表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-α:ボヌールの醜聞

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

69/364

容疑者を断定する時

「なるほど、装置による発火か……普通の放火に比べればかなり手間がかかるが、確かに妥当な手段だ。周囲の目線を恐れるのであれば、最善の手と言っても良いだろう」


 中々面白い推理だよ、と言いながら、俺の話を聞き終えた茶木刑事はそんな評価を下す。

 その雰囲気は先程までとは違っていて、俺は彼が取り調べではなく雑談を始めようとしているのを察した。


 どうも、刑事としてというより、純粋にこの話を聞いた大人として考えたいことがあったらしい。

 何か、俺たちの推理について述べたい意見があるのだろうか。


「そう言う意味では、君たちが考えていることは間違っていないな。面白い話だよ」

「はあ……」

「……尤も、現実的に考えれば可能性が低いのが残念だが。恐らく、今回の件が放火だったとしても、そんな方法は使われていないはずだ」

「え、そうなんですか?」


 さらっと、「最善の手」とまで評価された仮説が否定される。

 そのことに、俺は少し驚いて問いかけた。


 一体どうして、そう断言できるのか。

 そんなことを考えているのが伝わったのか、茶木刑事もこちらを見て、少し説明をしてくれる。


「まあ、根拠は幾つかあるが……分かりやすい根拠を挙げるなら、時刻かな。仮に犯人がそんな発火装置を準備していたというのであれば、今回の事件の発火時刻が妙になる」

「時刻、ですか?」

「そうだ。君自身、言っていたじゃないか。火災による煙が見えたのは、帰りのバスが出発した直後だった。そして、君はそれを見て慌てて降りたのだ、と」


 だから、少し想像してみて欲しい。

 そう前置きして、茶木刑事はこんな問いかけをする。


「今回は幸い、君が火災に気が付いた形になったが……もし、これが放火だったとして、そして()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

「どうなったって……」

「実際に火災に気が付いた君としては想像しにくい話かもしれないが、想像してみて欲しい。実際、有り得ない話では無いだろう?」


 それはまあ、確かに。

 確率的には、十分に考えられる話だった。

 そもそもにして俺が火事に気が付いたこと自体、偶然の要素が強いのだから。


 では、仮にそうなったとして。

 つまり、俺が火事に気がつかないまま事態が進行したとして。


 その場合に考えられることは────。


「その場合……普通に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになりますね。勿論、地元の人が気づいて、後で報告はするでしょうけど、わざわざバスを止めるようなことはしないでしょうし」

「そうだ。つまり、今朝の火災が出演者を含む撮影スタッフに気がつかれたのは、犯人としては幸運の産物でしかない。仮にこれが放火で、遠隔発火装置まで用意してアイドル相手に脅しをかけようとしているのなら、これは考えにくいだろう?普通そう言う装置は、発火時刻を予め設定できるんだから」


 少し、茶木刑事の言葉を咀嚼する。

 数秒して、意味が分かった。


「ああ、そっか。その偶然が起きなかったら、犯人はかなりの手間をかけて放火までしたのに、標的のアイドル関係者には気がつかれないまま、火災が終わってしまうことになる。そんな時刻を発火時刻に設定するはずが無い、ということですか?」

「そうだ。それでは、犯人としてはつまらないというか、不完全燃焼だろう。折角遠隔の装置まで作ったのなら──つまり、その場で捕まるリスクが無いのなら──寧ろ、撮影スタッフが大勢集まっているような時間帯を発火時刻に設定する方が効果的だ。その方が、明確に脅しをかけられるしな。だから、そうだな……」


 そこで茶木刑事は軽く考えこみ、こんな答えを口にする。


「確か、今朝の撮影は日の出の撮影がメインだったんだろう?ならば、セットする発火時刻は、日の出の時刻丁度くらいの方が良い。それなら、確実に脅迫対象であるアイドルが現場にいるし、カメラも回っている。火災なんて派手なことをする犯人としては、狙い目だろう。番組側もまさか火災の様子なんて映す訳にはいかないから、撮影の邪魔まで出来るしな」

