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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-α:ボヌールの醜聞
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芸と信頼と探偵を結ぶ時

 ────結果から言えば、推理会議は特に進むこともなく、ぐだぐだな感じで解散することになった。

 既にある程度調べていたことは報告し終わっていた、というのもあるし、俺への電話で話の趣旨が変わってしまって、流れが止まったというのも大きいと思う。


 何というかこう、推理、という感じでも無くなってしまったのだ。

 情報共有をしただけで、終わってしまった感じもある。


 最後に決めたことと言えば、次は明後日に「姫のアジト」に集合──明日はどうせ俺は凛音さんの方に会いに行かなくてはならないので──ということだけだった。

 また、それぞれ調べられることを調べていきましょう、という話である。


 自然、俺たちはカラオケボックスで昼食がてら軽食を摘まんでから、帰路につくことになる。

 解散時刻はまだ午後一時くらいだったが、夏ということもあって蒸し暑さが物凄いので、その中を突くようにして帰宅。

 それからは普通に、何もせずに明日に備えることになった────。




 ……ただし、一つ。

 捜査と言えるほどの事ではないが、帰宅してからやったことがある。


「ええっと……それで、凛音さんって、どんな人なんですか?」


 カラオケボックスから退去する直前、交換した連絡先。

 そこに電話してから、俺は問いかけをする。

 すると、電話の向こうに居るはずの相手────帯刀さんは「ええー……」と言葉を溜めた。


『基本、優しい人だけどねー。出世作になったあの映画でも、何か凄く礼儀正しかったと思う』

「へえ、そうなんですか?」

『うんー。まあ当時は彼女も無名だったから、ある意味普通なんだけどー……でも、その後もドラマで一緒になったことが、何度かあったけど、そっちでも礼儀正しかったなー』


 定期的に過去を振り返るような間を設けつつ、彼女は記憶を語っていく。

 凛音さんについての印象としてはやや古すぎるエピソードではあるのだが、今のところ彼女の人となりを知るには、こういう話を追っていくしかない。

 故に、俺はふんふんと頷いていった。


 ……俺がこんなことをしている理由は、単純明快。

 事件捜査からは少し離れるが、明日のためにも、凛音さんのことを知っておこうと思ったからである。

 子役時代から面識のある帯刀さんなら、詳しいことも知っているのでは、と踏んだのだ。


 果たして、この行為にどのくらい意味があるかは分からないが、余りに相手を知らな過ぎて変に相手を不愉快にさせてもアレだし、下調べくらいは良いだろう。

 そう思っての、この電話になるのである。


「じゃあ、長澤や天沢が言っていた話通りなんですね、基本。トップアイドルなのに偉ぶらなくて優しいって、二人とも言ってましたけど」

『まあ、そうなるんだろうねー。そもそも、昔ならともかく、今はえばりんぼだったり、性格悪かったりする人は、アイドルのトップには立てないんじゃないー?昔よりも情報の伝わるのが早いご時世だしー……ちょっと失言するだけで炎上するような立場なんだし?多分、凛音先輩自身、そういう振る舞いをし続けるように気を付けているのかも』


 そうなのか、と芸能界の事情に明るくない俺は一人で知識として聞いておく。

 この辺り、流石に子役時代から芸能界に関わっているだけあって、帯刀さんは世間の風潮にとても詳しかった。

 彼女としては、身に染みて理解できる話だったのだろうか。


『だからまあ、明日会う分にも、そこまで気を付けることは無いんじゃないー?もし多少松原君が変なことしても、笑って許してくれるよ、きっと。松原君に、ボヌールのバイトって肩書がある以上は』

「ええと……俺相手に激怒するようなことをしたら、バイトには当たりがキツイ、なんてことを噂されるから、()()()()()()()()()()、ということでしょうか」

『そうそうー。まあ、バイトじゃなかったらそれはそれで、一般人用の優しい振る舞いに切り替えるんだろうけどねー』


 大変だよねー、とある種同情するような声色で、帯刀さんが感想を述べる。

 それには同感だったので、俺は電話を耳に当てながら首肯した。


 ロケバスの中では、バイト相手にも変に優しいな、などと考えたものだが、こうして話を聞くと逆だったのかもしれない。

 彼女のようなトップアイドルは、バイト相手だからこそ、寧ろ優しい振る舞いを見せなくてはならないのだ。


 そうでなければ、「同業者以外の格下の人には横柄なんだ……」という風に、評判を落とす恐れがあるから。

 彼女自身の「素」の性格はどうなのかは知らないが、評判が物を言う商売だからこそ、気を付けているのかもしれない。


「しかし……話を聞く限り、滅茶苦茶大変ですね、トップアイドルって。そんな、評判を気にし続けて、周囲に向けても演技し続けて……」


 しみじみと、俺はそんな言葉を漏らす。

 以前、アレルギーがあるというのにスイーツカフェの記事に参加させられた、とか言う話を聞いた時にも内心ちょっと引いていたのだが、今回の話を聞くと一層その想いが強くなった。

