狩りに出かけよう
うう……見られた……最悪!!
親にだってここ数年見られてないのに!
頭のてっぺんからつま先まで。
しかも、あろうことか……ロルフ・インノケンティウスという男に!!
バタン!と大きな音を立ててドアを閉めた私は、赤面する顔を覆い隠す。
後ろにいたイレイナさんが、なだめるように言った。
「えっと、ミツキ……その、元気出して?その、ロルフってああ見えて根性なしだから、結局何もしないと思うわ!それに……あいつのことだから、どうせすぐ忘れるわよ!ね?」
その後にも、何か励ましの言葉をかけてくれたようだけど、何も耳に入らない。
私はうわごとのように繰り返していた。
「見られた、見られてしまった……一糸纏わぬ乙女の、甘美なるグラマラスボディを……」
「豊満……??ねえミツキ?寝言なら、寝てる時に言って貰えないかしら?」
「ふにゃあぁ……」
もう立ち直れなかった。ロルフさんは固まっていた。その反応は間違いない。見られた。
でもロルフさんって、背が高くて、スラっと手足が長くて……西洋の人らしく、いや、西洋の人の中でも、特に整った顔立ちをしている。正直、彼に助けられたと聞いて、少しドキッとした。
それほどまでに、顔がいい。
……だからこそ私は、余計に立ち直れなかった。
閉ざされたドアの向こうから、ユビキタスは私を揶揄った。
「ミツ……もうお嫁にいけない~」
「……うるさいぞクサ犬。」
直後に聞こえたのはロルフさんの声。
「な、なんだとー!オゥフさんがいじめゥ!ひどい!!」
「俺は、ロ・ル・フだ!やかましくて臭い犬め。」
私は急いで服を着ると、ドアを開けた……
ロルフさんは顔を赤らめて、私から逸らす。
「もう服着たから、その、大丈夫、です……私、気にしてませんから!」
本当は結構気にしてる。
あと、これは言っておかなきゃ。
「あと、ユビキタスはラ行が言えないんです、許してあげてください……」
そっぽを向いたまま、彼が呟くように言った。
「……そうか、ミツキ、俺の方こそ。さっきは済まなかった。それと、アンタがそう言うなら、クサ犬のことは許してやる。」
……偉そうな言い方!
「ムキー!!ボクはカッコいいドァゴンなのに!!」
「ハッ、ムキになってやんの。」
部屋の奥からはイレイナさんが声をあげた。
「ちょっとロルフ!ユビキタスちゃんに意地悪しちゃダメ!」
「……わーったよイレイナ!」
「お姉さまとお呼び!」
やれやれ、とようやく顔をあげたロルフさんと目が合う。でも、すぐに目を逸らされてしまった。
……目を逸らしたいのは、体を見られた私の方だってのに!
それとも、何か疚しいことがあったりして……もしくは、私が彼を捕まえようとしてたこと、知ってるの!?
まあ、考えたって仕方ないね。私頭良くないし。
「ほらロルフもミツキも、昼前に行かないと見つからないよ、ハツョンディキャヌャモヌィ!私は留守番してるから、行ってきな!」
そっか、ハツョンディキャヌャモヌィ!
何かの海産物らしいけど、それが何なのか全くわからない。
……でも、すっごく楽しみ!!
「さ、早く準備しましょ!ロルフさん!ユビーも!」
私はロルフさんの腕を掴んで、玄関口へと引っ張っていった!
「えっ、ちょ、ミツキ!?なんだよ急に!」
普段は冷静なロルフさんの声が高くなる。
「ハチョンデミニモニ、楽しみにしてます!」
「……あ、ああ。」
私は困り果てた表情のロルフさんを見上げると、ようやく目が合った。彼の喉元から、ゴクリ、と音が聞こえた。心なしか、顔が赤い……?いや、考えすぎかな。
「ちょっと待ってろよ、いま準備するから!」
ロルフさんが背を向け、古びた革袋に道具を詰める。
……この兄妹には、解決しなきゃいけない問題がある。それでも、今はこの町とこの町での冒険を、精一杯楽しみたいと思う。
弾むような動きで、軽装のプレートアーマーを身に着け、勇者の剣を革製の鞘に納めた。
支度を終え、家を出た私とユビキタスは、ロルフさんの案内で海岸線を進んでいった。照りつけるような日差しに、煌めく海が踊っているみたいで、美しい道だった。
「ミルファの海は良い。この入り組んだ海岸線には、洞窟が合って、浅瀬があって……人の手が入ってない場所も多い。この街で産まれた俺は、昔からよくここで遊んだんだ。」
「へぇ、良いところですよね!」
煌めく海。
「それでロルフさん、ハチョンなんとかもここに?」
「ハツョンディオオウミウシだ。危険な生き物だが、それだけにそのキャヌャモヌィは高値で取引されるんだ。普段は洞窟のでモゴモゴ蠢いている。」
