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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-α:ボヌールの醜聞
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召喚する時

 ……姉さんが立ち去った休憩室で、俺は一人黙考する。

 どうにも、スッキリしない感覚。

 どこか、不完全燃焼のまま終わってしまった、と本能が訴えているような感触。


 それは決して、積野大二の逮捕を直に見ていないから終わった実感が無いとか、火災の件以外では推理をしなかったから達成感が無いとか、そういう話では無いと思う。

 普通に考えて、俺が事件の全てに関わることの方が変なのだし。

 まさか、自分が活躍できなかったからと言って、それだけで不貞腐れる程子どもではないつもりだ。


 また、間違いなく今回の事件を契機として発生した、凛音さんの引退について納得出来ていない、という訳でもないと思う。

 いや、納得はしていないし、余りにも突然過ぎたが、それが主要因では無いというか。


 寧ろ、彼女の語った動機に関しては、事件の殆どに関わった人間として、妥当だな、とすら感じているくらいだ。

 積野大二のようなファンの行動を考えれば、「安全のため」に引退する人が居ても、そこまで変でもないだろう。


 いやまあそれでも、火災について真相を見抜いてたらしい彼女が、それを引退の理由に使うのは筋が通っていないとは思っているが。

 所詮、その辺りは凛音さんの判断することなので、俺がどうこう考える話では無いと言われたら、それまでである。


 要するに、姉さんの言う通りに事件はおおよそ解決していた。

 だけども、何となく、おかしな感じがあるのだ。

 どうにも言語化できないモヤモヤが、俺の中に残っているような────。


「……んー」


 終いには困り果てた声まで漏らしたが、無論、それで何か解決する訳でも無い。

 そもそも、自分が何に疑問を抱いているのかよく分かっていないのだから、当然のことだが。

 結果、俺は当てもなくフラリと立ち上がり、当ても無く歩き始めた。


 積野大二の逮捕と、凛音さんの引退について聞いてから一週間。

 俺の思考回路は、常にこの調子だ。


 追加の事情聴取があったり、久しぶりに父親から安否確認の電話が来たり──姉さんから事情を聴いたらしい──と、この一週間で色々あったが、それらの出来事をこなしながらも、俺はずっとこのことを考えていた気がする。