「そうですね……撮影時間ど真ん中を狙う方が、はるかに効果的になる。一石二鳥、というか」

「だろう?つまり、仮にこれが遠隔発火だとしたら、犯人は随分と変な時刻を狙ったことになってしまう。もっと効果的な時刻があったにも関わらず、だ」


 もっと言うならば、とそこで茶木刑事はさらに話を進めた。

 話しているうちに乗ってきたのか、流暢な説明である。


「話を聞く限り、今朝のロケ撮影は開始時刻は決まっていても、終了時刻について細かくは決まっていなかったように思える。まあ、撮れ高のある映像が揃うまでどのくらい時間がかかるか分からないんだから、当然だがな。すなわち、撮影スタッフですら、終了時刻は大雑把にしか把握していなかった訳だ」

「まあ、そうでしょうね。実際、俺も朝早いうちに終わるとしか聞いていませんでしたし」

「だったら、終了時刻に関しては犯人も同じ理解だった、ということになる。いかに撮影の情報を手に入れようが、終了時刻までは分からなかった。その意味でも、着火時間はもっと早くないとおかしい。『このくらいの時刻ならまだ現場に居るだろう』という目安が、犯人には分からないんだからな」


 それこそ、実際に撮影が終わった時刻である午前七時前よりも、もっと早くに撮影が終了してもおかしくは無かった。

 午前六時くらいに撮影が終わって、午前七時にはもう撮影スタッフは誰も存在せず、ただただ無人のゴミ捨て場が燃える、ということすら有り得た。


 だというのに、現実の火災は午前七時前に起きている。

 こうなるともう、犯人が設定時刻をミスったと考えるよりも……。

 もっと早くに放火出来るような手段が、そもそも無かったと考えられる。


「だからこそ、この可能性は低い。そんな便利な手段がなかったというのはつまり、直接放火する気だった、ということになるからな。……分かったかな?」


 俺の理解度を推し量るようにして、茶木刑事はそう尋ねる。

 反射的に、こくり、と俺は頷いていた。


 そして同時に、俺は彼の推理に本気で感心する。

 何せ、どれも納得できる理屈ばかりだったのだから。


 ちょっとチャライ感じの雰囲気も相まって、正直彼のことを無意識に軽く見ていた感じがあったのだが、今のでそれは吹っ飛んだ。

 やはり現実の刑事というのは、素人なんてお呼びじゃないレベルで鋭い人たちらしい。

 このやり取りだけでも、そう確信できる。


「……そう考えると、犯人が直に現場を訪れて放火した線で行くよう、課長に言って置いた方が良いかもしれませんね。方針の混乱を避けるためにも」


 そこで不意に、巌刑事の方がボソボソと口を開く。

 どうも、捜査方針について意見しているらしい。

 彼としても、今の茶木刑事の話を的確な推理だと思ったのだろうか。


「そうだな……ただこれは、前から相談されていた脅迫犯と放火犯が同一人物だとしたら、という仮定でしかないがな。もしかすると、放火は放火でも、全く関係ない放火事件──土産物屋に恨みがある人物の犯行とか──かもしれないから、まだ断定出来ない」


 部下の要請を前に、茶木刑事はやや謙遜するようにして、ひらひらと手を振る。

 だがその上で、チラリ、と本音を覗かせた。


「まあ、個人的には撮影を邪魔するために何者かが直に火を付けた、という線の方を推したいところだけどね。先程と同様に発火時刻を深く考えるなら、寧ろその方が妥当だ」


 そう言ってから、彼は「分かるだろう?」とでも言いたげに、俺の方を見る。

 理解できる思考の流れだったので、俺は頷きを返した。


 そう、発火時刻を考察すると、今回の事件は犯人があの場所に直に火をつけた、という可能性の方が高くなるのだ。

 何せ、ロケ隊のバスが出発しようとした瞬間に発火したということは、逆に言えばあのゴミ捨て場付近にはその瞬間、極めて人通りが少なかった、ということ。

 犯人としては、絶好の放火チャンスだった、という言い方が出来る。


 無論、グラジオラスメンバーたちに言った通り、俺が立ち去ってからすぐに着火するという慌ただしい犯行にはなるだろう。

 しかしこれも、「撮影中は俺の視線を気にして犯行に及べなかったが、人が少なくなったので遂に実行した」と考えれば、あの時間帯に放火が行われたこと自体は、寧ろ納得できるのだ。


