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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-α:ボヌールの醜聞
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豪勢な推理を始める時

 ……そこから時間は一気に飛んで、次の日の朝。

 この日も俺は、朝早くから家を出て、狩野山に向かおうとしていた。


 尤も、早いと言っても流石に、昨日のように午前二時とか、そんな早さではない。

 もっと常識的に、午前九時前後が出発時刻である。

 高校生が夏休みに外出する時間としては、まあまあ普通だろう。


 また、家から出た俺が最初に向かったのが、駅の近くにあるバス停だったというのも、休日の過ごし方としてはよく見られる行動のはずだ。

 誰かとどこかに遠出するために、とりあえずバス停で相手を待つ高校生。

 周囲を見れば、似たような状況の学生がたくさんいて、俺もまたその一人だった。


 ただし、一つ。

 その後の俺の行動は、あまり常識的なものでは無かったかもしれない。


 普通、こうしてバス停に居る高校生が待っている相手と言えば、同じ学校の友達や親戚、良いところ交際相手だ。

 高校生の人間関係なんて、たかが知れているのだから。


 まさか、俺のように────事件捜査の相方を、じっと待っている人など。

 そうそう、居はしないだろう。


 ──そう考えると、異常な環境に居るんだな、俺。女子と遊びに行ったことなんか、高校に入ってから無かったのに、初めての経験がこれって……。


 何となくシュールな気分になり、バス停に辿り着いた俺は一人でちょっと笑う。

 ここまで来ると、何が常識で何が非常識なのか分からなかった。

 人生何が起こるか分からないな、と俺は一人ごちる。


 そして、その状態で待つことしばし。


「……何か面白いことあったんですか?松原さん」

「んー?……眠すぎて笑っちゃった、とかー?」


 不意に背後から、やや呆れた感じの声が二つ聞こえる。

 つられて振り返れば、そこには期待していた二人の姿があった。

 俺とここで会うように約束していた相手────長澤と帯刀さんである。


「ああ、二人とも……ええと、おはよう」

「おはようございます」

「おはよー」


 小さめの麦わら帽子を目深に被った長澤は、いつも通り礼儀正しく。

 髪型を普段とは変えている帯刀さんは、ふわふわとした口調で答える。


 時計を確認すれば、狩野山山頂に向かうバスがここに来るまで、後五分。

 とりあえず、合流は難なく終わったようだ。


「じゃあ、来たら乗ろうか。大分揺られることになるけど」

「はい!」

「はーい……寝て良い?」

「どうぞ」


 一応、現場に行った経験があるのは、ここでは俺しか居ない。

 だからこその言葉を掛けると、めいめいが、如何にもな反応を返すのだった────。




 少し、俺たちが今こうやっている事情を説明しよう。

 話は、昨日のことに遡る。

 俺が、グラジオラスメンバーに力と知恵を貸して欲しい、と言った直後のことだ。


 グラジオラスメンバーの五人に相談し、休憩室で散々話し合った末。

 得られた最終結論は、こんな物だった。


 ────やっぱり謎を解くには、現場を見るしかないんじゃないか。


 ────百聞は一見に如かず、と言う格言に従って、行ってみよう。


 ……まあ要するに、実際に見てみないと分からない、ということだ。

 実に、当たり前な結論と言える。


 六人も集まっておいて、結論がそんなものなのか、と思われるかもしれないが、仕方が無いのだ。

 何というか、現状の俺たちは、とにもかくにも情報が足りない。

 火災現場が消火後はどうなったのか、という簡単な情報すら、当事者である俺や天沢は知らないのである。


 そんな状況でグラジオラスメンバーの知恵を借りたところで、変な相手を犯人だと推理するのが関の山。

 寧ろ、事件の記憶が風化していない今の内に現場をもう一度見に行って、さらなる情報を収集しておいた方が良い。


 昨日、休憩室で話し合っていると、そうなったのである。

 話が段々、誰を現場に向かわせるか、という方向にシフトしていくまで、そう大して時間がかからなかった。


 さて、では再び現場に出向くとして。

 その時は、どういうメンツで行くべきか?

