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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-α:ボヌールの醜聞
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青空密室が発火する時

 そんなこんなで、猫と戯れてなんかいるうちに瞬く間に時間は過ぎ去って。

 未だに太陽は出てきていないが、それでも随分と明るくなってきたな、という頃になると、静かだった山頂には一筋の明るい声が響くようになっていた。

 要するに────撮影開始である。




「はい、それでは始まりました!本日より始まります、『ライジングタイム』の新コーナー、凛音レポート~!」


 明るく、はきはきとした紹介文を凛音さんが言い終わるや否や、隣で天沢がパチパチパチ、と過剰に拍手をする。

 無論、二人とも表情はテレビ用の満面の笑みでキープだ。

 見ていてハッとするくらいの強い笑顔に包まれて、待望の撮影はスタートする。


「レポーターは勿論私、凛音と……」

「サブレポーターの、天沢茜で進めさせていただきます!」

「はい、よろしくお願いしまーす!では、早速私たちの背後に見えているのが、狩野山の山頂からの光景ですが……」


 やはり慣れているのか、凛音さんの進行にはよどみがなかった。

 隣に佇む天沢のこともチェックしながら、テキパキとここの様子や、自分たちが綺麗だと評判の日の出の様子を見に来たことを説明する。

 しかも、ただ台詞を読み上げるだけではなく、意識的にかとても聞き取りやすい発音で言葉を並べていて、聞いているだけで思わず頷いてしまいそうだった。


 国立天文台の発表によれば、本日の日の出予定時刻は、今からおよそ十分後。

 つまり、今から十分以内に、前振りの部分は撮っておかなくてはならない。

 だからこそちょっとタイトな撮影だったらしいのだが、この分だと、ものの数分で撮り終えてしまいそうである。


「上手いもんだなあ……」


 撮影をぼんやりと眺めていると、近くから、ざわめきと共に声が聞こえる。

 しわがれた、高齢の人物の声であるとすぐに分かる声色だ。

 反射的に、俺は確保したままの猫──この時間まで来ると、流石に脱出は諦めたのかおとなしくしていた──と一緒に、声が聞こえた方向を振り向く。


 俺たちの視線の先では、いつの間にか人だかりが出来ていた。

 それも、撮影スタッフとかそういう人たちではない、純粋に一般人であろう人たちの人だかりである。

 人数としては十数人程度だが、撮影スタッフのさらに外側を囲むようにして、世間話をしながら撮影の様子を見物しているようだった。


 ──さっきからゴソゴソやってたけど、後ろのお店の人たち、起きてきたんだな。まだ四時半なのに……。


 彼らの正体は、すぐに分かった。

 何せ先述したように、この空間に立ち入れる人間の数は極めて少ない。

 撮影スタッフでも芸能人でも無く、新しくここに来たわけでもない──俺はそんな人影を見ていない──のなら、彼らの正体は、元々ここに居る人でしか有り得ないのだ。


 パッと見た感じ、殆どが六十代くらいの年配の方々である。

 恐らく、後ろに並ぶ土産物屋などを経営している店主、及びその家族たちなのだろう。

 こうして早く起きてきている様子を見るに、前からこの撮影のことを知っていて、見学に来たのだろうか。


「やっぱり生で見ると違うなあ、テレビに出てくる人っていうのは」

「しっかし、大掛かりだねえ、あの二人を撮るために何人集まってるんだい?」

「俺ぁ、あのデカい棒の名前も分かんねえよ」


 何となく聞き耳を立てていると、ごにょごにょと、如何にも撮影の様子を見た一般人、という感じの感想を彼らが漏らしているのが分かった。

 この様子からすると、どうやら彼らとしても、こうしたテレビの取材はあまり無い経験らしい。

 傍から見物しているだけだというのに、何故か勝手に緊張し始める人までいて、周囲の笑いを誘っていた。


 ──何か、ああいう見物の人が現れると、一気にロケって感じがするなあ。


 一方、彼らの様子を見た俺としては、そんなことを考える。

 今回は日の出が撮影対象となっている都合上、一般の人にインタビュー、みたいなノリは殆ど無いらしいが、それでもこういう観光地のロケは、ああいう人たちの佇まいも含める形で成り立っている。