 尤も、それはそれで、例の「青空密室」の謎が残り、犯人がその後どこに消えたのかが分からないので、堂々巡りでしかないのだが……。






「よし、聞きたいことは大体これで終わり、かな……長くなってすまなかったね。つまらない推測を言っているうちに、随分と話し込んでしまった」


 ……そんな推理を聞かされてからも、詳しい事情聴取は続いて。

 さらに十五分程経過した時、茶木刑事は唐突にそんなことを言った。


 どうやら、いつの間にか彼としても予想外の長居をしてしまったらしい。

 不意に慌てたように時計を見てから、彼は俺に対して頭を下げ、さらに細い腰を上げる。


「とりあえず、今日はこれで帰ってくれて構わないよ。もしかすると、この先もいくらか事情を聞くことがあるかもしれないが、その時はまたボヌールに連絡をする。逆に、君としても何か思い出すことがあれば、私か巌に連絡して欲しい」


 そこから、刑事ドラマのテンプレート風なことを早口で告げて。

 茶木刑事と巌刑事は、俺に二人分の名刺を強引に渡して去っていった。


 何でも、彼らはこの後、撮影スタッフに話を聞きにいくらしい。

 それが仕事とはいえ、やはり大変そうである。

 そのせいか、俺は疲れを労うように軽く手を振りながら、彼らが立ち去っていくのを見臆する形となった。


「さて、それじゃ俺はどうするか……」


 そこで残る唯一の用事を終わらせた形となった俺は、ふと、そんなことを呟く。

 同時に、自分が一気に手持ち無沙汰になったことを察した。


 今日は掃除のバイトも入っていないので──撮影同行があったので勘弁してもらったのだ──、事情聴取も終わったこれ以降は、本格的にやることが無い。

 特に指示されている訳でも無いが、多分もう、後はフリーで良いのだろう。

 端的に言えば、暇になったのだ。


「色々刑事さんたちの話を聞けたから、そのことについてグラジオラスメンバーと話すってのもアリだけど……」


 暇に任せて、不意に独り言を呟く。

 だが、口にすると同時に、それも何だかなあ、という気分になった。


 ほんの三十分前までならば、俺はすぐにそうしていたのかもしれない。

 だが、何となく今回は、気が進まなかった。


 何せ、刑事と直に話すことで改めて実感したのだが、これは重大な犯罪にまつわる話である。

 冷静に考えてみれば、アイドルたちを変に関わらせるべきことじゃない。

 犯人が未だに捕まっていない以上、これからも何か、別の事件が起きる可能性だってあるのだから。


 ──それに、茶木刑事とか巌刑事とか見てると、「ああやっぱり」って思っちゃうしな。


 ついで、そんなことも思う。

 ここで言うやっぱりと言うのは、極めて単純な話。

 普段の「日常の謎」ならともかく────やっぱりこういう事件は、警察が捜査すべきだろう、という常識的事実である。


 当たり前と言えば当たり前のことなのだが、本物の刑事事件というのは、素人探偵がでしゃばるような話じゃない。

 というか、俺たちの考えた仮説が茶木刑事に即否定されたことから分かるように、素人がどう考えたところで、プロの思考は越えられないのが普通だろう。


 今までの「日常の謎」は基本的に、解いてくれる人が他にいなかったから自分で考えざるを得なかった。

 しかし、今回はそうじゃない。

 当然ながら、プロに一任できるのだ。


 それを自覚してしまった分、グラジオラスメンバーとの推理談義には意欲が湧かなかった。

 鏡辺りはあんな性格だから、事件の続報を聞きたがっているかもしれないが、こればっかりはやる気が無い。

 ただでさえボヌール自体が混乱しているのだから、彼女たちにはもっと、有意義なことをやって欲しい、とすら思ってしまう。


 ──そうなると、さっさと帰っておくのが無難、か。


 現時点でのグラジオラスメンバーの所在は分からないが、ここに留まっていると、彼女たちと出くわしてしまう可能性がある。

 そうなると必然的に「事情聴取どうだった?」という流れになり、少々望ましくないだろう。

 後のことは警察に任せて立ち去りたいのであれば、手早く、自転車を走らせるのが吉、ということだ。


「んじゃ、碓水さんに帰ることを報告くらいしておくか……」


