3 消えた人の行方
直接的な表現はしませんが、人によっては結末がえぐいと感じると思います。
真相がちらほら示唆されていくので、苦手な方はご注意ください。
それから、サチは毎日が楽しくなった。
サチは世界を観察するように見るようになった。ヨルの世界の話をするためだ。ささいなことでも、サチが新しい話をすると、カイトは楽しそうに笑ってくれる。
すると、色んなことに気がつくようになった。
「先輩。星のカケラって、ちょっと焦げてません?」
「え、そうか? 全然考えたことなかったな」
先輩はふいをつかれたような顔をした。
先輩はトングで星のカケラをつまみ上げる。マスクをちょっとずらした。
「あ、たしかに。ちょっと焦げ臭い」
「ですよね」
サチも星のカケラをつまみあげた。
「あと、ちょっと変な臭いがしますし」
「『町の掃除屋さん』が必要なわけだよ」
先輩は肩をすくめた。
「空から臭いものが降ってくるなんて、変な感じだよな。しかも焦げてるときた」
「星って燃えてるんですかね」
「そうかもな。それはあり得るかも」
先輩はうなずいた。
「火を燃やすと明るいし、星もそういうもんなのかもな」
「せっかくなら、もっと臭くないものを燃やしてくれれば良いのに」
サチがぼやくと、先輩は笑った。
しかし、楽しい日々は長く続かない。
いつ鏡を使っても、カイトはパジャマを着てベッドに座っていた。そのことに気がついたのは、いつだっただろう。
「サチ、今日もお疲れ様」
カイトはいつも穏やかな調子で言う。
「今日も、星はたくさん落ちてた?」
「うん、落ちてたよ。初めて気がついたんだけど、星ってちょっと焦げ臭いみたい」
「そうなんだ、意外だな。てっきり生ゴミみたいなものかと思ってた」
カイトはそう言ってから、激しく咳き込んだ。
「ちょっと、カイト」
「ごほっ。ごめんっ、ちょっと待って」
カイトはゆっくりと深呼吸をする。呼吸している間にも、何度も咳が出てきている。
――最近のカイトは、ちょっと咳が多いような気がする。
サチはぎゅっと手を膝の上で握った。体調が悪化しているのかもしれない。
しかし、カイトは自分の体のことはあまり話したがらない。サチは彼のことを何も知らない。
ようやく咳が収まると、カイトは水を飲んでから言った。
「ごめん、最近、こんなことが多くて」
サチは勢いよく首を横に振った。
「カイトが謝ることじゃないよ」
「ありがとう」
カイトは青白い顔で微笑んだ。
「ごめんね。ちょっと調子が悪いから、今日はもう寝ることにする」
「わかった、気にしないで。お大事にね」
「うん、おやすみ」
カイトが言った途端、鏡から彼の姿が消えた。ただの鏡に戻ったそれは、サチの顔を映している。
――自分には何もできない。病気を治すことおろか、そばにいて手を握ることすらできないのだ。
鉄の味がして、サチは唇を強く噛んでいたことに気がついた。真っ赤な血。健康的な血が、彼女の唇に滲んでいる。
カイトと話しているのは楽しいけど、とても苦しい。
カイトのことを考えると、サチは胸の奥がぎゅっとつかまれるような心地がした。
それを見たのは、そんなある日の帰り道だった。
「何、あれ」
サチは崖の上を見て、立ち止まった。
「……もしかして、飛び降りようとしてる?」
つぶやいた途端、背筋を冷たいものが走った。
――これは、やばいのでは?
お願いだから、あんなところから飛び降りるなんてことは止めてくれ。
サチは弾かれたように走り出した。
崖の上に着いた時、その人は綺麗な姿勢でそこに立っていた。
その人は、飛び降りることはせず、空に向かって両手を伸ばしている。
「ちょっと待って! 変なことは考えないで!」
サチが大声を出した時。
その人の姿が、すっと消えた。まるで魔法のように。
「え?」
サチは素っ頓狂な声を出した。
サチは慌てて、その人がいたところに走った。しかし、そこには服しかない。
いや、違う。他にも何か落ちている。
――どうして、ここに星のカケラが落ちてるの?
毎日のように見ているサチにはわかった。そこには、間違いなく星のカケラが落ちていた。
何だか嫌な予感がした。
しかし、サチはそれ以上何かを考えたくなかった。何も考えずに、家に帰って眠りたかった。
その数日後、サチはカイトが手術を受けることを知った。
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