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コミカライズ原作及び関連作品

平民の私が高慢な悪役令嬢に絡まれているのですが、どうすればいいですか? その後と前のお話

 

 一番大きな山場は超えたと、シンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢はそう思っていた。


 真偽など関係なく平民への嫌がらせがあったということにしてシンシアを、果てはゴールドリリィ公爵家を攻撃しようとしたことはもちろんのこと、調べによると敵対派閥の主要人物の暗殺まで企んでいた第二王子の『陰謀』は国家上層部を巻き込んで完膚なきまでに粉砕した。件の第二王子はシンシアが手を下すまでもなく上層部が適切に処理を済ませている。


 他にもシンシアとティアの仲を引き裂くような要素はそのことごとくを封殺済みだ。いくらシンシアに類い稀なる才能があろうとも簡単なことではなかったが、どれだけ困難であろうとも望むものは何が何でも掴むのが高慢なるシンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢という人間なのだから。


 ゆえに家柄だとか貴族社会だとか跡継ぎ問題だとか些事がせっかくのハッピーエンドを台無しにすることはない。そういう風に、世界をひっくり返した。


『わたくしの伴侶として一生を一緒に生きてくれませんか?』とシンシアは告げた。それにティアは答えてくれた。大好きだと、そう答えてくれた以上、それから先は幸せしかない日々が待っている……はずだった。


「おーっほほほっ! ティアさんご機嫌よう!!」


「あ……シンシア様」


 第二王子のくだらない『陰謀』を粉砕しておよそ一ヶ月。


 晴れて恋仲になれたはずのティアとの距離がどうにも前よりも離れているのは気のせいではないだろう。


 付き合い始めこそお互いぎこちなくて、それでいて嬉しさも滲んでいたから言葉は少なめでも心が満たされていたが、いつからかティアとの距離が『遠く』なっていったのだ。


『わたくしのティアさんに向ける好きは恋人や伴侶に向けるものなんです』とシンシアは確かに言った。その上でティアは大好きだと答えてくれたのだ。勘違いなどではなかったはずだ。二人の想いは『同じ』で、だからこそ何の障害もなくなった今、幸せしかない日々が待っているはずだった。


(な、んで)


 あらゆる方面で誰もが驚嘆する才能を発揮するシンシアではあったが、誰かと付き合うことはこれが初めてだった。


 だから知らなかった。

 天は彼女に多彩な才能を与えたが、恋愛方面の才能はこれっぽっちも与えてなかったのだと。


(大好きだって言ってくれたのに……あれは、嘘だったんですか、ティアさん?)


 こんな時どうすればいいか、まったくわからなかった。



 ーーー☆ーーー



 私、ティアが第二王子の『陰謀』に巻き込まれてから大体一ヶ月が経っていた。多分私が知らないだけで裏にはもっとドロドロとしたアレソレがあって様々な攻防があったんだろうけど、私にとってはどうでもいいことだった。


 そう、王族の政治的闘争とか何とか深掘りしたって平民には何の利益にもならないクソッタレなものしか出てこないんだから。シンシア様が『陰謀』を暴いてからしばらくしたら第二王子が失踪したと発表されたって? 仮にも王族が失踪したってのにほとんど捜索もされていないとしても何も察したりしないから! そんなの深掘りしたってロクなことにならないしね!!


 ……第二王子が私を利用して公爵家をどうこうしよう、ってヤツ以外にも様々な『陰謀』を張り巡らせているのはバレていて、後は国家上層部のほうでいつどうやって始末しようかって話になっている、みたいなことをシンシア様は言っていたけど私には関係ないからっ。


 私はそんな物騒な世界のアレソレに意識を向ける気はない。余計なものは無視するのがお貴族様が席巻するこの世界で平民が長生きするコツだっての。……稀有な光系統魔法? 個人の力で権力とか財力とか存分に振るってくるお貴族様に勝てるわけないじゃん。


 だから私が意識を向けるべきはそんな物騒な世界のアレソレなんかじゃない。もっと身近な、それでいて『陰謀』を打ち砕くよりもずっと困難な問題に対してよ。



 勢い余ってシンシア様に大好きと言って大体一ヶ月が経っているんだよ?


 そう、そうだよ、私のような平民が公爵令嬢に大好きって言ったのよ!? しかもシンシア様ってば『わたくしの伴侶として一生を一緒に生きてくれませんか?』とか言っていたしさあ!! これってつまり恋仲ってことじゃん何それご都合主義の塊みたいな絵本でもそんなぶっ飛んだ展開ないよ普通!?



 もちろん、その、嫌ってわけじゃないのよ? あの時シンシア様と交わした言葉に嘘なんて一つもない。私の気持ちはシンシア様と『同じ』だというのは胸を張って言えるから、私だってできることならシンシア様と一生を一緒に生きたいわよ。


 だけど、現実問題として平民と公爵令嬢って同性云々は置いておくとしても身分差半端なくない!? つり合い取れていないにも程があるよお!!