 だからなのか、彼らの登場によって、俺としては先程まで以上に「これはテレビの撮影なんだな」という認識を得るに至った。


 ──まあ、そうは言っても、だから何だって話だけどな……。


 そう思いつつ、俺はとりあえず、手元の野良猫の頭を撫でる。

 途端に、「みょう?」と不思議そうに猫が俺の顔を見つめたが、それでも撫で続けた。


 現状、これしかやることが無いだから、仕方が無い。

 撮影開始前から暇だ暇だと内心ぼやいていた俺だが─、この頃になると、俺の暇さ加減は頂点に達していた。

 なまじ本格的に撮影が始まった分、下手に動けず──動いたら撮影の邪魔になる──そのせいでやることの無さが増したのである。


 というかそもそも、頼まれていた脅迫者対策は、撮影開始前はともかく、こうして撮影が始まるとほぼほぼ考えなくてもよくなる。

 何故かと言うと話は単純で、撮影中の彼女たちというのは、撮影スタッフや見物客に囲まれている分、先程までよりもさらに安全な場所に居るからだ。


 これは、推理などせずとも、ちょっとシミュレーションをすれば分かることだ。

 仮に、今ここに不審者が現れて、彼女たちに直接危害を加えようと思ったとしよう。

 この場合その人物は、どうやってアイドルに近づくのか。


 当然、スタッフを同心円状に囲む見物客を押しのけ、さらにその奥の撮影スタッフの手を振り払い、その上で当然逃げ始めているであろうアイドルたちを捕まえる必要がある。

 しかも、スタッフの中に含まれているガードマンたちを打倒して、だ。


 まず間違いなく、こんな無謀な試みを実行すれば、犯人は途中で捕まるだろう。

 よっぽど体を鍛えている人でない限り、突破は出来まい。


 唯一開けている東側の空間は、先述したように崖だ。

 どこから来るにせよ、脅迫者が具体的に何かを出来る隙は無い。


 言ってしまえば、この山頂はこんなにも開放された空間であるにも関わらず、同時に部外者が誰も立ち入れない、密室めいた空間でもあるのだ。

 屋外で行う授業に対して、「青空教室」と呼ぶことがあるが、それになぞらえて名前を付けるならば────この山頂は、「青空密室」ということになるのか。


 ──姉さんは脅迫者対策のことを考え過ぎかもって言ってたけど……本当に考え過ぎだったな、これは。


 終いにはそんな結論に辿り着いて、俺はふわあ、と欠伸をする。

 そして、別にそれが合図という訳でも無かったのだろうが、前方からわあっ、と歓声が上がる。

 何だ、と思う間も無く、矢のように伸びる光の筋が、俺の網膜を軽く焼いたのが分かった。


「……太陽が出てきました、日の出です!」

「わあ、綺麗ね、茜ちゃん!」

「はい!都会ならではの日の出というか……ビルがたくさんある分、より光が綺麗に見えます。それぞれのビルの壁に、日の出の光が反射して輝いているのが鮮明に見えて……」


 予め考えていたであろう感想を、天沢が言い連ねているのが聞こえる。

 その努力の様を、俺はぼんやりと見つめていた。


 多分、それは凛音さんとしても同じだったのだろう。

 微笑ましいものを見るような目つきで天沢を見ながら、彼女はいくらかのフォローを入れていく。

 太陽がゆっくりと昇る中、ずっと。


 俺の位置からは、日の出の光のせいで、彼女たちの様子はシルエットすら見えない。

 無理矢理に見ようと思ったら、目がつぶれてしまう。

 それでも、彼女たちが求められていることを、求められているようにこなしているのは、よく分かった。


 ──やっぱりあの人たち、「アイドル」なんだなあ……。


 手慰みに、猫の喉を適当に撫でながら。

 俺は、ずっとそんなことを考えていた。




 ……予定として聞いていたことではあったのだが 日が昇ってからの流れは、比較的早かった。

 すなわち、日の出の様子をさらに撮影して、さらにいくつかのコメント。

 それが終わって、太陽がかなり高いところに昇ってしまってからは、周囲の様子や風景の解説をサクッとこなしていた。


 要するに、「観光地のロケってこんな感じのことやるよね」というテンプレートを、丁寧になぞる撮影である。

 新コーナーの第一回ということもあって、かなり王道にロケを進めているらしい。

 尤も、元々狭い場所であり、さらに短いコーナーであるせいか、それらの撮影はかなりテキパキと進んでいて──午前六時半をちょと過ぎた頃には、ADらしき人から、撤収の声が掛かっていた。


