プロローグ 天ヶ原 美月の旅立ち
・この作品は同作者による、「廃神 -権能の街-」という作品の世界観をもとにしたスピンオフ作品です。
スピンオフ元に登場する人物、台詞がありますが、「廃神 -権能の街-」の内容とは全く関係ありませんので、読んでいなくてもご安心ください。
・異世界転移要素があります。
ヘンな形をしたオブジェがあった。
私はそのオブジェに触れて、不思議な声を聞いたんだ。
その声には、ゾクゾクっと鳥肌が立つような怖さがあった。でも、なんだか安心感があった。
その人?はこう言っていた。
「願いは聞かれた。邪神が権能を神に代わって授けん。」
すると、そこには不思議な模様が浮かび上がった。
円形の模様を空と月と地面が囲んでいて、中央には三重丸が見えた。
何故か知らないけれど、私はその模様が「世界を創造する力」を指し示していると直感で理解できた。
これは、私の、夢のような、現実と夢のお話。
私が邪神さんから貰った、不思議な力のお話。
私、天ヶ原美月。
神流町にある、通信制高校の1年生。
今いるここは、お家の押し入れの中。私が快適に過ごすために、よくお掃除はしてるから、案外カビ臭くはないんだよ。
昨日は不思議な体験をした。私に授かった力は「世界」らしい。よくわからない。
「ねぇユビー、これって一体なんのことだと思う?」
「ボク、わかんないや。でも、ミツは人にできないことができゥようになった、それはわかゥよ。」
そして隣にいるこの子は、私の相棒。ユビキタスって言うの。
本人曰くポメラニアンって犬種らしいけど、ウサギみたいな顔をしているし、人語でよく喋る。
でもラ行が上手く発音できないのが最近の悩みなんだって。もともと上手く言えてたことないのに。
私のパパはお仕事でアメリカに行ってるらしい。ママはお仕事…って言ってるけど、ユビキタスが言うんだ。
「ママは毎回夜になると違うお友達を連ェてくゥだなんて、まったく、そんな仕事あゥのかい?」だって。
私はいつも優しいママのこと信じてるから、嘘はついてないと思う。ユビキタスはたまに冷たいことを言う。
でも、ユビキタスみたいに警戒する気持ちはよくわかる。
ママも男の人を連れてくる時は、いつもよりかわいくて綺麗な格好してるんだ。
私にはそれが不思議だった。でもちょっと羨ましかった。
あと、去年くらいに怖いことがあって。
前に、ママが家に男の人を連れてきたの。ママが言うには会社?の人らしくて、なんというか…結構イケメンだと思っちゃった。
ママは、「人が来るときは隠れてなさい。」って言うから、隠れてた。でもその時はすごくお腹が空いてて、つい音がでちゃったんだ。
ママが他の部屋に入ったのを見計らって、物音を聞いたその人が押し入れをいきなり開けて、私に声を掛けたんだ。
「君が美月ちゃんだね。お母さんから話は聞いてるよ。もし良かったらこっちに来てくれないかな?」
私は押し入れから這い出て挨拶した。
そしたら、私の手を握ったと思うと、その人は私の服の中に手を入れてきたりした。
「美月ちゃんって、すっごくかわいいね。」
きっと、私に酷いことをしようとしたんだ。
本当に怖かった。何をされるのかわからなくて、怖すぎて声も上げられなかった。
そんなところにママが戻ってきた。すぐにその人をフライパンで叩いて、追い出したんだ。
ちょっとやりすぎだな、って私もユビキタスも思ったけど…
あの時、私はママに守られてるんだ、って感じたの。
でも、もうあんな思いしたくない。
だからそれ以来、ママが男の人を連れてくるときは、押し入れに隠れて、もっと静かにしてる。
そうするように、ママと、ユビキタスと、約束したんだ。
でも、昨日の晩は、ママはお酒を飲んで帰ってきた。ママはいつも優しいけど、一人で酔っぱらってる時のママは、まるでママじゃないみたい。
「帰ったわよ!夕飯くらい作ったらどうなの!」
作って置いといたじゃん。私お料理下手だけど。
「押し入れにばっかりいないで出てきなさいバカ美月!そんなだから友達出来ないのよ!」
やだ。それにユビキタスだっているし。
「あんた聞いてるの?無視してないで返事しなさい!」
聞いてるけど、答える言葉がないの。
「私の育て方が間違ったんだわ。こんな普通じゃない子。」
普通じゃないのはわかってる。ママにそれを言われたくない。
「知らない!あんたなんか、ずっと隠れていればいいのよ!」
色んなことを言われた。ママが元のママに戻るまでは、見つからない場所にいよう。
「ねえユビー、隠れるにしても、押し入れ以外のところが良くない?どこに行こうか。」
少し間をおいて、ユビキタスが呟いた。
「じゃあさ、その、世界のケンノーってやつ、やってみゥ?」
「うん。」
ユビキタスは大胆だ。私はびっくりしたけど、期待もあって即答した。
「そェで…ミツはどんな場所に行きたいんだい?」
「わからない。でも、ママも他の人もいない場所がいい。」
「そうしようか。」
「待って!やっぱり1人は嫌。」
「わかった。どうせなァ、楽しいとこォはどう?」
「いいねユビー。私……そうね、冒険がしてみたい。」
「なゥほど。ボクも一緒に行きたいな。」
「もちろんよ。ユビーがいないと始まらないよ。」
「うェしい!そェで、ミツは何になィたい?」
少し呼吸を置く。
「私ね、勇者になりたいな。」
「勇者か、いいね。」
「ユビーはお供のドラゴンね!」
「ははっ!なにそェー、すごく楽しそう!」
「いくよ、ユビー。」
私は願った。途方もなく遠くて、大きい何かを感じながら。
魔法と冒険と夢の世界が、いま生成されていく。
なんだかすごくドキドキする。
いま私達がいる世界が1つ。こうして出来た私の世界が1つ。
どちらも本物で、ちゃんと存在しているんだ。
静かに、胸に手を当てて深呼吸する。
目を閉じると、底も壁も見えない深いプールの中にいた。
とても綺麗。水面はあまりにも遠くて見えないけれど、陽の光がゆらゆらと煌めいているのがわかる。
まるで水圧がないみたいに、私は泳げないのに、なぜかすいすいと進んでいける。
プールの中には小さな泡がたくさんあって、そのそれぞれに違った景色が見えた。
その中で、スイカくらいの、ひときわ大きな泡が2つ。
片方の大きな泡を覗くと、私たちがいた押し入れが見えた。
そしてもう片方の大きな泡には、草原と、お城と、大きなドラゴンが見える。
きっとこれが、さっき私が創った世界だ。
私達は、その泡に飛び込んでいく。
光と、泡と、水に包まれて、私たちは異世界へと足を踏み入れた。
「始まゥんだね。なんだかわくわくすゥよね!」
「うん!行こう、ユビー!」
私たちの世界へ!
はじめまして。混川いさおです。
天ヶ原美月はスピンオフ元「廃神―権能の街―」でもキーパーソンとなりますが、その少し前のお話です。本編に登場する前に彼女の冒険を書きたくなったのは、ただの気分です。
闇が深い話とかじゃないと思います…