 このモヤモヤが、何なのかを。

 今日、姉さんから事件の報告を聞けば、何かスッキリするかとも思ったのだが、実際にはそう上手いことは行かなかった。


 ──何なんだろうな、この感覚……。


 フラリフラリと、左右に体を揺らしながら、俺は当てもなくボヌール内をうろつく。

 普段なら注意を受ける場面だったのかもしれないが、先述したように現在のボヌールはあらゆることがしっちゃかめっちゃかなので、特に何か言われるようなことは無かった。


 自然、俺は体が覚えている記憶に従い、意図せずに通い慣れた場所へと足を向かわせてしまう。

 事態が落ち着くまでバイトは休止、と姉さん直々に宣言されていたせいで、逆に印象を強めていたのか。


 休止中のバイトに置いて、毎日のように向かっていた場所。

 ボヌール内に設置された、レッスン室へ。

 俺は無意識に向かっていた。




「……あれ、誰か居る?」


 ぼんやりとした意識のまま、掃除の予定もないのにレッスン室の扉を開けると、俺の耳にキュッ、キュッ、というシューズと床の擦れる音が届く。

 引き寄せられるように顔を上げ────俺は二回、驚いた。


 一つは単純に、そこに人が居て、踊っていたという事実に。

 そしてもう一つは、そこで踊っていた人間が、見知った顔であったことに。


()()?……レッスンか?」


 そこそこの音量で、俺は驚きのままに問いかける。

 しかし、余程集中しているのか、彼女は振り返らなかった。

 音楽も流さず、素の状態で踊っているというのに、彼女にはもう別の世界が見えているようだった。


「……天沢ぁー?」


 反応が無いことを確認してから、両手で小さなメガホンを作り、より大きく呼びかける。

 しかし、返事がない。

 素人目にも綺麗だと分かるダンスが持続し、彼女のショートカットがリズミカルに揺れる。


「あーまーさーわー!」


 しびれを切らして、俺はちょっと今まで出したことが無いくらいの音量で呼びかける。

 体育館風の構造も相まってか、レッスン全体に俺の声が広がった。

 あまさわー、あまさわー、あまさわー……と、謎の反響が残る。


 ここまで来ると流石に、天沢の肩がビクッと跳ねたのが分かった。

 連動するように、彼女のリズミカルな動きにはノイズが混ざり、トトト、と彼女は軽くこけそうになりながらダンスを止める。

 そうしてから、ようやくくるり、と振り返った。


「ビッ……クリした。どうしたの?」


 既に俺が来ていることは分かっていたのか、天沢は軽く汗を滲ませた額を拭い、俺の方を、見つめてくる。

 よく考えれば、特に用事はないんだからわざわざ呼びかける必要は無かったな、ということに気が付いたのは、彼女を呼び止めてからだった。




「あー……レッスンか、天沢?確か、今はレッスンとかが満足に出来ない、みたいな話だったけど」


 話題が無いなりに、俺はとりあえず、気になっていたことを聞く。

 というのも、ボヌール所属のアイドルたちは、凛音さん引退の影響を受けて、レッスンの予定すらちゃんと組めない状況にあると聞いていたからだ。


 何でも、突然引退した凛音さんの穴埋めに、別のアイドルが彼女の代役をこなす事例が頻発しており、本来レッスン室を使う予定だった人が時間通りに来れない、ということが多くなっているらしい。