「はーい、終わりでーす!バス内での着替えが終わったら、各自車内に戻ってください……」


 ADらしき人がそう声をかけた瞬間、何とも言えない声が周囲をドっと満たした。

 はあ、とか、終わった、とか。

 そう言う、一仕事終えた人が出す特有の声が、幾重にも重なり合い、共鳴する。


 同時に、今まで本番中ということで何とはなしに張り詰めていた空気が、一気に弛緩したのが分かった。

 傍から見ているだけで分かるくらい、全員の肩がゆるりと下がる。

 それは、出演者である凛音さんや天沢は勿論、ただ見ていただけの俺も例外では無かった。


「結局、何も無かったな……」


 ポツン、とそれだけ呟いて。

 嬉しいような、やるせないような、でもやっぱり嬉しい感覚を伴った疲労感を味わう。

 続いて、俺は自分の足元を見つめた。


「……じゃあ、コイツも放すか」


 じっと下を見つめる、俺の視線の先。

 そこには撮影開始の時から変わらず、俺の周囲をうろつく野良猫の姿があった。

 撮影の後半からはもう確保まではしていなかったのだが、俺に懐いたのか、ずっと傍に居たのである。


 やることが無かった俺としては、暇つぶしの相手として重宝した相手だが、撮影が終わったのなら別れなくてはならない。

 下手についてこられても困るし、どこか適当な場所に置いていくのが良いだろう。


 そうなると────。


 ──日も昇ってきて暑くなるだろうし……涼しそうな場所に置いてやるか。


 丁度、ジーワ、ジーワと蝉が鳴き始めていた。

 これから、日除けも何もないこの山頂がどんな様子になるかは、容易く想像できる。

 暇つぶしをしてくれたお礼も兼ねて、ひんやりとした場所を探すとしよう。


 そう考えた俺は、野良猫の背中をひょい、と摘まんだ。

 抵抗もせずに尻尾を振るその猫を抱えて、そのまま俺は左右を見渡す。


 あっちはどうか、こっちはどうか、と撮影スタッフたちが撤収作業をする中、俺はキョロキョロと周りを観察した。

 丁度、スタッフはそれぞれの仕事に忙しく、見学客たちも位置が遠かったので、俺の周囲は人が誰もいない。

 誰かに不審がられることも無く、俺は場所の選定を行う。


 なかなか決まらず、十五分近く、そんなことをしていただろうか。

 だが最終的に、俺の視線は一点に引き寄せられていた。


 ──あそこで良いか。


 方角としては、先程まで見つめていた日の出の方向と真逆。

 土産物屋が並ぶ一画の奥手に、コンクリートで舗装された、地域のゴミ捨て場のようなところがあった。


 ゴミ収集車があまり来ないのか、相当な量のゴミと新聞紙が積まれてあるが、奥が森という立地もあってか、影になっていて涼しそうである。

 奥に続く山肌に生えている大木たちが枝を伸ばし、まるで天井のようになってゴミ捨て場を覆っているというのも、猫が涼むには好条件だった。


「ゴミの隣っていうのはちょっと嫌かもしれないが……まあ、昼寝するには大丈夫だろう?」


 何となく猫にそう確認して、俺はスタスタとそこに歩いて行く。

 そして、摘まんだ時と同様に、ひょい、と猫をゴミ捨て場内の空いていた空間に置いた。

 大量の束ねた新聞紙──台所の掃除にでも使ったのか、どれもこれも油汚れが酷い──の隙間に、寝かせた形となる。


「……じゃあ」


 最後に猫の頭を一撫でして、俺はそこを立ち去る。

 猫も俺の意図が分かっているのか、特についてくることは無かった。




 こうして、色々と不安視されていた「ライジングタイム」の撮影自体は、すんなりと終わった。

 実に、順調な流れだったと言えるだろう。

 トラブルも無く、問題も無く、俺が暇をしていた以外のイベントは無かった。


 そして、スムーズに話が進んだのは、この後も同様だった。


 天沢も凛音さんも、意外と素早く着替えを済ませて。

 撮影スタッフも、重いであろう機材をせっせと運んで。

 撤収の合図から二十分も経過しないうちに、スタッフたちは麓に戻るためのバスに乗りこんだのだから。


 時刻としては、朝の七時前くらいのことである。

 丁度、俺がゴミ捨て場に猫を置いた直後のことだった。


 ──撮影時間だけで言えば、三時間も無かったんだな、これ……何か、変に長かった気もしたけど。少なくとも、夏休みの最初の一日にやることとしては大イベントだった。


 そんなことを考えながら、ゴミ捨て場帰りの俺はバスの中に乗り込む。

