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【徒然妖怪譚】私とトウフの奇妙な共同生活  作者: 只野誠
【第二章】私と傘と美脚でハイヒール
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【第二章】私と傘と美脚でハイヒール【十九話】

「なあ、なんで浮世絵みたくなるんだ?」

 私はトウフにその理由を聞いた。

 何度描かせても、トウフが描く絵は浮世絵風な絵になる。

 いや、上手いんだけれどもさ。

「そう言われましても。ボクにはこういうのしか描けないですよ」

 今も付け爪に、恐らくは富士山と波の、それっぽい浮世絵風の絵を描き込みながらそう言った。

 あんな小さなネイルチップによくもまあ、あんなに細かく描き込めるもんだな。

 絵自体は私より上手いんじゃないか?


「悪うはありんせんでありんすが、あちきの趣味ではありんせん」

 カラカサもそれを覗き込みながらそう言った。

 カラカサの趣味はセンシュアルな感じで合わないよな。

「まあ、付け爪したらストッキングは履かないほうがいいしな」

 カラカサが少し残念そうにしているので、そのことを告げてやる。

 まあ、どっちかだよな。フットネイルかストッキング。


「そうなのでありんすか」

 カラカサが私に不思議そうに聞き返して来る。

「だって、普通に考えて引っかかるだろ? 破けやすいんだよ」

 私がそう言うと、カラカサはハッと何か気づいた様な表情を見せる。

「納得でありんす。どっちも捨てがとうござりんすが、仕方ありんせん」

 そう言って傘の部分を器用に動かして何度か頷いて見せる。

 そんなやり取りを聞いてトウフが、

「やっぱりカズミさんが描いたら良いんじゃないんですか?」

 と、言ってくる。


「うーん…… 今はやめておくよ、まだ死相が完全に消えたわけじゃないんだろ?」

 私あれなんだよな。一度描きだすと止まらなくなるんだよな。

 自分でも歯止めが止まらない感じで。

 だから、働き始めたら絵を描くことを辞めたんだし。

 せっかく会社を辞めて死相が消えかけているのに、絵を描いて死ぬのは流石に馬鹿らしいよな。


「まだ薄っすらと残っていますね」

 トウフは私の顔をじっと見つめてそう言った。

 まだ残っているのか、死相。

 これだけ自堕落な生活をしているというのに。

「ならやめておくよ。絵を描き始めたらはまっちゃうからなぁ、私」


「絵を描くのが好きなんですか?」

「そういう訳ではないんだが、頭の中のものを絵として残すのが好きなのかもな。人には絶対に見せたくはないんだけど」

 今の頭の中の妄想は何を隠そう、トウフ、おまえの事でいっぱいだぞ。

 お前が私の頭の中でどんなことをされているか、それを突きつけるだなんてことは、流石の私にも無理だ。

 いや、でも、ちょっとどんな反応するか見て見たいな。


「そうなんですね」

「そうなんだよ。というか、凄い技術だな。この波とか見たことあるぞ、こんな感じの波の絵を」

 あれ? 誰だっけ?

 浮世絵で有名な人いたよな。

 その絵にそっくりだな。

「ボクはそれを真似して描いているだけですよ」

 なるほど。


「じゃあ、違う絵も描けるんじゃないか? カラカサ、どんなのが良いかトウフに見せてやれよ」

「そう凝った物でのうて、美しゅう婀娜な物であれば……」

 婀娜ってなんだよ、婀娜って。


 適当にセクシーなものをスマホで検索して出て来た物をカラカサに見せてやる。

「これなんか良いんじゃないか?」

「素晴らしゅうござりんすね」

 やっぱり、カラカサは少し退廃的でセクシーな路線が好きなようだな。

 もしかして、カラカサってボンテージとか好きなのか?

 いや、似合いそうではあるが……


 とりあえず、そっち方面は置いて置いて、トウフにはパール仕上げされたネイルを見せてやる。

「わわっ、真珠みたいですね。桃色の」

「パール仕上げだから、確かに真珠だよな。ほら、花のデザインも入っているし、これを真似して描いてみろよ。パール仕上げも教えてやるからさ」

 そう言って私もネイルチップを一枚取る。

「はい!」


 で、出来上がった物を見て、

「うわ……」

 と、自然と声が出た。

「な、何ですか! カズミさん!!」

 トウフも自覚があるようで、何とも言えない顔をしながら抗議の声を上げている。


「いや、パール仕上げの浮世絵が出来上がったな、と。ある意味芸術点高いわ」

 なんだこれ、ある意味芸術的すぎる。

 完全にパール加工された浮世絵だぞ。

 トウフはなんでも浮世絵風に変換して描いてしまうのか?


「どちらからしても風情が台無しでありんす」

 カラカサ的にはあまり良くない出来らしい。

 確かにどちらの良さも打ち消し合っているようにも思える。

 一見だけしたら綺麗なんだがな。

 これもオークションに出しておくか。

「うぅ…… ボクには無理です。これしか描けません!」

 それだけ描いてくれていても良いぞ、トウフ。

 お前がうちの稼ぎ頭だ!