「モゴモゴ……?キャヌャモヌィ……?」
私にはよくわからない言葉。
そんな話をしながら、私たちは小さな崖を慎重に降り、海に浮かぶ洞穴に辿り着いた。ロルフさんはランタンに火を灯す。
「洞窟は暗い。だからって、二度とクサ犬のフンを燃やそうなんて考えるなよ。」
ユビキタスがプリプリと怒っている。そんなに、クサ犬って言われるが気に入らないのかな。
「ボクはクサくないもん!!ドァゴンだもん!」
……いや、臭いし犬だよ?主に私のせいだけど。
「ひゃっ!」
そんなユビキタスを見ていた私は突然、足元の石に蹴躓いた。倒れそうになったところを、前方にいたロルフさんが振り返る。
「おっと、足元気をつけろ。」
彼は私の腰に手を回して、私を支えていた。ごつごつとした手の感覚。なんだか、不思議な気分だった。
「あ、ありがとうございます……!助かりました!」
彼の顔が近くにある。透き通ったヘーゼルの瞳に、よく通った鼻筋。
「……いや、すまない、俺のほうこそ。」
……なんで彼が謝るんだろう?助けてもらったのは私なのに。
ロルフさんはよく喋るタイプじゃないようだけど、なんだか気まずそうにした。なんか気の利いたことを話せればいいんだけど……
「ユビー、こういう時ってさ、何話せばいいんだろ?」
こそこそと、ユビキタスに話しかけてみる。
「『ねぇオゥフさん、私、重くなかった……?』とか?」
「なにそれ……『重くないよ』って言ってもらうの待ち?」
「まぁね。」
「見え透いててウザいかな。」
突然ロルフさんが立ち止まると、その背中が私の顔にぶつかった。
「なんだあれ……おいミツキ!ここは危険だ、何かがヤバい!」
「いててて……何かあったんですか?」
そこには、多くの棘が生えた、大きな……ウミウシ?
長さはバイクくらいある。それがざっと8頭、所狭しと、まさにモゴモゴ蠢いていた。
ウミウシなんてテレビでしか見たことないけど、あんなに刺々していたっけ?
「ハツョンディオオウミウシが、こんなに集まっているなんて!」
「死んだ……ってこと?」
「いや、生きている。ハツョンディオオウミウシは、本来は群れをつくる生き物じゃないんだ。」
「でも……なんか集まってますね。あれ?真ん中に何かありますよ?」
暗くてよく見えないけど。
「おい待てよ、アレ……ハツョンディキャヌャモヌィか!?」
「あの落ちてるのが、その……」
「ああ。噂には聞いていたが、もしかして!」
……噂?
その時、洞窟の中で蠢いていたナントカウミウシの1頭が、私たちに気がついた!あの触角に、まるで目があるように!
「おいミツキ!逃げるぞ!全速力だ!」
ウミウシたちが、私たちの方に向かって一斉に、ぞろぞろと動き出した。ウミウシとは思えないほどの速さ。本気で走らないと、追いつかれてしまいそう。
「ロルフさん!一体何が!」
「話はあとだ!」
そうして洞窟の入り口まで、走って逃げ戻った。
なんとか、ウミウシたちを引き離すことかできた私たち。
「ヤツらが囲んでいたあれは、死んだハツョンディオオウミウシのキャヌャモヌィだ。」
「そんな、なぜ……?共喰い?」
キャヌャモヌィがなんだか分からないけど、今はどうでもいい。
「食いはしないが……まあそんなところだ。キャヌャモヌィはあらゆる生物を魅了する香りを出す。」
「なんで、それが危険なんですか?」
ロルフさんは、深刻そうな表情をした。
「腐ったハツョンディキャヌャモヌィの臭いを嗅げば、魅了どころじゃない。どんな動物でも……正気じゃいられないんだ!」
「それで、私たちを襲ったということ?」
「ああ。元々凶暴な動物だが、本来は見境なく人を襲う生物じゃない。敵意に敏感なんだ。勿論、俺達には敵意なんてなかった。」
「じゃあ、なんで……?」
「おそらく……あの腐ったキャヌャモヌィを、ここに放り込んだヤツがいる。」
「ひどい……いったい誰がそんなことを!?」
ロルフさんはため息を吐いた。
「この洞窟を手に入れたい連中の仕業に違いない。そういう依頼もあったしな。」
ハツョンディキャヌャモヌィが食べられるのは、まだまだ先になりそう。
うっかり裸を見られ赤面するミツキであったが、ロルフの案内で、ハツョンディキャヌャモヌィを作り出すデカすぎウミウシ、ハツョンディオオウミウシが棲む海辺の洞窟に向かう。しかし一行が目にしたのは、腐ったハツョンディキャヌャモヌィを囲み、凶暴化したハツョンディオオウミウシ。
その犯人は、洞窟を我が物にせんとする勢力だという。それにしても、ハツョンディキャヌャモヌィとは一体……??




