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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-α:ボヌールの醜聞
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十年前に追いつく時

「あそこを出ているってことは……この辺りの出身なのか、あの人?遠くから受験した可能性もあるにはあるけど」


 何となく意外な気持ちになりながら、俺はそのサジェストに従う形で検索をする。

 途端に、幾つかのサイトがヒットした。

 俺はそれらのページを開くことなく、検索画面に出てきた文章だけで何となく情報を集める。


「あ、公表している訳じゃないのか。ただ単に、ファンが彼女の話の内容を総合して特定した、みたいな」


 だとすると、この情報の信頼性はかなり下がる。

 サジェストにわざわざ出てくるくらいだから、ファンの間では有名な話なのかもしれないが、事務所などから公表されていない以上、確かとは言えないだろう。


「というか、なまじ公表されている情報が少ないせいか、憶測が多いんだな、この人の経歴」


 適当に他に出てくる単語でも検索しながら、俺はそんなことを確認する。

 生年月日非公表というのは先述した通りだが、そのせいか正確な年齢すら、ファンの間では議論の対象となっているようだった。

 ちらっと検索の結果を見るだけでも、二十四歳だ、いや二十六歳だ、と掲示板やらSNSやらで戦争が起きているのが見て取れる。


「そうなると、これ以上は調べないで良いかな……実際に外に出ている業績以外は、殆どファンの推測っぽいし」


 スクロールしていく中で、俺は最終的にそんなことを呟く。

 細かいプロフィールが非公表ということは、逆に言えばその辺りの情報は知らなくても良い、ということだろうし。

 元々、撮影の付き添いに向かうだけだし、そもそもトップアイドルと話す機会などまず無いのだから、これ以上は調べなくてもいいはずだ。


 ──じゃあ、後は普通に撮影の細かい予定を聞いておけば良いか……明日、バイトで事務所に向かった時にでも、姉さんと話そう。


 一人でそう考えながら、俺はスマートフォンの画面を消し、んー、と伸びをする。

 姉さんが帰ってくる様子も見えないし、そもそも先程の電話からしてまた泊まり込みだろう。

 いつも通り、一人で寝る準備をすれば良さそうだった。


「戸締りだけして寝るか……」


 はあ、と息を吐いて、スマートフォンをポケットに収め、のしのしと玄関まで歩く。

 姉さんが後から帰ってくる可能性があるのでチェーンまでは掛けないが、流石に玄関を開けっぱなしにしておくのはよくない。

 どうせ姉さんは家の鍵を持っているのだし、鍵に関してはしっかりと寝る前に戸締りをしておくのが我が家のルールだった。


 故に、普段通りに、玄関の様子を確認。

 当然ながら、そこの鍵はちゃんと閉まっているのが分かった。

 しかしそれと同時に、俺はちょっと気になる物を見つける。


「……あれ、葉書?」


 何で、と思いながら、俺は玄関の床の方に視線を落とす。

 そこには、何故か一枚の葉書が落ちていた。


 中々無い光景に、俺はちょっと驚く。

 というのも普段、俺は郵便受けから手紙やら葉書やらを回収すると、自分宛ての物だけ抜き取って後はリビングの一画に置くようにしていた。

 後で姉さんやら両親──家にいれば、だが──がそれを見て、自分宛ての物をめいめい抜き取る訳である。


 しかし、目の前では一枚だけ、ハガキがポツンと落下していた。

 どうやら、郵便物を回収した俺が、ここで靴を脱いでいた時に気が付かずに落としてしまったらしい。

 自然、俺は何となく申し訳なく思いながら、そのハガキを回収することになった。


「誰宛てだ……『煌陵高校ミステリー研究会・同窓会のお知らせ』?」


 丁度、ハガキの裏面が上になっていたこともあり、俺はその内容を読み上げてしまう。

 ハガキをひっくり返すと、「松原夏美様」という宛名が書かれているのも見て取れた。

 どうやら、姉さんの高校時代の同級生か、その関係者からの手紙らしい。


「そういや姉さん、高校時代に何か変な部活に入ってたな……偶に友達と一緒に家に来てたし」


 字面を見ているうちに、何となく思い出してくる。

 煌陵高校というのは、先程出てきた等星高校の近くにある共学の高校で、同時に姉さんの出身校でもある高校だ。


 偏差値的にはそこそこ、という感じの普通の高校だが、姉さんとしては肌に合っていたらしく、のびのびと部活動を楽しんでいた印象がある。

 と言っても、俺は当時小学校低学年くらいだったので、高校時代の姉さんやその周囲の記憶というのは殆ど無いが。

 覚えていることと言えば、姉さんが友達と一緒に遊びまくっては、両親に何かしら叱られていたことくらいである。


「で、当時の友達から同窓会の誘いが来たってことか……今時、メールとかが多いだろうに、律儀というか何というか」


 そんなことを呟きながら、俺はその葉書をリビングの郵便物置き場に運んでいく。

 先程の等星高校もそうだが、何気に色んな人の出身高校を思い起こすことの多い夜だった。

 いやまあ、姉さんの件は普通に偶然だが────。


 そう思ったところで、俺はふああ、と大きく欠伸をした。

 いい加減、寝た方が良いらしい。






 この時、俺が姉さんに対する同窓会のお知らせを拾ったのは、完全なる偶然だった。

 本当に、何の意図もない、ランダムに起きたことである。


 しかし意外にも、この葉書は、というか姉さんの部活について思い出したことは、その後も何かと役に立つことになった。

 正確には、姉さんの周囲の人に対する理解を深めた、と言う方が正しいが。


 何せ、この葉書を見つけてすぐ。

 俺は早速────姉さんの高校時代の同級生に出会ったのだから。






 姉さんから、「ライジングタイム」の撮影に関する提案を受けた次の日。

 俺は予定通り、バイト終わりに休憩室に寄らず、姉さんが居るであろう部屋にテクテク歩いて行った。

 昨日聞いた、撮影の集合時間やら集合場所について、話を聞かなければならなかったからである。


 ──何気に、俺の方からこの部屋を訪ねるのは、月野羽衣さんの一件を報告した時以来か?