「まあ、売れるから良いんだけどな」

 私は身も蓋もない事を言って、トウフが描いたネイルチップを見る。

 うーん、なんだこれ?

 確かにカラカサの言う通り、浮世絵の良さがパール加工で消えてしまっているな。

 ただ、パッと見た目はすんごい良いんだよ。


「そう言えば、最初にトウフが描いた奴かなり高額で売れたんだよな。まだ金は入って来てないが、それで外食に行くか?」

 なんか、そろそろ旨いもん食べたいな。

 コンビニ弁当はもう飽きているしな。

「良いですね!」

 期待に満ちた目でトウフが賛同する。

 お前が稼いだ金だ。

 希望を言っても良いぞ。


「あちきは留守番してやす」

 私とトウフのやり取りを聞いて、カラカサは少し寂しそうにそんなことを言った。

 自分というものをわきまえているな。

 トウフとは違い、カラカサは精神も大人なんだよな。


「個室なら大丈夫だろ。なに食いに行く?」

 完全個室なら、まあ、平気だろ。

 ちょうど今は梅雨の時期だしな。

 傘くらい…… 唐傘を持ち歩く奴はいないか。

 まま、平気だろ。

「ラーメン、カレー…… えーと、えーと……」

 トウフは最近食べて気に入った物の名をあげて、目を輝かせだしている。

「おこちゃまかよ。こうなってくるとハンバーグも教えたくなるな」

 カラカサとは違って、トウフは見たまんま幼いんだよな。

 絶対ハンバーグとか好きだろ、トウフ。


「な、なんですか、それは!?」

 トウフはそう言って身を乗り出して来る。

 本当に食いしん坊だな、コイツ。

 じゃあ、今日はハンバーグにしてやるか。

「ちょっと待ってな、個室があるところで……」

 あれ? 完全に個室でハンバーグが食べれるところ…… 意外とないな。


「カラカサさんはなにか食べたい物ありますか?」

 トウフはウキウキしながら、カラカサにも要望を聞きだす。

「あちきでありんすか? あちきは…… パフェというものを……」

 乙女かよ、というか、女子かよ! ギャルか何かかよ!

「ギャルかよ。まあ、それならファミレスで良いか。個室があるファミレスなんてあったか? もう居酒屋で良いか。個室もハンバーグもパフェもあるだろうしな」

 ファミレスだと個室があんまりないんだよな。

 居酒屋で良いか。

 居酒屋なら絶対個室あるし。


「おおっ!」

「あっ、ダメか。トウフを居酒屋に連れて行くのは止められる気がするなぁ」

 問題はないんだろうけど、居酒屋にトウフを連れて行くだけで目立つよな。

 どう見ても子供だもんな。トウフは。

 うーん、とりあえず目立つのは避けたい。

 警察でも呼ばれたら、私の人生、終わるぞ。


「な、なんですか?」

「あちきではなく?」

 トウフは理解できずに、カラカサは勘違いで、聞き返して来る。

「居酒屋はお酒を飲むところだから、子供だとな。平気だとは思うけど、一応は避けておくか」

 それが良いよな。

 流石にトウフを連れて居酒屋は危険すぎる気がするぞ。


「ハンバーグ……」

 そう言って見るからにトウフは落ち込んでいく。

 まだ見ぬハンバーグに何を期待しているんだよ。

「ハンバーグはコンビニでもよくあるだろ」

「そうなんですか?」

 と、トウフは聞き返して来る。

 まあ、あれだよな。見た目的には茶色い塊だもんな、ハンバーグ。

「あの…… なんていうかな、平たい肉だんごの奴だよ」

「あれ、美味しいんですか?」

 と、トウフは少し懐疑的な目を私に向ける。

 私的には、不味くはないが好きでもないな。

 肉を食うなら、焼き肉かステーキの方を選ぶ。

「子供はだいたい好きだから、きっとトウフも気に入ると思うぞ。あっ、鰻でもいいな。個室もあるし」

 どこかいいところがないか、適当にトウフに返事しながらスマホを見ていると、鰻屋が目に留まる。

 個室あり、だ。

 ただ、少々お高い。


「う、鰻ですか!」

「豪勢でありんすな」

 鰻と聞いて、トウフもカラカサを目を輝かせる。

 これはもう決まりだな。

 鰻だ。今日は鰻を食べに行こう。

 まだ今日は店も開いている時間だ。


「値段も三人分、ちょうど釣り合うくらいでトウフが描いた爪が売れてるし良いだろ」

 手数料分いれるとその分くらいは赤になるが、まあ、良いだろ。

 なにせ、こうやってトウフは量産してくれているからな。


「鰻! 鰻です!!」

 トウフはそう言って鼻息を荒くしている。

「よし、行くぞ。カラカサは鞄に入っておけよ」

「あい」

 カラカサも愛想よく返事をする。


 その日、三人で、三人と言ってよいかは不明だけど、食べた鰻重は確かに旨かった。

 それだけは事実だ。







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