 そう呟きつつ、俺は素早く第一会議室から出て、廊下にまで出てくる。

 その上で、扉の前で自分のタブレット端末を取り出した。


 元々、俺に事情聴取が終わるまでの待機を命じたのは碓水さんだった。

 一応、帰る前に一報入れておくのが筋だと思ったのだ。


 だから、俺はさらりと碓水さんとのトーク画面を開いて、手早く帰還の件を報告する。

 報告と言っても、二文、三文の文章を打ち込むだけの事だったが。

 事情聴取も終わったし、帰ります、という内容のみである。


 そして、それを打ち終わって、一息ついた瞬間────。


 ────不意に、俺の()()()()()()()が鳴りだした。


 ボヌール支給の、タブレット端末の方ではない。

 俺が元々持っているスマートフォンが、ベルの音を奏でたのだ。


「何だ……?」


 碓水さんに帰宅を報告した瞬間の、この通話。

 一瞬、彼女が俺に掛け直してきたのだろうか、などと考える。


 無論、それは有り得ない。

 タブレット端末の方ならともかく、彼女は俺のスマートフォンの番号までは知らない。


 必然的に、画面に映し出された名前は、もっと親しみのある名前だった。

 山頂で通話して以来の、姉さんの名前である。


 ──……姉さん?今になって、また何か起きたのか?


 訝しく思いつつ、俺は通話の表示を押す。

 その瞬間に、『もしもしー?』と、疲れを感じさせない姉さんの声が響いてきた。


「はい、もしもし、玲だけど……どしたの、姉さん」


 不思議に思いながら、俺は電話に出る。

 忙しいと思ってボヌールに戻ってからは電話していなかったのだが、向こうから掛けてくるとは思っていなかった。

 自然、意図を探るような話し方をしてしまう。


『今、やっとボヌールに戻ったところなんだ。それで心海から今回の報告を受けたんだが……お前、事情聴取終わったんだって?』

「ん、ああ、そうだけど」


 どうもこの人、先程の俺から碓水さんへに送った文章を覗き見していたらしい。

 それで、暇になったと察して電話してきたのか。

 何故この瞬間に掛けてきたのか、理由が分かった。


「ええと、それで、何の用?」

『いや何、警察に倣う訳ではないが、ちょっと私もお前に話を聞きたいと思ってな……今、大丈夫か?』

「いやまあ、時間は大丈夫だけど」


 寧ろ、暇だしさっさと帰ろうとしていたところである。

 つまり、時間は常に大丈夫だが。

 そんなことよりもまず、目的が知りたくて、率直に聞いてみる。


「でも、俺の話を聞いてどうするんだ?火事の状況とかなら、碓水さんだって知っていると思うが」

『ああ、そこは既に報告を受けている。自然発火か放火かすらまだ分かっていない、ということもな』

「だったら、それ以上のことは俺も知らないんだけど……」


 いよいよ困惑して、俺はそう続ける。

 この状況で、何を聞きたいというのか、姉さんは。

 その困惑を受け止めるように頷きを返しながら、彼女は返事をした。


『お前の言うことも、尤もだ。実際、お前はそれしか知らないし、警察に全て話しているんだろう。そのことは、間違いない。……だがもう一つ、心海たちの話からして、間違いないと断言できる事実がある』

「は?もう一つ?」

『ああ、そうだ。良いか、玲。よく聞け』


 そこで、姉さんはすっと息を吸った。

 さながら、何かの準備するように。

 そして、俺の準備する時間を与えるように。


 ただ実際には、その時間はいくらあっても足りなかったことだろう。

 彼女は次に、それだけのことを述べたのだから。

 だからなのか、かなりゆっくりと、姉さんは次の内容を告げた。


『私が推理する限り、警察は現時点では今回の火災に対して、()()()()()()()()()()()()()()。……だから、すぐに私の部屋に来い。偶然ではあるんだろうが、今のお前は、中々不味い立ち位置に居る』

「……え?」

『分からないか?お前は今回の火災の第一容疑者、ということだ……部屋で待っている』


 まるで、それ以上の話を聞かせないようにして。

 姉さんは、ブツリと切り落とすような電話の切り方をするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