【第二章】私と傘と美脚でハイヒール【十一話】
トウフとの生活にも慣れた。
と言っても、トウフと出会ってから一週間しかたってないが。
トウフの前で鼻をほじっても、トウフに嫌そうな顔をされるだけで、もう何も言われなくなった。
もうそんな関係性だ。
え? 女として終わってる?
いや、まあ、その辺は触れないでくれよ。
自分でもわかってるし。
私はね、ミントを庭で枯らすタイプの女なんだよ。
ついでに自堕落な生活を三日したら、私は自堕落な人間になっていた。
ブラック会社で働いていたとはもう思えない。
正確にはまだやめてなくて有給消化中だけどね。
たまに手続きで行かなくちゃいけない時があってだるいだるい。
で、今は夜の十時過ぎだ。
もう子供は寝る時間だ。
私もそう思っていた。ただ、トウフは子供であって子供じゃない。
わかりやすく言うと、見た目は子供、頭脳は妖怪、だ。
トウフの話だと、夜の方が活動的になるんだと。
まあ、妖怪だしな。そりゃそうだよな。
言い訳を言うとならば、そんなトウフと共に暮らしていたら、私も夜型人間になっていたってとこ。
夕方になってから起き出し、朝日が昇ると寝る。
ダメだ、ダメ人間の鑑だ。
そんなわけで食うものがない。
今から食べる、朝ごはんか夜ごはんかもわからないが、とにかく冷蔵庫には何もない。
そんなわけでコンビニにトウフと二人で夜の十時過ぎに買い出しに来ているわけだ。
ついでに私は恥も外聞もないので、高校時代のジャージ姿のままだ。
流石に高校時代のジャージはまずいか?
私ももう二十代中盤だもんな。
まずいか? まずいかもなぁ。
でも、このジャージ着心地が良いんだよな。
新しく新品を買いたいと思っているくらいなんだけど。
「なあ、トウフ。今日はなに食いたい?」
コンビニの棚を眺めつつトウフに話しかける。
ただもう夜遅い事もあって、流石にコンビニの弁当の棚も疎らだ。
「カレー! カレーが良いです!」
トウフはそう言って目を輝かせる。
昨日、トウフがカレーを初めて食べて、はまってしまったようだ。
カレーについてさんざん質問攻めにされた。
そんなに聞かれてもカレーについて詳しくないぞ、私は。
「昨日もカレーだったじゃないか」
ため息交じりにそう言うのだが、
「だって、美味しいんですよ! いいじゃないですか!」
と、トウフは少し興奮気味にそう言った。
トウフよ、もうすき焼きの感動は忘れたのか?
すき焼きよりカレーなのか? 見た目通りにお子様舌なのか?
「まあ、良いなら良いけど。私はなに食おうかな。あー、そう言えばティッシュ切らしてたな。トイレットペーパーも予備あったか? ついでだし買っておくかぁ」
先に日用品のコーナーに行って、ティッシュとトイレットペーパーをカゴに入れる。
多少割高だけど、この辺りで二十四時間開いてるスーパーとかないんだよ、東京なのに田舎なんだよな。
まあ、店が開いている間に起きればいいだけなんだけどな。
どうにも、この生活に慣れると億劫でな。
やばいな。一週間でこれだぞ。
一ヶ月もニートしてたら、社会復帰できなさそうだぞ。
「コンビニってすごいですね。夜もやっているのに何でも売ってます!」
トウフも私について来て、目を輝かせながら棚の商品を見て回っている。
相変わらず可愛いらしい奴だな。
「まあ、そうだよな。便利だよなー」
確かに便利だ。
「明るいですしね」
確かに明るい。
「夜は明るくて良いよな。コンビニの光を見ると安心するもんな」
仕事帰りにコンビニの光を見ると安心するよな。
なんだろうな、あの感覚。
そんなことをボケーと考えてたら、なぜだかトウフはしょんぼりとしている。
そんなアンニュイな表情も可愛いぞ、トウフ。
そろそろ、トウフの相手役を決めて、私の妄想をはかどらせなくちゃな。
一週間自堕落な生活して、体力も大分回復して来たしな。
っと、それよりも今は、
「ん? どうしたトウフそんな顔して?」
なんでトウフはそんな顔をしているんだい?
お姉さんに教えてみなよ。
「カレー、売り切れてました……」
あっ、なんて子供らしくかわいらしい理由なんだ!
すごいぞ、トウフ。おまえは可愛すぎるぞ!
「そ、そうか、あっ、ほら、これなんてどうだ」
と言って、家系の監修ラーメンを手に取って、トウフに手渡す。
「中華蕎麦ですか」
トウフは少し訝しむ顔を見せる。
ラーメンはダメか?
「ラーメンだよ。コンビニのでも最近のは旨いぞ」
でも、やっぱり店で食いたいよな。
私は一人でもラーメン屋は入れるぞ。
気おくれするようなタイプじゃないしな。
ただ、それだけにコンビニのこういうラーメンは食べたことないな。
「カズミさんがそういうなら、今日はこれにします!」
「なら、私もラーメンにするか」
そう言って私もラーメンを手に取りカゴに入れる。
会計を済まして、コンビニから出ようとしたときだ、物凄い勢いで雨が降り始めた。
「は? なんだよ、この雨、ゲリラ豪雨って奴か……」
「凄い雨ですね。あっ、雷も鳴ってますよ」
まさに滝のように雨が降っている。
この中を歩いて帰る気は流石にない。
「傘持ってきてねーよ、止むまで待つか?」
一応、ビニール傘も売ってはいるがそれを買うつもりもない。
ゲリラ豪雨なら、それほど時間がかからずにやむことを私も知っている。
「そうですね、こんな土砂降りの中、帰るのは危険ですよ」
トウフと共にコンビニの出口で立ち止まりそんなことを話す。
「んだなー」
と、返事をして他に客のいないコンビニへと私とトウフは引き返そうとした。
その時だ。
何者かに声を掛けられたのは。