。
そうじゃなければ妖怪と同居生活をしてるわけがない。
「え? えぇ…… 散歩が運動ってどうなんですか?」
トウフがそう言って、きょとんとした顔を見せた。
そうだぞ。トウフ。おまえにはそんな顔が良く似合う。
お前の知らないことは、まだまだこの世の中には溢れているんだ。
それをお姉さんの私が一つずつ、てきとうに、私の有利なように教え込んでいってあげるからな。
「いやいや、トウフ。散歩もちゃんとした運動だぞ」
「そうなんですか?」
得意顔でそういう私の話をトウフが既に信じている。
素直なことは良い事だが、あまりにもすぐに信じすぎじゃないか? トウフよ。
今までそんな可愛いなりしてよく無事だったな。
拾ったのが私じゃなかったら、今頃、色んな意味で食われたところだぞ。
「そうだぞ。散歩も二十分以上歩けば有酸素運動になるんだぞ」
私は得意げにスマホで検索し出てきた文章を読み上げる。
「じゃあ、もう少し遠回りして帰りましょう! このまま帰っても有酸素運動? にはならないですよ!」
トウフはそう言って回り道をするべく角を曲がる。
「あっ、はい……」
しまった、少しいらないことまでトウフに教えてしまった。
いや、まあ、部屋にいてもゴロゴロするだけだから、別にトウフと散歩してても悪くはないけどな。
「ついでに夜ご飯も買っていきましょう。もう夏ですし、素麺とか良いですね!」
確かにこの道はスーパーに通じる道だな。
トウフのやつ、そこまで考えていたのか?
それとも偶然か?
「素麺か、悪くないな。どうせ夏はなんだかんだで素麺を食べるし箱で買っていくかー」
そうだな。
素麺は茹でるだけでいいし、箱で買っておいて損はないよな。
「はい! そうしましょう! カズミさん!」
トウフも嬉しそうに賛同してくれる。
そこで私は一つ思いつく。
「素麺と豆腐を一緒に茹でたらダメか?」
手間がないだろ?
どっちを先に茹でても良いけど。
「な、なんてことを言うんですか! そんなの豆腐に対しても素麺に対しても冒涜ですよ!」
なんかトウフ的にはダメらしい。
まあ、確かに一緒に茹でたらどっちも似たような味になりそうだしな。
「ダメか?」
「というか、もう暑いですし、冷奴で良いじゃないですか」
トウフの提案に私も気づかされる。
もう湯豆腐の時期はとっくに過ぎている。
いや、トウフを部屋に連れ込んだ時に食べた豆腐がどうしても忘れられなくてな。
どうしても、こう、湯豆腐のイメージが強いんだよ。
「そういやそうだな。最初に食べた豆腐の湯豆腐が美味しかったからなー」
あの優しい味、暖かさ。
あの味に私は救われたよ。
湯豆腐が私の好物になったくらいだしな。
「そ、そうですか! えへへ、自慢の豆腐ですよ!」
提供元のトウフも嬉しそうだ。
トウフの持つ皿から沸くように出てくる豆腐、どういう原理なんだろう?
まあ、妖怪のやることだし、考えるだけ無駄か?
「トウフって絹ごし豆腐は出せないのか?」
「出せますよ!」
なんとなく木綿豆腐だったけど、なんだよ、絹ごし豆腐も行けるのか。
どちらかというと絹ごしの方が好きなんだよな。
「じゃあ、今日は絹ごしで冷奴にしようか」
そう言って、トウフは薬味の名前を言いながら、指を折り始める。
ネギ、カツオ節、ミョウガ…… と、名前を挙げながら指を折っていくトウフの子供っぽさはやっぱり可愛らしいよな。
「はい! それと素麺ですね!」
トウフの頭は既に素麺になっているのか、ニッコニコで答えて来た。
だが、私はそこで気づく。
「あー、素麺を箱買いするなら、ネットで注文した方が楽だな」
そもそも普通のスーパーじゃ素麺は箱で売ってないよな。
私はネット通販の会社で働いていたから、素麺を箱買いするって思考になってたけど。
普通は売ってないから気づかないよな。
けど、そんなことを知らないトウフは、
「またそうやって、すぐネットの力に頼ろうとする! スーパーに行けば買えるんですから今買いましょう!」
と、私を諫めてくる。
「重たいんだよ。女にそんな荷物を運ばせるなよ」
それと多分普通のスーパーには箱で素麺は売ってないぞ。
業務用スーパーとか行かないと売ってないんじゃないか?
けど、トウフの中ではそんな事はどうでもよかったらしく、
「ボ、ボクだって重い物持ちたいんですよ! でも、持てないんです!」
そう言って涙目になっていた。
そうか、無力なトウフは重い物も持てないし、持ったら転んじゃうからな。
「悪かった悪かったって、泣くなよ」
と、そう言って私はトウフを軽く抱き寄せてやる。
「泣いてません!」
トウフは強がってはいるけど、やっぱり涙目だ。