 具体的には、俺一人が行った方が良いのか、それとも他のメンバーも連れて行った方が良いのか?


 そんなことで軽く話し合った上で、選ばれたのが長澤と帯刀さんの二人である。

 先述したように、長澤は何かと細かなことに気がつくので、現場を実際に見に行けば、推理の鍵となるような情報を持ってきてくれるかもしれない。

 また、帯刀さんは──普段が普段なのでちょっと想像しにくいが──演技が達者なので聞き込みに役立つ、というのが下馬評だった。


 無論、現場は封鎖しているだろうし、警察でもなんでもない俺たちが中に入れる道理は無い。

 しかし、土産物屋の店主たちに話を聞くことくらいは出来るだろうし、周囲の様子を見るだけなら何とかなるだろう。

 結果、疑いを晴らさなければならない俺も含めて、こうして出向くことになったのである。


 ……一応、これが中々の問題行為であることは自覚していた。

 多少変装はしてもらったが、事件現場にアイドルを連れて行くというのは、嫌な騒ぎになってもおかしくはない。

 全てが終わったら、姉さんか、もっと偉い人に盛大に叱られるのだろう。


 それでも、もうなりふり構ってはいられない。

 そんな思考が、俺の脳内を埋めていたのか。


 結果、俺はこの行動の問題点にちょっとは気がついていながら、現に二人を引き連れて、狩野山に向かっていた。

 流石に、碓水さんが車を出してはくれないので──彼女は今も、揺れに揺れているボヌールでの対処に精一杯である──こうして一日に何本も無い山頂行きのバスを探して、乗っている訳だが。



 

 而して、話は今現在に戻る。




「……でも、本当に良かったのか?練習とか、そういうの。日曜の午前なのに」


 事件効果なのか、やや乗客の姿が見えるバスに乗車してから。

 俺はふと、隣に座る長澤にそう問いかける。


 彼女たちは昨日からずっと、「何時でも行ける」として言っていなくて、それが嬉しくもあった。

 だが彼女たちは本来、夏休みということで仕事やらレッスンやらが詰まっていたはずだ。


 今更と言えば今更だが、合流してからそんなことが不安になり、俺は改めて聞いてしまう。

 すると、長澤は軽く手を振ってその心配をかき消した。


「……ああ、それは大丈夫です。そもそも今は、ボヌールのレッスン室が使えるような状況じゃないですし」

「え?……ああ、そっか。許可が取れないし、周囲にはマスコミが居るから」

「はい。昨日の昼に、仕事が無い人は事務所に近づかないようにってメールが来てて」


 中学生には似合わない苦笑いを浮かべる長澤を前に、俺は一人納得する。

 話を聞いてみれば、妥当な話だった。


 昨日確認した通り、今のボヌールは今回の事件に加えて、情報流出やら遠隔操作やらで揺れており、レッスンの面倒を見ていられそうな状況ではない。

 加えて、事件の影響か、記者などが来ているらしく、事務所の周囲には見慣れない人影が増えている。

 余程の事情が無い限り、アイドルたちを近づけないのは当然と言えた。


 ──というか、それでボヌールに行かなくてよくなったってことは、「ライジングタイム」の仕事を除けば、この子たちは他の仕事が無かったんだな……。どうしてもボヌールに行かなければならない用が無かった、ということだし。


