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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-α:ボヌールの醜聞
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繋がりが奇縁を呼ぶ時

「え、松原君、知り合い?」

「ん、ああ。さっきの話で出てただろ?姉さんの同級生の刑事さん」


 そう言って氷川さんを軽く紹介すると、グラジオラスメンバーたちが「ああ、この人が」という感じの目で彼女のことを見る。

 すると、どことなく照れたようにして氷川さんは軽く頭を下げた。

 そして、改めて俺たちを見てこう告げる。


「では、早速事情聴取に移りたいんですが……ここでは人目があるので、夏美さんに会議室を二つ、借りさせてもらっています。片方の部屋では、私とその相棒が天沢さんを。もう片方の部屋では別の刑事二人が松原君を取り調べする予定なので、お手数ですが移動をお願いします」

「……あれ、一緒に取り調べないんですか?」


 不思議そうに、天沢が氷川さんに問いかける

 声には出さなかったが、俺としても同意見だった。

 てっきり、わざわざここに来た以上、氷川さんが話を聞いてくれるのかと思っていたのだが、どうやらそういう訳でも無いらしい。


「ああ、そこはほら、私は一応、松原君と顔見知りですから。……取り調べは本来、客観的にやるべきでしょう?」


 そう言って、軽く謝るようにして氷川さんが説明する。

 彼女の言葉を聞いて、休憩室全体がなるほど、という雰囲気になった。


 無論、いくら昔会ったことがあるからと言って、氷川さんも刑事なのだし、俺に対する事情聴取を甘くするとか、贔屓するなんてことは無いだろう。

 しかし、そういう憶測をされないためにも、氷川さんが俺に話を聞くのは遠慮したようだった。

 納得して、俺と天沢は立ち上がる。


「つまり、俺は氷川さんたちとは別の部屋に行けば良いんですね……どこの会議室です?」

「松原君の場合は、場所はすぐそこ……第一会議室です。準備が出来たら、そこに来てください。茶木という刑事と、巌という刑事がそこにいますから」


 はーい、と昔のように返事をして、素直に俺はその指示に従う。

 天沢は何やら荷物をまとめているようだったが、俺の場合は手荷物なんて殆ど無いし、パッパッと行った方が良いだろう。

 その刑事さんたちをあんまり長く待たせても悪い。


「じゃあ、行ってきます……」

「ん、行ってらっしゃーい」


 何となく俺が背後を振り返ってそう言うと、四人を代表するようにして鏡が送り出してくれる。

 別にここは家でもなんでもないのだが、何となく、適切な言葉であるような気がした。

 故に、氷川さんと共に去っていく天沢と、休憩室に残った四人に見送られるようにしながら、俺はその第一会議室に向かうことになった。




 ──移動は面倒だったけど、会議室の場所が近いのは良かったな。未だに俺、この事務所の構造よく把握していないし……。


 数か月も働いているバイトとしては結構情けないことを考えながら、休憩室を出た俺は、廊下をテクテク歩く。

 いい加減ちょっとは覚えておいた方が良いかな、と思って首の後ろをバリボリ掻いていると、近いだけあってすぐに目的地に辿り着いた。

 外部の人間である警察に貸すだけあって、第一会議室という部屋は、階段のすぐそばという非常に分かりやすい場所にあるので、当たり前だが。


「えー、失礼します」


 一応ノックをしてから、扉を開ける。

 さらに、躊躇い無く、自然に室内に入っていった。

 疚しいことなど何もしていないのだし、さっさとこなしたい、と思ったのか。


 結果、部屋に入った途端に、俺の目は広々とした会議室と────中央にある机に両肘を置くようにして座る、二人の男性の姿を認めた。

 彼らが刑事さんか、とすぐに理解する。

 挨拶をしないと、と思った瞬間には、向こうから声が掛けられた。


「……やあ、松原玲君だね、初めまして」


