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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-α:ボヌールの醜聞
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思索を重ねる時

 そこから始まった今回の一件の振り返りは、非常に長くなった。

 何せ、最初の脅迫状の事件から数えれば、一ヶ月以上に渡って続いてしまっている揉め事である。

 一息に話すというよりは、思い出しながらポツポツ言う、という流れになった。


 必然的に、グラジオラスメンバーにもそれなりの時間、俺の話に付き合ってもらう形となる。

 恐らくは俺と同じく夏休みに入っているだろう彼女たちには、勿体ない時間使わせ方をさせてしまった感じがあった。

 俺としては、今までの再確認が出来て良かったのだが。


 尤も、どれだけ長い話だろうが、語り続ければいつかは終わってくれる。

 十五分近くベラベラと言い続けると、ようやく話の内容が現在に追いついてきた。


「……まあ、そういう訳で一旦、事務所に戻る形になりました。それで今は、とりあえず警察とまた話すまでは待機中、という感じです」


 そう言ってから、俺はごくんとお茶を飲み干した。

 流石に、喉が渇きすぎている。


「話としては、今ので全部ですが……ええと、因みに何か質問は?」


 そう言いながら、改めてグラジオラスメンバーを見渡した。

 すると、全員が全員、難しそうな顔をしているのが分かる。


 考え込んでいるような、話の理解に精一杯でいるような。

 そんな顔を浮かべているメンバーの中で、鏡が最初に口を開いた。


「まずは……えっと、お疲れ、茜、松原君。ただでさえ初めての撮影なのに色々あって、大変だったね」


 そう言って、鏡は労うようにして天沢の頭をよしよし、という風に撫でる。

 いつの間にか、鏡が天沢の隣に座っていたからこそ出来た芸当だ。

 突然撫でられた天沢はぎょっとしたように肩を跳ね上げたが、拒む気も無かったらしく、されるがままだった。


「私たちの知らないところで、色々起きてたんですね……凛音先輩に届いていた脅迫状に、事務所の情報が漏れているかもしれないって話に、今回の火災。……正直、怖いです」


 鏡や天沢を横目に、長澤がそんな真面目な感想を零す。

 さらに、酒井さんが不気味ね、と言って同意を示した。


 まあ、当然の感想だろう。

 特に彼女たちの場合、俺のようなスタッフ側の存在ではなく、アイドルという出演者側の存在なのだ。


 自分宛てでは無かったとは言え、同じ事務所のアイドルに脅迫状や脅迫メールが大量に送られてきているというのは、それだけで十分に恐怖を感じる話だろう。

 しかも、火災まで起こったのだから。


「……でもー、今回の火事って、本当に脅迫状と関係あるのー?確か、内容ふわっとしてたんだよね、それ。そんな、火事を起こします、とは書いて無かった的な……」


 そこで、ポヤン、とした口調で疑問をさしはさむのは、未だに寝そべったままの帯刀さんだった。

 口調はあやふやだが、内容は鋭い。


 確かに、その点はこの火災について、とりわけ気になる疑問点だ。

 俺の方も、一先ず分かっている情報だけで回答してみる。


「正直、そこらへんは全然分かってません。こんなことが立て続けに起こっている以上、犯人の仕業で間違いない、とも考えられますが、脅迫状自体は本当にただの悪戯で、火事の方は偶発的な物という線も無くは無い……まあ、どちらにせよ疑問が残りますけど」


 そう言いながら、俺はちょっと立ち上がって机に相対する。

 そして、火災の謎への説明も兼ねて、指で大雑把に現場の地図らしきものをなぞってみた。


「話の中で言ったように、火災現場は狭いゴミ捨て場です。その後、火災自体は山林の方にも飛び火したが、状況的に出火元がゴミ捨て場なのは間違いない」

「確かに、そういう話でしたね。ゴミから燃え始めたんですし」

「でも、天沢にはもう言ったように、俺は火事の直前、猫と共にそこを訪れていて、何も無いことを確認している」

「だから……自然発火は考えにくい、という話だったわね?突然、何も無い場所に発火するとは考えにくい以上、人為的な物としか思えないから……」


 思案するように目を泳がせながら、天沢が話を再確認する。


「じゃあ、放火なのかって話になるけど……こっちはこっちで、誰がどうやってやったんだ、という話になる」

「んー、そうだよね。話を聞く限りだと、犯人のチャンス、めっちゃすくないしね。松原君がバスに乗ってから、ロケバスが出発するまでって、ほんの一分くらいしか時間経ってないんでしょ?」


