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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Extra Stage-α:ボヌールの醜聞

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検索してみる時

 後から思えば、なのだが。

 この時の会話は、俺としては珍しい、姉さんに反抗するチャンスだったと思う。


 いくら何でも突然の話だし、信頼できる人が撮影現場に居た方が云々、というのもどれほど効果があるのか分からない話だ。

 姉さんに対して、「うるせえ、俺は夏休み初日くらい昼まで寝たいんだ」くらい言う権利は持っていたはずだろう。

 いやまあ、実際にそんなことを言ったら、我が家限定ルールである「姉に対する不敬罪」で俺は酷い目に遭ったかもしれないが、理屈的にはそれでも妥当、という話だ。


 しかし、こんな話をしている時点で分かるように、結局のところ、俺はその場で頷いてしまっていた。

 分かった、朝の三時にボヌールに行けば良いんだな、と時間の確認までしたのだ。


 この辺り、俺の悪いところが出てしまった感じもする。

 押しに弱いというか、姉さんからの無茶振りに慣れてしまって、最初から抵抗をしないというか。


 そう言えば、ボヌールでのバイトをし始めた経緯だって、今と似たような物だった。

 あの時もそうだったように、俺は毎度毎度、姉さんによって何かを強制的に始めさせられ、後になってから別に引き受けなくても良かったな、と気がつくのである。

 最近では、鏡による推理依頼もしばしばスマートフォンに届くので、この「抵抗するよりも先に無茶振りを許容する」という悪癖は、俺の生活に対してかなり影響を強めていた。


 しかし、まあ、一度引き受けてしまったことは仕方が無い。

 バイト代自体はガッツリ出るらしいし──高校生のバイトにさせて良い労働時間では無いので、姉さんが個人的なお小遣いとして給与を出すらしいが──やるしかないのだろう、もう。


 そう決めた俺は、とりあえずスマートフォンを構える。

 何はともあれ、同行する以上はちょっとばかり知識を蓄えておこうかな、などという殊勝な思考がその脳底にはあった。


 ライジングタイムもそうだが────それ以上に、凛音というアイドルに対して。

 良い機会だし、知っておきたかったのだ。




「……当たり前だけど、名前で検索するだけで物凄い数がヒットするな。二千万件って」


 スマートフォンでポチポチと「凛音 アイドル」と検索して、俺はつい呟く。

 何から見ればいいか分からないので、とりあえず大雑把に検索したのだが、ちょっとびっくりするくらいのヒット数が画面に表示されてしまい、俺は呆気にとられた。


 これがどのくらい凄いかというと、例えば「グラジオラス アイドル」と検索してヒットするのが、数万件程度、と言えば分かるだろうか。

 文字通り桁が違うというか、単純に千倍近い知名度格差があることになる。


 それも、グラジオラスの検索結果の方は、変な単語の拾い方をしてしまったのか、植物の方のグラジオラス──名前の元ネタになっている花だ──に関する記事が出てくる場合も多く、俺の知るグラジオラスメンバーが出る記事は少ない。

 純粋にアイドル活動について触れているのは、それこそボヌールのホームページや広報用のSNSくらいである。


 一応、有名な事務所であるボヌール所属ということでデビュー直後は結構取り上げられたが、その後はあまり話題になっていない、という実情が検索画面だけで分かった。

 グループではなく、個人レベルの活動──帯刀さんの役者活動とか、酒井さんのモデル活動とか──で検索したら、また違う結果になるのだろうけど。

 それでも、実際に知名度格差は千倍ではきかないかもしれない。


 一方、トップアイドル・凛音の検索画面では、まずネットニュースの記事がずらずらと並んでいるのが目に入る。

 しかも、記事が掲載された日付を見れば、どれも今日か昨日の日付になっていて、毎日のようにニュースが更新されていることが分かった。

 どんな日であっても、彼女の動向はホットな話題、ということか。


 その次に並ぶのが本人のやっているSNS──無論、これにも百万単位のフォロワーが居る──、オフィシャルウェブサイト、フリーの百科事典サイト。

 さらに動画サイトとファンサイト、写真集の通販サイト、と続いている。


 有名な芸能人の名前を検索してまで調べるのは、何気に久しぶりの体験だった。

 だからという訳では無いのだが、こうも多種多様なサイトで取り扱われているのかと思うと、改めて凄いな、という気がする。

 しかも彼女と、グラジオラスと違って、ソロでアイドル活動をしている人──グループの知名度ではなく、個人でこれほどの人気を獲得している──なのだから、これはもう恐れ入るとしか言えなかった。