 自然とそんなことを推理してしまい、俺は何とも言えない気持ちになる。

 そのお陰でこうして捜査に付き合ってもらえているのだから、俺としてはありがたいのだが、少しいたたまれない気持ちになってしまうのは何故だろう。

 その唯一の仕事である「ライジングタイム」の撮影も、こんなことになってしまっているのだから、猶更だ。


「……『ライジングタイム』の他のロケも、今は止まってしまっているのか?確か、天沢の次は、君が……」


 流れで何となく気になって、俺はそんなことを聞く。

 すると、長澤はまた苦笑いを浮かべた。


「そっちの撮影、というか番組の企画自体も、一旦凍結中です……やっぱり、こんなことが起こっちゃうと、安全管理とかそういうのが、問題になったらしくて」

「そうだな……残念だ」


 折角の、グラジオラスが有名になっていくためのチャンス。

 出演が決まった時には、随分と喜んだと聞いている。

 その仕事がこんなことになってしまった彼女たちの気持ちは、想像にも出来なかった。


 というか、仮にこの「BFF」や「木馬」に関する事件を解決したところで、果たして撮影が再開されるかどうかも、現状では分からない。

 場合によっては、犯人が捕まったとしても、「あんな形でケチがついた企画は止めて、もっと別の物にしましょうか」というような話になる可能性もある。

 まだ撮影は始まったばかりだし、損失回避のためにもそういう判断になる、というのは有り得そうな話だった。


 ──そう考えると、今回の事件で一番辛い目に合っているのは、この子たちかもしれないな……。


 終いには、そんなことまで考える。

 極端な話、今回の事件に巻き込まれた人物の内、彼女たち以外の人間は、最終的にはそこまで困らない。


 既に絶大な知名度を持つ凛音さんも、放火疑惑のかかっている俺も、上手く謎を解くことさえ出来れば、そこでもう困らされることはなくなる。

 だが、彼女たちはこの事件の謎が解けたところで、売れるチャンスが減ってしまったという事実に変わりがないのだ。

 初めてのテレビ撮影でこんなことが起こった、という事実が消えることは無い。


 ──……でも、勝手に同情していても仕方が無いか。憐れんだところで、何か救いになる訳じゃない。さっさと謎を解いて、せめて元の状態に戻さないと……。


 しかし、そこで俺はそんな風に頭を切り替える。

 昨日も天沢の隣で考えたことだが、所詮俺は推理しか出来ないし、彼女たちのアイドル活動を実際に手助けすることも出来ない。

 ならば、愚直にでも謎を解いて、横から自分なりに貢献するくらいしか、彼女たちに出来ることは無いのだ。


「まあ……何にせよ、よろしく頼む。俺はともかく、君たちは気楽に、でいいからさ」


 結果、俺は配慮と懇願の中間くらいのテンションで、そんなことを言うにとどまった。

 すると、俺たちの後ろの席に座っていた──そして、眠そうにしていた──帯刀さんが、軽く頷いて。

 そして、長澤がこちらをじっと見てから、「そうですね」と微笑んでくれるのだった。




「うわー……改めて見ると、盛大に燃えたんだなって分かる場所だねえー」


 手刀のような形にした掌を眉のあたりにかざし、帯刀さんが唐突にある種の感動を湛えた声を漏らす。

 同時に、隣に居る長澤が強く頷いたのが分かった。

 どうも、ほぼ同じ感想らしい。


 バスに揺られること、三十分強。

 俺たちは何とか、山頂近くにあるバス停まで向かい、そこからはさらに多少歩いて、山頂にまで辿り着いていた。

 尤もこの場合は、火災現場と言った方が良いかもしれないが。


 そして、警察に封鎖されたままのゴミ捨て場を見た帯刀さんの反応が、上記のそれである。

 俺や天沢のように、実際に炎上する様を見た人ならともかく、完全に部外者だった彼女としては、あのような燃え滓すら新鮮に映るらしい。

 そう言えば、俺たちは火災の写真を撮影していなかったし、彼女に見せてもいなかったな、と言われて初めて思い出す。


「警察がガードしてますから、遠くからしか見えませんけど……松原さんから見ても、あの現場って消火直後のままですか?何か、変わったところとかは有りますか?」

「いや、パッと見た感じ、変わったことは無い。証拠保全っていうのかな、警察と消防が来てからは、あのままみたいだ。ゴミ捨て場も、後ろにあるボロボロの木も、全部昨日のままだと思う」