 今度は、鏡が俺の問いかけに答えた。

 噂好きの性分のせいか、かなり細かいところまで覚えている。


 そのことにちょっと感心しながら、俺は肯定した。

 鏡相手なので、口調も自然にタメ口に戻る。


「その通りだ。正確には計ってはいないけど、二分もかかっていないと思う。一直線にバスに戻ったし」

「つまり放火だと考えると、その一分強の間に、犯人が松原君の去ったゴミ捨て場まで全力ダッシュして、そのまま放火したことになる……ちょっと、慌ただしいね」

「それに、どこに逃げたのか、というのも不思議です。仮に放火に成功したにしても、狭いという山頂のどこに、犯人は逃亡したのでしょう?」


 鏡、長澤と発言し、さらに同時にうーむ、と唸る。

 実際、もしそうだとすれば、これは奇妙な話だった。

 滅茶苦茶な幸運によって犯人が放火に成功したとしても、その後の足取りが忽然と消えているのだから。


 前提として、俺が軽く警察から話を聞かれていた時の周囲の様子からすると、土産物屋の人たちは、「火を点けて逃げていく犯人の姿」などは、特に誰も見ていないらしい。

 山頂での取り調べでは、全員そんな感じだった。


 無論、全員が周辺を見張っていた訳では無いだろうが、それでも、あの状況下で誰にも見咎められずに放火して逃げるなど、可能なのだろうか。

 夜ならともかく、日の出を迎えたバリバリの朝に起きたことなのに。


 強いて言うなら、敢えて例の一本道を通らず、ゴミ捨て場の奥に広がる山林を行き来すれば、誰にも見られずに逃げること自体は可能かもしれない。

 しかし、舗装もされていないあの山林を抜けたのなら、何かしら痕跡が残るだろう。

 枝が折れているとか、明らかに草が踏み慣らされているとか、そういう跡を付けずにああも繁茂した森の中は歩けない。


 火事が起きていた時の山林を見た限りでは──山火事を心配していたので、遠目ながら割とじっくり観察している──そんな痕跡は認められなかった。

 普通に、木が燃えた以外は、来た時のままの山林だった印象である。

 そうでなくともあんなところを通ればガサゴソと音が立つし、犯人が山林を抜けたというのは、ちょっと個人的には考えにくい。


 これらの疑問点が解けない限り、「この一件は放火だ」ということすら断言できないのだ。

 何かしら妥当な説明を与えられないと、事件の外枠すら見えてこない。


 故に、有り得そうな可能性を考えるなら────。


「じゃあ、そういうのに説明がつく仮説としては……()()()()()()()()()()()()()()()()()()、みたいな?自分で火を点けてから野次馬にまぎれたのなら、逃げる必要ないし。隙を突けば、放火自体は出来たかもだし」

「確かに、そっちなら納得ー……動機がアレだけどー……」


 鏡が口にした仮説に、帯刀さんが同意する。

 確かに、真っ先に考えられる可能性だった。


 先述した問題というのは、犯人が他所からわざわざ放火しにきたら、という仮定の元で生じた物である。

 つまり外部犯ではなく、元々あの山頂に居た人間が犯人だというのなら、この行き来の問題は解決する。

 撮影後に隙を見てゴミ捨て場を訪れ、ライターか何かで火を点けて、さらに「火事だー!」とでも言って素知らぬ顔をしていれば、それで済む話なのだから。


 ただ、それはそれで────。


「でも正直、スタッフさんはちょっと考えにくいと思う。だってこの火事、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だもの。多分、全てのスタッフが、松原君より早くバスに帰っていたはず。だから、火を付けるタイミングが無くなっちゃう」

