【第三章】私とスネコスリがフェレットでスネカジリ【二十六話】
「ゴミ袋持ってきましたよ! それで、どうするんですか?」
ちょっと楽しそうにトウフがゴミ袋を持って来た。
この状況下を楽しみ始めているな、トウフの奴。やっぱり精神も子供じゃないのか?
「とりあえず口を広げてだな」
私がそう言うと、
「はい! 袋の口を広げました!」
と、素直に指示通りにトウフは動いてくれる。
そして、次はどうしますか? と、そんな視線を私に向けて来る。
くそう、やっぱり可愛いな、トウフめ。
「で、そこに口が上になるように置いてくれ」
手でジェスチャーしながらら指定する。
もう自分でやった方が早いけれども、トウフが楽しそうにしているので、トウフにやらせる。
「こうですか?」
「そうそう」
結局はゴミ袋の口を広げて、床に置いただけだ。
でも、詳細を話すとスネコスリにまで伝わってしまうからな。
「こんなんで良いんですか?」
少し残念そうにトウフは私に聞き返して来る。
いや、うん、一気にトウフの奴、トーンダウンしたな。
私の思い付きの作戦にどんだけ期待しているんだよ。
「とりあえずはな? んで、傘立てから持って来たカラカサを……」
傘立てに刺さっている、見方によっては、傘立てから脚が生えているようにも見えるカラカサを持ち上げる。
コイツ、こんな寝方していて頭に血が上らないのか?
いや、そもそも頭もないのか?
ま、まあ、妖怪だしな。
深く考えるだけ無駄だよな。
「気持ちよう寝ているというのに、なんでありんすか?」
持ち上げるとカラカサはすぐに眼を覚ます。
「まあまあ、カラカサ。おまえもたまには役に立ってくれよ」
眠そうな目で文句を言ってくるカラカサを宥めながら、トウフが広げたゴミ袋の上にカラカサを置く。
ついでに寝ていたのでカラカサは、ストッキングや靴を今は履いていない。
艶めかしい生足が、ビニール袋の上に降ろされる。
「居候の身ゆえ、おまえさんが望むとあるならば…… で、何をすればいいのでありんすか?」
カラカサは不審そうな目を私に向けつつも、居候だからと、指示には従ってくれるようだ。
なんだよ、立場わかっているじゃないか。
そうだぞ、カラカサ。
トウフはなんだかんだで稼ぎ頭で、私はこの部屋の主だ。まあ、賃貸だけど。
カラカサ。おまえは何も役に立っていないんだ。
これくらい我慢してくれよな。
「ここに、立ってくれていればいいよっと!」
私はビニールのゴミ袋の上にカラカサを立たせた後、ゴミ袋の端を持つ。
「あい」
カラカサも訳も分からずに返事をする。
その一つしかない瞳は私に対して疑念の目を向けている。
そんな目で見るなよな。
「ほら、スネコスリ! 極上の脛がきましたよ!」
そして、私の脛に擦りついているスネコスリにカラカサの美脚を見せる。
一瞬、スネコスリが止まった、そう感じた後、物凄い勢いでスネコスリがカラカサの足へとすり付いて行く。
「あっ、一瞬でカズミさんからカラカサさんの脛へ、スネコスリが移動しました!」
「効果てきめんだな」
「何がおきているんでありんすか? 物凄い勢いで脚をまさぐられてやす」
トウフが感動したようにそう言って、私が想像通りとニヤリと笑い、カラカサが足を擦られ驚いた表情を見せる。
スネコスリの奴はカラカサの美脚に夢中のようだ。
「頬を染めるな! んで、後はこのゴミ袋を上に!」
私はそう言ってゴミ袋の端を引き上げて、カラカサごとスネコスリを捕獲する。
カラカサの美脚に夢中のスネコスリはゴミ袋の中に閉じ込められたことに気づいていない。
「カ、カラカサさんごとゴミ袋の中に!?」
と、トウフが驚いたようにそんなことを言う。
いや、これで他の事があるのかよ?
「なんでありんすか? あちきを捨てる気でいるのでありんすか?」
ゴミ袋の中から、カラカサの非難がましい声が聞こえて来る。
まあ、そう言いたくなるのはわかるよ。
なんせゴミ袋だもんな。
私がゴミ袋の持ち手部分をきつく縛っていると、
「いやいや、捨てるだなんてことはしないよ。スネコスリを言う妖怪を捕まえるのにだな…… うわ、ゴミ袋が凄い動き回っているぞ! トウフ二枚目! ゴミ袋を持ってきてくれ!」
袋の中で状況を理解したスネコスリがやたらめったと暴れ始めた。
ただ、牙も爪も持ってないのか、ゴミ袋を破けるようすはない。
それでも物凄い暴れようだったので、トウフに二枚目のゴミ袋を持ってこさせる。
「は、はい!」
トウフも大慌てで二枚目のゴミ袋を持ってくる。
スネコスリもゴミ袋の中で脱出不可能と分かってか、大人しくなったところで、カラカサにもちゃんと説明する。
「まあ、そんなわけだよ、カラカサ」
「訳はわかりんしたが、これからどうするのでありんすか? ずっとこのままでありんすか?」
カラカサは二重のゴミ袋の中から、悲壮な声をかけて来る。
でも、こう見ると粗大ごみにしか見えないな。
「明日というか、もう今日だな、ホームセンターが開いたら、フェレット用の檻を買ってくるから、それまでは、それでよろしく頼むよ」
ぶっちゃけもう一度捕まえられる気がしない。
非力だが素早すぎて人間には捕獲不可能だしな。
「わかりんした。居候の身ゆえ仕方ありんせん」
けど、カラカサは覚悟を決めたようにそう言った。
いや、捨てはしないからな。
なんのために拾って来たかもう忘れたけど。
なんでコイツ拾って来たんだっけ?
「そう暗い顔するなよ。相手が速すぎてこうするしかなかったんだよ」
まあ、嘘じゃない。事実だし。
「そうなんでありんすか?」
と、カラカサは私にではなく、半透明なゴミ袋からトウフの方を見てそう聞いてくる。
「ええ、まあ、一応は……」
トウフは少しだけ言葉に詰まりながら答えた。
なんで自信なく答えるんだ?
「なんでトウフに確認してんだよ。まあ、いいや。私は寝不足だよ。トウフ。十時になったら起こしてくれ、私は寝る」
私はそう言って、擦られなくなった脛の感覚に、どこかしら物寂しさを感じつつ布団の上に横になる。
横になると、急に眠気がやってくる。
「は、はい、ボクも寝不足なんですが?」
と、恨みがましそうなトウフの声が聞こえて来る。
「おまえら妖怪だろ? 寝なくて良いって言ってたじゃないかよ。私には睡眠が必要なんだよ」
布団の中からそう答えて、目を瞑る。
すーっと引かれるように意識が遠のく中、
「気持ち良う寝ることを知っちまった今、惰眠を貪ることの贅沢さが身に沁みんす」
と、ゴミ袋の中からそんなことを言うカラカサに向かい。
「惰眠とか言うな!」
と、突っ込む。
くそう、すんなり寝れそうだったのに。
「すいんせん」
「ボクも眠いので寝ます。カラカサさん。すいませんがスネコスリの事、任せました……」
そう言ってトウフも自分の布団の上で横になりすぐに寝息を立て始める。
私も似たようなもんだ。
「任せるも何も、ゴミ袋に入れられ、テープでぐるぐる巻きにされては何もできんせん」
悲しそうにそう言うカラカサの言葉を聞いている者は、すでに同じゴミ袋の中にいるスネコスリくらいだ。