「──っていうわけで、どうしようエレナさん!?」


「どうしようと言われても、シスターは基本的に色恋とは無縁ということにしておかないとだからねえ。恋愛が絡む相談に関しては一律で『わたしい、そういうことはわからないんですう』って答えておかないと教会がうるさいのよねえ。いやまあ私は特に念押しされているってだけなんだけど」


 孤児院の知り合いのシスター。

 外見こそおっとりしてそうな人畜無害の女性に見えるエレナさんだけど、私は知っているんだからね!


「何よ清楚ぶって! 昔は女漁りまくってヤンチャしていたくせにっ!!」


「それは若気の至りってヤツよねえ。聖女様を押し倒した時は流石に問題になったものだけど、教皇ちゃんをはじめとして教会騎士の長とか寄付額最多のあのお方とかうっかり地上に落ちた天使さんとか教会も無視できない人たちを籠絡して黙らせたっけえ。うん、懐かしいねえ」


「藪蛇どころじゃない情報が飛び出してきたんだけど!? なになに、そんなことまでやっていたの!?」


「だねえ。お陰で清らかでなくなって力の大半を失った聖女様の代わりに復活しかかっていた魔王を再度封印しなくちゃならなくなってねえ。聖女様クラスの封印系統の魔法とか使えるわけもなかったから復活した魔王をぶっ殺して何とかしたっけえ。……あの時に今くらい成長したティアちゃんがいればすっごく楽だったのにねえ」


「なんかとんでもないこと言い出したし! 魔王を討伐したのは王女様だったはずよ! その功績から王女様が今代の勇者に認定されたんだしね!!」


「王妃の実の子供じゃないというだけで嫌悪されるとか王女様も大変よねえ。嫉妬に狂った王妃からの悪意を跳ね除けるにはそれこそ魔王討伐って特大の成果でも引っ張ってこないといけないほどだったしい。まあそのお陰であんなにも気高い王女様に恩を売れてついでに色々と美味しい思いもさせてもらえたんだけど。普段は能面みたいな顔で人生つまらなそうにしている王女様の別の顔を引き出すのは本当楽しかったよねえ」


「ちょっ、まっ、絶対そんなさらっと言っていいことじゃないよね!?」


 シンシア様が援助している孤児院のシスターで、覚えてないけど私が赤ん坊の時から家が近くってことで仲良くしていたエレナさんが昔はヤンチャしていたのは風の噂で聞いていたけど、ここまでとは思わないじゃん!


 そりゃあ私も理性が怒りに塗り潰されて第二王子をぶん殴ったけど、やらかし具合で言えばエレナさんのほうが断然酷いからね!?


「とまあ、長々と話してきたけど私が言いたいのは身分の差なんてものは愛の前には無力ってことよ。聖女や教皇や王女がどれだけ偉くとも、そんなものを周りが持ち出して人の恋路を邪魔するなら教会だろうが魔王だろうが国だろうが黙らせて自分の想いを貫くのは簡単だってことは私が証明しているしねえ」


 それはいくら何でもとんでも理論すぎない? そんなことできるのエレナさんくらいだからね?


 まあ、一応背中を押してくれている、のかな?

 励ましにしてもゴリ押しにもほどがあるけどね!!


「それに、身分の差がどれだけ厄介かはゴールドリリィ公爵令嬢もわかっているはずよ。それこそ平民である私たちよりもずっとねえ。それでもティアちゃんに伴侶として一生を一緒にって言ってくれたのよ。なら、身分の差から生じる問題に関しては解決の目処が立っているはずよ。それともティアちゃんが好きになったゴールドリリィ公爵令嬢という女は身分の差があるから仕方ないとすんなり諦めるような人なわけ?」


「なわけないじゃん」


 これだけは自信をもって言えた。

 だってあのシンシア様だよ? 腹が立つくらい高慢で、だけどその実力でもって誰もが何も言えなくなるくらいあらゆる方面で結果を叩き出す人だもの。


 身分の差がどうした。立ち塞がるならば何が何でもぶち壊して、高笑いを響かせて、己の望みを掴み取るのがシンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢という人間なんだから。


 だから。

 だから。

 だから。


「しっかしそこまできっぱりと断言できるのに辛気臭い顔をしているってことは……なぁーんだ、単に漠然と不安になっているだけなのねえ。自分のような人間が本当にゴールドリリィ公爵令嬢と付き合っていいのかって」


「うっぐ」


「告白された時は勢いのままに自分の気持ちに素直になれた。だけど時間が経つにつれて『差』が見えてくるようになった。それは身分であるだろうし、能力であるだろうし、財力であるだろうし、他にも色々とあるんだろうけど、とどのつまりよくある恋の悩みよねえ。恋人と自分を比べて自信をなくすってのはねえ」


「よくある悩み……あっ、だったらよくある解決策だって何かあるんじゃ──」


「そして、そこから破局までいくのも、よくあることだったり」


「えっ!?」


 思わず目を見開いてエレナさんを見つめると、聖職者のくせに色欲に塗れまくった女は人の悩みなんて何とも思ってないようにくつくつと肩を揺らしながら、


「あのティアちゃんがいっちょまえに恋愛しているねえ。楽しそうで何より」


「……、なんか面白がってない?」


「そりゃあねえ。もしもその悩みに対する解決策があるとすれば恋人に思いの丈をぶつけるしかないからねえ。私にできることがない以上、野次馬丸出しで楽しむのは当然よねえ」


