1章 カノのやり方は、というと 3
その十分後には、全員で動画を閲覧していた。
短い動画だった。全体でものの一分程度の。
カノは牙をむき、闘争本能を丸出しにしてなにかを押さえつけている。押さえつけられている人型のものはじたばた暴れるが、上に乗ったカノが抵抗を許さない。
動画は最後、カノが撮影者に気づいてこちらを向き、威嚇するように口をあけるシーンで途切れていた。
千畝たちは事務所の一角に集まって、言葉もなくそれを見ていた。
「これじゃ、カノが悪役に見える」
何度かリピートしてから、ようやくぽつりと口をひらいたのは美神だ。
「まあ、そう見えるわよね」
いのりも同意する。
動画に気づいたのは美神だった。偶然見つけたのだという。
感染者である千畝やいのりは通信ができる端末の所持は禁止だが、職員である美神にはもちろん制限はない。
今は美神の端末をみんなで見ているところだった。
「あいつが嬉々として暴れてるところって、まんま悪役だからね」
いのりはなかなかに容赦のない意見を言う。
「あのう」
千畝は小さく手をあげた。
「そもそもどうして、こんな動画が? ヒトクイ画像や動画って、基本的に制限されてますよね?」
「そうね」
その質問には美神が答えた。
「そうなんだけど、たまにね。こうして出回るの」
そうなんだ、と千畝は思った。
自分が探した時はまるで見つからなかった。情報が欲しくてあんなに探したのに、まるで都市伝説のような悪ふざけのようなサイトしか見つけられなかったのを覚えている。
「もちろん出所を特定して削除要請かけるんだけどね」
「うちが?」
「いいえ、政府が」
美神が当たり前のように答えたので、千畝はぎょっとした。
政府。千畝が黙りこんだところに、シャワーを終えたカノがのこのこと顔を出したので、
「あんた、こんな動画いつとられたのよ」
いのりが真っ先に糾弾するのを、カノはタオルをひっかけた姿で、さあ? と首をひねった。
「さあって」
「どれどれ、みせて」
まだ髪から滴が落ちている状態のカノが、みんなの間に割り込んでくる。一回見てもぴんと来ないようで、もう一回見た。
「これ……いつの仕事だっけなあ」
まったく悪びれないどころか、記憶も定かでない様子だ。
「思いだせ」
いのりが真顔で命令口調になる。
もう一度動画を見てみると、背景の様子から、繁華街であることは間違いない。ところどころに電車の通る音が聞こえる。
「思いだせなーい」
「頑張れ」
「もうちょいヒントない?」
「うるさい」
いのりは誰にでもおっとりとやさしいのに、カノに対してだけは少し違う。
「だってこの画像、あたししか映ってないじゃん。他に通行人でもうつってるなら、服装から季節がわかるったって、あたし年中制服一緒だし」
「そのへんに通行人がいるところで顔見せで乱闘するのかっ」
「うーん、してないと思うけど」
「カノっ」
どこまでも緊張感のないカノの台詞に、いのりが目力を強くした。
売れっ子モデルだったいのりが本気の目をすると、なんとも言えない圧がある。
「のんきなこと言ってないで。大丈夫なの?」
「なにが?」
大丈夫なの?
なにが?
本当は、もっとここの部分を考えてみるべきだったのだ。
千畝も、美神も、いのりも、カノも。
大丈夫とは、なにがどう大丈夫なのか。
そして、大丈夫でないとしたら、なにがどう、大丈夫でないのか。
なによりも、「なぜ」ということについて、もっとよく。
だがその時、苦虫を噛み潰したような顔で事務所に南雲が入ってきたので、自然、その話はそこで打ち切りになった。
「カノは、しばらくの間謹慎処分が決まりました」
言いたくもない台詞を無理に言わされているような口調だった。
美神はほとんど表情を変えず、視線を下に落とした。まるでこうなることが予測できていたというように。
いのりは眉根を寄せて責めるように南雲を見ていた。
千畝はというと、ただただ驚いているしかできなかった。
(謹慎……)
そして当の本人はというと、「ふーん」とだけ言った。
◇◇◇
動画が発見されてからの展開は、とんでもなく早かったらしい。
らしいというのは、千畝はそれを実際に目にすることができなかったからだ。
普段は会うこともないようなラボ上層部の人間が速やかに手をうち、カノの謹慎もその場で決まったとあとで聞いた。
南雲はそこでかなり反発したが、無駄だったらしい。
これは本人がみんなの前でさんざんに愚痴ったのでそうとわかった。
なぜですか。あれは避けられない状況だったんです。撮影者がものかげに潜んでいるとは予測不可避でした。カノに責任はありません。むしろ責任があるとすれば、一般人が現場から避難せず、撮影していることに気づかなかった私にあります。
カノを現場から外せば、まともに出動できる保護官は北関東にひとりもいなくなります。いいえ、期間を限定してもです。反対です。
南雲と同様の反発は、意外にも、他地区からもあったらしい。
社内メールでカノの処分が明らかになったと同時に問い合わせの電話が事務局に殺到し、上層部の判断を非難する内容の苦情がいくつもきたと聞いた。
それによって、カノはこの支部のみならず、他の支部の保護官たちとも横のつながりがあることや、これまで表ざたにしていなかったけれど求めに応じて彼らのサポートを行っていたりしたことが浮き彫りになった。
普通、保護官が受けもち地区を超えた勝手な行動をしようとしたら担当の管理スタッフが止めるのが普通なのだが、
(まあ、南雲だから……)
(南雲さんがカノをとめるわけないか)
誰もが判で押したように同じことを思った。
カノの処分は即日謹慎、当面の保護活動の禁止、そして薬物を抜くことだった。
徹底した措置だったが、それを聞いて、千畝が安心したのも事実だった。
(カノに……休みができる)
カノにとっては不名誉かもしれないが、彼女の体のためを思えば久しぶりに薬が抜けるのは間違いなくいいことだった。
誰も表立っては言わないが、肉体を頻繁に変異させるのは、寿命を縮めるからだ。
(カノにも休息は必要だもんね)
よかった、と千畝は思った。
これまでカノは危険をおかして働き過ぎだったのだ。たとえそれが正しいことのためだとしても。
カノが自分自身に課した働き方は不均衡だと思っていたし、肉体的な負荷がなんといっても大きすぎる。
だから謹慎処分はよろこばしくないにしても、これは案外カノにとっていい機会かもしれない。
その時は、そう思ったのだった。