 テレビ出演だけでなく、握手会やら地方のイベントやら、引退していなければ凛音さんが参加しているはずだった仕事は多い。

 結果、本来時間があったはずのアイドルたちが使いまわされているのである。


 そんな状況でトレーナーや講師に来てもらっても、満足なレッスンが出来ない可能性が高い。

 だったら、レッスンはいっそ休止して、とりあえずは穴埋めの仕事の方に注力、ということになっているらしかった。

 俺のバイトが一旦中止になっているのも、このせいである。


 そういう意味の疑問を、俺は天沢にぶつけてみる。

 すると異論は無かったのか、彼女は素直に頷いた。


「うん、そうね。実際、そう言われているもの」

「じゃあ、これは……自主練か?」

「そう。あくまで来なくなったのはトレーナーだけで、レッスン場自体は空いているし……勿体ないでしょう?」


 当然のような顔で、天沢はそんなことを言う。

 一方、俺の方は熱心だなあ、といういつもの感想を覚えた。

 初めて会った時もそうだったが、彼女のダンスに対する情熱は凄まじい。


「ん、あれ、でも……天沢って、自主練禁止じゃなかったっけ?前にそんなことを言っていなかったか?」


 しかしそこで、俺は彼女の特徴をもう一つ思い出す。

 確か、デビュー後にオーバートレーニングになったために、一時は練習そのものを禁じられていたはずである。

 そのせいで、俺たちが出会うきっかけとなった置忘れ事件が起きたのだ。


 ──そう言えば、あれもタブレット端末に関する「日常の謎」だったなあ……。


 過去のことを思い出しながら、俺は天沢に質問をする。

 すると、彼女は呆れたような顔を返した。


「……それ、三ヶ月前の話でしょう?もう、自主練は解禁されているから。松原プロデューサー補にも、許可は貰ってる」

「へえー」

「まあ、個人的な練習は一日二時間まで、とも言われているけれど」


 ──段階的な解禁なのか……。


 何となく、姉さんの天沢に対する対応の指針が分かった気がする。

 最初から完全に解禁すると、またオーバートレーニングになるのでは、という風に思われているんじゃないだろうか、これ。


「じゃあ、これはその二時間の練習の一環、ということか。それで、碌に使われていないレッスン室は丁度良かった、と」

「そういうこと」

「でも、そういう考えをしたのは……天沢だけだった、か?」


 周囲を見渡しながら、俺はそう呟く。

 見たところ、レッスン室には天沢以外の人影はない。


 一時的に席を外している、という訳でも無いようだ。

 多分、普通に最初から来ていないのだろう。

 そう思って問いかけると、どことなく、天沢は影のある顔になって説明をする。


「それは……うん。凛音先輩の引退を受けて、代役の仕事が回ってこない人も、今は色々大変だから……」

「……どんな風に?」

「例えば、凛音先輩のコネで仕事が決まったり、機会を譲ってもらったりしたアイドルって、ボヌールだと結構多いから……そう言う仕事が本当に続くかどうか、変更は無いのか、こういうことになると確認し直さないといけないでしょう?」

「ああー……」

「他に、凛音先輩の口添えでボヌール内に入社出来た、みたいな人だってもしかしたら居るかもしれない。その人たちも、焦っているらしいわ。松原プロデューサー補なんかはそういうのじゃないから、落ち着いた物だけど」


 まあ確かに、と俺は頷く。

 姉さんは性格上、そんなことはしない。

 だが、全員が全員、そういう状況には無いだろう。


 脳裏には、以前グラジオラスがチケットを譲ってもらった、スイーツカフェのことがあった。

 あれは仕事ではなく、即物的なプレゼントだったが、まさにああいうノリで仕事を貰っていた後輩アイドルが多いなら────彼女の引退は、ボヌール全体の営業に響くこととなる。


「勿論、これは私の邪推だけどね。いくら何でも、私たちは凛音先輩のコネで仕事してました、なんて公に言うアイドルも、社員さんも居ないから。ただ、ドタバタしている様子を傍から見て、私がそう推測しただけ」

「ああ、そっか。コネ入社です、なんて公言するはずが無いしな」

「ええ。私の場合は、レッスン以外にそんな邪推が出来る程度には、この一週間は時間があって……本当なら、レッスンどころじゃなかったかもしれないんだけど」


 そう言って、天沢はやや苦笑いをする。

 彼女にしては、珍しい表情だった。


 その意味を少し考えて、すぐに俺は意味を把握する。

 思い返してみれば、凛音さんのコネで仕事を貰っていた、という話は、決して他人事ではない。

 彼女たちも、まさにその一人だ。


「……『ライジングタイム』は、残念だったな」


 敢えて、口にしないことも出来た。

 しかし、向こうから示唆してきた以上、すっとぼけるのもわざとらしい。

 結果、俺は自分から言及することになった。


「……聞いたの?新コーナー自体、無くなる方向で進んでること」

「ああ、鏡が一昨日になって電話してきて……散々、愚痴を聞かされた」


 寂しそうな、或いは悔しそうな顔をする天沢の前で、俺はそんなことを言う。

 すると、天沢は納得した様子で、一つ頷いた。


 そのまま、彼女は膝から力を抜いてその場に座り込む。

 いい加減、疲れていたのだろうか。


 俺もまた、その動きに誘われるようにして、レッスン室の床に座り込んだ。

 そのまま、俺たちは何とはなしに雑談をする雰囲気になる。

 天沢も、自分たちの抱えるモヤモヤをどこかで語りたかったのか、緩い口調で話を続けた。


「話を聞く限り……愚痴を言えるくらいには元気になったのね、奏。だったら、ある意味良かったかもしれない」

「……話を聞かされた時点では、もっと落ち込んでいたのか?」

「ええ。私たち、こういう大きな仕事が消えてしまうのは、初めてだったから……アイドルなら、何度も経験することだし、これがその最初の一回でしかないことは、分かっているつもりだったけれど」


 それでも、耐性が無かった、ということらしい。

 落ち込んでいる鏡の姿というのはちょっと想像しにくいのだが、それでも天沢がこう言うくらいなのだから、相当な物だったのだろう。

 グラジオラスメンバーでもない俺としては、沈痛な表情を浮かべるしかなかった。


「多織さんや桜さんは、芸能界が長いからか、それなりに冷静だったけど……奏や菜月は、ちょっと可哀想だったかもしれない。自分たちなりに、ロケの練習もしていたみたいだし」