 先程まで出演者のメイクを落としていたのか、車内からは化粧品の匂いがうっすらとした。


「……ん、天沢か」

「あ、松原君」


 乗った瞬間、俺は来た時と同じ席に天沢が座っているのを見つける。

 疲れたような、しかし落ち着いたような顔をして、彼女はそこに座っていた。

 因みに、碓水さんは彼女の後ろに、凛音さんたちは最後尾の座席に位置している。


「……撮影、お疲れ様」

「ええ、松原君も、お疲れ様」


 労いの意味も込めてそう言うと、すぐに返事が来る。

 その表情は自然体で、間違いなく普段の彼女の物だった。


 その表情を見て少し嬉しく思っていると、すぐさま、彼女がこちらに気を遣ったように体を窓の方に寄せる。

 どうやら、隣に座れ、ということらしい。


 座席は余りまくっているので、別段断っても良かったのだが、厚意を無下にするほどの事情も無い。

 自然、俺は彼女の隣に腰を下ろした。

 制汗剤の香りが、僅かに俺に届く。


「はい、では麓まで戻りますねー」


 俺が座った途端、運転手を務めるスタッフがそう口にした。

 どうやら、俺以外にこのバスに乗り込む人はもういなかったらしい。


 あ、俺を待ってくれていたのか、と察するのと、バスの扉が閉まり、ぐわん、と車体が揺れるのは同時だった。

 舗装が荒いせいか、かなり揺れる車体に身を任せて。

 俺たちはようやく、麓に帰還しようとした────。




 ────そして、その瞬間。

 何とはなしに、俺は天沢越しに窓を、正確にはその外の様子を伺った。




 俺が唐突にそんなことをしたのは、決して、大きな理由があった訳ではない。

 何も得ずにここを去るのもアレだし、最後にここの山頂の様子を見ていこうかな、などと思っただけである。

 何も変化はないだろうとは分かっていたが、意味なく、様子を見てみたかったのだ。


 ……だがそちらを見た瞬間。

 俺の両目は、極限まで見開かれることになる。

 明らかに、先程までとは違ったものを見つめてしまったから。


「何だ、あれ……」

「え、何?」


 俺の無意識の呟きに反応して、天沢が問い返してくる。

 しかし、俺はそれに答えられなかった。


 だって、今。

 窓の外に、明朗に映っているのは────。


「……煙?」


 続いての声は、俺の物でも、天沢の物でも無い。

 後部座席にいる、凛音さんの声だった。


 多分、見たものをそのまま口にしたのだろう。

 実際、彼女の言葉は正しい。


 今、窓の外に見える風景には。

 その光景を縦に分割するようにして、何故か、一本の煙が筋を立ててたなびいている。


 最初、俺の目には、誰かが焚火でもしているかのように見えた。

 しかしまさか、こんな時間に突然焚火を始めるはずも無い。


 そもそも、煙が発生しているあの場所は、先程俺が立ち寄ったゴミ捨て場がある辺りだ。

 猫を置いてきた時点では、あの場所には、火の気など全く無かった。


 ──いや、でも……。


 しかし、そこで俺は思い出す。

 猫を置いた場所。

 その傍にある、大量の新聞紙。


 だとしたら、あれは────。


「…………運転手さん、止まってください」

「うん?……え?」

「いいから、止まって!」


 反射的にか、声を出していた。

 運転手さんは勿論、車内の全ての人間が驚愕の表情を向けていたが、構わない。

 どうしても、見ておきたかった。


 ここで俺に幸いしたのは、運転手さんが俺の要望通り、本当に止まってくれたことである。

 反射的にした行動なのだろうが、俺にとっては僥倖と言えた。

 それに乗っかるようにしてすぐに立ち上がり、内側からバスの扉を開け放つ。


「ちょ、松原君!?」

「悪い、天沢、ちょっと見てくる!」


 後ろも振り返らずに、俺は走り出した。

 駐車場から大して移動もしていないので、現場にはすぐに辿り着ける。

 果たして、俺は一分もかからずにその様子を目撃することになった。


 紛うことなき────火災現場の様子を。

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― 新着の感想 ―
[一言] 日常に潜む些細な謎って事でいいんですよね…? 生き死にとかは皆無、で、いいんですよね…? お願いします……。
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