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ベンチ前で探偵を真似る時

「……もしかして『それ』なのか?わざわざ、タブレットをプロジェクターに繋いでいた理由」


 降りてきた推理を受け止めきれず、俺はまず混乱を言葉にした。

 正直ちょっと意外というか、決めつけが過ぎる話のようにも思えたからだ。


 だが俺の感情はともかく、理性の方は既にその推理で納得していたらしい。

 まるで感情的な納得を急かすように、「この推理が正解だとすると腑に落ちる点」が次々と頭に思い浮かんだ。


「確かにその目的なら、大きさ的にはスクリーンくらいの大画面が必要になるだろうが……昨日聞いた、姉さんの話とも符合する。後に用事が控えているのにそんなことするのかって気もするけど、彼女もアイドルなんだし、もしかすると……」


 自分が手に持つスマートフォンと、机の上に置かれたままのタブレット端末。

 さらに壁に設置されてあるスクリーンを何度も見つめながら、俺は思考を進める。


「でも、それだったら何でここで?普通に、レッスン室に来てくれれば良かったんじゃ……」


 連鎖的に、疑問も生まれた。

 しかし、別の記憶がその疑問を解消してくれる。


「いや、そうか。あの時、()()()()()……ああ、なるほど。そう考えると矛盾は無いのか、確かに。この理由で行動するのは、彼女しか居ない」


 姉さんから聞いていた話。

 今日、掃除やら何やらで見てきた風景。

 ここに至るまでに聞いた、彼女たちの特徴。


 その辺りの知識が脳内で融合し、一つの仮説へと変わっていく。

 無論、物的な証拠など無い。

 有り得ると思えるだけの、ただの妄想。


「そうだとしたら、まだ……」


 そこでもう一度、俺はスマートフォンの時刻を見た。

 当たり前だが、そこには先程見た時刻とほぼ変わらない時刻が表示されている。


「これなら、ギリギリ間に合うか……?」


 そう呟いた時には、身体が動いていた。

 俺はタブレットをひっつかみ、自分の荷物も小脇に抱える。

 そして休憩室の電気を素早く消しながら、事務所の外に駆けだしていった。






 ────俺が目指したその場所に辿り着くのには、大した時間はかからなかった。

 まあ利便性や存在目的を考えれば、芸能事務所が「この場所」からそう遠くにあるはずもない。

 ある意味では、事務所と「この場所」の位置関係は必然的な配置なのだ。


 そしてその配置に、今回は助けられた形になる。

 そうでなければ、辿り着くにも一苦労だっただろうから。


 しかし、幸いにして俺は余裕で辿り着いて。

 体力不足からゼーハー言いながらも、さながら尾行をする探偵のように入口で待つことが出来た。

 傍目には探偵というよりもストーカー染みた気持ち悪い行動に映っているのかもしれなかったが、今回に限っては勘弁してもらうとしよう。


 そんなこんなで、近くにあったベンチに座って時間を潰すこと二十分。

 春の乾いた空気のせいで、喉がかなり渇いてきた頃────その場所から出てくる「彼女」の姿を見つけた。


「……あのっ、すいません!」


 視界に「彼女」を認めた瞬間、反射的に身を乗り出して声をかける。

 幸いと言うか何というか、時間帯の割に周囲には人が少なかった。

 駅前だというのに、歩道を歩いている人物は「彼女」しか居ない。


 だからこそ、自分が呼ばれているということをすぐに察せたのか。

 俺の声に聞き覚えなど無かっただろうに、「彼女」はその場で振り向いてくれた。


 驚いているようなその顔を前に、俺はようやくその言葉を告げる。

 置き忘れの後に行われる会話としては、ごくありふれたそれを。


「……忘れ物、してませんか、()()()さん」


 背景として視界に映る駅前のスポーツジム──雛倉ジムとか言ったか──を、確かに認めながら。

 俺は何とか、推理通りの相手に出会えたのだった。




「……ごめんなさい、誰ですか?」


 俺の言葉に対する天沢茜の返答は、シンプルだった。

 すなわち、純粋な疑問。

 加えて、隠しきれない恐怖。


 夕方特有の冷たい空気に身を震わせながらも、彼女は気温よりも冷たい目線をこちらに向ける。

 この反応は意外な物ではない。

 当然の反応だろうな、と俺はそこで一人ごちた。


 向こうは俺のことを全く知らないはずなのだから、こうなるのが普通だ。

 街中で突然、変な男に話しかけられたくらいに思っているのかもしれない。

 というか、状況だけ見ればその理解は正しい。


 ──だから、まずは自己紹介をしないとな……。


 果たして信じてもらえるかどうか不安になりながらも、俺は素早くカードキーやら名札やらを自分の鞄から取り出して天沢茜に提示した。

 昨日の昼、長澤菜月相手にやったのと同じ風景である。

 こう言う時、名刺に相当する物が無いバイトって不便な立場だな、と場違いな思考が頭に浮かんだ。


「ええと、俺、ボヌールでバイトしている松原玲と言います。レッスン室の掃除のために雇われていて……それで忘れ物を見つけたので、貴女のじゃないかと思って届けに来ました」

