冒険者ライセンスと初依頼
冒険者ライセンスには、冒険者を目指すための志望動機が必要だった。
でも、私はもともと、目的意識なんてもってこの世界に来たわけじゃない。
一旦、ハローワークから出ることにした。
「またの利用をお待ちしておりますー」
「ねえユビー、私は何を望んでると思う?」
「ミツ、そェは哲学ってやつかい?」
「私にはよくわからないや、そういうの。」
少し私たちは見つめあった。そのあと、ユビキタスが口を開いた。
「……ボクとミツは、ここに来ゥ、という目的を既に達成していゥね。」
「うん。」
確かにそうだ。私たちは、あの世界から逃れるために権能を得た。そしてここに来た、それについては特に理由はない。
「そうなゥと……」
「私がこの世界で冒険する理由は、この世界にしかないね。」
「そう、そういうこと。」
思い出とか、かな。
「私、ボルドーさんのために何かしたいと思う。」
「いいね、一宿一飯の恩、ってやつだね。」
「……ユビー、どこでそんな言葉覚えたの。」
「さぁ。」
私たちの、冒険者への志望動機はすんなり決まった。エリナさんの説明は長ったらしい……いや、丁寧だったからこそ、自分でも驚いた。
再びギルド、ハローワークに戻り、エリナさんに志望動機の用紙を出してもらう。
「『独りぼっちの自分に優しくしてくれた、親切なご夫婦に、お金をためて恩返しがしたい』と……いい動機付けですね。では、なぜアマガハラ様は独りぼっちだったのですか?」
異世界から来たから、なんて言えなかった。
「それでしたら、『東洋の煌洋共和国から、本国デリュージョニスタン連邦に身売りされ、雇用主の契約不履行につき働けなくなった』……という筋書きで行きましょうか。」
……うーん、お役所の人がそういうことしちゃダメだと思うんだけどな。気にしたら負けか。
「そういえば、この国ってなんて言うんだい?でゆー……なに?」
ユビキタスが私に耳打ちした。
「私も知らないや。聞くの忘れてた。」
「それでは、提出された資料を基にライセンスと関連文書が発行されるまで、この国のことをご説明いたしましょう。」
後ろの事務所にいる2人は呑気にお茶を飲んでいたが、エリナさんに書類を渡されると、スイッチが入ったようにキビキビと動き出した。
「この国は、デリュージョニスタン連邦といいます。今いるのは、その中でもゴールドスタイン領南西部、ノルディニア村ですね。
国土は四大侯爵によって分割統治され、北をナルキゾニア家、西をウォルナット家、南をゴールドスタイン家、そして東をカノープス家の領地とされています。
古代より4つの国だったのですが、約300年前の大戦が初代皇帝となったヨハン・オーソリアによって鎮められ、当時の四国王は強制的に和解。国土は統一されて連邦国家となりました。今でも第13代皇帝、グレゴリオ・オーソリア皇帝陛下がその四大侯爵領を間接統治しておられます。……こんなところでしょうか。」
「あ、えーと……ありがとうございます!」
とは言っても、人の名前が多すぎて正直半分以上聞いてなかった。
地図を見せてもらった。デリュージョニスタン連邦?の全体の形は、栃木県にかなり似ていると思った。
「ゴールドスタイン領の城下町なら、ここから馬車で3日週間程掛かります。皇帝直轄領でしたらおよそ180フィヌトなので、5日ほどあれば行けますが……あ、皇帝直轄領はここですね。比較的治安が良好なゴールドスタイン領と、ウォルナット領の間に位置しています。……ほかにご質問はございますか?」
地理や歴史の話はあまりよくわからなかったので、気になっていたことを聞いてみる。
「あの、この国では、お金はどうですか?」
下手な聞き方だけど、エリナさんはにっこりと笑って答えてくれた。
「この国の貨幣は、リューズといいます。およそ2リューズあれば、一本のパンが買えます。あとは……ふふ。だいたい10リューズでワイン一本ぶんですねぇ。」
なぜ今ワインの話をしたのだろう。
そうこうしてるうちに、ライセンスの発行手続きが終わったようだ。
「それでは、ギルド・ハローワーク ノルディニア村支部ギルドマスター エリナ・ブランシュの権限により、ミツキ・アマガハラ様に冒険者ライセンスを授与します。」
発行された小さな紙に、エリナさんが朱の認め印を押した。
「おめでとうございます。あなたを冒険者の一人として認めます。早速、依頼を受けていってくださいね。」
ライセンスと書かれたカードを受け取る。すると奥にいたおばさんが、依頼と思しき10枚程度の紙の束を持ってきた。依頼の内容は……
トウモロコシの運搬、荷馬車の警護、ゴブリンオオゴキブリの討伐、皇族行事の補助業務、草むしり、サファイアの指輪の捜索、盗賊の捕縛、伝説の剣の回収、グリーンノーズドラゴンの捕獲、エターナルスフィアの調査があった。
報酬がよさそうなものを見てみた。
「これはどんな依頼ですか?」
字を読むのが得意じゃない私はエリナさんに尋ねた。
「古代の伝承に登場する、エターナルスフィアについて調査し、報告書をまとめて皇帝陛下に献上する依頼ですね。成功報酬は最高額の620万リューズで、出来高によって増額される依頼となっております。ですがあまりに未知の部分が多く、多くの冒険者が命を落としておりますので、アマガハラ様にはおすすめできません。これとかはどうですか?」
エリナさんが指さしたのは、草むしりの依頼だった。報酬は40リューズ。
「まずは、草むしりの依頼はどうでしょうか。ここから近い隣町ですし、命の危険もありません。」
「草むしり……?冒険者がやるには、ずいぶん安全で簡単そうな仕事ですね。」
「草むしり自体は町民の方々で行えますが、あの辺りはデリューナガエルの大量発生地帯です。冒険者の方には、人手不足を補いつつ、襲ってくるデリューナガエルを討伐していただきます。デリューナガエルは大きくて数が多いカエルですが、さほど脅威ではありませんよ。」
カエルは嫌いだけど……やってみてもいいかな。お金のためだし。
「あ、場所が近いですし、こちらの依頼も同時受注されますか?つい昨日来た依頼なんですよ。」
伝説の剣の紙を、エリナさんは読み上げた。
「伝説の剣の回収。依頼者は……ゴールドスタイン領主、マルクス・ゴールドスタイン殿下。ええと、報酬は20万リューズ。
……我が領土内に、500年前の伝承の剣が眠っている。ゴールドスタイン軍の精鋭が向かうも、剣を入手することが不可能だった。その剣は魔龍を封じた勇者が、謎の生命体に襲撃され息絶える際、花崗岩に突き立てたものである。これを回収し、献上する者に褒美を授ける。ただし、回収に成功したにも関わらず献上しない者は、領主権限にて罰則を与える。」
勇者の剣……どこかで聞いたことあるようなお話だけど。受けてみることにした。
「草むしりと、伝説の剣の回収。2件の依頼を受注しました。それでは、気を付けていってらっしゃいませ。」
私は伝説の剣の回収……ついでに、カエル退治に出かけることにした。
「ミツ、初いァいだね!がんばろうね!」
「……うん。」
さわやかな、青臭い風が吹いて、私たちを包んだ。
ついにライセンスを獲得した美月。ついに初めての、依頼の受注です。
軍の精鋭でも回収できない伝説の勇者の剣……どこかで聞いたことある話ですね。