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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-α:ボヌールの醜聞
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裏切り者を探す時

「……そこで気がつくあたり、相変わらず刑事顔負けですね、夏美さん。まあ、その辺りは昔からですけど」


 そこまで話したところで、やや懐かしそうな顔をしながら、氷川さんが口を挟む。

 自然、一度姉さんの話はそこで止まった。

 そして、ふと思いついたようにして、姉さんは俺に話の矛先を向ける。


「因みに、玲は分かるか?今の話の中に、おかしな点……というより、ただの脅迫状を送って嫌がらせをするような人物には出来ないような点が含まれているんだが」

「……普通の人には出来ない点、か」


 姉さんに問いかけられて、俺はやや言葉を溜める。

 それは、答えに困ったからではなく。

 姉さんが仕掛けてくる問いにしては、簡単だな、という思いからだった。


 何せ俺は最初に、「ライジングタイム」の撮影とも関わる話、という大ヒントを貰っている。

 その上、氷川さんと姉さんが何やら相談している姿も見ていた。

 ここまで状況が揃えば、仮説の一つくらいをひねり出すことは訳が無かった。


「つまり、こういうことか?」


 一つ、念のため前置き。

 二人が頷くのを待ってから、その解を告げることにする。


「犯人の行動を見ている限り……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そういう疑いがある、ということだろう?」


 そう告げた瞬間、姉さんがほう、と少し満足そうな反応を返す。

 一方、氷川さんは「えっ」と明確に驚いた顔をした。


「何でそう思ったんですか、玲君?ちょっと、突飛な話みたいに思えますけど」

「まあ、確かに突飛ですけど……でも、今までの話を振り返るとそうなりますよ。だって、そう考えないと犯人の行動がおかしくなりますから」


 軽く言い返すと、氷川さんがある種の感嘆を籠めた表情を浮かべる。

 その顔は明らかに、「玲君、いつの間にかしっかりと意見を述べるようになりましたね」と言っていた。


 どうやら、彼女の中における俺の印象は、子どものころから変わっていなかったらしい。

 そのせいで、この推理には余計に驚いたようだ。

 そのことを何となく微妙に思いつつ、俺はそう考えた経緯を、姉さんに向かって一応語っていった。


「……そもそもにして、この犯人の行動には不思議な点が多い。細かく見ていけば、最初の行動である、『手紙の束を事務所内に投げ入れる』という行為自体、かなり変だ」

「ほう、それは何故だ?」

「だって普通、手紙を送るなら郵便を使うだろう?ボヌールの住所くらい、調べればすぐに分かることだろうし、送ること自体は簡単だ。それに、犯人としては一々事務所に行くよりも、遥かに安全でもある」


 どう考えたって、どんな警備をしているか分からないボヌールに出向くよりも、郵便ポストに投函する方が楽だし、捕まるリスクが少ない。

 まさか、犯人の利用できる郵便ポストに、既に監視の目があった訳でも無いだろう。

 脅迫状を送るなら、普通に郵便に頼った方が圧倒的に楽で、足がつきにくいのだ。


 だというのに、犯人はわざわざ用意した手紙を、敷地内に投げ入れている。

 ここが、まずおかしいのだ。

 どうしてわざわざ、雨の中でそんなことをする必要があったのか?


 まあ、切手を貼る際の唾液によるDNA鑑定を恐れたとか、消印から追跡されることを嫌がったとか、そういう線も無くはないが、誰かに目撃されかねないというリスクを上回る程の事情ではない。

 消印を誤魔化すなら、敢えて遠くの郵便ポストを使えばいいのだし、切手だって、普通の糊を使えば良いだけの話だ。

 それでも、犯人は直に脅迫状を届けに来た。


「この理由は、幾つか考えられるが……その内の一つとして、『誰かにその方が安全だと教えてもらったから』という物がある。まあ、あくまで仮説だが」

「ふむ」

「つまり、犯人はさっき言ってた、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからこそ、直に投げ入れる方を選んだ。その情報が正しいのなら、ポストを使うよりもこっちが安全だ、と踏んで」


