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4章 いつのまにか平気になっていた 2

 ある日のこと。

 千畝がヨナを連れて岩間の見舞いにいくと、病室には先に南雲が来ていた。


(あれ?)


 と、千畝は思った。


 千畝が入っていった瞬間、同時に顔を上げて千畝のほうを見た男ふたりの表情が、なんとなし、いつもと違う気がしたからだ。

 なにかを警戒するような、なにかを隠しているような。


 ひっかかるものを感じながら千畝が腰掛けると、岩間が静かに切り出した。


「先日の」

「はい」


 もう千畝は、彼が言葉少なにしゃべるタイプだということを知っている。だから細切れの台詞にも首をかしげることはなく、うなずいて先を待つことができた。


「変異体を含む、男たちのボスらしき男」

「はい」

「そいつの、隠れ家がわかった」

「隠れ家ですか」


 どこから話したものか選びかねて岩間はちらりと南雲のほうを見やったが、南雲は苦笑して肩をすくめた。


「僕じゃないでしょう。そこはあなたが言わなくちゃ」

「いや、でも、こういうことは」

「僕のほうが?」

「上手というか」

「上手に言えなくていいですよ。それに、言いにくいことを言うのも仕事のうちだから」


 やんわり、しかしきっぱり拒絶されて岩間の視線が泳ぐ。

 なんだろう、と千畝は思った。


「あの、岩間さん」

「うん」

「察するに、なにか悪い知らせがあるんですか」

「悪い……、いやどうだろう」

「とりあえず、差支えない部分から話してみてもらうのはどうでしょうか」


 南雲が顔をうつむかせてひそかに笑う。なにがおかしいのか千畝にはわからない。膝の上で両手を握って前のめりになって付け加えた。


「悪い知らせでも、私は聞きたいです」

「いや悪くはない。この前の男のおそらく隠れ家が特定できたということだし」

「いい知らせですね……でもどうして?」

「その……GPSでずっと追跡した結果なんだが」

「すごい! そんなものどうやってつけたんですか!」


 この前殴られていた時、実際以上にダメージを食らったふりをして、その隙に男の靴裏に取りつけたのだと岩間は言った。その事実に千畝は素直に感心する。


(そっか……あんな場面でも、冷静に計算して……ん?)


 感心はさておき、なにやらひっかかる。

 なんだろう、なにがすっきりしないんだろう、と考えていた千畝は、とあることに思い至り、「あっ」と声に出してしまった。


 そうだ、そこだ。あれから何日もたっているのに、その話を聞いたのは今日が初めてだ。


「岩間さん」


 椅子の上で千畝の背筋がすうっと伸びる。


「GPSのこと、どうして教えてくれなかったんですか」


 静かに尋ねたつもりだったが、責める気持ちがにじんでいたかもしれない。


 岩間は申し訳なさそうに、ぽつりぽつりと話してくれた。

 ひとつには、結果が思ったように出るかわからなかったこと。はっきりした結論が出たらもちろん話すつもりでいたこと、ダメだった時のことを考えると、今千畝は訓練に打ち込んでいて傍目にもいい感じなので、不確かな情報で気持ちを揺さぶりたくなかったことなど。


(そうか……そうだよね)


 悪意で隠されていたとは、最初から思っていなかった。


 南雲ならさておき、岩間に限ってそれはないと千畝は断言できる。全ては、千畝を思ってのことだった。


(それでも……)


 それでも、悔しいと思ってしまうのをとめられない。

 強い言い方にならないように留意しながら、千畝は言葉を絞り出す。


「それでも、隠されたくなかったです」

「すまん」


 その声には、真実、千畝を傷つけたことを悔やむ気持ちが聞き取れる。わかるから、余計に切ない。


「怒ったか」

「……怒ってなんかないです。岩間さんが嘘をついてないことはわかるし。ただ」


 怒るというより、もうしないでほしいという気持ちが強かった。

 千畝は顔をあげて、笑顔をつくりながら続けた。


「これからは、教えてくださいね」

「……はい」


 わーお。千畝の横でやり取りを黙って聞いていたヨナが小さくつぶやく。


 なにが、わーお、なのか、やっぱり千畝にはわからない。ただひとつわかることは、やっぱり、外部の情報と切り離されている自分はいろいろ不利なのだということだ。

 ニュースも、誰かの手を借りないと見られない。内部での情報も同じだ。


(……ん?)


 そこまで考えて、千畝はあることに思い至る。

 カノは自分から情報にアクセスできる。保護官だからだ。


(カノができるということは……)


