港町ミルファと青年ロルフ
(前話のあらすじを掲載させていただきます。)
捜索対象であるサファイアの指輪が盗難されたとして、ロルフという冒険者がギルドの討伐対象に指定される。。
美月はロルフを討伐せよという依頼のため、港町ミルファに向かうことを決意した。
ノルディニア村からミルファ市への現実的な移動手段は徒歩のみ。美月とユビキタスは、大きな森を越える。
やがて日が沈み、夜になる。
冒険者にとって最も重要なのは、夜を照らすランタンの灯火だった。しかし、火打ち石を手に入れた美月には燃料の用意がなく、当然森の木々は湿っていて使い物にならない。
苦肉の策として用いたのは、なんと……ユビキタスの半乾きうんちだった。
眠れないほどの悪臭を放つうんちランタンを頼りに、2人は目的地ミルファ市を目指して夜の森を進むのだった。
……くさい!ヴォエッ!!
視界が眩むほどの悪臭を放つランタンを提げ、私たちは夜の森を進む。
目を瞑れば、そのまま気絶するだろう。そう思わせるほどの、不快感がゔおぇっっ!!
……ダメだ、思考が続かない!
とにかく、西に歩く。西に、西に……西オロロロロロロ
胃に突き上げる何かを放り出す。少し、気が楽になった。
そして、ひたすらに進む。その繰り返しだった。
やがて、私たちの背後に太陽が昇りかけて、空が白み始める。
私は勇者の剣で、土に穴を掘った。そこにランタンの中身を捨てて、土を被せる。
大きく息を吸った。
進む先には、朝日を纏って、まるで金属のように煌めく海が見えた。
……私たちは、この夜に勝ったんだ!
優しい朝日に照らされてようやく、ユビキタスが死んだような顔をしているのが見える。フラフラと、おぼつかない足取り。
「ユビー、大丈夫?」
「……あと、どェくァい……かかゥ?」
今にも消え入りそうな、か細い声だった。
ごめんね、ユビキタス。
でも大丈夫。私たちなら、進める。
「ねえ、海が見えたよ。大丈夫。私たち、ちゃんと進んでこれたんだよ。」
……もう、周りに何があるかなんて、どうでもよかった。西の海へ。太陽が昇る、反対側へ。
ユビキタスが、バタン、と倒れた。私のせいで、だいぶ無理させてきたもんね。
……うわ、くっっさ。
私は、中型犬くらいの大きさのユビキタスを抱えて、一歩一歩進んだ。重い。でも、足はまだ動く。動く。
動く。
これは……街の、入口……?
……あっ。
バタン。
目が覚めるとそこは、薄暗い木造の建物の中だった。
ところどころ穴が空いて、木の切れ端で塞いであるような、簡素な古い家。それでも、ホコリっぽくはない、よく手入れされた部屋。
私は、床に敷かれた薄い布の上に、白い麻のシュミーズを着て横たわっていた。部屋の隅には、持っていた道具と、剣と、鎧が置かれていた。
いつの間に着替えたんだろう。
……それに、一体誰が?
隣では、ユビキタスが汚いイビキをかいて寝ていた。
起き上がって小窓の外を見ると、太陽が高く昇っていた。いまは昼なのかな?
ぐーっと全身に力を込めて、背筋を伸ばす。胃も、頭も、痛い。私もユビキタスもまだ臭いが残っていて、きっとこの部屋は酷い臭いだと思った。
すると、コンコン、とノックする音。
「はいー」
「あ、起きた〜?」
柔らかな印象の、若い女性の声が聞こえた。ギィ、と音を立ててドアが開く。
銀色の長い髪と、ヘーゼル色の瞳をした、細身の女性。古くても清潔そうな、茶色のショールを纏っていた。
「うわくっっさ!!!!あ、失礼〜」
「あー。……えと、すいません。」
まだうんちの臭いが残っているみたい。こんな状態で部屋に上げてもらったことに、ものすごい罪悪感があった。
「いいのよ〜。ところで、あなたどこから来たの?もしかして、東洋?」
「そうかもしれないですけど、ノルディニア村です。」
「ええ!あの森を超えてきたってこと!?あなたたち、凄いのね。魔物とかいなかった?」
魔物が出るとは聞いていたけど、遭遇はしなかった。
「偶然、遭いませんでした!」
「そうなの?しっかし、この臭い、酷いわね……そういえば、伝承で聞いたことあるわ。ドラゴンのフンの臭いは、魔除けになるって。」
会う人は皆、ユビキタスのことを「ドラゴン」と呼ぶ。そのうんちの臭いを山に撒き散らして進んだんだから、魔物には遭わなかったわけだ。
「そうですね、ドラゴンのフンを焚いて、森を越えました……」
「うわぁ、本当にやる人っているんだ!!凄いわね!!えーと、お名前、聞いてなかったわね。」
ドン引きされながら名前を聞かれたのは、初めての経験だった。
「私、ミツキ・アマガハラって言います!」
「ミツキね……私は、イレイナ。イレイナ・インノケンティウスよ。よろしくね。」
インノケンティウス姓……どこかで聞いたような。
「イレイナさん、あの、ここは……?」
「港町ミルファの郊外よ。空き家だったけど、今は弟と一緒に暮らしてるの。」
「ミルファ……?私たち、ミルファに着いたんですね!」
「ええ、そうよ。よく頑張ったわね、おめでとう。」
イレイナさんの目を見て、私は笑った。
「あなたたち、この近くの茂みで倒れてたの。今朝弟のロルフが見つけて、2人で連れてきたのよ。」
ロルフ……もしかして、ロルフ・インノケンティウス?