 氷川さんの言う通り、突飛な妄想。

 しかし、このくらいの状況を想定しなければ、犯人が手紙を投げ入れた理由にならない。


 何かしらの、郵送に頼らないことによるメリット。

 すなわち、消印などから犯人の移動範囲を察知されるかもしれないという、郵送のデメリットを打ち消すだけの利点。


 それがあったからこそ、犯人はこんな方法に及んだ。

 犯人の視点で信頼できる、確かな情報源があった故に。

 それなら、まだ納得が出来る。


 敷地に入らず──恐らく、入ることが出来ず──わざわざ手紙を投げ入れたことから見て、脅迫犯本人は外部の人間。

 しかし、もっとちゃんとした形で中に入ることが出来る、共犯者がいた、ということだ。


「結果論にはなるけど、実際にこの目論見は当たっている。犯人は脅迫状を自ら投げ入れてきたのに、未だに警察もボヌールもその正体を掴んでいない。郵送されていないから、消印から郵便局を辿ることも出来ていない」

「つまり、目論見は大成功ということだな?確かに犯人は、誰にも知られずに脅迫状を届けることが出来た」

「ああ、それに、情報漏れに関してはもう一つ、それっぽいことがある」


 そう言って、俺は姉さんから渡されたままだった脅迫状の方を姉さんと氷川さんに見せつける。

 先程見た通り、「山のロケに行かせるな」とか「後輩と共演させるな」と書いてある物たちである。

 実を言うと、情報漏れに関してはこちらの方が決定打だった。


「この脅迫状は、さっき姉さんが言った通り、かなり内容が抽象的だ。要求をこなすまでの期限を書いてないし、具体的にどんなことになるのかも書いていない」

「ああ、そうだ。だからこそ、最初は量こそ多いが悪戯だろう、となった」

「確かに、そう思われても仕方がないだろう。だけどよくよく見てみれば、脅迫の内容に比べて、要求の内容が異様に詳しい」


 そう言いながら、俺は脅迫状の内、最初の一行の部分を適当に指さした。


「山に行くなだとか、後輩と共演するなだとか……何というか、言っていることが変にピンポイントだ。何故、海では無く山なのか?何故、先輩では無く後輩なのか?」


 これが、あの番組を降板しろとか、あのアイドルとは共演するな、とか、さらに具体的な物だったらまだ話は分かる。

 犯人としては、そういう拘りがあったんだろうな、というだけの話だ。


 だが、この要求欄は、変に細かい割にやや抽象的だ。

 後輩、と書いてある割にどの後輩とは書いてないかと思えば、ロケについては山と限定している。

 何というか、内容があやふやで、詳しいような詳しくないような、よく分からない文章になっているのだ。


 これが意味するのは────。


「想像だけど、犯人自身、あやふやな情報を頼りにしながらこの脅迫状を書いていたんじゃないか、という気がする。例えば……まだ細かい内容も決まっていない、新コーナーの企画書を読みながら書いていた、とか」

「それが、ライジングタイムの企画書、ということだな?」

「ああ。確かあの番組、凛音がグラジオラスメンバーと一緒に、どこかの山に日の出を見に行くんだろう?ギリギリまでロケ地が決まって無かったし、グラジオラスメンバーの順番も固定じゃないけど」


 これは、姉さんが昨日、俺に無茶振りしてきた時に言っていたことだ。

 実際、最初に企画書を見せてもらった時──帯刀さんの一件に関わった時──も、細かな内容は決まっていないようだった。


 だから、もしもの仮定として。

 この企画書の情報が、犯人に何らかの経緯で漏れていたとすれば?