 軽くそう言って、こちらの緊張を解きほぐすような柔らかい笑みを浮かべるのが、俺から見て右手に座る刑事。

 自己紹介のように宙に差し出した警察手帳に、「茶木 敦」と書かれてあるのが分かった。

 挨拶の出鼻をくじかれた俺は、何とはなしにその人物を凝視し、無意識に観察してしまう。


 ──この人が、俺の取り調べをする刑事さん、か……何か、刑事さんっぽくない人だな。


 失礼と言えば失礼な感想だが、茶木刑事の第一印象は、そんな物だった。

 事実、彼の外見は、刑事ドラマで見るようなむさくるしい刑事のそれとは大分違う。


 特徴を挙げるのであれば、まず目につくのはすらりとした長身と、そこから醸し出されるかなりお洒落な雰囲気。

 スーツもかなり高そうなもので、ルックスにかなり注意しているのが分かる。

 努力してお洒落をしていなければ、こういう格好にはなるまい。


 正直、警察手帳が無ければ、まず刑事には見えない。

 どっちかと言うと、バーで女性を口説いている姿の方が想像しやすいし、何なら似合う。

 年齢的には三十代……いや、少しチャラそうな顔からそう錯覚するだけで、本来の年齢は四十過ぎくらいか。


「……松原君、どうぞ座ってください」


 続いて、同じく警察手帳を提示しながら、俺に椅子をすすめたのは、茶木刑事の左側に座る刑事だった。

 自然、俺はこちらの刑事のことも何となく観察する。


 まず、警察手帳の名前の欄に「巌 智也」と書かれてあるのを確認。

 パッと見た感じ、年齢は二十代半ばか。


 こちらの刑事さんは茶木刑事とは対照的に、がっしりとした体格をした人だった。

 柔道とか空手とか、そう言うのを極めていそうな雰囲気である。


 顔もかなりの強面で、こういう場面でなければ黙って道を譲ってしまいそうなくらいの迫力があった。

 何というか、古いドラマに出てくる鬼刑事、という感じだ。

 ある意味、俺が想像する刑事像そのものである。


 ──チャラそうな方が茶木刑事、岩みたいな方が巌刑事、か。よし、覚えた。


 彼らに促されるままに椅子に座りながら、俺はそんな覚え方をする。

 果たしてわざわざ記憶する必要があったかは知らないが、覚えやすいのなら覚えておいた方が良いだろう。

 そんなことを考えながら、俺は二人の刑事に相対した。


「時間を取らせて悪かったね、松原君。折角の夏休みだったのに、大変だっただろう?」


 俺が座るや否や、茶木刑事がそんな労いをした。

 最初から本題に入るよりも、リラックスさせたいと思ったのか。


 尤も、雰囲気からして、本気で同情しているような話し方だったが。

 そのことに何となくシュールな気分になりつつ、俺は無難に返事をする。


「……でも、それを言ったら刑事さんたちも大変だったでしょう?あんな朝早くに火災なんて。実際、暑い中こうやってボヌールに来てるんですし」

「ハハハ、そこは大変とされることじゃないさ。仕事だからね。寧ろ芸能事務所の中に入れるということで、映玖署の同僚からは羨ましがられたくらいだ」


 そう言って、茶木刑事は「なあ?」と巌刑事に話題を振る。

 すると、巌刑事は岩に刻まれた罅のような形をした眉をピクリと動かし、続けて「……そうでしたね」とだけ返す。

 彼の動きは異様に重々しかったが、とりあえず、同意したらしい。


 巌刑事のそんな様子を見て、茶木刑事が苦笑を浮かべる。

 そして、俺の方に何故か謝ってきた。


「いやあ、すまないね、松原君。コイツは私の部下なんだが、かなりシャイな性格なんだ。初対面の君としては威圧感を感じるかもしれないが、許してくれ。悪気はないから」

「はあ……」


 出会って一分で、そんな返事に困る紹介をされたところで、俺としても困る。

 結果、俺は何とも言えない表情で頷くだけにとどまった。


 強いて感想を探すなら、「普通ならシャイな性格は不便だけど、取り調べで威圧感を与える役目として考えれば役に立つのかもな」という、依然として失礼な感想だけである。

 実際、その辺りの効果を期待して、茶木刑事は彼を連れてきているのかもしれないが。


