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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-α:ボヌールの醜聞
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必然と偶然と悪意を呼ぶ時

「……火災そのものについては、概ねこんな感じだったと思います」


 話が一段落したので、俺はそう言って少し間を置く。

 さらに、目の前の水を口に含んだ。

 いい加減、喉が渇くくらいは喋っている。


 また、そのタイミングを利用して、俺は刑事二人に目で質問を促した。

 プロの捜査官として、今の俺の推理に突っ込みがあるのなら──というか、証拠が少ないので粗捜しはいくらでも出来るだろうが──答えておかなくてはならない。

 果たして、茶木刑事は計ったように、指を三本、立ててきた。


「三つ、疑問がある。良いかな?」

「はい、お願いします」

「じゃあ遠慮なく。君の推理では、発火したのは太陽光が偶然収束したから、だった……そこについて、先程説明を省いていた部分を聞かせてくれ。どうやって、あれだけの火力に至ったのか、という部分」


 そう言われて、俺は現場の様子を思い出す。

 可燃ゴミがほぼ全て燃え尽き、近くの木まで延焼したあの火事。

 大規模とまでは言えないが、小火扱いがはばかられる程度には、火の勢いは強かった。


 あれを思い返せば、中々鋭いというか、そりゃあそう思うよな、という点である。 

 ただし、一つ。

 あの現場では、そうもいかなかった事情があったのだが。


「それについては──これまた妄想ですけど──一応説明が出来ます。彼らが以前、バーベキューをしていたという話を思い出してください」

「バーベキュー、か。さっき言っていたやつだな」

「……七夕のイベントで、あの場所にゴミが積み重なる原因となった出来事ですね」


 その名前を出すと、茶木刑事が何か思い出すような顔を、巌刑事がメモ帳を見ながら納得したような顔をした。

 どうも警察としても、一応そのイベントについては把握していたらしい。

 まあ、そのせいであのゴミ捨て場にはあんなにゴミが貯まっていたのだから、当然関係者に聞くであろう話だが。


「そう、油汚れのついた新聞紙とやらも、その副産物でした。そして当然、あの場所には、バーベキュー絡みで、それ以外の物も捨てられていたはずですよね。食べ物の他に……燃料とかも」

「……あの場所に、バーベキューで使用していた着火剤などが捨てられていた、と言いたいのか?」


 流石に刑事だけあって察しが早く、茶木刑事はすぐに話を把握する。

 こういう人に推理を披露すると、話がスムーズになるので、俺としては実に楽だ。

 それを自覚しながら、俺は彼の言葉を肯定する。


「そうです。使い方によっては一々薪を燃やしたり、ガソリンを掛けたりするよりも安全でしょうしね。野外のイベントなんですから、その手の燃料を使った可能性自体は高いでしょう。多めに用意しすぎて、イベントの後に余ってしまった、なんていうのも、よく聞く話です」