 その場合は、こういう脅迫状になる……かもしれない。

 グラジオラスのことは分かっても、具体的なメンバーまでは分からないので、後輩としか書けず。

 山に行くことは分かっても、直前までロケ地で揉めていたので、山のロケとしか言えない。


「そして、もしこの仮説が当たっていたとすれば、犯人側に凛音の予定が漏れていること明らかだ。だって確か、『ライジングタイム』のその新コーナーは……」

「番組リニューアル時にサプライズ的に発表予定。基本的には極秘情報、だからな……普通なら、一般人の脅迫者にはとても知ることが出来ない話だ。無論、制作会社などから漏れた可能性もあるが、監視カメラの件も合わせれば、ボヌール内に裏切り者が居ると考えた方が自然だな」


 そこまで言ったところで、姉さんが話の末尾を引き取る。

 さらに賞賛したいのか、パチパチと拍手をした。


「短期間で腕を上げたな、玲。私が考えた通りだよ。今回の推理に関しては、百点満点をあげても良い」

「今回のって……」


 ──この言い方だと、今までも俺の推理を聞いては採点でもしていたのか、姉さん?


 かなり悪趣味というか、余計なお世話な行為だが、姉さんならやりそうな行為でもある。

 もしそうなら、果たして今まで聞かせたことのある推理は何点だったのか、気になる気もした。


「ま、結論から言えば、今の推理で当たりだ。実際に私はそう考えて、氷川に連絡を取ったんだからな」

「突然電話してきたかと思ったら、『ボヌール社員を調べて欲しい。内通者が潜んでいる』とか言われたのは、かなり驚きましたけどね……」


 そう言いながら、話を聞いていた氷川さんが遠い目をする。

 この言い方からすると、色々と彼女も、姉さんに振り回されているようだった。

 昔からそんな感じだった記憶があるが、刑事となった今でも関係性は大して変わっていないらしい。


 ──何にせよ、そう言う経緯で、プロデューサー補佐と刑事が一人でここで密談、という流れになったのか……まあ確かに、この懸念が当たっていたなら、他のボヌール社員にはあまり聞かせられないだろうけど。


 大体の事情を察しながら、俺はそんなことを考える。

 実際、何のためにそんなことをしているのかは想像も出来ないが、ボヌール内に脅迫犯に対して情報を漏らしている者が居るとすれば、これは中々大きな問題だ。


 犯罪行為に協力していることは勿論、アイドルのプロデュースをしている芸能事務所としての信頼問題にも関わるだろう。

 寄りにもよって、脅迫状を送るような人物に対して、アイドルの秘密の予定や、事務所の監視カメラに関する事情を伝えているのだから。


 ──まあ勿論、ただの考えすぎで、脅迫状の文章も、直に投げ入れてきたのも、正気を失った犯人の奇行とも取れなくはないが……念には念を入れて、氷川さんを呼んだのか。


 何となく、そんなことを考えて。

 そこで、ふと。


 ──……ん?あれ、でもそうなると……。


 不意に、俺は、とある見逃せない事実に気がつく。

 ちょっとばかり、これからの俺の行動に関わる話を、見つけたのだ。


 発見としては、簡単な話。

 もしこの犯人が、ボヌール内に情報源を持っていて。

 そのせいで、「ライジングタイム」のロケ情報がバレているというこの推理が当たっているなら。


 そして、近い内のそのロケが実行に移されるというのであれば────。


「……なあ、姉さん。一つ、確認したいんだけど」

「ん、何だ?」

「どうかしましたか?」


 姉さんと氷川さんが、ほぼ同時に振り向く。

 その二人に向かって、俺は問いかける形となった。


「さっきの推理によると、この犯人、『ライジングタイム』の撮影について元々知っていたんだよな?しかも、ボヌールに内通者が居るかもしれない以上、細かい予定が決まった今では、実際の集合時間みたいなことも、追加で教えられているかもしれない」

「まあ、そうなりますね」

「そして、犯人が内通者を使ってまで脅迫状を送ってくるようなイカレた人で、撮影場所まで知ったのなら……次の撮影で、脅迫状通りに、本当に危害を加えてくる可能性だって、十分考えられるよな?それこそ、ロケ地でアイドル相手に凶器を振り回す、みたいな」

