【第三章】私とスネコスリがフェレットでスネカジリ【二十五話】
「なあ、トウフ。これを捕まえられると思うか?」
目を細めて多少見えるようになったとはいえ、相手は超高速で動く実体があるのかないのかもわからないような存在だ。
自分で言っていてなんだけど、こんなものを本当に捕まえられるのか?
「捕まえるって言ったのはカズミさんですよ」
私の腕を擦りまわる存在を茫然と見てトウフに聞くと、トウフは自業自得だというように言ってきやがった。
いや、確かに自業自得だけれども。
捕まえて、フェレットとして飼ってやるぞ、スネコスリとやら。
「じゃあ、私が全身を擦りまわされて、いいって事なんだな?」
とりあえずトウフに向かい、そう言ってみせる。
そうするとトウフは困ったような顔を浮かべる。
まだめんどくさそうな表情をしないだけ、トウフは素直で良い子だな。
「そんな事は言ってませんよ。でも、ボクじゃ無理ですよ」
まあ、トウフじゃ無理だよな。
ぶっちゃけトウフは細かい作業は得意だけど、運動神経はほぼ皆無だし。
何もない道でよく躓きそうになるし。
でも、躓くのは豆腐小僧としての特性とか言ってたっけ?
持っている豆腐を定期的にダメにするような話あったっけか?
まあ、今はそんな事どうでもいいか。
「細目にすれば確かに見えて、手応えもあるんだが、どうにもこうにも動きが速すぎる」
スネコスリの動きが速すぎてどうにもならない。
もちろん、運動神経が皆無なトウフにどうこうできる訳もない。
「速すぎますね」
と、トウフも目を細めて見て手を伸ばすが、見当違いのところを、わたわたと掴もうとしているだけだ。
相変わらず可愛い奴だな。
なんだこの愛らし動きは。
いや、まあ、それは置いといてだ。
「こう、掌に何かを感じた瞬間に握るけど、全然間に合わない」
手のひらにスネコスリが触った瞬間、掴もうとするんだけど、まるで掴める気がしない。
そもそも人間の反応速度では捕まえられないんじゃないか?
「まだ足を触らせておいて、手で掴もうとする方が良いんじゃないんですか?」
トウフはその様子を見てそう言った。
確かに、トウフの言うことは一理ありそうだ。
少なくとも足を擦られていた方が両手を自由に使える。
「やってみるか……」
とりあえず両足に巻いていた布団を剥ぎ取る。
そうすると瞬時にスネコスリは私の足に、脛に移動する。
姿形は小動物でもやっぱり変態フェチ妖怪なんじゃないか?
肝心の捕まえられるかどうかは…… まあ、無理だ。
確かに両手は自由になったけど、そもそもの反応速度が違う。
多分、私の指が閉じる速度よりも早くスネコスリは動いている様にすら思える。
人間が捕まえられる存在じゃないように思える。
「ダメそうですね」
トウフは見たまんまのことを言った。
「トウフの言う通りにしたのに!」
悔しかったのでトウフに八つ当たりをしてみた。
そうすると、トウフは責任を感じて、
「そ、そんなこと言わないでくださいよ!」
狼狽しながらそんなことを言った。
「冗談だよ。うーん、罠でも使わないと無理か?」
だよな。
そもそも素手で捕まえようとするのが間違いなんだよ。
文明の利器に頼ってこその人間だよな。
「罠ですか?」
と、トウフもその手があったか! と言う顔をしている。
「粘着テープでどうにかならないか?」
「どうでしょうか? あまり力は強くなさそうなので、ちゃんと引っ付けば逃げられない気もしますけど」
確かにこんなに早く動けるのに力はないんだよな。
粘着テープでも十分に捕まえられそうな感じだ。
「よし、どっかに粘着テープがあったはずだから……」
文明の利器の力! 見せてやるよ!!