「ひ、人が真剣に悩んでいるのに、よくもまあそんなこと言えるよね」


「ついでに言うと、最悪そのまま破局になっても傷ついて弱ったティアちゃんを慰める楽しみがあるし、どう転んでもおいしい展開になるとか最高よねえ」


「もうっ、エレナさんは最低の聖職者だよ!!」


「え? 好みの女の子が弱みを見せた時はそれを利用して押し倒……ごほん、慰めるのは普通じゃない? 結果として嫌われたとしても、そこからずぶずぶに絡め取って嫌悪を好意に変えるのが恋愛の醍醐味だしねえ」


「エレナさんの恋愛観は穢れすぎだよ、ちょっとは悔い改めて!!」



 ーーー☆ーーー



 エレナさんはシスターというものを冒涜しまくっている腐れ聖職者ではあるけど、所々で痛いところも突いていた。まあそれ以外が色欲に塗れたクソッタレだったから素直に感謝はしにくいんだけど。


 結局のところ、私だけでぐだぐだ悩んでいたって仕方ない。何せどれだけつり合ってなくとも私はシンシア様の恋人なんだから。


 恋人の問題を片方だけで解決できるわけもなく。

 つまりはちゃんと向き合う他ないのよね。


 ……多分それが怖くて、一人でうじうじしていたんだろうけど、もうこれ以上逃げてもいられない。


 一時の楽しい思い出で終わらせたくないから。自然消滅するくらいちっぽけな、後から振り返ってそんなこともあったねって軽く流してしまうような恋にしたくないから。


 だったら、やっぱり向き合うしかないんだよ。

 シンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢という誰もが羨む恋人と一生を一緒にいるためには色んな『差』に怯むことなく踏み込まなくちゃいけないんだよ。


「シンシア様、ちょっと話があるから、できれば二人きりになれる場所に移動してもらってもいい?」


 思い立ったら即行動しないと絶対ずるずると先延ばしにしそうだったから、私は色欲シスターに相談に乗ってもらった次の日の朝には行動に移していた。


 具体的にはシンシア様が学園の教室に入ってきたのを確認してすぐに声をかけたのよ。


 柄にもなく真剣な顔でもしていたからか、声が震えていたからか、それとも私も気づいていないようなものまで正確に感じ取っているのか、シンシア様は一瞬息を呑んで──



「おほほっ、今日は授業をサボって王都を散策でもしましょうか!」



「へ? いや、あの、シンシア様?」


「それともいっそのこと国外にでも足を伸ばしますか? わたくしこれでも稼いでいますからねっ。お金の心配ならまったくもってありませんわよ!?」


「その、話が──」


「それともそろそろ付き合って一ヶ月の記念日ですし、何かプレゼントでも用意しましょうか! ティアさんが望むのならばどんなに高価なドレスでも宝石でも好きなものを差し上げますわよっ!?」


「あ、記念日……。すっかり忘れていたよ」


「……ッッッ!?」


 最近は一人でうじうじ悩んでばかりだったし、シンシア様と向き合おうと決めてからはとにかく話をしないとってことばかり考えていたもんね。


 そうよ、付き合って一ヶ月の記念日は何の憂いもなく楽しく過ごしたいし、シンシア様にも楽しんでもらいたい。


 一生の思い出になる記念日にするためにもきちんと話をして、向き合って、確かに存在する『差』に好きが潰されないようにしないと!


「私、シンシア様にしないといけない大事な話があるんだよ! だから二人きりになれる場所に移動しよう、ね?」


「……、嫌ですわ」


「シンシア様?」


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 それは、高慢な言葉だっただろう。

 だけど違う。そんなのは本来シンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢の口から出るような言葉じゃない。


 自分は誰よりも優れているといつも自信満々に胸を張っていて、ともすれば腹が立つくらい高慢なシンシア様だけど、決して上から押さえつけるような言葉を吐くことはなかった。


 黙って言うことを聞いていろと、身分という『差』を叩きつけて相手の意思をねじ伏せるような真似は絶対にしてこなかった。


 だから、だけど、私に心を読むような便利な力はないし、察しが悪いからどうしてそんなことを言ったのかなんてわからない。


 わからないなら、きちんと向き合うしかないよね。


「シンシア様、どうしたの?」


「……ぁ……」


 聞くと、シンシア様の宝石も霞むくらい綺麗な瞳が明確に揺れた。


 今更になって自分が何を言ったのか自覚してきたのか、口元に手をやって、目を泳がせて、何秒も何十秒も沈黙が続いて。


 やがて、搾り出すような言葉があった。


「いや、なんです……。別れたく、ないです」


 …………。

 …………。

 …………。


「なんっ、え!?」


 あまりにも予想外な返答だったからかんっぜんに思考が停止していた。だからろくに何か返す暇もなくシンシア様の言葉だけが響き渡った。


「ようやくティアさんとお付き合いできたのに、人の恋路を邪魔する可能性のある存在はそのことごとくを黙らせて後は幸せしかない日々が待っていると思っていたのに、嫌です、嫌なんです!! 『同じ』でないのならば諦めるつもりでした。決して押し付けるつもりはありませんでした。それでも『同じ』だと言ってくれたから、大好きだと言ってくれたから! 一度は満たされてしまったから!! そうなったら、もう、駄目です。一度あんなにも幸せな心地を味わったら手放すことなど、別れるなどと考えたくもないんです!! 我儘だと、見苦しいと、高慢だという自覚はあります、それでもみっともなくも縋りついてでもわたくしはティアさんと一生を一緒に生きたいんです!! ですから!!」