「掃除のバイト……?」


 突きつけた名札などを見ながら、天沢茜が不思議そうな声を漏らした。

 どうやら、長澤菜月から話を聞いてはいないらしい。

 ()()()()()()()()()()()()()()ので、これまた予想通りの反応だったが。


「天沢さんは忙しかったでしょうから、多分覚えていないでしょうけど……今日もバイトに来ていたんですよ。丁度、入れ違いの形でした」

「……そのバイトって、何時から始まったんですか?今までは、居なかったと思うんですけど」

「ええっと、昨日からです」


 そう告げた瞬間、天沢茜の目が胡散臭い物を見るかのようなそれに変わった。

 嘘ではないか、と疑っているのだろうか。


 無理もない。

 実はもっと前から働いていたんですと言った方が、まだ説得力もあっただろう。


 昨日から突然働きだしたと言うのは、俺が言うのも何だが都合が良すぎるというか、突然過ぎて実に怪しい。

 如何にも咄嗟に考えた嘘です、という響きがある。


 勿論、本当に俺は昨日からバイトをしているのだが、この点を言い連ねても大して信用はされないだろう。

 もっと、一発で信用されるような物を出した方が話が早い。


 そう考えた俺は疑惑を解かないまま、自分の鞄から件のタブレット端末を取り出した。

 彼女たちの姿を映したプリントシールが目に入るように、ずい、とそれを差し出す。


 これの存在こそ、俺がボヌールで働いていることの証明になるだろうと踏んだのだ。

 彼女の落とし物を届けられるのは、ボヌールの人間しか居ないのだから。

 そういう目論見も込めて、俺は説明を続ける。


「これ、グラジオラスメンバーにボヌールから貸し出されているタブレットですよね?……自分の荷物、確認してみてください。天沢さん自身のタブレット端末が、荷物の中にあるかどうか」