「ねえロルフ〜!ミツキちゃん、起きたわよ!」
イレイナさんが、ドアの向こうに向かって大声で呼ぶ。
「イレイナ、ちょっと待って!今行くから…!!」
「……お姉様とお呼び?」
仲の良さそうな姉弟。私にはそういうの、なかったからなぁ。
すると、ドアを開けて入って来たのは、銀色の短い髪の、背の高い男性だった。お姉さんと同じヘーゼルの瞳。
「ロルフがお粥作ってくれたわ。よくやった、弟。」
「……ああ。ミツキって言うのか、お前。」
無愛想に見えるが、その手に持ったトレーには、大小のミルクパンが入ったお粥と、水があった。
「……昨日から、何も食ってないんだろ。そこの犬みたいなドラゴンのは、塩を薄くしてある。」
ロルフと呼ばれた青年は、無表情なままそう言って、食事を置いていった。
「うちの弟、ちょっと無愛想だけど……ああ見えて気が利くのよ。……ねえロルフ!ミツキちゃんにもっと愛想よくできないの!?」
「あははは……いえ、いいんです、それより、ありがとうございます。こんなによくしてくださって。」
遠くから、
「別にいいだろイレイナ!」
と聞こえた。
「お姉様とお呼び!」
と一喝すると、イレイナさんは続けた。
「ところでさ……ミツキちゃんって、彼氏、いるの?」
へ??
「へ?」
「いや、彼氏とかって」
「へ?」
「いるのかなって……ミツキちゃん、臭いけど可愛いし。」
「へぇ?」
臭い……ちょっとショック。
「えーっと、いる?」
……へ?
「……いない、です、けど……」
そういうの、無縁だったと言うか。考えたこともなかった。
「ああ、ごめんね!急に。ただ一応ね、聞いてみたほうが良いかなって。ロルフのヤツも年頃だし。」
「その……それが、どうかしたんですか?」
「な、何でもないのよ!私ったら、こういうの首突っ込みたくなっちゃうのよ〜」
イレイナさんがどうしてその話をしたのかはわからないけれど、私はお粥をいただくことにした。
「ささ、驚かせちゃってごめんね!冷めないうちに食べて!」
「ありがとうございます、いただきます!」
木のスプーンで、温かいミルク粥を1杯掬った。顔を近づけると、温かいミルクの香りが、鼻の中をふんわりと伝っていく。
……ちょっと自分と、ユビキタスとの臭いが気になるけど。
口に運ぶと滑らかで程よい塩気が染み込んでいった。胡椒の香りが優しいミルクの風味に、どこかフルーティーで、それでいて心地よい爽やかさを添える。
美味しい。それに、昨日はちゃんとしたものを食べなかったから、余計心身に染みた。
「どう?美味しい……?」
「はい!すごく!」
「ロルフが聞いたら、泣いて喜ぶね。」
「そんなに……?」
「うん!あなたのこと、アイツがいちばん心配したんだから!」
そうなんだ……私には、とても彼が貴族のお宝を盗んだとは思えなかった。
ミルクがよく染み込んだパンを、次はスプーンで潰して取る。柔らかなパンからミルクが流れ出て、美味しそうに渦を巻く。
ミルクがひたひたになったパンを口に入れると、すこしザラついた麦の優しい香ばしさと、こってりとしたミルクの塩味が重なっていた。
美味しい。パンを歯で、舌で、潰す感触を楽しんだ。うう、なんだか、涙が……
「美月ちゃん……そんなに美味しかったの?」
イレイナさんが苦笑いした。
ミルクパン粥を食べ終わった。
ドアの向こうにいたロルフさんと目が合った気がしたけど、サッと目を逸らされてしまった。
「それでさ、ミツキちゃん……このミルファには、何をしに来たの?」
イレイナさんの口から唐突に繰り出された、何気ない質問。
しかしそれは、私には最も都合の悪いものだった。
私の目的……それは、イレイナさんの弟、ロルフさんの討伐。
……でも、そんなこと言えるわけない!!
必死の思いで港町ミルファにたどり着いたミツキとユビキタスは、郊外で慎ましく暮らす姉弟、イレイナとロルフに助けられる。恩人である2人に感謝する美月であったが、本当の目的、ロルフの討伐のことなど言えるはずもなく……
ユビキタスは、まだまだ汚いイビキをかきながら寝ていた。
補足1: 本人はもう忘れてるかもしれませんが、美月も献上するべき伝説の剣を持って逃亡した罪人です。
補足2: 罪人である美月は、依頼の受注権を失っております(美月はこのことをまだ知りません)。そのため、ロルフ討伐依頼をこなしてもその報酬は貰えませんし、美月は捕まります。
補足3: ミルクパン粥 全粒粉のパンは1cm角に切って食べるのが一般的です。米粥よりエネルギーが多いらしい。




