2 ヒルの世界との通信
今日は仕事が休み。ダラダラしていても、誰も文句は言わない。
ゆっくりと起きて図書館に行ったサチは、家に帰ってくるなり部屋にエアコンのスイッチを入れた。シャワーを浴びて出てくると、うん、ちょうど良い温度。サチはタオルを頭からかぶって、借りてきたばかりの本を取り出した。
サチは本が好きだ。今日借りてきたのは、まじないの本。
「流れ星、流れ星っと」
元来、好奇心旺盛な性格だし、ファンタジーな話だって嫌いじゃない。先輩から聞いた流れ星の話は、サチの心をくすぐるには十分すぎた。
「えっと、ここかな」
ウキウキしながらページを開く。
――流れ星にお願いをしてみよう。もしかしたら、叶えてくれるかも!
ピンクの文字の見出しは、何とも可愛らしい。
サチは思わず笑顔になった。小さい頃にやっていた、おまじないみたい。
――流れ星は必ず一つのお願いを実現させてくれます。ただし、それにはある条件が必要なの。ここから先は、閲覧注意!! 覚悟して読んでね。
なにこれ、ちょっと怖いんですけど。
サチは笑って、席を立った。冷蔵庫からレモンソーダを取り出し、お気に入りのコップに注ぐ。
うん、これで良し。腰を据えて、閲覧注意に取り掛かろうではないか。
本の前に戻ったサチは、あれ、と首を傾げた。さっきとは別のページになっている。
冷たい風が、サチの顔に当たった。
ああ、エアコンの風量が強かったのか。
サチはピッとエアコンの風量を下げる。それから気を取り直してさっきのページを開こうとして、ふと手を止めた。
「ヒルの世界との通信方法……?」
え、待って。そんなもの、あるの?
サチはそのページに目が釘付けになった。せっかく持ってきたレモンソーダすら飲まずに、立ったままで本を読む。
――ヒルの世界とヨルの世界は、決して交わることがないと思っていませんか? 実は、ヒルの世界とは、鏡を使って通信することができちゃうんです。鏡を南南西の方向に向けてセットし、呪文を唱えながら右手の人差し指と薬指を鏡に触れさせる。ほら、簡単でしょう?
うん、簡単だね。だけど、そんな簡単で良いの?
半信半疑で、サチは書いてあるとおりに呪文を唱えた。
すると次の瞬間、鏡に知らない男の子が映った。
綺麗だけど青白い肌、色素が薄い茶色の瞳、ほっそりした体。いや、ほっそりというよりは痩せすぎている。パジャマの隙間から見える鎖骨は、くっきりと浮かび上がっていた。
え、本当だったんだ。
「えっ、本当だったんだ!」
サチが思っていたことを、彼が口にした。
「もしかして僕、夢見てる? これ、現実?」
「えっと、現実なんじゃないかな」
サチはおっかなびっくり言った。
「私こそ、夢、見てない?」
「見てない、見てない。ほっぺたつねってみなよ」
「……痛っ!」
サチが声をあげると、彼は楽しそうに笑った。
「僕はカイト。ヒルの世界に住んでいるんだ」
「私はサチ。ヨルの世界で、掃除屋さんしてるよ」
「掃除屋さんなんだ。そっちには、そんな仕事があるんだね」
カイトは感心しながら言った。
「まさか本当につながるとは思わなかった」
「私も」
「やってみて良かった。まさか、異世界とつながる方法が本に載ってるなんてね」
自分と同じだ、とサチは嬉しくなった。
「ねえ、サチちゃん」
「何?」
「僕にヨルの世界のことを教えてくれないかな」
カイトは言った。
「せっかく異世界とつながれたんだ。情報交換しようよ、お互いの世界のことを」
「それ、賛成」
サチは目をキラキラとさせた。
「私も知りたかったの、ヒルの世界のこと。タイヨウのこととか、空が青いってこととか」
「そんなことなら、いくらでも」
まかせてよ、とカイトは胸にこぶしを当てた。
「僕もツキとかホシとかのこと、知りたいな」
「うん、もちろん。いっぱい話すよ」
自分の仕事のことを話そう、とサチは思った。星を集めてると聞いたら、楽しんでくれそうだ。
「あと、僕と友達になってくれたら嬉しいな」
カイトはそっと付け足した。
「僕、実はあんまり友達がいないんだ」
「どうして?」
「あんまり体が強くなくて。今も、病院の中にいるんだ」
カイトは困ったような顔で笑う。
と、次の瞬間、激しくむせた。
サチは焦って、手元のレモンソーダをこぼした。
「ちょっと、大丈夫!? お医者さん、呼ばないと」
「ごめん、大丈夫。大丈夫だから、ちょっと待って」
カイトはペットボトルの水を飲み、深呼吸した。
「ごめんね、心配かけて」
「大丈夫?」
「うん。このくらいは慣れてるから」
カイトは「何でもない」というように笑った。
「僕が病気なのは気にしないで友達になってくれると嬉しいな。この体のせいで、外にあんまり出られなくて。病院には同年代の人は少なくて、けっこう寂しいんだ」
「私で良ければ、もちろんなるよ」
「ありがとう」
穏やかにカイトは微笑んだ。
それから、サチは毎日のようにカイトと話すようになった。
話せば話すほど、カイトが素敵な人だとわかる。きっと人と会える機会が多ければ、すぐにカイトは人気者になるんだろうな、とサチは思った。
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