「しかし……だからと言って、それをゴミ捨て場に転がすか?素人判断でも、それは危険だと分かるんじゃないか?」

「まあ、普通はそうですけど……その辺りは、着火剤の処分方法が影響しているんじゃないかと思います」


 そう言いながら、俺は長澤が教えてくれた処分方法を刑事二人に説明する。

 濡れた新聞紙にくるんでから捨てるのが安全、という奴だ。

 恐らく、その方法をあそこの人たちも採用したのではないだろうか、という推測と共に、話をした。


 そして、もう一つ。

 しかし、その処分方法を採用しながらも、同時に彼らは危うい方法をやってしまったのではないか、という推測も付け足す。


 危うい方法というのは、実に単純な手法である。

 完全に、俺の妄想となる部分なのだが。

 彼らは多分────固形タイプの着火剤を、あの大量に積まれていた新聞紙の中に、そのまま埋もれさせてしまったのだ。


 安全を言えば、着火剤というのは、くるんだ上で袋に詰めるのが一番良い。

 だが、一々ビニール袋に入れるのも面倒くさかったのか。

 どうせ可燃ゴミなんだし、一緒に燃やしてもらえればいいや、とでも考えたのかもしれない。


 一応、作法通りに濡らした新聞紙で包むことはしたが、それをそのまま、新聞紙の山の一画に放置したのではないだろうか。

 新聞紙を積む際に、ごちゃまぜにして。

 恐ろしく杜撰なやり方だが、普通は火の気の無い場所なのだし、有り得ない判断とも言い切れないだろう。


 無論、実際にはこの判断は、大いに裏目に出た。

 夏場ということと、山頂ということでゴミの回収が遅いこともあり、着火剤はそのまま放置されていたのだろう。

 要するに、濡らした新聞紙は乾いてしまったのだ。


 その上で、先ほど述べた発火現象が起きた。

 最初、その炎はせいぜい、いくつかの新聞紙を焦がすだけだっただろうが────やがて、着火剤が置いてあるスペースに辿り着いたのだろう。


 イベントの規模と、捨てられていたゴミの量を考えれば、余った着火剤も、それなりの数があった可能性が高い。

 安全な処分方法を面倒くさがる人たちが、着火剤を分散させて置くような手間をかけることも無いだろうし、それらの着火剤は一ヶ所に固めていたと思われる。


 それはすなわち、一つ火が付けば、後は連鎖的に炎上する、ということだ。

 この辺りの条件が揃って、あれだけの火災が起きたのではないだろうか。


「……つまり、あの付近に住んでいた人たちのゴミ処理のやり方にも、火災の責任はあったってことです。もう一度事情聴取に行けば、もっと詳しく分かるかもしれませんけど」


 以上のようなことをつらつらと説明すると、茶木刑事はふむ、と口元に手を添えた。

 恐らく、幾つかの突っ込みどころや、反論が浮かんだのだろう。

 この話は所詮妄想なので、刑事としてはいくらでも噛みつける。


 しかし、流石に重箱の隅つつきで話を止めようとは思わなかったらしい。

 彼は一つ目の疑問にけりを付け、次の疑問に移った。


「よし、最初の疑問については分かった。では、続いての疑問だ。……君の話では、前々からあの場所では野良猫対策にペットボトルを置いてあった、ということだったな?少なくとも、ゴミ捨て場付近には間違いなく存在していた」

「ええ。猫がゴミを漁ったりすると景観的に良くないから、優先的に置いていたんでしょう」

「だが、消防や警察が到着した時、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。もしそんな物があれば、火災の原因としてまず消防隊から報告されそうなものだが……何故、現場からペットボトルが無くなっているんだ?」


 これまた、妥当というか、当然聞かれるであろう質問だった。

 そう、全くその通り。

 俺の推理が正しいのなら、現場からは道端上に置かれたままのペットボトルが見つかっていないとおかしい。

 

 いくら火災が起きたにしても、まさか燃え尽きたわけでもないだろうし。

 何も無い、というのは変なのだ。

 だというのに、警察も消防隊も猫避けペットボトルを見つけていない──見つかっていたら、俺の推理など必要とせず、彼らが自力で真相に辿り着いただろう──のは、何故か。


 実はこの疑問については、火災中の状況的に、思い当たる仮説があった。

 バスを止めてまで現場に行ったことが、妙なところで役に立つ。

 そのことをちょっと可笑しく感じながら、俺は仮説を述べていった。


「その疑問については、現場に居た人の心理を想像すれば、ある種簡単に解けます。何というか、こう、火を見たら当然の反応、というか」

「どういうことだ?」

「……ガンガン燃えている火災を最初に発見して、消防隊もまだ来ていないとなったら、目撃者は何をするかって話ですよ」


 現場の様子を思い出しながら、俺は首の後ろをバリボリと掻く。

 さらに、当時駆け寄った現場の状況と、当時の心境を回想した。


 あの時、俺の心理は、ひたすら混乱していた。

 慌てて姉さんに電話したあたり、相当アワアワしていたのだろう。


 だが、他に現場に居た人たちは、混乱しながらも別のことをしていた記憶がある。

 消火器はどこか、とか何とか言っていた。


 まあ、普通の反応だろう。

 火が盛大に猛っていて、消防車がまだ来ていないのであれば、自分たちで火を消そうとするのは当然の対応だ。

 結果から言えば、消火器の位置がよく分かっていなかったせいで、初期の段階で消し止めることは出来なかったようだが。


 だから、問題にしたいのはここから。

 消火器がすぐに見つからない、と分かった時。

 あの場所に居た人たちが、代わりに何をしたのか、という話である。


 火事が起きているのに、消火器が手元に無い。

 ならば、その次に行うことは。


 もっと別の、オーソドックスな消火手段と言えば────。


「恐らく彼らは、そこで、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。中に水が入ったままのペットボトルに」

「そうか……彼らはそれをそのまま、消火のために使ったんだな?大して量は無かっただろうが、何もせずにいるよりはマシだ、と踏んで、中の水を火にぶっかけた」

「……そして、空になったペットボトルは今度こそ本当にゴミですから、後で自宅のゴミ箱にでも捨てたんでしょうか。これから警察が来るというのに、そのまま転がしておくのもなんですし」


 二人の刑事が、それぞれ納得したような動きを示す。

 どうやらこの推理は、先程のよりはウケが良かったらしい。

 消火のために水をぶっかけるという、想像しやすいことを基盤に置いたからだろうか。


「勿論、水の量が少なかったのと、着火剤のせいで早くから火の勢いが強くなったこともあって、消火自体は出来なかったんでしょうけどね。文字通り焼け石に水で効果は無く、俺が見た光景に繋がっていく訳です」