 先程聞いたばかりの、違約金の話がそれを後押しする。


 ちょっと、普通の仕事では求められないようなことを、毎日背負わされていないだろうか、凛音さん。

 知ったかぶりであることを自覚しながら、それでも同情に近い感情を抱いてしまう。

 無論、こんな風に一方的に同情されたところで、凛音さんは別に嬉しくないだろうが。


『んー、でも、そういう演技をすること自体は、そこまで負担にはなってないかもー?前に、そんなことを聞いた気がする』

「あれ、そうなんですか?」


 しかし、そこで。

 ふと思い出したように帯刀さんが声色を変える。

 それにつられて、俺は会話を重ねた。


「何か、思い当たることでも?」

『思い当たることっていうかー……あんまり有名な話じゃないけど、凛音先輩、元々女優志望だったんだよね。だから、演技自体は、結構好きな方だと思うけど』

「女優志望?」


 初耳だった。

 確かに、彼女が今の人気を得ることになった切っ掛けはアイドル的活動というよりは映画の主演を飾ったことにあるが、女優志望という話は聞いたことが無い。

 そもそも、彼女は前歴が非公表なので、知る手段がないのだが。


「それ、もしかして本人から聞いたんですか?」

『んー、というか、盗み聞きみたいな?出世作の撮影の時、マネージャーさんとかにぼやいてたの、偶々聞いたんだよねー。劇団とかのオーディションを受けようとしてた頃にアイドルのスカウトを受けて、親が盛り上がって契約しちゃったー、とか。演技だけをしたいくらいだったのに、他のレッスンも多くてキツイー、とか。凛音先輩には珍しい、全然礼儀正しくない態度だったから、よく覚えている』


 まあ私も、控室の位置が近かったから偶然聞いただけなんだけどねー、と帯刀さんが呟く。

 それを聞きながら、俺はちょっと興味深く思った。


 何せ、ネットで検索するだけでは、全然出てこなかった前歴である。

 ある種の野次馬根性で、好奇心を抱いてしまう。


 ──最初からアイドル志望って訳じゃなかったんだ……何か意外だな。まあ、実際には歌やステージの方でも成功しているんだから、演技以外の才能自体はあったんだろうけど。


 そう言う意味では、そのスカウトマンはいい仕事をしたと言える。

 一人のアイドル候補を、女性俳優という枠に囚われさせず、新しい才能を発掘したのだから。 

 尤も、したいこと以外の仕事もやらされる羽目となった凛音さん自身には、本人の言う通りキツイ話だっただろうが。


 ──もしかして、デビューして一年目は大して売れていなかったっていうのは、その辺りに原因があるのか?芝居をしたい彼女と、アイドルとして売り出したいボヌールの間に齟齬があった、とか。


 ついでに、ふとそんなことも考える。

 以前ネットで調べた、彼女のデビュー以降の経歴。

 映画出演を果たすまでは、あれほどの容姿とオーラを持つというのに、売れていなかったというエピソード。


 芸能事務所としては古参であり、アイドルプロデュースにも当然長けているであろうボヌールにしては、不甲斐なく聞こえる話だったが────アイドル側のやりたいことがかみ合っていなかったというのなら、それもちょっと分かる気がする。