 そこには高慢を極めたシンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢の姿はなかった。あのシンシア様が今にも泣き出しそうな顔をしていたのだから。


 私の何かがシンシア様をここまで傷つけた。

 気が付かないうちに、こんなにも追い詰めてしまったのよ。


「まっ待ってよ、シンシア様! どうして別れるとかそんな話になっているの!?」


「どうしてって……別れ話を切り出すつもりだったのでしょう? 最近のティアさんはわたくしと一緒にいても前のように楽しそうにしてはいませんでしたもの! ええ、ええ、わたくしのような高慢な女と付き合うのが面倒くさくなったんでしょう!?」


「あ」


 なるほど、うんうん、なるほどね。


 全部私の辛気臭い態度のせいってわけね。かんっぜんにやらかしているじゃん、ばかばかっ!!


「ねえシンシア様。私の話を聞いて」


「嫌です、別れ話など聞きたくありません!」


「お願い、シンシア様」


「や、やだっ」


 私は真っ直ぐにシンシア様と向かい合う。

 そこにいたのはゴールドリリィ公爵令嬢という高貴な身分の女性でも、多様な才能に満ちていてどんな偉業も思いのままの天才でも、権力も財力も何もかもを手に入れている誰もが羨む淑女でもなかった。


 恋人に別れ話を切り出されるのではと怯えている、どこにでもいる女の子がそこにはいた。


 ああ、そうだよね、たったそれだけのことだったんだ。


 どんなに『差』があろうとも、そんなの関係ない。私が好きになったのは身分だの才能だの財力だのじゃない。そんなもの見てすらいなかった。私がこれまで見てきたのは、好きになったのは、シンシア様という一人の女の子なんだから。


 どれだけ『差』があろうともそれがどうした。これまでだってそんなものが私たちの間に入り込む隙なんてなかったと思い出していれば、シンシア様を不安にさせることもなかったのに。


 好きというこの想いは決して嘘じゃない。それは、それだけは、胸を張って言えるはずよ。


 だったら貫けばいいだけだったのに。

 変に不安になって、まだ何も起こっていないのに漠然と怯えて、好きな人を傷つけて、情けないにも程がある。


 色々と言うべきことはあった。

 謝ることだって。

 だけど今は一言だけ。本当に伝えたいことだけを私はありったけの想いを込めて口にする。


「大好きだよ、シンシア様」


 そのまま衝動に従って私はシンシア様を抱きしめた。

 大好きな恋人が目の前にいたら抱きしめたくなるのは当然だものね。


「ティア、さん……?」


「不安にさせてごめんね。全部私がつまらないことを気にしていたからで、決してシンシア様を嫌いになったわけじゃないから。そもそも別れ話なんてさ、私のような平凡な女が飽きられて捨てられるならまだしも私のほうからシンシア様を捨てるわけないじゃん」


「わっわたくしだってティアさんに飽きることなど絶対にあり得ませんわ!!」


「そっか、うん、そっかぁ」


 ああ、愛されているなぁ。

 本当に、こんなにも簡単なことだったのに、随分と遠回りした気がするよ。


「ねえティアさん。ティアさんは本当にわたくしのこと好きなんですよね? その好きはわたくしと『同じ』ものと信じていいんですよね?」


「もちろん。私が一生を一緒にいたいと望むくらい大好きなのはシンシア様だけなんだしね」


「……そうですか。ふふっ、よかったです」


 ぎゅっと、まだ弱々しくもシンシア様が私の身体に両腕を回して抱きしめ返してくれた。安心したように身体を預けてくれた。それで、ようやく私のせいでかき乱してしまった心をどうにかできたのだと安心することができた。


 ──さて、と。

 色々と謝罪しないといけないことはあるし、きちんと向き合って話もするべきなんだけど、その前に。


「シンシア様。一ついいかな?」


「何ですか、ティアさん?」


 思い立ったら即行動と私はエレナさんに相談に乗ってもらった次の日の朝には行動していた。正確には学園の教室に入ってきたシンシア様に話しかけて、本来なら二人きりになれる場所に移動しようとしていたわけだけど、移動する暇もなく色々とぶちまけちゃったわけで、そうなると……、



「今までのあれもこれもぜーんぶみんなに聞かれているんだよね。こりゃあ今日の学園の話題は一人ならぬ二人占めだね、あっはっはっ!!」



 そうだよ、教室にいた生徒全員にあれもこれもぜーんぶ聞かれているんだよっ! それはもう面白おかしく学園中で噂されるんだろうね、ちくしょう!!