 ボヌールの廊下を歩きながら、ふとそんなことを思い返す。

 掃除のバイトという仕事の都合上、一々プロデューサーの部屋に出向くなんてことはそうそう無いので、この三ヶ月強で本当にその一回くらいしか出向いてない。


 しかもあの時は、自分の観察した内容を記した書類を手渡してすぐに去ったので、ちゃんとした用事があるのは初めてだ。

 いやまあ、だからどうした、という話ではあるのだが。


 そんなどうでもいいことを考えつつ、コンコンコン、と俺は三度ノック。

 失礼します、と言ってその部屋に入っていった。


「バイトの松原です。松原プロデューサー補はいらっしゃいますかー」


 姉さん以外の人も使っている場所なので、入った時からそう声をかけておく。

 途端に、「んー?」という返事が戻ってきた。

 さらに、部屋の中の視線が一気に俺に集まる。


 ──部屋に居るのは、姉さんと……もう一人か。姉さんと何か話しているな。他の人は居ない、と。


 ざっと室内の様子を確認しながら、俺は姉さんの方に向かっていく。

 椅子に座った彼女の目の前には、姉さんと同じくスーツ姿の女性が立っていたが、とりあえず俺を優先してくれたらしく、会話を止めていた。

 自然、俺はその女性の隣に並び、姉さんに用事を伝えることにする。


「昨日の電話の件、集合場所とか時間を聞きに来たんだけど……」


 そう言うと、姉さんは「ああ、それか」と思い出したように口を開いた。

 そして、目の前の女性に対して、手刀を作って軽く謝るような仕草をする。


「悪いが、そう言うことだ。用事が出来た」

「そうですね。仕事をサボッての雑談は、ここで打ち切りますか」


 話しかけられた女性は、そう言ってニコリと笑った。

 その表情はとても親し気で、姉さんとの関係性の深さが一瞬で察せられる。

 間柄は知らないが、前々からの知り合いらしい。


 ──けど、同僚って感じじゃないな。雰囲気が違うというか。


 不躾だとは思ったが、どういう関係なんだろうと思って、俺は何とはなしに彼女の方を注視する。

 実際、思わず注目してしまう程度には、彼女の存在はこの事務所内で浮いていた。


 何故かと言えば、まず、スーツが酷くキッチリしている。

 ボヌールは社風なのか何なのか、社員でも結構ラフな格好をしている人が多いのだが、彼女の服装は非常に折り目正しいスーツ姿だった。

 この例えが適切かどうかは知らないが、就活生みたいな格好である。


 次に、職員証を首から掛けてない。

 事務所内に入るカードキーを兼ねている職員証は、俺のようなバイトでも常に首から掛けている物だ。

 色んな場所のロックを職員証で開けるので、持参していないとまともに移動できない。


 しかし見たところ、その職員証を彼女は身に着けていない。

 これだけでも、彼女はここの人では無いのかな、という推測の材料となった。

 年齢は姉さんと同じくらいだが、もっと別の職業についている人なのか。


 そんなことを、俺は数秒の間にぼんやりと考えた。

 すると、俺に観察されている彼女の方も、どうしてか何かを考えているような顔になる。

 しばらくそうしていた彼女は、途中であっ、と小さな声を漏らし、やがて姉さんの方に語り掛けた。


「そっか、分かった。この子、()()ですね。こんなに大きくなったんですか?」

「えっ、知っているんですか、俺のこと」


 突然の言葉に、俺は呆気に取られて聞き返す。

 そうすると即座に、向こうから「当たり前ですよ」と返事が来た。


「一応ですけど、玲君とは前に会ってるんですから、私。夏美さんの家で、宿題を教えてあげたり……覚えていません?」

「あー、そう言えば、そんなことをしていたな、お前たち」


 何やら面白がっているような顔で、姉さんがそんな言葉を付け足す。

 それを聞いて、俺はさらに混乱を包まれた。


 仕方が無いだろう。

 古今東西、「相手が自分のことを知っているのに、自分は相手のことを思い出せない」という状況程、人間を焦らせるものは無い。

 この時の俺もその例外では無く、盛大に焦っていた。


 しかし、俺の記憶力と良いのは、中々どうしてそう悪いものでも無かったらしい。