 改めて聞いてきた長澤の疑問に、即答する。

 事実、火災現場の様子は、昨日の朝、俺たちが立ち去った時から殆ど変わっていなかった。

 恐らく、警察が一通り捜査した後、そのままの状態で放置されているのだろう。


「じゃあ、私たちが今見ているあの光景は、警察官を除けば、昨日のままってことですね?」

「まあ、そうなる。尤も……昨日は流石に、こんなに人も居なかったけど」


 続いての長澤の疑問にも、軽く頷いて。

 それから、俺は後半で苦笑いを浮かべる。

 さらに、言いたいことを明示するかのように、意識して自分の首をぐるりと回した。


 そうして目に映るのは、相も変わらず狭い山頂の空間。

 そして、昨日とは比べ物にならないくらいの規模でたむろしている野次馬たちだった。


 時刻が早いせいか、一応、人だかりが出来ているというレベルではない。

 しかしそれでも、明らかに普段より人通りが多い、と断言できる人数の人々が、めいめい山頂をウロチョロしている。

 俺たちもまた、その一部になっている感じだった。


「……この火事、ネットニュースとかになったらしいしー、それを見に来たのかな?撮影のことまでは分かっていなかったはずだけど、どこかから漏れたのかもー?」


 興味深そうにゴミ捨て場を覗いては、警備している警察官に定期的に追い払われている野次馬の姿を見ながら、帯刀さんがそんなことを言う。

 恐らく、その推測は正解だろう。


 撮影自体は極秘だったはずだが、それでも凛音さんが仕事中に何かあった、ということは既にマスコミ関係に漏れていた。

 だからこそ、ボヌールの事務所周囲にマスコミ関係者が来ているのである。


 火災現場そのものだって、警察が発表せずともネット上で特定が行われているのかもしれない。

 そう言う意味では、この程度の人だかりで済んでいるのは寧ろ僥倖と言えた。


 ──それに、ある程度人が居るのは、悪目立ちしない分良いかもな。帯刀さんや長澤の存在が知られると、色々アレだろうし。


 内心、俺はそんなことも思う。

 酒井さんプロデュースの元、念入りに変装はしてくれているが、それでも野次馬の中には、彼女たちのことを知っている人が居るかもしれない。

 人気のない場所に行って正体を悟られるよりは、こうして人ごみに紛れ込むことが出来るのは、何かと都合がよかった。


「じゃあ、二人とも、準備は良いか?」


 ある程度状況を確認し終わったところで、俺はそれぞれに声をかける。

 すると、帯刀さんはゆっくりと、長澤は真剣な表情で拳をグッ握って見せてきた。

 大丈夫、ということだろう。


「それじゃ、手筈通りに……とりあえず、一時間くらいでまた集まろう」


 それだけ言えば、十分だった。

 弾かれたように、二人の姿が俺から遠ざかっていく。


 まず、帯刀さんが一瞬で雰囲気と口調を変え、土産物屋に入っていった。

 そして、思わぬ形で来訪した客たち相手に忙しそうにしている店主相手に、恐ろしいくらいに無垢な顔を作って話しかけに行く。

 口調としては、こんな風に。


「あのー、すいません。私、普通に山登りしたくてここに来たんですけど……これ、どうしたんですか?事情とか、教えてもらっても……」


 普段とは違う、眠気など全く感じさせない声。

 慌てたように、店主が向き直ったのが分かった。

 恐らく、洗いざらい喋るんじゃないだろうか、彼。


 一方、長澤はするりと小さな体を滑らせ、巧みにゴミ捨て場の方向に近づく。

 無論、警察が警備している以上、中には入れないが、それはそれ。

 上手い具合に見やすい場所を確保したらしく、やや高くなっている場所から火災現場を見つめ、気になったであろうことをスマートフォンに打ち込み始めた。


「……燃えたの、ゴミ捨て場の半分くらいなんですね。後のゴミは不燃ゴミや粗大ゴミで、結構焼け残っている、と」


 彼女たちの様子を見ながら、俺は一人腕を組む。

 そして、改めて現場付近の状況と、昨日俺が経験したことを思い返していった。

 何が起きて、何が疑問なのかを。


 ──しかし、いざ推理を始めたら、アイドル二人が事件捜査の相方……所謂ワトソン役か。豪華というか、何というか……。


 軽い呆れが最初に浮かぶ。

 だが、そんなことは今更だ。

 頭を振って雑念を払い、俺は推理の海に浸っていった。

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