 至る所から『丸く収まって良かったよ、悲恋とかマジ無理だからな!』とか『つまり何だ、痴話喧嘩か?』とか『最終的に仲直りの証としてキスするのじゃろうわらわはこういうことに詳しいのじゃからなきゃあきゃあーっ!』とか『ギスギスはもう十分だからもっともっと甘々な絡みを見せてください! それが私の恋愛観を捻じ曲げた貴女様たちの義務ですよ義務!!』とか飛んできているしさ。一応高位の貴族の令息令嬢が大半だってのに平民と公爵令嬢の付き合いに好意的過ぎない? いつの間に世界はこんなにも寛容になったのよ!?


「…………………………………………、」


 あの高慢まっしぐらなシンシア様が今更気づいたのか即座に何も返せなかった。


 と、しばらくして認識が追いついたのか、ぐりぐりと私の首元に顔を押し付けて、一言。


「ティアさんのせいですからね、ばか」


「そうだね私のせいだよ本当にごめんねシンシア様っ!!」


 ああもう、私の恋人可愛すぎない!?



 ーーー☆ーーー



 その令嬢は小躍りしそうなのを我慢するのに苦労していた。


『あら、そんなに熱心に視線を注いで、もしやわたくしに見惚れていました?』


『うっ!?』


 公爵令嬢と平民。

 身分差がありながらも深い繋がりがあるのは見るからに明らかだった。偶然通りかかっただけで公爵令嬢に見惚れるくらいずぶずぶな平民もそうだが、公爵令嬢のほうだってそんな平民を見かけてすぐに駆け寄って嬉しそうに絡むくらいなのだから。


『まーあー? それも仕方ありませんわ。何せわたくしはこんなにも美しいのですから!!』


『う、ううっ、うるさいばーか!!』


 その令嬢だって公爵令嬢とはそれなり以上には仲がいいという自負はあった。友人の枠は出なくとも、決して浅い関係ではないと胸を張れるくらいには。


『ば、馬鹿ですって!? 学園首席にして学者さえも教えを請うわたくしに馬鹿とは何事ですか!!』


 そんな彼女でもあそこまで感情を露わにしている公爵令嬢を見るのは初めてだった。そこまで曝け出せる相手なのだと、そのくらい深い繋がりがあるのだと、そう思ったらもう推すしかなかった。


 陰ながら公爵令嬢と平民の絡みがどれだけ尊いか広めてきた甲斐もあってか、今では痴話喧嘩からの仲直りという定番にして至上のイベントにクラスメイトたちは沸き立つほどだった。


 やっぱり自分の推しが広く好かれるのはいいものだと、その令嬢は密かに笑みを浮かべるのだった。



 ーーー☆ーーー



 あれから数日も経っていないのに色んなことがあった。


 私たちのことが学園中の話題になってあの高慢なシンシア様が何も言えずに恥ずかしがったり、私がシンシア様との『差』を気にして本当に恋人として隣にいていいのか悩んでいたことを伝えたら無茶苦茶怒られてそれ以上に悲しませてしまって私にできるのはとにかく謝ることしかなくてやがてシンシア様が『もう二度とそんなつまらないことを気にしないでください。そう約束してくれるのならば、許してあげますわ』と言ってくれたり、それはそれとしてお詫びとして一日中シンシア様のやりたいことに付き合ったり、まあ色々とね。


 そんなこんながあってから、私は休日の朝から王都の中心にある広場にいた。今日こそ付き合ってちょうど一ヶ月の記念日だからとシンシア様とデートだからね。


 待っている時間もこんなにも楽しみで幸せで仕方ないとは、気がつかないうちに随分と惚れ込んでいたものだよ。もちろん後悔はないんだけどね。



 と、そんな時だった。

 ぎゃりぎゃりぎゃりっ!! とそれはもう凄まじい勢いでゴールドリリィ公爵家の家紋が刻まれた馬車が私のすぐ近くに飛び込んできたのよ。



 急停止した馬車から降りてくるのは……うおう。今日はまた一段と豪華に着飾ったシンシア様だった。まあどれだけ着飾ってもシンシア様の美しさには装飾品やドレスが霞むんだけど。


 ほんっとう、腹が立つくらい可愛いんだから!


「おーっほほほお!! お待たせしました、ティアさん! 今日はわたくしの全身全霊をかけて一生忘れられない幸せな一日にしてみせますから! そう、そうです、もう二度と記念日が忘れられないよう幸せしかない一日にしてあげますから覚悟することですわ!! まーあー? わたくしと一緒であればどんな一日であれ幸せでしょうけれど!! 何せわたくしですもの、このシンシア=ゴールドリリィと一緒にいて幸せにならないはずがありませんわっ!!」


「う、うん」


 うっくう。見惚れすぎてうまく返事ができなかった! 日に日に好きが溢れてくるせいだよね、これ。


 まあ、気づいていなかっただけでとっくの昔に後戻りできないくらいずぶずぶに絡め取られていたんだろうけどね。


 ……それはそれとして、私ばっかり心乱されているとか腹が立つなぁ、もうっ!!


