1 町の掃除屋さん
朝になれば太陽が昇り、夜になれば日が沈む。
それが当たり前だった時代は、もう数千年も前の話。
――この世界には、二つの世界がある。太陽がある世界と、月がある世界だ。
世界はその二つの世界に分断された。太陽がある世界は「ヒルの世界」、月がある世界は「ヨルの世界」と呼ばれている。お互いを行き来することはできない。交わることのない世界だろうとされていた。
この話は、ヨルの世界に住む女の子が、ヒルの世界に住む男の子に恋をする話だ。
ヨルの世界には、たくさんの星のカケラが落ちている。
空に浮かぶ星は綺麗だけど、蛍光灯と一緒で寿命がある。
燃え尽きた星は地面に落ちて町を汚す。その姿は、まるでゴミと変わらない。
サチの仕事は、それらの星のカケラを回収すること。町の人は彼女らのことを「町の掃除屋さん」と呼んでいる。
「あー、まったく。あっついなぁ」
今日八回目の文句を言ったのは、サチの先輩。つまり、掃除屋さん。
「絶対おかしいだろ、季節感バグってるだろ。何だよ、まだ六月だぜ? 異常気象にもほどがあるだろ」
先輩は汗とともに文句を垂れ流した。暑い、暑い、暑い。
まったく、もう。先輩はそれしか言えないのか。耳にタコができそう。
口はやかましいほどに動くくせに、星を拾う手が止まらないのがさすがだよなあ、とサチは変なところで感心した。
「何度も暑いって言わないでくださいよ。余計に暑くなるじゃないですか」
サチは汗をぬぐいながら言った。
「先輩、知ってます? 暑いって言うから暑くなるんですよ」
「じゃあ、寒いって言えば寒くなるわけ? そんなのファンタジーだろ」
うんざり、というように先輩は溜息を吐きだした。
「この暑さが少なくともあと二ヶ月は続くと思うとさ」
「やめてくださいよ、そんな現実つきつけるの」
「諦めろ。俺はもう諦めている」
先輩の顔を見れば、もはや溶けている。もしかしたら、先輩の体は氷で作られているんじゃないかな。
先輩の文句は止まる気配を見せない。
「こんなに暑くて、人体は煮えあがらないのが不思議だよな」
「煮えてるんじゃないですか」
「でもタンパク質なんだからさ、人の肉も。暑くなれば白くなるんじゃないの?」
先輩の言葉に、サチはスープに入った鶏肉を想像した。そして、煮えあがる自分も。
――なんてグロいんだ。
嫌な考えを振り払うように、サチは頭を振った。
「そんなこと、あり得ないですって」
「そうかなあ」
「そうですよ! 熱中症になって体が白くなっている人、見たことあります?」
「たしかにないかも」
「でしょう!」
我が意を得たり。サチは手に持っていたトングをかちりと鳴らした。
先輩は顔をあげて、手に持っていたトングでサチを指す。
「サチ、手を休めない」
「すみませんっ」
サチは慌ててトングで小さな星のカケラをつかんでゴミ袋に入れた。
サチが星を拾い始めるのを見て、先輩もふたたび手を動かす。
「にしても、今日は星が多すぎるな。本当」
先輩はパンパンに膨れ上がったゴミ袋に星のカケラを詰め込んでいる。
「流星群がありましたからね」
「流れてる瞬間には綺麗なのに、こんな残骸になっちまって可哀そうに」
先輩はゴミ袋の入り口を一度閉じ、体重をかけて圧迫した。躊躇ない動き。絶対、可哀そうと思っていない。
先輩はつぶれた星を見て、「よし、完璧」とつぶやいた。
「知ってるか、サチ。流れ星っていうのは、願い事をかなえてくれるらしいよ」
「え、そうなんですか?」
サチは目を丸くした。
「うん。あの流れている短い間に願い事を唱えるんだと」
「それはほとんど無理なのでは」
「本当それだよ」
先輩は大きくうなずいた。
「でも、もし星の数だけ願い事がかなうんだったら良いよな。俺らが拾ってるこの残骸は、誰かの望みがかなった痕なんだなーって思えるし」
「夢がありますね」
夢のカケラを拾っている。そう思うと、この大変な仕事も報われそうだ。
「にしても、暑いなー」
先輩、本日九回目の文句。
せっかく良いこと言ったのに。もったいない。
「また、言ってるんですか。暑い、暑いばっかり。いい加減にしてくださいよ」
「誰か、『この異常気象が何とかなりますように』って願ってくれないかなー」
先輩の文句を聞きながら、サチは星のカケラを拾う。
サチの持っているゴミ袋も、やがてパンパンに膨れ上がった。二人は仕事を終えると、膨れ上がったゴミ袋を焼却炉に入れた。
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