 どうしたって、彼女の興味にそぐわないことに全力を傾けるのは、本人としては厳しい物があっただろうし。


 場合によっては、当時のボヌールと凛音さんの関係性は、それなりに悪かったのかもしれない。

 最早、明日の面会とは全く関係なくなっていることに気が付きながら、俺はそんな考察に現を抜かすのだった。




 ────そして、時間は飛んで、当の翌日。

 すなわち、凛音さんとの約束の日があっという間にやってきた。


 当然だがこの日、俺は朝早くから、碓水さんに指定された場所に向かっていた。

 初日もそうだが、俺の今年の夏休みは、毎日かつてない程早起きである。

 変な話だが、今回の事件が俺の生活を健康的にしている節すらある。


 何にせよ、目的地は映玖市にある大きな体育館。

 その場所こそ、俺が呼び出された握手会の会場だった。


 仮にこの会場が遠かったら、行くのもかなり大変だったのだろうが、幸いにしてそこは映玖市の中心部にあり、俺の家からも自転車で行ける位置にあった。

 自然、碓水さんからの指示も「呼び出しておいて申し訳ありませんが、ご自分で移動お願いします」という物である。


 故に、俺は真夏の空の下、再び自転車を漕ぐことになった。

 無論、迷うことなくサクッと到着したが。


「……ええと、ボヌールより来ました、松原玲です。控室に繋げていただけますか」


 会場に着くや否や、俺は関係者用入口の手前で、門番のように立っていた人に名札を見せる。

 すると、向こうは向こうで事情を言い含められていたらしく、すぐにどうぞお入りください、という話になった。


 それは、握手会の開始が迫っていたから、急がざるを得なかった、という事情もあったのかもしれない。

 握手会の開始が午前十一時で、俺がここに来たのが午前十時。

 既に、会場内には参加者が大勢来ていたので──物販などもあり、握手以外にもやることがあるので、早めに来る人も多いらしい──さっさと終わらせたかったのだろう。


 結果、俺は流しそうめんの麺のようなスピードで控室に通された。

 こっちはまるで会う覚悟も出来ていないまま、凛音さんに再会した形になる。


「凛音さん、仰られていた松原君、到着しました」

「あ、はーい!」


 スタッフさんに引き連れられて控室らしき部屋に入ると、すぐに帰ってくるのは、実に明るい声。

 室内の一画、大きな鏡の前に座った女性が、くるりとこちらを振り向く。

 言うまでも無く、凛音さんだ。


 瞬間、俺はくらり、と軽い眩暈に襲われ、同時に目に浅い痛みを感じた。

 比喩でも嘘でもない、本気でそうなったのだ。


 前に天沢も言っていたが、生で彼女に会うのは、ちょっと俺の平凡な眼球には負担が強い。

 特にファンという訳でもないが、こういう対応をしていないと、色々保たないのだ。

 自然、俺は僅かに目を細め、その隙間から彼女の様子を伺った。


 ──……メイクしているな、衣装も……。


 声には出さないが、まず、彼女の格好に密かに驚く。

 握手会開始の一時間前だというのに、彼女は既にがっつりと化粧をしていた。


 ドレスみたいな衣装を着て、顔もメイクでバッチリ作って。

 何というか、完全版とでも言うべき姿になっている。


 恐らくあれは、握手会に臨むための衣装なのだろう。

 当然というか何というか、ロケバスで見た時よりもさらに、容姿が磨き上げられている。


 白くてフリフリとした飾りのついた、名前のよく分からない衣装と、アップにまとめた、これまた名前が分からない髪型。

 それらを揃えて椅子に座り、反射的にかこちらを見つめる彼女の姿は、異様なまでに輝いていた。


「では、また時間になったら呼びに来ますねー」

「はーい、我が儘言って、申し訳ありませんでした」

「いえいえ、一人案内する程度、全然……!」


 そんな気持ち悪い観察をしている内に、トントン拍子で会話は進んで。

 元々知り合いなのか、割とフランクな感じのまま、スタッフさんが立ち去る。


 元々、その控室には──どういう訳か──凛音さん以外の人が居なかったので、必然的に俺は、凛音さんの前に取り残される形となった。

 途端に、気が焦る。


「あ……松原玲です。ええとその、仰られた通り、来ました」


 意味も無く緊張しながら、俺はとりあえず挨拶をした。

 一昨日、ロケバスで味わったのと全く同じ感覚が、心臓の裏を走る。

 二度目だというのに、全く慣れない。


「玲君、また肩が硬いって……リラックス、リラックス、ね?」


 それを、彼女は分かっていたのか。

 俺とは対照的に、物凄く慣れた様子で、彼女は俺に語り掛ける。

 口癖なのか、前にも聞いたことがある言い回しを繰り返してきた。


 無論、そんな言葉一つで緊張が解けたら苦労は無い。