「あ、そうですわ。先に言っておきますけれど、デートの終わりにはわたくしの両親に挨拶してもらいますから」


「へ? なんでそんな急に!?」


「ティアさんはわたくしと一生を一緒に生きるのですもの。であれば両親への挨拶は早めに済ませておくべきでしょう? これから長い付き合いになるのですから」


 別れるなど微塵も考えていないその高慢さが『らしく』て、眩しくて、やっぱりシンシア様はこうじゃないとって自然と笑みがこぼれていた。


 それはそれとして、その自信満々な顔を(もちろんもう二度と悲しませない方向で)どうにかしてやりたいという気持ちも湧いてくる。


 というわけで、私は前々から温めておいたものを解放することに。


「はいはい、わかったよ、シンシア」


「…………あ、れ? いま、ティアさんっ、わたくしのことっ」


 ぽっと、ちょっと呼び捨てにしただけで顔を赤くして自信満々な表情を崩すシンシアに私はぐいっと距離を縮める。


 実はめちゃくちゃ恥ずかしくて心臓が飛び出しそうなくらい暴れているんだけど、ここは我慢しないとね。


「あーれー? シンシアはまだ私のことさんづけで呼ぶんだねー? 恋人に対して距離があると思うんだけどー???」


「えっ、ええっ!?」


「呼んでよ、私のことティアってさ」


 そして。

 そして。

 そして。



「う、うう……てぃ、ティア……さん。だめです、恥ずかしいです、いきなりは無理ですわよっ、せめて心の準備をさせてくださいっ!!」



 真っ赤になった顔を両手で覆う私の恋人はとっても高慢で、それ以上に最高に可愛かった。



 ーーー☆ーーー



 それはシンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢が十歳の頃の話だ。


 彼女はおよそ何でも習得することができた。公爵令嬢として必要な礼儀作法や会話術などはもちろんのこと、学者にだって匹敵する知識量、幼いながらも公爵領の内政に関わることもできるだけの実務能力、その他にも武術や魔法の腕だって並の騎士を凌駕するほどだ。


 だからこそ慢心していたのだろう。

 いかに多彩な才能があろうともまだ花開かせている途中ではできることに限りがあるというのに。



 シンシアが誘拐されたのは十歳の頃の話だった。

 後の調査で第二王子『勢力』が裏で関与していたことが判明しているが、だからこそ現在において第二王子本人はもちろんのこと『勢力』もまた致命的に崩壊している。



 だが、先手を打たれたのは事実。当時十歳のシンシアやゴールドリリィ公爵家は『勢力』の動きに対応できなかったが、だからといって『勢力』からの脅迫に屈するような真似はあり得ない。


 卑劣な敵に屈するくらいなら死を選ぶ。

 それが誇り高き公爵令嬢としてあるべき姿なのだから。


 だから。

 薄暗い隠れ家で両手足を拘束されて猿轡を嚙まされたシンシアは敵の戦力や周辺環境などを把握し、自力での脱出は不可能だと判断した。またシンシアを守っていた護衛を真正面から迅速に蹴散らして誘拐を果たした敵集団の実力やその後の周到な動きから見て公爵家の戦力でもそう易々とこの隠れ家を見つけ出して助けには来れないと判断した。それならどうにかして自死を選ぶほうが公爵家『全体』への影響は最小限で済ませられるだろう。


 だから。

 シンシアは齢十にして客観的に事態を見据えて、己の命さえも冷静に切り捨てるだけの思考ができるほどに貴族令嬢として完成していた。


 だから。

 これは己の弱さが招いた末路だと、こうなっては仕方がないと、もしも助けが来ないならこれ以上の被害を防ぐためにも自分は死ぬべきだとシンシアは冷徹なまでに判断できていた。



 だから。

 だけど。



『ほいっと』


 一撃であった。

 あらゆる前提はその一撃でもって覆された。



 暗闇が外からの破壊で拭われる。壁を砕き、轟音を響かせ、外からの日差しを浴びながら乗り込んできたのはシンシアと同年代らしき少女であった。平民だろう彼女は日光よりも輝く拳でもって公爵家の護衛を蹴散らした誘拐犯たち──上位ランクの冒険者や指揮官クラスの騎士にだって匹敵する実力者──を片っ端からぶん殴っていった。


 誘拐犯の魔法攻撃をその身に受けようとも軽くのけぞるだけで出血すらなく、そのまま殴り返す余裕があるほどだ。


 ものの一分も必要なかった。

 シンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢は自死を選ぶしかないと諦めていたというのに、そんなものくだらないと言いたげに呆気なく全てはひっくり返されたのだ。


 絶対的だったはずの誘拐犯たちが一人も残らず目を回して転がっていた。その中心で少女はちょっと近所まで買い物に来たくらいの感じで一息ついていた。


『魔法で遊んでいてよかったよ。お陰でこんな遠くでこそこそ悪さしている声が()()()()んだし』


 彼女は。

 光系統魔法という名の身体強化の使い手はシンシアの身動きを封じていた拘束をいとも簡単に素手で千切り、そしてこう言ったのだ。


『もう大丈夫だよっ』


 その笑顔を見て、その言葉を聞いて、そしてようやくシンシアはこう思うことができた。


 死ぬ必要はないのだと。

 本当は死にたくなんてなかったのだと。


『あ……あ、ぁ』


 貴族令嬢として家やその庇護下にある全てを守る義務、敵の思惑通りに進めさせていらぬ被害を広げないためという責任、状況を見極めて必要最低限の被害で済ませるという合理的な判断。