「なるほど。つまり、君がゴミ捨て場を立ち去った直後に、色んなことが立て続けに起こったんだな?太陽光による発火、着火剤への飛び火、大炎上、ペットボトルの水による消火……これらが全て終わった後に、君が来た」

「……めまぐるしい数分間ですね」


 巌刑事がしみじみと漏らした感想に、俺は深く頷く。

 いや本当に、恐ろしい程のスピードで色んなことが起こり、現場からは迅速に証拠が消えてしまったのだ。

 せめて、ペットボトルによる消火が行われていた瞬間に俺が現場に辿り着いていれば、もっと早く真相が分かったのだが。


「まあ、このペットボトル云々についても、さっきの着火剤についても、また山頂に行って話を聞けば確認できると思います。ゴミ箱を見せてもらうだけで良いんですから」

「そうなるな……それで証言が得られれば、解決か」


 手を打っておこう、と茶木刑事が呟き、隣で巌刑事がメモを取る。

 とりあえず、これで二つ目の謎は解決、ということで良いらしい。

 茶木刑事は三本立てていた指の内、二本を追って一本だけ立てる。


「では、最後の疑問だ、いいかな?」

「はい、勿論。何でしょう?」

「今回の話のメインと言うか、根幹の部分……脅迫犯についてだ。火災があくまで偶発的な物だったのであれば、彼の行動履歴は具体的にどんな物だったことになるのか、君の考えを聞きたい」


 ──やはり、最後は「BFF」か。


 今回の火災に関係がありそうで、しかし関係していない人物。

 この火災に関する謎をややこしくした、元凶と言っていい。

 そこの関わりを、茶木刑事は問うている。


「……まず、脅迫犯がボヌール内部の情報を得ていたことや、今回の撮影について知っていた、というのは間違いないと思います。その点は、今までの認識の通りで良いでしょう。彼は、遠隔操作や情報の抜き取り自体は間違いなくやっていたんです」

「そうだな。そうでなければ、最初の脅迫状をあの内容で送ること自体が出来ない」

「ええ。脅迫犯は、今回の撮影を意識した文章を書いて、送ってきた」


 内心、脅迫犯ではなく「BFF」の方が言いやすかったのだが、刑事たちに言っても意味が分からないだろうから、我慢する。

 何だかんだで、この言い方、姉さんたちとグラジオラスメンバーしか使っていない気がする。


 せっかくコードネームを付けた割に、酷く局所的な使い方をしてしまった。

 そんなどうでもいいことを考えながら、俺は推理を続けた。


「ただ、推理の最初でも言いましたけど、脅迫犯は本当に現場に何かする気も、実際に行ってみる気も無かったはずです。そこまでする度胸は無くて、ただただ脅迫状で混乱させたかっただけ、みたいな」

「なるほど……よくある話だな」

「……というより、脅迫状の大半はそんな物ですがね。悪戯目的というか」


 俺の言葉に、刑事たちは納得を示す。

 彼らもこう言うことには慣れているのか、姉さんとほぼ同じことを言っていた。

 刑事たちから見ても、脅迫状と言うのはそんな存在らしい。


「脅迫状の内容が割とふわっとしていたというか、『不幸になる』みたいな抽象的な内容ばかりだったのも、それが原因でしょう。実際にやる計画も無いから、適当に書いてみた、という感じじゃないでしょうか。それと、仮に後で捕まった時に、悪質だと思われない方が良い、とでも思ったのか」


 もし、これで脅迫状に「殺す」とか「危害を及ぼす」とか書かれてあったら、警戒度はさらに上がっていたし、警察も最初の段階から全力を挙げて犯人を捕まえていたかもしれない。

 そういうのを避けるためにも、どうとでも取れる言い方をしていた──大した話では無い、と思わせたかった──というのは有り得そうな話だった。

 本当に、この時点では悪戯目的だったのだ。


 実際、この目論見は上手くいった。

 警戒こそされたが、撮影の日まで「BFF」は捕まることなく、撮影現場は犯人の目論見通り盛大に混乱して。

 犯人としては、愉快極まりなかったことだろう。


 しかも────現場では、火災まで起きた。


 無論、これは「BFF」の仕業ではない。

 散々言ってきた通り、この火災自体は、ゴミ処理のまずさといくつかのミスのせいで起きた物。


 脅迫状とは、一切の関係が無い。

 不幸な偶然、と言うのが実情だ。


 だが、このことを知った「BFF」は、思ったのだろう。

 これは使える、と。

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