「……さて、じゃあさっそく、話をちょっとだけ聞かせてもらおうか。何、怖がることは無い。体験したことを正直に話してもらえれば、それでいいから」


 そこで、茶木刑事が雑談は終わり、とでも言うように、場を仕切り始める。

 こちらがそこまで緊張していないと分かって、本題に移ったのだ。


 途端に、部屋の中の雰囲気が様変わりした。

 今までよりも、ずっと緊張感のある空気に。


 そして感じるのは、茶木刑事と巌刑事の、どことなく真剣な目線。

 およそ、日常生活では中々体験しないような空気感が、俺たち三人を包み始める。


「……じゃあ、順に行こうか。まず、今日の撮影のことから聞かせてくれ。そもそもどうして、君は撮影に同行していたんだい?」


 刑事らしく、真剣な声色で茶木刑事が俺に問いかけた。

 巌刑事は、その隣から俺のことをじっくりと見つめている。


 何も悪いことはしていないにも関わらず、俺はどうしてもそんな彼らの様子を見て、肩が強張り始めたのを感じた。

 氷川さんのような昔の知り合いはいざ知らず、刑事との会話というのはどうしても固くなってしまうらしい。

 そんなことを他人事のように確認しながら、俺は淡々と刑事たちに事情を話し始めることになった。


「ええっと、それはまず、姉がボヌールで働いていて、その縁でここのバイトを四月から始めていたので……」




 ここで俺が話した内容は、先程休憩室でグラジオラスメンバー相手に説明していたことと、全く同じものになった。

 お陰で変に詰まることなく話せたのは幸いだったが、それでもどうしても長くなってしまう。

 短時間の割に、起きたことが多すぎるのだ。


 しかし、そんな長い話でも茶木刑事と巌刑事はふんふんと頷きながら話を聞いてくれた。

 職業的に、慣れているのだろうか。

 こんなに長い上にややこしい話を聞かなくちゃいけないなんて、刑事って大変だなあ、と話している最中の俺が同情したくらいである。


「……まあそんな感じで、後は警察に呼ばれるまで待機、と言われて、ここで待っていました。俺が覚えていることは、これで全てです」

「なるほど……ありがとう」


 そんなどうでもいいことを考えているうちに、さらっと話は終わった。

 話し終わってため息をつく俺を見ながら、茶木刑事は考え込むようにして視線を足元に落とす。

 そして不意に、「巌、メモ」とだけ言った。


 すると、手慣れた様子で隣に座る巌刑事が、彼にすっとメモ帳を渡した。

 そのメモ帳は、話の最初の方から、巌刑事が俺の話を聞きながら記録していた物である。

 どうもこの二人、聞き手が茶木刑事、サポートが巌刑事、と役割を分けているらしい。


「しかし、改めて大変だったね、君も。早起きして現場に行ったと思えば、図らずも火災現場に最後に訪れた人間になってしまったなんて……驚いただろう?」

「ええ、まあ」


 メモ帳をパラパラとめくりながら、茶木刑事がそんな今更なことを口にする。

 事実だったので、俺は苦笑を返すしかなかった。

 いや本当に、何に巻き込まれているのやら、俺は。


「しかし、君には悪いが、君が火災直前にそこを訪れていたことは、私たちとしては嬉しいことだね。現場の状況の比較が出来る……巌、写真」

「データしかありませんが」

「うん、そっちで良い」


 独り言のようにそう言ってから、茶木刑事は巌刑事からタブレット端末──巌刑事の鞄から取り出していた──を受け取る。

 そして、俺に向かってこう提案した。


「実はここに、消火直後に消防が撮影した現場の写真がある。それを今から君に見てもらって、何か変な物が増えていないか確認したいんだが……大丈夫かい?中々生々しい光景だから、見るのは嫌だ、というならまた別の手を考えるが」

「いや、大丈夫ですよ。見せてください」


 こちらを配慮した発言に、俺は首を振って返す。

 事実、怖いとかそう言うことはあまり感じていなかった。

 寧ろ、先程のグラジオラスメンバーの会話も相まって、興味があるくらいだ。


「そうか、なら、これを見てくれ。何か、おかしい、と思えるものはあるかい?」


 ──どれどれ……?