 一回だけでも撮影に参加できた分、私はマシだったかも、と言って、また天沢は笑う。

 自虐なのだろうか。

 それを見て。何となく俺は声を出さずにはいられなくなり、こんなことを言ってみる。


「……今回の事件が解決して、警察とかは喜んでいたみたいだが」

「うん……」

「……君たちの場合は、事件が解決したからといって、それで全て解決する訳じゃない。スッキリした感じには、なれなかったんだな」

「……そうかもしれない」


 やはり素直に、天沢は頷く。

 だが、すぐに何か思い出したらしく、慌てた様子で首を振った。


「あ、でも、犯人が捕まって、松原君への疑いが晴れたことは、本当に良かったと思ってるから!そこは普通に嬉しかったというか、その、別に事件が続いて欲しかった訳じゃなくて……そもそも、凛音さんが引退したのは、犯人逮捕の前だし」

「ああ、ううん。そこは別に、そんな気にしなくても」


 何やら俺に配慮してくれたようだったが──事件の未解決を願っていたように聞こえかねないと思ったのか──不要な配慮だったので、俺は手をヒラヒラと振る。

 そもそも、氷川さんの話を信じる限り、警察は実際には俺を捕まえる気はあまり無かったらしいので、そんなに心配されることでもない。

 仮にもっと事件解決まで長引いたところで、俺が逮捕されることは無かっただろう、多分。


 それに────。


「……スッキリしていないのは、俺も同じだから」


 フッ、と。

 思っていたことを、そのまま口にする。

 事件解決で万事解決と行かなかったのは、君たちだけじゃない、と言いたくて。


「……どういうこと?」


 当然と言うべきか、天沢は怪訝な顔をした。

 反射的に、あ、不味い、と思う。

 率直な感想を述べようとする限り、訳の分からないことを口走ってしまった。


 次に、弁明しなければ、とも思った。

 ただでさえ色々なことで疲れているだろうし、これ以上変なことを考えさせる必要は無い。

 忘れてもらうのが一番だ。


 そこまでのことを、俺は一瞬の内に考えた。

 しかし、何故だろう。

 続けるように、俺の口から出てきた言葉は。


「いや実は、今回の事件、俺の中では解決していなくて……」


 弁明もせず、謝罪もせずに。

 天沢の顔を見つめながら、俺はどういう訳だか、話を続けていく。


 普段なら、流石にこんな判断はしなかっただろう。

 俺の抱える個人的なモヤモヤは、あくまでどうでもいいぼやきで、天沢たちの抱える悔しさや悩みは、アイドルとしての今後に関わるもっと重大な物だ。

 どう考えても、今の彼女たちに「事件解決したけど何となく納得できない」なんていう焦点のぼやけた話をするのは、得策ではない。


 しかし、それでも。

 俺は何故か、天沢に話をしていた。


 もしかすると俺も、誰かに悩みを聞いて欲しかったのだろうか?