「店主さんたちの方は、多織さんの言う通り、やる理由が考えつきません。せっかく、自分たちのお店がある場所をテレビで紹介されるチャンスなのに、放火なんて……」


 俺が感じていた反論を、天沢と長澤が指摘する。

 それを聞いて、鏡も確かにね、と同意した。


 そう、彼女たちの言う通りだ。

 こちらはこちらで、矛盾だらけである。


 何せ数時間前の話なのではっきりと記憶しているのだが、あの時のロケバスは、俺が戻った瞬間に発進していた。

 ロケバスに乗り込むメンバーとしては、俺が最後に戻ったスタッフだったからだ。

 俺が乗り込んでいない、もう一台のロケバスについては実際には見てはいないが、出発時間をずらすはずも無いし、大体揃っていたとみて間違いないだろう。


 これでは、スタッフの中に放火したい、という願望を抱える存在が居たとしても、俺が立ち去ってからゴミ捨て場に行って、放火をすることが出来ない。

 物理的に不可能、ということである。

 状況的に、俺が立ち去った後じゃないとあの場所には立ち入れなかったのだから。


 そして、店主たちの方は、長澤の意見が尤もだった。

 何が楽しくて、テレビの取材を受けたその日に現場に火を放つのか。

 二つの意味で炎上商法になるかもしれないが、それにしても過激すぎる。


 ……こうして考えてみると分かるが、「俺が立ち去った直後に放火」という推理を進めるのであれば、今回の火災の犯人候補は居なくなってしまう。

 自然発火が考えにくく、外部犯が無理筋で、スタッフも店主たちも可能性が低いのだから。


 だから、ここから先に推理を進ませたいのであれば、他の可能性を考えなくてはならない。

 ここに車で戻ってくる時、俺はずっとその、他の可能性を考えていた。 


 そしてその他の可能性というのは────また、鏡の口から述べられることになった。

 いつの間にか真剣に推理をしているらしく、彼女の口調は真剣そのものである。


「だったら……何か起爆装置みたいな物を使って、()()()()()()()()()?それなら、犯人の姿が現場に見えなくてもおかしくないし、仕掛けるのはいつでも出来るでしょ?ゴミの下に埋めていたのなら、松原君が気がつかないことも有り得るかも」


 おお、と軽く驚いて、俺は鏡を見つめる。

 真剣に考えただけのことはあり、俺以上に考え抜かれた仮説だった。

 事実、この仮説に従えば、大概の疑問は消える。


 犯人を誰も見ていないのは、そもそも発火した時刻には遠くに居るから。

 俺が猫を置いた時点で何も気づかなかったのは、密かに隠されていたから。

 そんなに前からロケのことを知っていたのは──脅迫状の件と絡める形になるが──情報が漏れていたから。


 こう考えれば、おかしな話ではない。

 まあ、何でそんなに手間をかけてまで放火を、という気もするが。

 それでもパッと反論が思いつかない話なので──というか、車の中で辿り着いた推理なので──俺は鏡の言葉に頷いた。


「十分、有り得る話だと思う。そしてもしそれが本当なら、真相究明は警察の捜査待ちになるな……火災現場から時限発火装置の欠片でも見つかれば、一発なんだが」

「だけど、見つからなかったら……振り出しに戻っちゃいますね」


 長澤の不安そうな声に、俺は再び首を縦に振る。

 その場合、警察も俺たちも、完全に五里霧中に陥るのではないだろうか。

 嫌な想像に、俺はいつの間にか顔をしかめていた。


「……まあ、考えられるのは大体こんな感じだ。後は基本的に、警察が捜査してくれると思う」


 そんな気分を振り切りたかったのと、大体意見が出尽くした感じを察して、俺は最終的にそう言って話を締めくくる。

 途端に、鏡や天沢がやや不満そうな顔をした──謎が謎のままであることに気持ち悪さを抱いたのか──のが分かったが、意識して無視した。


 ここまで語っておいてアレだが、仕方が無いのだ。

 脅迫状にせよ、火災にせよ、今まで俺が謎解きを頼まれた「日常の謎」とは問題の重大さが違う。

 謎解きをしてもしなくても特に問題が無かった今までのそれとは違って、これは二つとも明白な犯罪行為である。


 警察を呼ぶまでもない「日常の謎」はともかく、この手の話を解くのは警察の仕事。

 俺がするべきことと言えば、精一杯現場の状況を思い出して、警察に再び伝えることになるだろう。

 善良な市民の役目、という奴だ。


 それでも気になったことは、こうしてつい考えてしまうが──これは俺の性分なので仕方が無い──アイドルとして、これから頑張っていかなくてはならない彼女たちに考えさせる話では無い。

 脅迫状の件を隠していたこともあって、全て解説したが、これ以降は良いだろう、多分。


「でも、警察が来るの遅いわね。もう結構経つけど……」


 そこまで言ってから、ふと天沢がそんなことを気にする。

 つられて時計を見てみれば、確かにボヌールに戻ってからそれなりの時間が経っていた。

 この調子だと、いつまで待てばいいのやら────。


 そんなことを、考えた瞬間。

 コンコンコン、とそれなりに丁寧な形でノックされる。

 さらに、反応する暇もなく扉がガチャリ、と開けられた。




「失礼します……天沢茜さんと松原玲君、居ますか?」




 ……恐らく、グラジオラスメンバーは全員、その声を聞いたことの無かったのだろう。

 全員が全員、同時に肩を強張らせた。

 誰だ、と一瞬警戒したのか。


 しかし、俺のみ、違う反応を示すこととなった。

 理由は単純。

 この場で俺だけは、その声が誰の物なのか知っていたからである。


 だから、俺は反射的に腰を浮かして。

 その中途半端な姿勢のまま、彼女を出迎えることとなる。


「氷川さん……取り調べ、貴女が来たんですか?」


 奇遇というか、何というか。

 いや、予想出来た話でもあった。

 彼女は元々、そう言うことを調べてここを訪れていたのだから。


「ええ、随分と早い再会になってしまいましたね、玲君」


 向こうも似たようなことを考えていたのか、氷川さんは苦笑いを浮かべる。

 そして、俺たち二人を手招くように、掌をひょこひょこと動かした。

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