【第二章】私と傘と美脚でハイヒール【十八話】
「おまえさん、少し聞きたいことがあるのでありんすが?」
部屋でダラダラしていたら、カラカサに話しかけられた。
私は床に寝そべっていたので、見えるのはカラカサの足だ。
しかも、今日は網タイツかよ。
やけにセクシーじゃないか。
「ん? なんだ?」
そんなことを思いながら返事をする。
「フットネイルというものをご存じでありんすか?」
そんなことを聞かれる。
予想だにしなかった言葉だ。
フットネイル? フットネイルと来ましたか。
そういや一時期、大学生の頃は私もはまってたな。
社会人になって、そんな事やる暇なくなったけどな。
私はカラカサの爪先を見る。
手入れしてないだろうに、足の爪まで綺麗だな。
「あー、足の爪にネイルアートをしたいっていう訳か」
そんなきれいな爪を見ながら、どう反応して良いかは判断が付かない。
「あい」
と、カラカサは嬉しそうに頷いて見せる。
「まあ、傘の部分をいじるよりは平気そうだな……」
付け爪、ネイルチップをつけるだけだしな。
「ネイルアートってなんですか?」
そこで暇を持て余したトウフも話しに参加してくる。
「待て待て、こういう奴だよ」
私はスマホで検索して出てきた画像を、トウフとカラカサに見せる。
カラカサは嬉しそうに見つめ、トウフは驚いて見せる。
「え? 宝石でもつけるんですか? これ毒の爪だったりしませんか?」
驚いたついでにトウフはそんな事を言っている。
毒の爪って…… ああ、でも、ちょうど真っ黒な爪の画像もあるから、わからなくはないが。
「ああ、素敵でありんすね」
そんな爪までもカラカサから見ればあこがれの対象らしい。
お洒落か? お洒落がしたいんだな? カラカサ。
その気持ちは女としてわからなくもない。まあ、カラカサは性別不詳だけど。
「あっ、待て待て、大学生の時に私もやってたんだよ。足の付け爪、ネイルチップがまだあったはずだな…… ちょっと探してみるから待ってろ」
そう言って、タンスの中を漁りだす。
もう何年前だ?
でも、捨ててはないよな……
「付け爪って何ですか? カズミさん」
トウフはお洒落に興味があると言うよりかは、会話に入りたくてそんな質問をしてくる。
寂しがり屋だな、トウフ。
「文字通り自前のじゃなくて付けれる爪だよ。そこに絵を描いたりするんだよ。私は絵を描くの得意だったから自分で一時期自作してたんだよ。社会人になってからはさっぱりだったが……」
そう、なにを隠そう私は絵がそれなりにかける。
隠れてBL漫画を描いていたくらいだよ。
誰にも見せたことないけどな。今も実家とこの部屋の押し入れの奥にしまわれているけど。
描くまでは楽しいんだけど、それを人に見せるのがどうしても恥ずかしくて……
世に出したことは一度もないんだよな。
「カズミさん、絵を描くの得意なんですね」
そう言ってトウフが尊敬の眼差しを向けて来る。
悪い気はしない。
「まあな。あっ、あったあった。もう結構前だし、これ平気か? とりあえず、これで試してみろよ? 開封しちゃってるやつは流石にダメになってるよな、こっちの未開封ので試してみろよ」
既に開封してしまっているインクの瓶は、インクが固まってしまっている。
けど、未開封のはちゃんと液体のままで振れば瓶の中で揺れている。
使えそうではある。
それに直接爪に描くわけでもないし、ネイルチップに描いて貼り付けるだけだから平気だろ、多分。
何より相手は妖怪だしな。
「え? 爪にこれで絵を描くんですか?」
トウフはインクの瓶を受け取ってその中のキラキラと光を反射しているピンク色の液体を物珍しそうに見る。
「付け爪のほうにだよ。ほら、これこれ」
そう言って、足用のネイルチップをトウフに渡す。
「うわ、生爪みたいです……」
と、トウフは顔を歪める。
多少古いからな。確かにそう見えなくもない。
「言い方」
と、言ってネイルアートの一式をトウフに渡す。
会社は辞めたけど、今は私はする気が起きない。
なんていうか、今はマニキュアどころか化粧すらめんどくさいって思えてしまう。
少しだらけすぎか?
ニートになじみすぎか?
「カズミさんが得意ならカズミさんが描いてくださいよ!」
ネイルアート一式詰まった箱を抱えながら、トウフはそんな事を言う。
「カラカサの面倒はトウフが見る約束だろ?」
そう言ってトウフの訴えを却下する。
「ボク、絵なんて描いたことないですよ……」
んま、妖怪だしな。
そうかもしれない。
「誰に見せるわけでもないんだし、練習だと思ってな」
そうそう、子供とそう変わらない豆腐小僧のトウフは人前に出れるけども、唐傘に生足が生えているカラカサは人前には出せない。
お洒落しても見せられるのは妖怪相手だけだ。
「わ、わかりました……」
と、トウフは渋々ながらも、少し楽しそうに了承した。
多分だけど、トウフも絵を描いてみたかったんじゃないか?
そんな顔をしている。知らんけど。
でだ、トウフが描いた絵は初めて描いたという割には上手すぎた。
物凄い上手い。
色彩と構図が絶妙に噛み合い、見る者に江戸の風を感じさせる逸品だ。
「いや、上手いんだが、上手すぎるんだが、なんで浮世絵風なんだ?」
そう、トウフがネイルチップに描いた絵は浮世絵風の絵だった。
いや、上手いよ? 物凄く上手いよ?
芸術的なレベルの絵だよ?
さらに言ってしまえば、カラカサにも確かに合うと思えるんだ。
けど、なんで浮世絵風なんだ?
トウフが江戸時代生まれの妖怪だからなのか?
まあ、カラカサが気に入れば良いか。
ありかなしで言うなら、私はありだ。
なにせアートすぎる。
「え? 上手いですか! ボクも上手に描けたと思うんですよ!」
トウフも上手いと言われて嬉しそうだ。
だが、
「とても素敵な絵柄でありんすが……」
と、カラカサはお気に召さない様子。
そう、カラカサはなんていうか、あれだ。
和風な物よりも洋風なものを、しかも、ある一定の時代の、今はもう絶滅しているようなファッションがお気にいりらしい。
着物よりはドレス、ドレスよりは体のラインの出るような服が好きなようだ。
よく雑誌で、そんなページを見てうっとりとしているところを見る。
まあ、流石にそんな服を着られるわけないんだけどな。
だからこそ、憧れているんかね? ボディコンとか言うんだっけ? そんな派手な服装がカラカサはどうも好みらしい。
「カラカサさんの好みじゃなかったですか!? すいません」
「謝られる様なことではありんせん」
カラカサもそう言ってトウフに申し訳なさそうにしている。
二人とも良い奴だな。妖怪だけど。
「いや、でもこれはこれで売れるレベルの物じゃないか? フリマサイトにでも? いや、価値がわからんから、オークションにでも出してみるか……」
売れた。
物凄い高値で売れた。
まさか万単位になるとは私も思ってなかった。
あれ? トウフにこれを量産させれば、もう働かなくても生きていけるんじゃないか? これ?
とりあえず追加のネイルチップは買っておいた。