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(休載中)その恋は味確認  作者: makase
2 波乱万丈作戦実行
8/8

8 出会いの記憶は痛烈に

『なに読んでんの』


 たったの二十と数年しか生きていない人生で、いままで友達になった奴ら一人ひとりと仲良くなったきっかけなんてのは、しっかりとは覚えてはない。大体は話している内に気が合って、話す回数が多くなって友達になっている。だから、きっかけについての記憶なんて曖昧だったり朧気だったりするものだ。細かいことなど覚えてはいない。人間関係なんてそんなもんだろう。

 けれど、ソイツとの出会いは、数年たった今でもはっきり思い出せる。

 その日はなんだか一切授業内容が頭に入ってこなかった。手に持ったシャーペンをくるくると回してみたり、窓から校庭で行われる体育の様子を覗いてみたり、授業を聞かずに教科書を後ろから捲ってみたりしたけれど、一向に気分が晴れることは無かった。その内段々と気分が悪くなって、俺は保健室に行くと教壇に立つ教師に告げた。

 教師の承諾を得て廊下に出たものの、けれど俺の足は自然と保健室と逆方向に向かっていた。中学生の頃はこんな風に堂々と授業をサボったことなんて一度もなくて、はっきり言ってドキドキした。漫画やドラマのフィクションの中ではサボりが横行しているけれど、俺の中の現実は違う。俺の通う高校にはサボる生徒なんて今のところ存在していない。だからサボりは俺にとってちょっとしたファンタジーみたいな、それでいて少しスリリングな行為みたいに思っていた。

 渡り廊下を通って中庭へと足を向ける。中庭は校舎や職員室から少し離れている。だから授業中にこっそり訪れても、サボりがばれることはないだろう。安直な考えで向かったその先に、けれど先客が、ベンチにゆったりと寝ころんでいた。

 爽やかな五月の風に、黒髪がさらさらと靡いている。今思い返しても馬鹿馬鹿しい感想だけど、それは本当に絵になる光景だった。まるで絵画の一枚のように、大木が作り出す木陰を日よけにして、長い脚を組んで寝そべっている様子は、うっとりするほど綺麗だった。

 サボりを決め込んでいる当の本人は、俺が来たことなんかちっともお構いなしに寝ころんで、文庫本を眺めている。彼は気だるげでアンニュイで、それでいて、はっと目を引く容姿だった。奴の学年もクラスも分からない。俺はまだこの高校に入学して一か月、かろうじてクラスメイトを覚えたくらいだったから。

 俺は初対面の相手に慣れ慣れしく接するタイプじゃない。それなのに、気が付けば無意識のうちに声を掛けていた。何を読んでいるのかと。まるで奴の底知れない魅力に誘惑されたみたいに。

 奴はページをめくる手を止めて、ゆっくりとこちらに顔を向けた。真正面から改めて見つめても息をのむくらい整った顔と、寝ころんで暇そうにしている様子がアンバランスだった。薄い桜色の唇が、そっと開く。


『官能小説』

『えっ』


 初夏の爽やかさにちっとも似合わない、濃密なジャンルが答えとして降り注いできて、俺は狼狽えた。目をまん丸に見開いた俺を一瞥して、奴は再び口を開いた。


『嘘』


 真顔で度肝を抜く嘘をつく男に、見た目の割になかなかおちゃめな奴だぞ、と俺はますます興味がわいた。奴は邪魔されたことにさして不快な顔をせず、ゆっくりと体を起こすと、年季の入った木製のベンチの隣を軽く叩いた。


『座ったら? 学年首席様』


 こっちは奴のことを知らなかったが、奴はしっかりと俺の存在を認知していたようだ。さすがに他学年の首席が誰だ、だなんて、きちんと認知している生徒はいないだろう。ということは、サボり仲間のこいつはどうやら同学年の新入生みたいだ。俺は眉間に皺をよせて、わざとらしく低い声で悪態吐く。


『うわ、うぜー、なにその呼び方』

『事実だろうが』


 奴にとってはこの呼び方は、茶化したわけでも、からかいを込めて悪意のあるあだ名で呼んだわけでもないらしい。ただ、知っている記号で呼んでみただけ。それがある意味さっぱりとしていて、好印象だった。

 からかい交じりに聞こえるあだ名で呼ばれたことに、さほど怒ってはいない。けれど少しだけ不機嫌をにじませて、むっとした俺の顔のどこがおもしろかったのか、からかうように目元をやわらげ、奴はくしゃっと笑った。大人っぽいと思ったのに、はにかむ表情はどこかあどけなくて、俺となんら変わらない十五歳なんだって思えて、嬉しくなってベンチに腰を下ろした。


 それが、俺の、奴との一番最初の記憶。

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