 ズイッと差し出された画面を覗き込むと、すぐに如何にも火災現場です、という雰囲気のゴミ捨て場が目に入った。

 焦げ跡の残る地面に、中途半端な形で飛び散らかったゴミたち。

 その手前から立ち入り禁止のテープが厳重に貼られてある現場の様子は、確かに生々しいと言えば生々しい。


 よりズームして火災現場の方──新聞紙が積み重なっていた部分──を見てみると、当たり前と言えば当たり前だが、そこには殆ど何も残っていないのが確認できた。

 地面の方に炭化したゴミが、奥の方には燃えなかった新聞紙が僅かに残っているだけである。

 どうやら、あそこに積み重なっていた新聞紙は、大部分が綺麗に焼失したらしい。


 ──でも、逆に言えばそれだけ、か?特に変な物がある訳じゃないし……。


 何枚も、違う角度から撮影されてある写真を見つめながら、俺はううん、と唸る。

 頭の中にをよぎっていたのは、鏡が言っていた「犯人は何らかの装置で、遠くに居ながら火災を起こしたのではないか」という仮説だった。

 それなら、大概の謎には蹴りがつく、という有力な仮説。


 だからもし、この現場にそういう装置──起爆装置みたいなもの──があれば、一発でその仮説が正しいと分かったのだが。

 生憎と、そんな簡単にはいかないらしい。


 まあ、仮にそんなものが残っていれば、警察が先に見つけているだろうから、こうして警察が俺に話を聞いている時点で望み薄な仮説だったのかもしれない。

 そんなことを考えながら、俺は返事をする。


「……見た感じ、変なものはありません。俺が見た時に積まれていた新聞紙が殆ど燃えちゃっているな、というのが分かるだけで」

「なるほど、そうか……まあ、現地住人の話もそんなものだったが。とりあえず、気になる物は無い、ということで良いね?」

「あ、はい。()()()()とかがあったら、原因も分かりやすかったんですけど……」


 聞かれるままに、そんなことを答える。

 すると、茶木刑事が唐突に不思議そうな顔をした。

 どうしたんだろう、と一瞬思ったが、次の瞬間には俺は自分のミスに気がつく。


 ──あ、不味い。起爆装置なんて言っちゃった……。


 起爆装置がどうのこうの、というのは、あくまで俺がグラジオラスメンバーと話した際に出てきた物だ。

 当然、茶木刑事はそんなことは知らない。

 一般人が話すにしては、物騒な単語を唐突に投げかけてしまった。


「あ、すいません。起爆装置っていうのは、俺たちの妄想みたいなもので……」

「妄想?どういうことだい?……何か、火災について他に知っていることでも?」


 いよいよ不思議そうに、茶木刑事は質問を重ねる。

 それを見て、ヤバ、とだけ思った。


 起爆装置に関する仮説は、説明するにしては長いし、警察に一々言うことでも無い話だ。

 しかし、ここで言葉を濁すのは、いくら何でも怪しすぎる。


 ──どうしよ……変に隠すのも怪しいし。もういっそ、全部話した方が良いか?


 焦った末に、俺は不意にそんなことを考えた。

 多分、その行為は事情聴取をされている立場の人間としては、度を過ぎた行為ではあるのだろうが、その方が角が立たない気がする。


 ここで話を誤魔化すと、最悪、犯人の関係者か何かと思われるかもしれない。

 だったら、素人推理を披露するみたいで恥ずかしいが、正直に言った方が────。


「……ええっと、その」

「その?」

「実は、さっきまでどうやってあんな火事が起こったのか、ちょっと皆で考えていて……」


 茶木刑事と巌刑事に見つめられながら、俺は先程の説明に追加して、休憩室での様子も語っていく。

 俺たちが、どんなことを考えて、起爆装置なんていう考えまで至ったのか、ということを。

 内心、「そんなこと素人が考えるな、とか叱られるかもな」などと思いつつ。


 ……しかし、その予想に反して。

 この話にもまた、茶木刑事は頷きを返しながら聞いてくれた。

 まるで、何かを楽しんでいるかのように。

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[良い点] 警察に話を聞かれるのは何もしてなくても怖いですよね… [一言] 大丈夫かなぁ…?
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