「こ、コイツ、器用に粘着テープを避けてやがる! 思ったよりも知能がありそうだぞ」
粘着テープの粘着部分を外側にして脛の辺りに巻いてみたけど、器用にその部分だけ避けて来やがった。
今は主に腿の辺りを触られている。
腕には来ないあたり、やっぱり脚フェチなのか?
「相手は妖怪ですからね? カズミさんが相手にしているのは小動物じゃなないんですよ。そもそもボクとカズミさんの会話も聞かれているんですから、そりゃ避けますよ」
と、トウフに当たり前のことを言われた。
「そう言えば、完全にフェレットだと思い込んでたわ。妖怪だもんな。言葉を理解しておかしくはないのか……」
そういやこれも妖怪だった。
人語を理解できてもおかしくなかったわ。
完全に小動物的な何かで通じないものだと考えてたわ。
カラカサだって人語を話せるんだから、スネコスリとやらが人語を理解できても不思議じゃないよな。
「トウフ、なんかもっといいアイディアはないのかよ」
とりあえずいい案が思い浮かばなかったので、トウフに頼る。
「ええ!? 急に言われても困りますよ。ボクはただの豆腐を持っている妖怪ですよ! 何かできると思っているんですか?」
「トウフ、それ自分で言ってて悲しくならないか?」
ただ豆腐を持っているだけだなんて、自虐的なことを言って、と思ったら、
「ボクは豆腐小僧であることに誇りを持っていますので!」
と、トウフは胸高々にそう言った。
まあ、トウフも妖怪だからな。
「ああ、うん。要は無力で哀れなトウフってことだな」
私が憐みの目を向けてそう言うと、
「ボクは無力でも哀れでもないですよ! そういうこと言わないでください!」
少し怒ったように反論してきやがった。
豆腐を持っているだけなことに誇りを持っているんじゃなかったのか?
「なら、協力してくれるよな?」
私はそう言ってニヤリと笑う。
「え? なんですか、凄い嫌な表情してますよ?」
逆にトウフは怯えた表情を見せる。
「簡単だよ、トウフのかわいいあんよを囮にして捕まえるんだよ!」
トウフの絹ごし豆腐のように白く滑らかなあんよで、スネコスリの奴を釣れば一発よ。
どう捕まえるかは、まだ全く考えてないけど。
「ボクよりカズミさんの方が良いんじゃないんですか?」
トウフはそう言って自分の足と私の足を見比べてそう言った。
私的には幼さの残るまだすね毛の生えていないスベスベのトウフの足は魅力的だが? かなり魅力的なのだが?
「ええー、そうか、なんか照れるな…… って、もっと適任がいたわ」
ただトウフにそう言われて悪い気はしない。
トウフの奴め、なんだかんだで私の足を綺麗って言ってくれている事だよな。
へへっ……
って、うちには私なんかよりも美脚がいたわ。
完全に忘れてたわ。
「あっ、カラカサさんですね…… 確かに適任ですね」
トウフも納得の美脚だよ。
男か女かもわからんが。
でも、まあ、あの脚線美は完全に女だよな。
「うーん、ゴミ袋でいいか? ゴミ袋が破けるような力ないよな」
とりあえず、ゴミ袋ぐらいの大きさは必要だ。
そうなってくるとうちではゴミ用の袋くらいしかない。
スネコスリにゴミ袋を破ることはできるのか?
牙とか爪を持っていなければ、いけそうな気もするけど。
「どうなんでしょう? 何をやる気なんですか?」
「罠だよ。でも、今度は口には出さないぞ。聞かれるからな」
そうそう、ここでトウフに説明したら罠にかからなくなるからな。
「とりあえず、ボクは無力ではないので、ゴミ袋を取ってきますね」
そう言って、トウフはゴミ袋を取りに行った。
ゴミ出しはトウフの仕事だからな。
ゴミ袋の場所もトウフはちゃんと知っている。
というか、無力って言われたこと、気にしてんのかよ。可愛い奴め。
「私は…… カラカサの奴を、っと」
傘立て刺さっているカラカサを私は取りに行く。
見てろよ、スネコスリ。
捕まえてかわいいペットにしてやるからな。