「岩間さん」

「ん?」


 思わず目の前の相手に確認してしまう。


「私、今、保護官ですよね」

「そうだな」

「ということは」


 そうだ、誰からも言われなかったから気づけなかったけど、そうなのだ。


「私にも、岩間さんたち同様、情報に対するアクセス権がありますよね」


 うっと岩間は喉を鳴らし、ベッドの反対側では南雲がさらに愉快そうに笑っている。


 その反応でわかる。本当に伏せておきたかったのは、言いにくかったのは、それなのだと。


「アクセス権、ありますよね。岩間さん」


 質問というより念を押す口調で千畝が言うのを、ヨナが理解できないというように見上げている。


「なあ、見舞いの席で言うことそれかよ……」


 岩間はしばらくぶつぶつ言っていた。いや、それは。俺が完治してから。とかなんとか。

 だが千畝がまっすぐ彼の目を見つめたままでいるのを見て、最後には小さくため息をついた。


「どうしても?」

「どうしてもです」

「千畝さん」

「はい」


 この前は呼び捨てだったのに、いつの間にか呼び方がもとに戻っていた。


「ひとりで行かないことを約束できますか?」

「はい。勝手に黙って行動しません」

「それなら……うん、それなら」


 岩間が言葉を選んでいるのがわかった。


 だめだ、とは言わない。危険だ、とも言わない。

 千畝を保護官としてふさわしく扱うよう、子ども扱いしないように配慮してくれているのだった。


 気をつけてとか、無茶しないでとか、そういう言葉を彼が言わないことが、嬉しかった。自分のことをプロフェッショナルとして見てくれているような気がしたから。

 それを口にすると、岩間ははにかんだように笑う。


「どんなに気をつけても……時には危険な目にあうってことを、もうあなたは知ってると思ったから」

「はい」


 ふたりはうなずきあって互いの気持ちを確認する。


 あの男たち。絶対に、なにかがおかしい。

 追求し、解明したい。あれをあのままにはしたくない。


「なにかわかったら、必ず俺に連絡を」

「はい。岩間さんも」


 コンコン。

 そこへ、ひらいたドアをノックする音が響き、返事は待たずに美神が入ってきた。


「ねえ、ちょっといい?」


 白衣姿の美神は立ったまま言う。


「今ってあのはなししてるのよね。緑色のカプセル。ぎらっぎらの派手な色彩の、効果の出方も派手な」


 腕組みをした美神の眉間には深いしわが寄っていた。


「まあ、そうだ」


 代表して岩間が答える。


「科学者としてはこういう言い方したくないんだけど、でも言うけど、これはあくまで私の勘で想像で仮説なんだけど」


 そう口では言うものの、仁王立ちの美神の腰のあたりからは、確固たる確信がにじんでいる。


「そのカプセルを作ったの、私の知ってるやつなんじゃないかって気がするの」

「えっと……」


 あまりにも意外な言葉に、千畝は思わず岩間の方を見てしまった。


 もしかして、あのカプセルを岩間が一部だけでも入手したのかと思ってしまったのだ。殴られている最中に発信器をつける余裕があった彼だ、もしかしたら。

 だが岩間はそっと首を横に振る。俺じゃない。


「あたしも現物見たわけじゃないわよ。だから仮説って言ったよね。勘だって」

「勘でいいんじゃないですか。あなたの勘はたいがいの場合よく当たるから」


 苛立ったように言う美神に、南雲がのほほんと口をはさむ。


「友達ですか」

「まさか」


 美神は叩きつけるように否定した。


「大学時代の同級生だったの。あいつのことを同級生たちはよく、ジョーカーって呼んでた」


 ジョーカー。千畝は想像する。

 最強で万能のカード。どのカードとも交換可能な一枚。


 だがその表情を読んで美神はきっぱりと首を横にふる。


「悪い意味でよ。褒め言葉じゃない」

「もう、ここで打ち合わせ始めるなよー。怪我人いるんだぜえ」


 岩間のベッドに頬杖をついてヨナがあきれたように言う。この場で最年少の少年が一番常識人だった。

 だが美神はかまわず続ける。


「そのカプセルを作ったのがもし、若い中国人の女だったら当たりよ」

「なにか特徴は」


 岩間が尋ねるのに、そうね、と美神はやや考えてから言う。


「日本で生まれて育ってるから日本語はペラペラ。派手好きで、頭が切れて、倫理観はない。金を積めばたいていのことはする」

「たいていのことっていうのは?」

「自分に危害や損害がない限りのことって意味」

「ああ……」


 千畝はなんとなし、気分が重くなった。


「だからそのカプセルの話を聞いて思ったの。そんな短時間で人間を変質させるなんて真似、体に負担がかからないわけがない。しかも聞いた限りでは、服用している本人たちはその副作用について知らされている様子がない。でも、つくった側は当然わかるはずよ。そんなものを服用させたら、その場ではよくてもその後どうなるのか。──それをわかっていながら平気でやってのける、使用した人体のその後については一切関与する気のない、そんな、人のことをなんとも思っていない天才、あたしが知る限りひとりしかいない」

「天才なんですか」


 美神がさらりと褒め言葉を混ぜ込んだので、千畝は驚いて聞き返した。


「悔しいしムカつくけどそうよ。とにかく、誰かが実験しているのを一瞬でも見たら、それを次の日には即座に模倣できるやつだったの。もちろんそんなのルール違反よ。だけど、それができるということは、知識と技術がないとできないことだから……能力があるのは認めるわ。ただ、倫理観はない」


 それは、控えめに言ってたちが悪い。

 そう思っていたらヨナが千畝の気持ちを代弁してくれた。


「そいつ最低じゃん」

「そうね、最低だった。あいつと実験を組みたがる同期は誰もいなかったわ」


 それでもきっちり単位をとって飛び級して学部を出て行ったのが、ほんと、無茶苦茶腹立つんだけどね。

 美神はそう言って眉間のしわを深くした。

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