 思えばこの一週間、姉さんたちボヌール社員とは忙しすぎて碌に話せず、警察関係者には当然会えず、夏休みということで学校の友達と会うことも無かった。

 誰でもいいから、このモヤモヤをぶつけたかった、ということなのかもしれない……天沢と同じく。


「警察の判断にケチをつけるみたいになるけどさ、本当に事件は終わったのかって……」


 最初は、ポツリポツリと。

 次第に、スピードアップして。

 最終的には、一人でまくし立てているみたいになりながら。


 俺は、天沢に自分の心境を語っていく。

 それはどこか、見覚えのある光景だった、


 俺の中に居る冷静な俺が、それは何だったか、なんてことを考える。

 そいつは冷静なだけあって、「最初の事件もこんな感じだった」という記憶をすぐに見つけてきた。


 ああ、そうだ。

 確かに、こんな感じで天沢と話をした経験が、前にもあった。


 場所は、ここではなくてスポーツジムの前だったし。

 内容も、あの時とは正反対だが。


 あの時は、天沢茜というアイドルが叱られない方法を探して────ひいては、彼女がアイドルを続けられるように、ドタバタした物だが。

 今度は、既に引退して、アイドルを続けなくなってしまった人を巡って、ドタバタしている。

 進歩しているやら、いないのやら。


 そんなどうでもいい呟きすら内包しつつ、俺はグダグダと話し続けた。




「まあそんな感じで、この事件が……特に終盤の部分が、本当に解決しているのかなって思っている。『木馬』のことも、凛音さんの引退のことも、何かこう……字面通りに信じてもいいのかなって」


 最終的に、俺はそんな呟きで話を締めくくる。

 我ながら、上手い具合に話をまとめたな、と思いつつ。


 実際、端的にまとめてしまえば、これだけの話なのだ。

 俺が、今回の事件に対する説明を信用しきれていない、ということ。

 それが、モヤモヤの根幹にあった。


 きっとつまらなかっただろうに、ダンスにも戻らずに俺の話を聞いてくれた天沢は、そこで軽く頷く。

 それから、こう問いかけてきてくれた。


「つまり……松原君は、『木馬』はまだボヌール内に潜んでいる、と考えているの?何らかの理由で犯人は証言していないけど、本当は居たのだ、と。警察や松原プロデューサー補の説明を信用しないっていうのは、そういうことになるけれど」

「まあ、そう言うことになるな……この考えの方が、筋が通っていないのは重々承知だけど」


 改めて言葉にされると、信憑性が一気に無くなるから不思議である。

 実際、天沢も半信半疑、という雰囲気だった。

 普通に考えてそれは無い、と思っているかもしれない。


 彼女の考えは、ごく普通の物だと思う。

 常識的に考えれば、この期に及んで、実は「木馬」が実在するという可能性は低い。

 理由は単純で、「BFF」である積野大二が、「木馬」を庇うような理由が特に無いからだ。


 先程の姉さんの話からすると、捕まってからかなり早い段階で、積野大二は妄言を多数吐きながらも、自分の犯行は普通に認めている。

 もし共犯者が居たのなら、普通はそこで証言しているだろう。


 それでも、例えば「木馬」が何らかの理由で積野大二を脅しており、そのせいで証言を渋っているという可能性はあるにはあるが、彼の病状を考慮すればそれは想定しにくい状況だった。

