【第二章】私と傘と美脚でハイヒール【十二話】
私とトウフが、ゲリラ豪雨を見てコンビニの中へと引き返そうとしたときだ。
「あちきを使っておくんなんし」
という言葉が、雨音に紛れて聞こえて来た。
声のした方、四角いコンビニの建物の角から、艶めかしい生足がヌルリと出て来た。
「え? 足?」
あまりにも艶めかしくも美しい足にふと私も見惚れる。
その艶めかしく美しい足は、誘うかのように手招きの仕草を足で器用に再現している。
「な、なんですか」
トウフも驚いて、いやどちらかというと恐怖しているのか、私のジャージの上着の裾をギュッと掴んできた。
怖がる姿も可愛いな、トウフ。
にしても足。なんで足? しかも生足か。
痴女か? 痴女なのか?
もう大分暑くなってきたからな、そういう類もわくよな。
とりあえず女だよな?
きれいな足だもんな。
これで男だったら、いや、それはそれでありか?
いやいや、声は女の声だったぞ。
そう思って私は、トウフをコンビニの入口に残して、コンビニの角まで行く。
そこで私が見たものは……
円だった。
外周から中心に向かって線、というか、まっすぐな棒があり、中心から艶めかしい足が生えている。
訳が分からない。
「なんだこりゃ?」
と、私が言うと、トウフが寄って来てそれを見る。
そうするとトウフにはその正体が分かったのか、
「唐傘お化けさん!」
と、驚いた様な声を上げる。
その声と共に、手招きのような動きをしていた足が地につき、起き上がる。
私が円だと思ったものは、傘の内側だったのだ。
唐傘に一つ目と口がつき、そして艶めかしい足が生えた妖怪、唐傘お化けだ。
私でも名前は知ってる。
でも、何する妖怪だっけ…… うーん?
「あっ、あー…… トウフの知り合いか?」
と、私はトウフに確認する。
確認するまでもない気もするが。
「はい、妖怪連合の妖怪さんです」
妖怪連合ね。確か人間を怖がらせるための連合だっけ?
しかし、妖怪って、本当にいるんだな。
トウフは、まあ、人型だから半信半疑だったけど、唐傘お化けを見たら、もう妖怪がいるとしか言えないな。
にしても、
「ああ、うん。あちきを使えって…… 傘としてか?」
これを? 傘として使うのか?
人に見られたら変質者と私が思われるじゃなかよ。
「あい、そうでありんす」
「取っ手が足なんだが?」
持てないだろ、いや、持てたとしても持ちにくいだろ?
そもそも、この豪雨の中まっすぐさせるのかね?
「それが何か問題でありんすか」
「いや、持ちにくいんだろ? というか、この豪雨だとまともにさせないだろ」
私がそう言うと、唐傘お化けは少し悩んだあと、
「そうでありんすね」
と、そう言った。
「というか、なんなんだよ」
「あちきは唐傘お化けでありんす。豆腐小僧を心配して見に来んした」
あー、そう言えばそうだな。
妖怪仲間からするとトウフは行方不明になったようなものだからな。
「だってよ、トウフ」
そう言って、私はトウフの方を見る。
当のトウフはきょとんとした顔をするが、すぐに自分が心配されていたことに気づく。
「唐傘お化けさん、ありがとうございます。でも、ボクもう妖怪連合を抜けようかと思って」
ぺこりとトウフは唐傘お化けに向かい頭を下げる。
そんなトウフを見た唐傘お化けは、
「そうでありんしたか。では、あちきも抜けんしょうか」
なんてことを言い出した。
「え? 唐傘お化けさんまで? なんでですか?」
トウフが驚いたように聞き返す。
「あちきなんかがいても、しょうがありんせんから」
唐傘お化けはそう言って、遠い目をした。
一つ目で遠い目ってなんだよ、おい。
それはそうと、先ほどまで物凄かった豪雨が嘘のように止んでいる。
ただ、まだ雷がゴロゴロとなっているので一時的止んでいるだけかもしれない。
「あ、雨あがったな。とりあえず、立ち話もなんだから家に行って話すか?」
そう提案してしまった後で、私は少し後悔する。
こんな不気味な傘持って帰ってどうするんだと。
「いいですか? カズミさん、ありがとうございます!」
トウフは喜んでくれているみたいだが、私は言った傍から既に後悔してるぞ。
「迷惑でなければ伺いんす」
んー、迷惑ではないかもしれないが、不気味は不気味なんだよなぁ。