「……タブレットを?」


 そこでようやく、自分がタブレット端末を忘れたのかもしれないということを自覚したのか。

 敬語が取れた素の口調で驚いた後、彼女はあたふたと自分の荷物を確認し始めた。

 どうやらジムでの用事や移動に忙しく、今この瞬間まで自分の荷物の確認すら出来ていなかったらしい。


 結果、彼女は慌ただしく路上で荷物を収めた鞄を漁っていく。

 俺への疑念より、忘れ物疑惑のへの恐怖の方が勝ったのか。

 そうしてゴソゴソと荷物を漁ること、数分。


「本当だ。()()()()()……どこかに、置き忘れたのかも」


 ──おお……合っていたか、俺の推理。


 彼女の呟きに合わせて、俺は心の中で歓声を上げる。

 実を言うと、彼女に明言されるまで一抹の不安は残っていたのだが、ここへきてその不安は解消された。


 今現在、彼女がタブレットを持っていないということ。

 今回の推理の答え合わせとして、これに勝る物は無いだろう。

 天沢茜も理解が追い付いてきたのか、先程とは違った目線で俺の差し出したタブレットを見つめ始めた。


「じゃあ、もしかしてそのタブレットって……」

「はい、休憩室に置いてありましたから、貴女の物だと思います。……直に見て、確かめてください」


 そう言ってもう一度タブレット差し出すと、彼女は素直に受け取った。

 外観を一見した後、スッスッと慣れた手つきでパスワードを打ち込んでいく。


 俺には解けるはずもなかったロックだが、当然ながら彼女は一発で解除した。

 途端に、そこには明るいホーム画面が映し出される。


「本当だ。これ、私の……そっか、プロジェクターにつないだまま置いちゃったから……」


 納得したように、彼女は自分の手元に戻ったタブレットの背面をなぞる。

 何はともあれ助かった────彼女の表情が明瞭にそう語っていた。


 そうしてから、彼女はもう一度こちらを見る。

 その表情もまた、先程までとは大きく変わっていた。


「ありがとう、届けてくれて。ええと、松原君、だっけ?……もし、置き忘れたままだったら、今頃叱られていたところだから。本当に、ありがとう」


 目に映るのは、ふにゃりと緩んだ微笑。

 耳に響くのは、思わず零れたという雰囲気の感謝の言葉だった。

 ある程度気を許したのか、口調もタメ口になっている。


 その表情を見た瞬間、俺は届けて良かった、と純粋に思えた。

 クサい言い方だが、この顔を見られただけでも俺が頑張った価値がある気がする。

 自然、俺は謙遜するような言い方で返事をした。


「いえ、俺は別に、ただ単に忘れ物に気が付いただけですから……丁度、このジムの位置も、ボヌールから近かったですし」

「でも、わざわざここまで届けてくれるなんて……よく、私の居場所が分かったね。トレーニングの相談が終わる時間まで、見計らったみたいに」

「いやまあ、時間は偶然ですが。天沢さんの用事が終わるまで、ここで待ってただけですし」


 そう言ってみると、彼女は一度頷いて────「あれ?」という顔をした。

 今まで気に留めていなかった新しい疑問点に気が付いた、という感じの表情である。

 実際に天沢茜は、そこで不思議そうな顔で問いを発してきた。


「ねえ、私、このタブレットにはロックを掛けていたから……忘れ物を拾ったところで、中を見られなかったと思うんだけど」

「ええ、見ることは出来ませんでしたね」

「じゃあ、松原君は、どうやってこれを持ってこれたの?いやそもそも、何で私の物だと分かったの?……他の子に聞いたとか?」


 他の子、というのはグラジオラスの他メンバーの事だろう。

 しかしこの考えに無理があるのは、彼女自身すぐに分かったらしい。

 即座に、その可能性は彼女の手で否定された。


「でもそれだったら、貴方じゃなくてその子が持ってきてくれるわね。私の方にも事前に連絡が来るだろうし……じゃあ、本当にどうやって?」

「そこは推理と言うか、推測というか……色々と、考えたんです」


 路上で長々と説明するのもアレなので、適当に言葉を誤魔化す。

 推理でここを見つけ出したのは事実なのだから、そうとしか答えようがない。

 まるで何かを隠しているかのような口調になってしまったが、長々と真相を語るよりも濁す方が早いと踏んだのだ。


 だが結果から言えば、この返事は失敗だった。

 俺が返事をした途端、天沢茜の表情が再び、疑わしい物を見つめるそれに変わってしまったのである。

 今度は、感謝半分疑念半分というところか。


 最初に「あれ、失敗したか」と思い、次に「それもそうか」と納得する。

 全ての経緯を知っている俺はともかく、彼女の側は俺がどうやって彼女を見つけたのか何も知らないので、こういう疑問も生まれることになる。

 そのせいで少々、危険な流れになってしまっていることを俺は敏感に察知した。


 ──……不味いな。ストーカーか何かかと思われてないか、これ。


 タブレットを届けに来た俺が、実はストーカーであるという可能性。

 すなわち、俺が実はアイドルである天沢茜の事を尾行しており、そのために忘れ物をすぐに届けてきたのだという仮説。


 彼女がアイドルであることを考えると、被害妄想とも言い切れない疑惑だった。

 というか実際、世の中にはそういう事をするストーカーも居るらしい。


 しかしいくら何でも、あれだけ色々と試行錯誤したのにストーカーだと思われてはたまらない。

 慌てて、俺はもう少し詳しく説明することにした。


「あ、いえ、その、本当に色々考えたんです。証拠とか、聞いた話とかをまとめて。それで分かったというか……」

「まとめるって、どうやって?」

「それはまあ、推理で」

「推理するにしても、材料が無い気がするけど……事前に、私のことを知ってたとか?」

「いや、全然知りませんでした」

「……じゃあ、いよいよどうやって分かったの?」


 もう一段階、視線の疑念が増す。

 不味い。

 天沢茜の中で、ストーカー疑惑が深まってしまった気がする。


 ──どうすればいいんだ、これ……。


 泣きたいような気分になりながら、俺は心中でそうぼやいた。

 どうやって渡すかまでは考えていたが、渡した後のことは全く考えていなかった。

 だからこそ流暢に返答することも出来ず、困り果ててしまう。


 結局、そうやってしばらくしどろもどろな会話を続けて。

 端的な説明が出来なかった俺の口から最終的に飛び出たのは、最も原始的な解決法だった。


「……天沢さん、今から、時間ありますか?」

「時間?」

「はい。変な誤解を受けてもアレなんで……もういっそのこと、全部の経緯と推理の過程を話してしまおうと思って」


 半ば自棄になって、俺は妙な宣言する。


「どういう風に謎解きしたのか、今から全部解説しますから……お聞きになりますか?」


 提案しておいてなんだが、普通に断られるかもしれいないと思っていた。

 彼女の側からすると、開き直っているようにも思える発言だ。


 だが天沢茜の方も、俺の迫力に負けたのか。

 或いは純粋に、どうやって俺がタブレットの持ち主を特定したのか興味があったのか。

 割とすぐに、彼女はこう答えてくれた。


「この後用事は無いから、聞けるのなら聞きたいけど……」


 ──あ、良いんだ。


 拍子抜けしたように、そう思う。

 いやまあ、俺にとっては好都合だったのだが。


 変な流れになってきたが、これが一番確実だろう。

 俺が休憩室で七転八倒しながら、どう推理したのか解説する。

 これで少なくとも、ストーカー疑惑は払拭されるはずだ。


 しかし流石に、こんな道端で堂々と長話をするわけにもいかない。

 今までの会話だけでも、十分に通行人の迷惑になっている。

 自然、俺は彼女が出て来るまで座っていたジム前のベンチを指さしながら、こう告げることとなった。


「とりあえず、座りましょうか。あそこで謎解きをしますから……」


 こんなに遠慮しいしい謎解きを提案する探偵役も、世の中にそうは居ないだろうな、なんて。

 そんな馬鹿なことを、俺は口を開きながら考えていた。

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[一言] 機密情報が入ってるからって注意されてるものをバイトが勝手に社外に持ち出すの怖すぎる…
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