「確かに、可能性レベルでは有り得るだろうな」


 最初に氷川さんが、次に姉さんが返事をする。

 それを聞き遂げてから、俺はいよいよ一番心配な点、というか最初に聞かされていた点を振り返った。


「確認だけど……そんな状況でも、『ライジングタイム』のロケ撮影って、中止しないのか?」

「ああ、中止しない。そもそもこの推理自体、あくまで私が考えたことでしかないからな。予定通り実施される……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 昨日は時間も遅くて説明を省いたが、お前に頼みたいことの本質はこっちにあるな、などと。

 一切悪いことをしていないかのような顔で、姉さんは断言した。

 そして、こう続ける。


「無論、グラジオラスメンバーのメンタルケアも出来るならやって欲しいがな……可能ならば、こちらの対処もして欲しい。昨日の頼みは、そういうことも含めての物だ」

「対処って……え?まさか、ボディガードでもしろ、と?」

「やりたいのなら、それでもいい。美少女アイドルを守るヒーローになるというのは、いつの時代も男子高校生の憧れだろう?」


 しれっとした顔で、姉さんは言い切った。

 丁度、悪戯が成功したときの表情と、同じ顔をして。


 ……俺はその顔を見て、頭痛を覚えることしか出来なかった。

 同時に、どう考えてもバイトにやらせることでは無い、この話のスケールの大きさに、くらくらと頭を揺らしてしまう。


 どうも、俺が昨日安請け合いしたこの依頼は、実のところとんでもなく重大な話の端緒でしかなかったらしい。

 姉さんの陰謀によって、俺はその危険性を知らないまま了承してしまったようだ。


 何というか、質の悪い詐欺に引っ掛かったかのような感覚に襲われる。

 してやられた、というのは、こういう時のための言葉だろうか。

 そのことに眩暈を感じながら、俺は質問を重ねる。


「え、何だ……つまりは俺、戦うのか?脅迫状を百通以上送ってくる不審者と?」

「いや、流石にそこまででは無いですよ。というか、もしそんな話だったら、警察官として私も止めますから。あくまで、不審者の影が無いか見張って欲しい、くらいの意図です」


 ですよね、と氷川さんが姉さんに問いかけた。

 そこで姉さんが頷いたので、俺はやや安心する。

 良かった、流石にそこまででは無かった、と。


「本音を言えば、警察の護衛がある方が望ましいんだがな……氷川の話では、いくら何でもこんなあやふやな話では警察は動かせない、とのことでな」

「ええ……それに、夏美さん自身が別の用事があって動けませんから。信頼できる他の人に、それも犯人の痕跡に気が付きそうな鋭い人に任せるしかなかったそうです」


 そう言って、氷川さんは申し訳なさそうな顔をした。

 どうやらこの二人、その辺りの事情も含めて、今の今まで話し合いをしていたらしい。

 氷川さんがわざわざ事務所に来た本当の理由は、この辺りにあるのか。


 何にせよようやく、俺は自分に撮影同行の白羽の矢が立った、真の理由を把握することが出来た。

 把握したと言っても、「とんでもないことになった」という感想が抱けただけなのだが。

 内心絶句しながらも、仕方なく俺は、流れで詳細を聞いていく。


「ええとつまり……基本的にグラジオラスメンバーの傍に居て、その上で変な人影とかが無いか、見張っていれば良いんだな?それで、何か見つけたら報告する、と?」

「まあ、そういうことになる。少しでも犯罪に関わりそうなことだったら、遠慮なく言え。すぐにでも、氷川経由で警察に伝えて見せる」


 その言葉を聞いて、氷川さんがげんなりとした顔をする。

 やはり彼女も、俺と同じく、姉さんに無茶振りされた側だったようだ。

 俺は彼女と同じ表情を浮かべたまま、同族を見るような気持ちで、氷川さんの姿を見つめるのだった。

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