 彼女の配慮空しく、俺はますます肩を強張らせる結果に終わった。

 トップアイドルを前にして何故か一人佇んでいる、という現状に、意識がついて行っていない。


「……まあ、とりあえず座って?握手会が始まるまで、余裕はあるから。メイクも衣装も、ちょっと早めにやってもらったし」


 すると、こんなことを言って、彼女は俺に椅子を勧めた。

 俺の緊張が解けていないのは察していたのだろうが、待っていても解れるものではない、と予測していたのだろう。

 何というか、「自分を目の前にして、緊張したまま固まってしまう人が現れる事」自体に、かなり慣れている感じの動きだった。


 ──それに慣れるっていうのも凄い話だな……いやまあ、俺がまさにそれになっているんだけど。


 敬意のような、シュールさのような、変な感覚を抱きながら俺はその椅子に座る。

 そして、当然ながら、彼女とバッチリ視線が合う形になった。


 ……落ち着かない。

 碓水さんとは違う意味で、黙ったままではいられない雰囲気だった。

 こういうのを、風格、というのかもしれない。


「それで……その、どういうご用件でしょうか?」


 結局、自分の落ち着かなさを誤魔化すべく、俺から質問を放った。

 この動揺も、彼女の慣れ故に見抜かれているんだろうな、とは分かっていたが、どちらにせよ話を進ませないことには何も始まらない。

 事実、凛音さんもそこで、話に本腰を入れたような顔になった。


「その前に、まず謝っておくね。本当は私から行くべきなのに、玲君を呼び出す形になってしまってごめんなさい。どうしても私の予定は、ずらすことが難しくって……」

「あ、いえ、それはまあ、全然。どう考えたって、俺の方が暇ですし」


 厳密には、俺も捜査やら何やらをしていたので、決して暇では無かったのだが、まさかそんなことを彼女に言う訳にもいかない。

 自虐風に答えるのが精一杯だった。


 すると、どういう訳か凛音さんはちょっと不思議そうな顔をする。

 そして、こう続けた。


「そう?今に限っては、玲君も暇じゃなかったでしょ?……聞いたよ、警察の話。取り調べも受けたって」

「あー……お聞きでしたか」

「それはまあ、ね?私も事情聴取は受けたから」


 ──そうか……この人も当然、「撮影現場でバイトの高校生が何をしていたか知りませんか?」と聞かれたのか。


 そう言えばそうなるよな、という理解をする。

 同時に、何となく俺がここに呼ばれた理由も分かった気がした。

 つい、それを俺は口にする。


「あのー……もしかして、そのことで俺は呼び出されたんでしょうか?その、放火したかどうか、凛音さん自身も気になって問い詰めたくなった、みたいな」


 そうだとしたら、ここに呼び出されたのも腑に落ちなくもない。

 俺を犯人と並んで、自首でも勧める気なのだろうか。


 俺としては、納得出来る推察だったのだが────俺が、そう口に出した瞬間。

 凛音さんはきょとん、とした顔をする。

 そして、突然フフッと、如何にもおかしそうに噴出した。


「アハ、アハハッ!……違うって、玲君。それはちょっと、自分を悪く見すぎだって。だって玲君、してないでしょ、放火?」

「え、ああ、はい……まあ、してませんけど」

「それは最初から分かっているって!簡単な推理だよ」


 ──推理?


 聞き覚えがありすぎて、しかしこの状況では聞くはずのない単語。

 それが、凛音さんの唇から飛び出てくる。


 そのことが不思議で、俺は意識せず、顔が怪訝なそれになっていた。

 凛音さんもそれが分かっていたのか、補足が続く。


「だってほら、私、ロケバスで玲君に会っているでしょ?撮影開始前の」

「ええ、会いましたね」

「その時、玲君は大して荷物なんて持っていなかったしね。放火犯なら、もっと色々荷物を持ち込むんじゃない?ライターとか、燃料とか……」


 まあ確かに、という視点から俺が擁護される。

 天沢や長澤が昨日言っていたことと、概ね同じ論旨だ。

 実際、俺はやっていないんだから、合っているのだが。


「勿論、ライターはポケットに収まるし、着火剤とかを使ったならそこまで嵩張らないしね。それだけならやっていないとは言い切れないけど……でもあの時、玲君、茜ちゃんと話していたでしょう?」

「はあ……まあ、話してましたね」


 撮影開始前、緊張しまくっていた天沢を、変なやり方で励ましていた時のことである。

 そう言えばあの話、途中から凛音さんも立ち聞きしていたような記憶がある。


「あの時の玲君、茜ちゃんがリラックスして撮影に臨めるよう、頑張って励ましていたよね。傍から見ていても、凄く一生懸命に言葉をかけてるなって感じだった。小さなことでも、色々理屈をつけてて」