 そういった理屈で覆い隠してきた感情が一気に噴き出す。そうだ、どれだけ理屈をこねようともまだ十年しか生きていないというのに死ぬだなんて嫌に決まっていた。


『あああ、う、ああ、ああああああああああああ!!』


 社交界で権謀術数を張り巡らせる貴族とだって対等に渡り合えるくらいには自己の感情をコントロールして望む表情を必要なだけ出力できるシンシアだが、この時ばかりはダメだった。


 年頃の女の子のように思いっきり泣き声を響かせる。

 目の前の少女に縋りつき、涙が溢れて止まらなかった。


『うんうん、怖かったんだね。大丈夫、もう大丈夫だからね』


 少女はシンシアを静かに、優しく抱きしめてくれた。


 どうしようもない袋小路に追い込まれていたシンシアを目の前の少女は屈託のない笑顔で助け出してくれた。


 それが当たり前だと、行動でもって示した。


 後になって振り返ればその姿にどうしようもなく惹かれて、憧れたのだろう。もう二度と誰にも負けないと、今度は自分が誰かを助ける側に立つのだとこの時に誓ったのだ。


 だからその後のシンシア=ゴールドリリィ公爵令嬢は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その裏にどれだけの苦難と努力があったかなど微塵も見せずに。


 だって、目の前の少女がそうだったから。

 だったらシンシアだって優雅に、完璧に、誇らしく邁進するべきだ。


 そうすることで初めてシンシアは目の前の少女──ティアの隣に恥じることなく立つことができるのだから。



 まあ、シンシアのその後に大きな影響を与えたティアはそんなことすっかり忘れているのだが。



 誘拐事件の後、表向きは誘拐事件そのものを隠蔽しながらもある程度事情を知る黒幕(この時はまだ詳細不明だったが、つまりは第二王子『勢力』)がどれだけ調べても『シンシアを助けたのはゴールドリリィ公爵家の護衛である』としか見えないように対応している。ティアが計画を台無しにしたことが黒幕に知られて報復に乗り出すことを防ぐためである。


 それはそれとしてシンシアは父親である公爵家当主と共に助けてくれた謝礼とお礼を伝えに秘密裏にティアのもとを訪ねているが、そのこともティアは忘れているのだろう。


 ちなみに謝礼については額を確認せずに受け取ろうともしなかった。『なんて名乗ってたっけ? とにかくどこぞの貴族からお金を受け取って万が一にも面倒なことに巻き込まれてもアレだし、エレナさんにでも押しつけようっと。平民が平穏無事に過ごすには貴族との関わりは最低限にしないとね』などとティアは失礼すぎることを呟いていたのだが、運がいいことに公爵家当主やシンシアには聞こえていなかった。


 その後、教会にでも寄付してくださいと返したティアのことを公爵家当主は今時稀有な人間だと覚えており、だからこそ数年後に改めてその名前を娘の口から聞いた時も最終的には受け入れることができたのだろう。……下手に反対して致命的に対立したら公爵家当主といえどもどうなるかわからないと思わせるほどにシンシアが『力』をつけていたのもあるが、あの時ティアが打倒したのは第二王子『勢力』の中でも直接戦闘における『主力』の兵だったのだ。


 今にして思えばではあるが、『勢力』が追い詰められた時に『主力』を使って邪魔な貴族などを排除するために後先考える余裕もなく強硬手段に出ていればどれだけの被害が出ていたかはわからない。それこそ今度は公爵令嬢を誘拐するのではなく殺してやる、と『勢力』が考えた時に無事で済んでいたとは断言できないのだ。


 そんな『主力』をあの段階で捕縛できた恩は大きい。娘を守ってくれて、未来の悲劇を事前に封殺した少女に恩を返せるのならば、そして何より娘が好きになった相手と結ばれるなら、複雑だが呑み込むのも人の親として当たり前のことだろう。……公爵家当主として頷いても構わないくらいには娘が裏で動いて場を整えていたこともあるので。


 ──シンシアは誘拐事件の後からせめてティアの隣に立っても見劣りしないようにとより一層自己を磨くようになった。いつか、今度は自分のほうからティアに会いにいくために。


『てぃっティアさん……っ!?』


『ん? 誰だっけ??? あ、やばっ、学園の生徒ってことは絶対どこぞの令嬢じゃんっ。ええと、生意気なこと言ってごめんなさいっ!!』


 だから学園でティアと再会したのはシンシアにとって予想外のことだった。そして、それ以上にあれだけ衝撃的な出会いをティアが完全に忘れているとは考えてすらなかったのだ。


 ゴールドリリィ公爵家の令嬢だとわかったらさらに距離を取ろうとするティアの態度に思うところはあったが、それならそれで一から積み上げればいいだけだと思い直した。そうでもなければ高慢に己が公爵令嬢であることを誇るシンシアが平民の少女に対して楽に話していいと提案することもなかっただろう。


