エイミー・チャン
R15表現が含まれます。
卒業パーティは夜間に行われた。学生たちは、このパーティによって大人と同じ扱いを受けるようになる。
パーティは前王朝の城を改築した学園の一室で開催されているため、貴族の祝宴にふさわしい様相となっていた。
時刻は午後11時、パーティ会場からバイオリンの演奏が流れてくるのを聞きながらエイミー・チャンは中庭へと向かっていた。
右手には釘と金槌、左手にはわら人形を持っている。
『異世界の“丑の時参り”を参考に作った呪具だ。深夜に近く、対象者から一定の距離内で使うことで効果を発揮するぞ。かなり強力だから、注意して取り扱うように!』
ツインテールの魔女の言葉を思い出し、エイミーはわら人形を強く握った。
これでやっとあの女を葬れるのね。私の婚約者を誘惑した罪、死をもって償うが良いわ。
艶やかな黒い巻き毛に長いまつげ、高貴な紫色の瞳を持った、けぶるような顔立ちをした美女。おまけに裕福な侯爵家に生まれ、常に最高級品を身にまとっている。女なら嫉妬を覚えずにはいられず、男なら誰しもが惚れるだろう。
一目見た時から気に食わなかった。だから様々なデマを流し、遠巻きにされるのを見て嘲笑っていたのに。あの女、わざわざ私の婚約者に近づいて手を取るなんて!あの人ったらそれ以来「シャーロット様」しか言わなくなったわ。私の婚約者なのに。
エイミーの婚約者が怪我をして倒れたのを、シャーロットが駆け寄り手を取って起き上がらせた光景を思い出し、エイミーは歯ぎしりした。
シャーロットからすればただの治癒力の確認だったのだが、当人たちは気づかなかった。
お祭りの時に渡した呪符を、まさか騎士が受け取るなんて思わなかったわ。そのせいで、念のために買っておいた2つ目の呪具まで使う羽目になったんだから。
エイミーは中庭に着くとあたりに人がいないかを確認し、手ごろな木にわら人形を添えた。
中にシャーロットの名前を書いた紙と髪の毛を入れたし、あとはここに釘を打ち付ければいいのね。悪いのはあなたよ。私の婚約者を奪ったんだから。
深呼吸をし、釘を打ち付けようと金槌を振りかぶった。
エイミーはわら人形を設置するのに集中していたため、背後から近づく人物に気づかなかった。
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卒業パーティの翌日、エイミー・チャン男爵令嬢の死体が学園の中庭で発見された。
「被害者はエイミー・チャン男爵令嬢。チャン男爵家の次女で、卒業パーティに参加していたそうです。婚約者のハロルド・キース子爵令息が会場で見たと証言しています」
「死亡推定時刻は、昨夜の11時頃ですね。スカーフのような布で首を絞められたことによる窒息が死因です」
監察医の診断に、トーマス警部は頷いた。
「それから、被害者の手にはシャーロット・ブラックウェルと書かれた紙の入ったわら人形がありました。被害者との関係を調べた方がよろしいかと」
「わかった。あと、被害者を恨んでいた人物について洗ってくれ」
「警部、調べて参りました。シャーロット・ブラックウェル侯爵令嬢との関係ですが、特にこれといったものはありませんでした。ただ、エイミー・チャン男爵令嬢の婚約者が、シャーロット・ブラックウェル侯爵令嬢に介抱してもらったことがあり、男爵令嬢が恨んでいた可能性があります。また、エイミー・チャン男爵令嬢を恨んでいる人物はいませんでした」
「そうか。被害者が恨んでいた人物はいるが、被害者を恨んでいた人物はいないんだな。シャーロット・ブラックウェル侯爵令嬢の当日のアリバイはどうなっている?」
「はい、会場にいた方々に聞いたところ、シャーロット・ブラックウェル侯爵令嬢は一度も会場から出て行かなかったそうです」
「ほう。どうしてそう言い切れるんだ?」
「その、シャーロット・ブラックウェル侯爵令嬢はとても人目をひくので、注目が集まっていたようです。逆に、シャーロット・ブラックウェル侯爵令嬢に注目がいっていたので、他の参加者の行動は目立たなかったようです」
「当日、パーティに参加していた人全員に犯行可能だったわけだな。シャーロット・ブラックウェル侯爵令嬢を除いて」
これは難事件になりそうだ、とトーマス警部は眉間を指で揉んだ。
警察の懸命な捜査にもかかわらず、エイミー・チャン男爵令嬢殺害の犯人を捕まえることはできなかった。