 ──トップアイドルって言うのは、こういう人なんだ……。


 芸能事務所でバイトしておいてアレだが、改めて芸能人の影響力、話題力の強さを実感した気がして、俺は一種の感動を覚える。

 同時に、世の中、こうも若くして業界の頂点に上り詰める人も居るんだな、と誰目線か分からない感想まで抱いた。


「しかし、こうもヒット数多いと、どれから見ればいいか分からないな……」


 そうぼやきながら、俺は適当に画面をスクロールする。

 こういう芸能人はなまじ情報量が多いので、ネットで調べようとすると、どんな人物なのかが非常に分かりにくい。


 俺のように「芸能界自体には大して興味も無いが、この手の超有名アイドルは流石に顔と名前が一致する」くらいの人間は、どのサイトを読んで詳しくなればいいのやら。

 インターネット自体、玉石混交の情報が入り乱れる場所であるので、把握しきれない感じがあった。


 そんな風に悩みながら、結局俺は無難に、有名なフリー百科事典のサイトを押す。

 ここの情報だって正しいかはどうか分からないが、まあ他よりは多少マシかも、と踏んだのだ。

 結果、俺は「有名人について検索した人の大半が、まずはこうするんだろうな……」と多数派の気分に浸りながらそれを読んでいくことになる。


「凛音は……ええと、『日本のアイドル、歌手、司会者、女優、作詞家、演出家、ファッションデサイナー』。肩書多いなー」


 かなり多彩な分野に手を出しているというのは前にも聞いた話だが、それを繰り返すと職業の欄がこうなるらしい。

 彼女が何か新しいことをするたびに、この文章は追記、修正されていくのだろうか。

 そんなどうでもいいことを考えながら、俺は続きを読んでいく。


 ただ、最初の方は、意外と読むのが簡単だった。

 というのも、俺もこれを読んで初めて知ったのだが、この人、自分の前歴を丸々公開していないらしい。

 出身地や学歴、子ども時代のエピソードというのが、完全に非公表なのだ。


 だからなのか、その百科事典の記事も、略歴の項目は九年前にデビューした、という事実から始まっていた。

 編集方針の都合上、それより前のことには十分な根拠や出典が無いのだろう。

 基本的には、九年前に芸能界に突然現れた子、という扱いらしい。


 そして、その後も略歴の欄はかなりスカスカである。

 リリースした曲の名前がずらずら書いてあるが、それだけだ。


 もし、これらの曲が高く評価されたのであれば、曲名の隣にオリコン何位にランクイン、みたいな文章が追記されているはずである。

 それが無いところを見ると、これらの曲はそこまで評価されなかったらしい。

 ここだけ見ると、それこそ今のグラジオラスと変わらない、下積みに苦労している新人アイドルの経歴に見える。


 しかし、デビューから約一年後。

 現在から辿っていくと、約八年前。

 彼女の略歴欄に、転機が訪れる。


 それが、帯刀さんも子役として出演したという、例の映画だ。

 監督の方針か何かで、主人公役の女優を広く募集──公開オーディションをしたらしい──されたその映画で、彼女は見事主演の座を射止めたのである。

 出来すぎと言えば出来すぎな話だが、その映画が大ヒットを記録したのは、以前振り返った通りだ。


 このサイトの記述から見るに、彼女としても成功の自信があった、という訳でも無いようだった。

 寧ろ、デビューから一年経ってもパッとしなかったので、ブレイクの切っ掛けを掴むべく、色んなジャンルのオーディションに手を出していて、その一つが偶々その映画だった、という流れらしい。