 果たしてそれは一目惚れだったのか。それとも学園で再会してからの積み重ねが想いを膨らませたのか。シンシア自身もどちらか断言はできなかった。


 だけど、あの日、救われたのは始まりでしかなかった。


 あの出会いがあったからティアに興味を抱いたのは確かだ。憧れて、もしかしたら好意を抱いていたかもしれない。


 それでも再会してからの何気ない日々のほうが強烈だった。一日ごとにシンシアはティアという一人の少女の魅力に心奪われていったのだから。


 だってシンシアはティアのことを知れば知る分だけ好きになっていくから。これが上限だといつも思うのに、次の日にはそれ以上に大好きになってしまっているから。


 それは付き合ってからより顕著になっていた。

 誰かのためなら迷うことなく拳を握って駆けつけることができるティアは最高に格好いいが、高価だからと一度も口にしたことのない有名店のケーキを食べて幸せそうに表情を綻ばせるティアだって苦手教科に頭を悩ませて泣きついてくるティアだって付き合っているというのに手を繋ぐことも恥ずかしがって赤くなるティアだって同じくらい魅力的なのだから。


 格好いいだけじゃなくて、可愛いだなんて反則だ。

 こんなの好きにならないほうがおかしいだろう。


 だからシンシアは言うのだ。

 誇らしく、堂々と。


「ティアさん、今日こそ手を繋ぎましょう!!」


「ちょっこんな人の目がある街中で何を言っているのよ!? 恥ずかしいじゃん!!」


「好きな人と手を繋いでいるところを見られることの何が恥だというのですか?」


「いや、それは……」


「それともわたくしはティアさんにとって手を繋いで連れて歩くには恥ずかしい存在なんですか?」


「そんなわけないじゃん! 自慢の恋人だよっ!!」


「なら何の問題もないのではなくて?」


「そ、それは……」


「そもそもわたくしが告白した時、あんなにも熱烈に抱きついてくれたのですし、何を今更だと思いますけれどね」


「あっあれは! その、それとこれとはまた違うじゃん」


 あらあら、と面白がるように笑うシンシア。そこで今更ながらにからかわれていることに気づいてティアは悔しそうに歯噛みする。


 もちろんやられっぱなしで終わるティアではないが。


「未だに私のこと呼び捨てにもできないくせに生意気なんだから」


「うっ!? そ、それは、ふさわしい時と場合と状況で……」


「そうやって私がシンシアのこと呼び捨てにして一ヶ月経つんだけどなー? いつになったらふさわしい時と場合と状況になるのかなー???」


「そ、それは」


「何なら私も協力するよ。ちょうど今日は付き合って二ヶ月の記念日だし、ついでにふさわしい時と場合と状況を揃えられるくらいムードたっぷりなデートをしようか」


「う、うう」


「さあ、楽しい楽しいデートの時間だよっ。……これで最後まで呼び捨てにできなかったら私とのデートはその程度だってことだよね?」


「そうやっていつもわたくしのこと困らせてっ。狼狽えているわたくしはそんなに滑稽ですか!?」


「いや、最高に可愛いよ」


「……ッッッ!?」


「だからこそ困らせたくなっちゃうんだよね。いつもの堂々としたシンシアも魅力的だけど、恥ずかしさに今にも泣き出しそうなシンシアも同じくらい魅力的だしね」


「てぃっティアさんはいじわるですわ!!」


「はっはっはっ! まあこんな私に告白したシンシアが悪いんだって諦めてよ!!」


 ……最近のティアはちょっとイジワルなのだが、それもまた魅力的だと思ってしまうほどにはシンシアはティアに溺れていた。


 とはいえ、誇り高き公爵令嬢としてやられっぱなしではいられないが。


「だったらティアさんも今日のデート中にわたくしと手を繋いでくださいな」


「なっ、なんっ」


「わたくしが恥になるような恋人でないのならばできるはずですよ。それに、デートで恋人同士が手を繋ぐことはそんなにおかしなことでもありません。ですので、ええ、まさか断りませんわよね?」


「こ、この……!」


「おほほっ、おーっほっほっほお!! こうなれば道連れですわっ。正直なところティアさんのペースで進めてもよかったのですけれど、いじわるするなら話は別ですわ! わたくしと同じだけ照れて照れて照れまくることです!!」


「ふ、ふん。調子に乗ってさ。別に手を繋ぐくらい楽勝だし」


「あ、指と指を絡める通称恋人繋ぎでお願いしますね。恋人同士が手を繋ぐからにはやはり恋人繋ぎでありませんと。まーあー? どうしても無理だと縋りついて懇願するなら許してあげなくもないですけれどー???」


「……っっっ!? ああもうっ腹立つなぁっ!! こうなったら徹底的にからかいまくってやるんだからーっ!!!!」


「それはわたくしの台詞ですわ!!」



 その後?

 お互い相手のことを責める余裕もなく真っ赤な顔でもじもじして、デートの最後でようやく指と指を絡めるように繋いだティアとシンシアは真っ直ぐにお互いのことを見つめていた。



「てぃってぃっ、ティアっ! わたくし、その、ティアのこと大好きですわ!!」


「うん。私もシンシアのこと大好きだよ」



 これから先も困難は待ち受けているだろう。だがこんなにも大好きな人が隣にいればどんな困難だって乗り越えることができる。


 そして、何があろうとも最後にはとびっきり甘くて幸せになるに決まっていた。

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