 必死になった俺は、やがて、それっぽい記憶を脳内から検出していた。


 確か、この人は────。


「えっと、もしかして、あの人ですか?前に、ウチによく来ていた……」


 脳裏をよぎるのは、昨日思い起こした、姉さんの高校生自体の記憶。

 あの頃、姉さんの友達に、俺はよく遊んでもらっていて、それで。

 何か、色々なことが起きていたような。


「もしかして……氷川さんですか?昔、俺が姉さんに電気アンマをかけられている時に、必死に助けてくれた氷川紫苑さん!?」

「そう、それです!覚えてます?夏美さんが玲君の顔に油性マジックで落書きをした時に、油を落とせるハンドクリームを持ってきた氷川紫苑(ひかわしおん)です!」


 俺の思い出し方が変だったせいか、向こうも変にニッチな記憶を掘り出してくる。

 そこまで細かく言われると、不思議と色々と思い出してきた。

 そうだ、確かにかつてそんなことがあった。


 ミステリー研究会部員の、氷川紫苑。

 姉さんの煌陵高校時代の同級生の中でも、割と常識人的なポジションというか、何かと俺を助けてくれた感じの人である。

 彼女が家に遊びに来てた時には、多少面倒を見てもらったこともあった。


 言われて見れば、高校時代の彼女の面影が目の前の女性からは感じられた。

 すっきりとしたベリーショートの髪型も、さっぱりとした印象を受ける顔立ちも、昔のままである。

 俺はある種の感慨に包まれながら、自分の用事は一旦中断して、彼女との再会を祝う。


「お久しぶりですね……本当に、十年ぶりなのかな」

「そうなりますね。高校を卒業してからは、遊びに行く機会がとんと減っちゃいましたから」

「私と何か食べに行く機会はよくあったが、玲とは会わなかったからな……」


 納得するように、姉さんが話をまとめる。

 この言い方からすると、彼女は高校時代のみならず、現在でも姉さんと交流のある女友達らしい。

 尤も、姉さんの言う通り、ここ最近では俺との接点はほぼなくなってしまっていたのだが。


「あれ、でも……」


 しかしそこでふと、俺はある疑問に気づく。

 そして、そっくりそのまま声に出した。


「再会は嬉しいですけど、氷川さん、どうしてここに?別に、ボヌールの人という訳じゃないですよね?」


 何度か瞬きを繰り返して、俺はそう問いかける。

 先程も彼女の姿を「浮いている」と評したが、彼女があの氷川さんだとすれば、ここに居る理由は猶更解せない。


 というのも、姉さんの同期社員に、姉さんの昔からの知り合いなどは居ないからだ。

 就職直後、「社員には一人も知り合いが居ない環境だが、頑張っていこう」みたいなことを姉さんが言っていた記憶があるので、これは間違いのない話である。


 つまり、彼女は現在、全く別の職業に就いている立派な社会人であるはずで。

 だからこそ、彼女がここに居ることはかなり不思議である。


「……ああ、そっか。そう言えば、そこについても教えてませんね」


 俺の質問を受けた氷川さんは、そう言って姉さんの方をチラリと見る。

 姉さんから説明をしてくれないか、期待したのか。

 しかし、結局は姉さんが答えなかったので自分で言うことにしたらしく、すぐに説明に移ってくれる。


「玲君からすると不思議に思えるんでしょうけど、私がここに居る理由は単純ですよ。ここに、捜査に来ているからです」

「……捜査?」

「はい。私、こういう者ですから」


 そう言いながら氷川さんはスーツの内ポケットに手を入れ、何かを取り出す。

 途端に、俺はえっ、と声を上げることとなった。


 無理もないだろう。

 彼女が取り出したのは────ドラマなどでよく見る、バッジ型の警察手帳だったのだから。


「十年ぶりに、自己紹介しましょうか、玲君?……私、映玖署(うつくしょ)所属の刑事、氷川紫苑です。以後、お見知りおきを」


 最後は、ちょっと芝居がかった言い方で。

 いつの間にやら現役の刑事になっていた彼女は、挨拶をするのだった。

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