 何せ、積野大二はもう残りの時間が少ないのである。


 基本、脅しというのは何か大切な物がある人に対してこそ効果がある物で、余命短い相手にはそうそう聞かない。

 一日後に死ぬかもしれない相手に「殺すぞ」と言ってもそこまで怖がられないだろう。


 そう言う、余命が短い状況で、積野大二が一体何の証言を躊躇うというのか。

 寧ろ、本当に脅されていたのなら、最後に一矢報いるべく、ペラペラ喋るのが普通ではないだろうか。

 警察に捕まったということは、逆に言えば警察に守ってもらえるということでもあるのだし。


 要するに、様々な点から考えて「木馬」はやはり居なかったのだ、というのが妥当で。

 そもそも、以前山頂で長澤が言っていたように、二人が組むパターンを想像する方が難しいのだが。


 それでも────。


「腑に落ちないって顔してる、松原君」


 少し面白そうに、天沢がそんなことを言う。

 同時に彼女の目線は、ある種の好奇心も抱えていた。

 俺がこのように思い悩んでいる姿というのは、彼女にとっては物珍しかったのか。


「……悪いな、天沢。変なところばっかり見せて」

「いや、それは良いのだけど」


 何とはなしに謝ってみると、すぐに否定が返ってくる。

 そして、ふと思いついたように、彼女はこんな提案をした。


「でも、そんなに悩むんだったら、他の人に相談はしたの?松原プロデューサー補とか」

「いや……姉さんは、流石に忙しそうだったし、話せていない」


 というかそもそも、姉さんに相談出来ていないから、ここまで困ってしまっている、という側面がある。

 俺一人の推理力には当然限界があり、こういう時に一番頼りになる人が手助け出来ていないのだ。

 そう説明すると、即座に、代わりの提案が天沢から飛んできた。


「じゃあ、あの人は?……前に菜月から聞いたのだけど、居るんでしょう?親戚が」

「親戚?」

「そう。ええっと、従兄弟の……」


 そう言われて、パッと二人の従兄弟の顔が頭に浮かんだ。

 俺には、仲の良い従兄弟が二人程居るのである。

 父の兄の娘にあたる人と、父の妹の息子にあたる人が。


 この内、前者は────茉奈(まな)は、こういう話はあまり得意ではない。

 彼女は俺と同い年だし、親戚なのだから似たような思考をしていてもよさそうなものだが、多分彼女はこういう事件には最初から興味を持ってくれないだろう。

 彼女の専門は、メイクと服と虫退治である。


 だから、重要となるのは後者。

 姉さんに無茶振りをされた時も、最初に頼ろうとした相手の────。


「そっか、()()()()()……ここのところ、電話してなかったな」


 ある意味、葉兄ちゃんには失礼な感想かもしれないが、本当に思いついていなかった。

 一度脳内で頼ることを却下していたのと、その直後にグラジオラスの力を借りる、という決断をしてしまったことで、無意識に選択肢から外していたのかもしれない。

 或いは、向こうに彼女が出来たことで、最近は電話を控えていたのも影響したのだろうか。


「確かその人、勘が凄く鋭いんじゃなかった?外の人に事情を漏らすことになるけど、どうせ殆どマスコミに言われている内容なんだから……相談くらい、良いと思うけど」

「ああ、そうだ。もっと早く、思いつくべきだった……助かる、天沢、本当にありがとう」


 ……正直なところ、葉兄ちゃんは、理論的な推理はあまり得意ではない。

 そう言うところは、霧生光さんとかによく頼っていると聞いたことすらある。


 しかし、物事のおかしな点を「何となく」で見つける勘の鋭さは、天下一品である。

 特にこういう、何かがおかしいのにおかしな点が分かりにくい、という時には、是非とも頼りたい相手だった。


 そんな思いに駆られた俺は、天沢の前でスマートフォンを弄り、葉兄ちゃんの電話番号を画面に呼び出す。

 そして、場所を変えるという考えも及ばないまま、コールを掛けた。




 ……果たして、数秒も経過しない内に、聞き慣れた声が聞こえてくる。




『はいもしもし……玲?』

「ああ、そうだ。葉兄ちゃん、起きてる?」

『起きてるが』


 彼の声は、少し眠そうだった。

 夏休みだということで、結構遅い時間まで寝ていたのだろうか。

 或いは単純に、暑いので家に籠り、ゴロゴロしていたか。


 どちらも、有り得そうな話だった。

 昔からこの人は、一人で黙々と変なことをするのである。


『……どうした、突然』

「いやさ、ちょっと、頼みたいことがあって……葉兄ちゃん、今、ちょっと良い?」


 葉兄ちゃんの問いかけを前に、俺は少しばかり口調が幼い物になる。

 ずっと昔、長期休みになるたびに祖父母の家に帰って、葉兄ちゃんと遊んでいた頃の口調だ。


 昔からの習慣のせいか、葉兄ちゃんを前にすると、こういう感じの話し方に自然に変化する。

 茉奈もそんな感じだったし、俺たちの癖なのかもしれない。


『……基本、俺は暇だが。特にこういう、インドア派には辛い時期は』

「じゃあ、聞いて欲しい話があるんだ。長くなるけど……」

『あー、良いよ、細かい部分は。大体分かるから……勘だけど』


 この事件が始まって以来、何度目かの説明をしようとした俺の出鼻を、華麗に挫いて。

 葉兄ちゃんは、実に彼らしい台詞を最初に述べた。

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