草むしりをしよう!
依頼があったアンダーソンの街につくまで、ギルドで提携している馬車で2時間かかった。
大きな麦畑があり、その内側には石造りの道と、レンガ造りの家が立ち並ぶ小さな集落がある、そんな美しい街並みだ。
馬車を降りて街を見まわしていると、早速、4匹ほどのデリューナガエルが街の中をぴょこぴょことはねているのが見えた。白い色をしていて、うっすらと茶色がかっている。高さは、私の腰の位置よりちょっと低いくらい。カエルとしてはあまりにも大きい。
「キャ!!ユビー、どうしよう!こいつら討伐するんでしょ!私できないよ!」
「落ち着いて、ミツ!」
私たちはぎゅっと抱き合っていた。すると、一人の威厳ある男性が現れた。
「もしかして、ノルディニア村から来た冒険者の方ですか?酷い有様でしょう。」
「あ、はい!私ミツキ・アマガハラと言います!そうですね、だいぶいっぱいいますが……頑張ります!」
「おお、頼もしいね、よろしく。私はアンダーソン町の町長、ジン・オーフェンだ。依頼の内容を確認しよう。」
「はい、草むしりと、デリューナガエルの討伐ですね。」
「そうだ。草というのは、このタコスミレ草のことだ。これが毎年発生しては、麦を食い荒らす草食のカエル、デリューナガエルを呼び寄せている。厄介なのは、タコスミレ草に近づくと、デリューナガエルは目にも止まらぬ速さで襲い掛かってくることだ。」
ジンさんは、タコスミレ草をがっしり握っていた。タコのようにツタがあるそれは鮮やかな紫色の花をつけ、かすかな腐臭がする。
こんな仕事、できるかな……優しさとかじゃなくてただの怖がりで、虫も殺せないような私に。
「心配いらないさ。何もデリューナガエルを殺す必要はない。この棒で殴りつけて動きを止めるだけでいい。
それに、冒険者ってわけではないが、腕の立つ助っ人を連れてきた。ほれ、挨拶なさい。」
町長のジンさんが後ろを向くと、10歳くらいの女の子がいた。その子は長い赤髪が特徴的で、手には13センチメートルほどの杖を握っていた。
「私、モモ。よろし……くね。」
「よろしくね、モモちゃん!」
「よォしく~」
「わ!喋った……!」
ユビキタスの声を聴いて、モモちゃんは飛び上がった。
「ハハハ。このモモは私の孫娘なんだ。魔法使いになりたいって頑張っとるし、街の誰よりも強い。だがどうにも臆病でな。仕事ついでに悪いが、連れて行ってはくれないか?足手まといにはならないはずだ。」
……私だって怖くて仕方ないのに!でも、やるしかないよね。ジンさんから、カエルと戦うための木の棒と、タコスミレ草を入れる麻袋を受け取った。
「わかりました。では、行ってきます。」
「夕方までには戻ってくるんだぞ。暗くなると危ないからな。」
「行こう、モモちゃん!」
私たちは、デリューナガエルが点々と蔓延る農道を進む。
「ねえ、ミツキさんは、どこから来たの?そのドラゴンは?」
私はちょっと考えて答えた。
「東洋って言われてるところだよ。それに、この子はユビキタスって言って、そこから連れて来たんだ。」
「へぇ~。」
ユビキタスについては、私から話すことはあんまりない。気づいたらそこにいたから。話題を変えよう。
「モモちゃんは、どうして魔法使いになりたいの?」
すると、モモちゃんはうつ向いて少し黙り込み、答えた。
「……死にたくないから。」
その若さで、そんなことを考えているなんて。
「そっか。何かあったの?」
モモちゃんは、言うか言わないか、悩んでいるようだった。
「私のパパはね、冒険者だった。ただの冒険者じゃなくて、勇者だよ。でも……」
彼女の顔には涙が浮かんだ。
「去年、エレメントスフィア?の調査に行って……帰って来なかったんだ。」
「そうだったんだ。」
どうしよう、かける言葉が見つからない。
「なゥほど、そうだよね。でも、魔法使いだって……」
「ユビー!やめて!」
私は、ユビキタスがモモちゃんに対して、何か言ってはいけないことを言いそうな気がした。
急いで制止すると、ユビキタスはしょんぼりと黙り込んだ。
「モモちゃんは、どんな魔法が得意なの?」
モモちゃんはすすり泣いていたが、ちら、と私の方を向いて笑顔で答えた。
「私ね、炎の魔法を使うのが得意なんだ!本当はお花の魔法とか、光の魔法とか……もっときれいな魔法を使えるようになりたいんだけどね……そうだ、今日練習した魔法、ミツキさんに見せてあげるよ!」
モモちゃんは、魔法のことになるとよく喋るんだな、と思った。
「どんな魔法なの?見てみたいな!」
小ぶりな杖を一振りすると、その先端から6枚の花びらを持つ、可愛い黄色の花が現れた。
「わあ!素敵!モモちゃんすごいよ!」
私は魔法が使えない。とても羨ましかったし、すごいと思った。
「でしょ!」
ユビキタスはまだしょぼくれていたが、その花をじっくりと眺めては尻尾を振っていた。
平坦な道を進み、道端でぼんやりしている4匹のカエルから少し離れた日陰に、タコスミレ草を見つけた。
「あ、モモちゃん、アレじゃない?」
「気を付けて!」
私は大きな草の根っこを掴み、しゃがんだ。結構簡単に抜けそうだ。もう少しで抜け……
するとその一瞬、背後にずっしりと重い、粘着質で、柔らかくて、冷たい感触。
……まさか!!
「う…………ぎゃあああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!」
自分でも信じられない声が出た。
ああ!キモい!!!!
せめてもの抵抗として木の棒をぶんぶんと回した。……ような気がした。
叫んでいると、全身から力が抜けた。
……
……ものすごい熱さを感じて目が覚めた。私は倒れていたみたいだ。
そして、真っ黒に焼け焦げたタコスミレ草と、脚を引きずってピョコピョコと逃げ去っていく、一匹のデリューナガエルを見た。ユビキタスは石垣の陰に隠れていた。
「モモちゃん、ありがとう……ごめんね。」
「いえ、ミツキさんが無事でよかった。」
本当にいい子だなぁ。
……あれ、というかこれ……私要らなくね……?気失ってただけじゃん。
討伐、モモちゃんの足手まといにならないようにだけ、頑張ります。
アンダーソン町で草むしりの依頼を受けた美月は、魔法使いを目指す少女モモと協力し、カエル討伐に挑む。今のところ全く活躍できていない美月とユビキタスだが、この依頼を成功させることはできるのか……?