 尤も、結果的にはそこで主演女優としての仕事を獲得しているので、才能は間違いなくあったのだろうが。


 そしてそこからは、トントン拍子の一言だ。

 演技が注目されて、別のドラマや映画にも出演。

 出演作の主題歌や劇中歌を担当したことで、元々は注目度の低かった歌の方も売れ始めた。


 あれよあれよという前にコンサートやらライブが計画され、いつの間にかトップアイドルへの道をまっしぐら。

 コンサートだけでなく、舞台女優、ミュージカル女優、後輩アイドルのプロデュースなどにも関わり、いつしか芸能界で最も注目される人物と化す。

 海外でのライブも何度か実行され、特にアジア圏では大きな話題を作ることとなった。


 結果、社会現象を巻き起こすレベルで流行した歌をいくつも抱え、デビュー五年目頃には自他ともに認める不動の人気を獲得。

 その勢いが衰えぬまま、デビュー九年目、すなわち今年の活躍に至る訳である。


「何というか、フィクションよりもフィクションらしい経歴だな……現実味が無いというか。いやまあ、間違いなく現実なんだけど」


 後半になるに従って業績の項目が異様に長くなる略歴欄をスクロールしながら、俺はそんなことを呟く。

 トップアイドルに抱く感想としては変な感想だったかもしれなかったが、紛れもなく本心だった。


 感覚としては、若くして大成したアスリートをテレビで見た時のそれとよく似ている。

 あまりにも業績が浮世離れしているので、凄いとか素晴らしいとかいう感想よりも先に、こんなに凄まじい経歴の人がこの世にはいるんだ、という驚愕が先に来るのだ。

 下手なフィクションを凌駕する現実を目撃した時、人間とはフリーズしてしまう生き物らしい。


 というか、俺は既に知識として「凛音はトップアイドルの代名詞的存在だ」ということを知っているからこそ、このフリー百科事典の内容も信用しているが……。

 仮に俺がこの人のことを全く知らずにこの業績を読んだのなら、インターネットに蔓延るフェイクニュースの類だと思ったかもしれない。

 そのくらい、成功の二文字しかない経歴だった。


「ただ、個人的なデータが殆ど無いのは意外だったな。生年月日非公表で、本名も非公表。『凛音』っていう芸名の由来も書いてない……」


 業績欄には眩暈がしてきたので、俺は別の部分に注目する。

 何気に意外な事実だったのだ。


 年齢も本名も書いていないので、パーソナルデータは殆ど不明と言っていい。

 代わりにスリーサイズだけは明記されているのが、いっそ不気味ですらあった。

 普通は逆だろう、情報の順序として。


「つっても、経歴から推測すると、年齢は大体分かるな。八年前の映画の宣伝で、『未だ高校生』って書いてあるし……」


 そう言いながら、俺は例のブレイクの切っ掛けとなった映画の項目──当然のように作成されていた──を開いてみる。

 そこには、具体的な年齢までは書かれていなかったが、この映画に出演した時の凛音が高校生であることを示す情報が並んでいた。

 受賞コメントなどに、「未だ高校生なれど未知数の才能」とか、「高校生とは思えない演技力」とか書いているので、そのことから推測できるのである。


 当時高校生だったということは、高校浪人などをしていなければ、当時の年齢は十六から十八歳。

 八年後となる現在では、二十四から二十六歳となる。


 姉さんと同年代か、少し下くらいの年齢だ。

 外見的にも三十代にはとても見えないし、妥当な推測だろう。


「しかし、ここまで忙しかったなら、高校とか卒業できたのかな……俺が心配することじゃないだろうけど」


 映画の項目を適当に漁りながら、俺はふとそんなことを考える。

 視点としてはずれているかもしれなかったが、俺自身が高校生なので、リアルに実感出来る心配というのがそんなことだったのだ。


 実際、学業のことを考えると、この時期での大きな成功というのは、少々悩ましいところだろう。

 彼女が既に高校三年生とかだったのならともかく、まだ高校一年生くらいだったのなら、これからの二年間余りの高校生活を、多忙な仕事をこなしながらこなすことになる。

 学業とアイドル活動の両立、というのは実際のところ中々難しかったはずだ。


 そもそも、デビュー直後はあまり売れていなかったという話を考えると、彼女が芸能科が存在するような、アイドル活動に配慮された高校に通っていた可能性は低い。

 寧ろ、アイドルとして大成しなかった時の保険として、普通に賢い高校に通っていたかもしれない。

 その場合、アイドル活動で授業を何度も抜けなければならない彼女は、中々苦労したのではないだろうか。


「というか、実際、どこの高校通ってたんだろう?」


 ふと、そう呟く。

 そして、何とはなしに、俺は「凛音 出身高校」と検索した。


 もしかするとこのフリー百科事典に書いていないだけで、そのくらいは公表されているかも、と思ったのだ。

 別に知ったところでどうだ、ということも無いのだが、好奇心に導かれるままに打ち込んでみる。


 そして、そのまま検索しようとして──不意に、俺は指の動きを止めた。

 その理由は、ごく単純。

 打ち込み終わった時点で、サジェスト機能により、とある名前が勝手に表示されたからである。


 それも、その名前は知らない名前では無かった。

 自然、俺はそれを読み上げてしまう。


「出身校が……等星高校?」


 声に出した途端、俺の脳裏に鏡や酒井さんと歩いた高校の姿が蘇った。

 幽霊が宿っていた、大木の威容と共に。

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