「あー……そうでしたか」

「そうだよ?それを見ていたからさ、私、玲君が放火犯じゃないって分かるの。だって貴方が放火犯なら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?放火が上手くいったら、絶対に放送なんてされないのに」


 ──……なるほど。


 これまた、言われてみれば尤もな話で、俺は思わず納得してしまう。

 確かにそれは、放火犯の行動としては変だ。

 無駄になることが決まっている撮影に対して、そこまでの励ましを行う意味など、どこにも無いのだから。


 ──何か、変なところで信用されたんだな、俺。


 嬉しいような、予想外のような。

 言葉にしにくい感覚に陥る。


 あれは本来、完全に事件とは関係の無いところでやっていた行為なのだが、妙な場所で役に立った。

 芸は身を助ける、という言葉が脳裏に浮かぶ。


 ──しかしこの人、中々鋭いというか、理屈っぽい考えをする人だな。姉さんみたいだ……。


 同時に、俺はそんなことも思った。

 ロケバスでの細かいことを記憶している振る舞いと言い、犯人の行動原理のシミュレーションと言い、ただのアイドルとは思えないくらいに頭が働いている。

 推理物とか、好きな性格なのだろうか。


 そう考えたせいか、俺はつい、彼女の推理を頭の中で検証してしまう。

 さらに、矛盾と言うか、反論をすぐに見つけ出してしまった。


「あっ、でも、俺がそこまで見越して演技をしていたら、やっぱり犯人ってことになるんじゃないですか?天沢に疑われないよう、そんな声かけをしてた、みたいな」

「……警察にもそう言われた。事情聴取の時に、今の推理を話したのに」


 俺の反論を聞くと、ぶー、と凛音さんが拗ねたような顔をして、頬を膨らませる。

 どこかで見たように、彼女の年齢を考えれば酷く幼い姿。

 しかし、これを見て幼いと評することの出来る人間など居るのだろうか、と思わせられてしまうに愛らしかった。


「大体、誰にも見られていないところでそんな完璧な演技が出来るような人だったら、バイトなんてしていないでとっくの昔に芸能界に誘ってるって。警察は分かってないと思うんだよね。演技っていうのがどれだけ大変なのか……」


 続けて、彼女は表情を変えずにそんなことを呟いた。

 それを聞いて、俺は昨日聞いたばかりの、彼女が女優志望だった、という話を思い出す。

 演技については、彼女としては一家言あるのだろうか。


 しかし、そんなことはここではどうでもいい、ということにも気がついた。

 彼女の考え方は見事だったが、だったら聞かなくてはいけないことがある。


「ええと、何にせよ……凛音さんは、俺が放火犯じゃない、と確信している、ということですね?」

「うん、そうだよ?」

「それなら……いよいよ、何のために、俺を呼んだんですか?」


 この質問に、まだ答えてもらっていなかった。

 放火犯でもなんでもないバイトを前に、彼女は何がしたいのか。


 疑念を籠めた視線で、俺は彼女を見つめてみる。

 すると、彼女の方も、俺に負けず劣らず不思議そうな顔でこちらを見つめてきた。

 そして、こう告げる。


「何って……それは勿論、話が聞きたかったから。だって玲君、火災現場に最後に訪れた人なんでしょう?だから、話を聞きたい。シンプルじゃない?」

「……話を?」

「うん。玲君が見た物、全部聞かせてよ。そうしたら私────()()()()()()


 さらり、と。

 アイドルの口から出る言葉には似つかわしくないその単語が、再び飛び出てくる。


 グラジオラスメンバーを捜査や推理に関係させている俺が言えたことでは、無いのかもしれない。

 だがそれでも、奇妙な提案だった。

 馬鹿みたいな口調になっている、と自覚しながら、俺は聞き返してしまう。


「推理って……え、犯人、見つけるんですか、凛音さんが?」

「そう。だって今回、私が狙われたんでしょう?だからこそ、自分で犯人を見つける。マネージャーは新人で碌に話も教えてくれないから、一番事情を知っていそうな玲君に聞いた上でね」

「いや、でも……」

「そんなに不思議?……自分の身を自分で守るって、当然の事じゃない?」


 大丈夫、慣れているから、こういうの────。

 そんな言葉を続けながら、彼女は屈託なく笑うのだった。

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