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1章 カノのやり方は、というと 4

 千畝が驚いたのは、それから数日後のことだ。


 辞令がおりてからしばらく、カノは千畝の訓練につきあうことがなく、岩間の組んだメニューに従ってやるべきことをこなしていたのだが、岩間が組んだメニューはカノのそれと比べると格段に人間らしいそれだったので、千畝は向こうから歩いてくる人を見て、


(見慣れない人がいるなあ)


 と感想する余裕があった。


(ん!?)


 近づいてくるところをよくよく見ると、そのほっそりした女性はカノのような気がしてならず、


(いやでも違う人かも? でも待って、違う人ってこの施設に誰いる?)


 そう考え直して二度見したら、向こうもいやあな顔で千畝を見て、


「んだよ」


 といつものぶっきらぼうなカノの口調で言ったので、


「やっぱ、カノだっ!」


 と声に出して言ってしまった。

 それを聞いたカノの眉間のしわがいっそう深くなる。


「やっぱってなんだよ。カノだってなんだよ」

「そうですよね、だって消去法で考えてカノしかいないし!」

「消去法かよ……」

「うわあー」


 率直な感嘆を思わず千畝は漏らしてしまう。


 だって、予想していたような感じでは全然なかったのだ。

 カノは普段の言動が荒削りというか大雑把というか、女らしさがないタイプなので、薬が抜けて変異が消えたら男勝りな美人になるとばかり思っていた。


(だって、南雲さんのあの顔の整いっぷり……)


 姉弟なれば、そこは当然似ていよう。中性的な美人だろう。

 そう思っていたのだが違った。美人というより、むしろ愛らしい顔立ちだった。


 すらりと背が高く、全体に華奢な印象で、垂れぎみの目が大きい。カノは南雲より二歳年上のはずだが、それよりもっと若く見える。


「カノって、か」

「だまれ」


 かぶせぎみに言われたので千畝はかわいいと言いかけた言葉を飲み込んだ。


「ううー……」


 薬を抜いた直後でつらそうにしている様子は、思わず駆け寄って手を差し出したくなる風情だった。中身がカノだとわかっていても。


 千畝と同様の反応はラボ内のそこここであったとみえ、カノは極力人前に顔を出したくないというように、食事の時だけしぶしぶ現れては、それを見た人々に動揺を与えていた。


「あれって……カノですよね」

「多分」


 岩間もカノの素顔を見たことはなかったらしく、美神に小声で耳打ちしている。


「多分て」

「南雲がべったりくっついてるからカノでいんじゃない」

「なるほど、そういう判断もありか」


 するとカノはひとつ向こうのテーブルからじろりとこちらを見て、


「お前ら、聞こえてんだよ」


 と言った。しゃべるとまぎれもなくカノだとわかって、千畝はなんとなくほっとする。ほっとするというのも変な話だが。


 なかでもいのりの反応は群を抜いていた。自分もトレイを手にしてカノの横を歩きざま、思いきり露骨に立ち止まり、


「え、どちらさま?」


 うるせえよとカノは口の中でごもごも言ったが、いのりは更に声を大きくした。


「私本気で聞いたんだけど? 初めましてですよね? どちらさまですか?」


 もーやだこいつら。とカノはテーブルに突っ伏した。

 そんなカノの脇をヨナが通り過ぎざま、ぼそっともらす。


「なんか知らない人がいる」

「お前ら全員失敬だぞ」


 くたびれきった口調のカノに、南雲が食事を運んできて当然のように隣に座る。


「どうしたんですか、疲れてるなら部屋で食べます?」

「いや、いい……」

「運びますよ。足りなければおかわりも」

「いらないっつの」


 南雲が浮かれているのは誰の目にも明らかだった。

 カノの隣に座った背筋がお座りした犬さながらぴんと伸びているし、押さえても押さえても顔が輝いているし、なによりも視線がずっとカノから外れないし。


「食欲ないですか? よかったら食べさせましょうか」

「断るわ」


 嬉々として食べさせそうな南雲の視線を拒むように、カノは微妙に斜めに座り直して食事をとる。

 なんとか食欲はありそうだ、よかった、と千畝は静かに観察した。


「ごっそさん」


 食べ終わったカノがトレイを南雲のほうに押しやる。

 南雲はそれを受けとって返却口へ向かおうとして、ふと足を止めて振り返った。


「カノ」


 そしてつくづくと彼女の横顔を見て、心を込めて言った。


「おかえりなさい」

「いや、あたしずっとここにいたし……」


 カノはうんざりした表情を隠そうともしなかったが、南雲はしかめっつらすら嬉しくてならないというように目を細めていた。


 さすがにあれはないわ、と見ていた全員が鼻白んだところで昼休憩終了のメロディが鳴り、千畝たちは三々五々、行くべき場所へ向かったのだった。


 動画はというとあれからすぐに削除されて、一応表面上はなにもなかったことになった。当然だ。

 だが、事態がそれで終わりにはならなかったことに、その時、千畝は少しも気づかなかったのだった。

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