霧生光 或いは早見唯(Collaboration Stage 終)
「大体、こう言う経緯で彼女は真相に辿り着いた」
「そしてまあ、自分が突き止めた真相を、教えてあげたいと思ったんだろう」
「その時点ではもう、盗み聞きのお陰で君たちが同じアイドルグループの仲間……少なくとも、芸能関係者であることは分かっていたはずだ」
「影武者作戦を邪魔させず、さらにこれからのグループ内の人間関係を良好に保つためにも、真相を告げた方が良い、と思ったのかな」
「……そうだとすれば、早見唯さんの意向も多少は働いているのか?いやでも、霧生光さんの行動に驚いていたらしいし、本気にはしてなかったのか……」
「……ん、ああ、何でもない。こっちの話」
「葉兄ちゃんの話では、そう言うところのある人らしいから」
「まあ、それを抜きにしても、あの霧生光さんという人は、一度謎解きを始めるとそれに夢中になってしまう性格だと聞いたことがある」
「まあ、その分夢中になるまでが長いし、終わると盛大に恥ずかしがるとも言っていたが……」
「何にせよ、どこかの段階で言うしかない、と決意したんだろう」
「それで、唐突ながら君たちに話しかけ、推理を述べることにした」
「ただし一つ」
「推理を述べる中で、彼女たちは注意したことがあった」
「推理を述べるために近づくのは仕方ないにしても、自分の男装はバレないようにする、ということだ」
「もし君たちに男装がバレてしまったら、その場で店側に告げ口されるかもしれないから、彼女たちとしては当然の配慮だろう」
「さっきも言ったが、プチ詐欺みたいなものだしな。最悪、店を追い出されるかもしれない」
「君たちにカップル限定メニューを頼む場面も見られている以上、そこの誤解は訂正せず、男性として推理をしようと思ったんだ」
「だから霧生光さんは、名前を聞かれた時、本名を言うのを躊躇った」
「もしかするとそこから、実は女性であるとバレるかもしれない、と思ったんだろう」
「尤も、『霧生光』というのは男性の名前としても十分有り得る物だから、ここに関しては怖がりすぎな感じもしなくはないが……見た目も体型も変えているのに、名前だけ本名のまま、というのに何となく恐れを抱いたのか」
「男装して店側を騙しているという引け目がある分、過剰に気を遣ってしまったのかもしれない」
「霧生光さん本人も言っていたな。『他者を演じる人というのは、本物に寄せようとするあまり、どうでもいいところまで本物に近づけようとする』だったか?」
「多分、彼女の持つ男性のイメージをそっくりそのまま演じようとしたんだろう」
「故に彼女は、頭の中に思い浮かんだ実在の男性の名前を一時的に借りることにした」
「実際に男が名乗っているその名前なら、その姿でも違和感がないと踏んだんだろう」
「だから、君たちの前で、彼女は『相川葉だ』と名乗ったんだ」
「霧生光さん、あまり交友関係が広くないらしいし、一番に思い浮かんだ名前がそれだったんだろう」
「……ただ結果から言ってしまえば、これは悪手だった」
「そうだろう?」
「寄りにもよって──それこそ、天文学的確率な気がするが──話しかけた君たちが、その『相川葉』という人物のことを名前だけとはいえ知っていたからな」
「彼女は偽名を名乗ったせいで、逆に自分のことを詮索される、という訳が分からない状況に陥ってしまった」
「内心、終わった……とすら考えたと思う」
「しかし幸いというか何というか、君たちは葉兄ちゃんの名前は知っていても、顔までは知らなかった」
「俺がそれを見せる前に、『fraise』に行ってしまったからな」
「だから、その場で男装がすぐに発覚することにはならなかった」
「そして逆に、霧生光さんの方は多分……俺の事や、俺がボヌールでバイトをしていることについては知っていたんだと思う」
「何かの話のついでに、葉兄ちゃんから聞いていたんだろう」
「俺が言うのも何だが、従兄弟の姉弟の内、姉の方が芸能事務所でプロデューサー補佐をしていて、弟の方もそこでバイトしているっていうのは、結構珍しい話だしな」
「それこそ、こんな従兄弟なんだ、という風に俺の写真をスマートフォンで送るようなこともしたはずだ」
「要するに、昨日、俺は葉兄ちゃんを変わった親戚として話のネタにしていたが、葉兄ちゃんの方も似たようなことをしていた、ということだ」
「そのことが、霧生光さんにとっては有利に働いた。彼女はその写真を使って、とりあえずは『松原玲の従兄弟である葉兄ちゃん』に成りすますことに成功したんだから」
「推理を聞く前に椅子や机を動かしていたというし、その間に必死でスマートフォンの中から──トーク画面とか、グループのアルバムとかから──写真を探したんだろう。そして、ようやく見つけたそれを君たちに見せて、信頼された訳だ」
「もっと深く突っ込んでいたら、多分ボロが出たと思うが……君たちも、初対面の人間にそこまで聞かないだろうしな。最終的には、何とかこの成りすましは成功した」
「そうして、流れるように──多分、バレる前に終わらせたかったんだ──推理を告げた彼女たちは、最後までカップルの振りをしたまま、そのお店から去っていった」
「概ね、こんな経緯だったんじゃないか?」
そこまで言い終わると、松原さんはふう、と息を吐いた。
同時に、呆れるような、笑うような、何とも言えない表情をする。
自分の従兄弟の関係者たちがおこした悪だくみとその顛末を解き明かしたことに対して、シュールな感覚を抱いているのか。
全体的に、「仕方が無い人たちだなあ」とでも言いたげな表情だった。
一方私はと言えば、意外な事実に驚きを隠せないでいた。
当然だろう。
何というか、私は昨日だけで、余りにも奇跡的な体験をしていたのだから。
まさか、あんなに短時間で二人も他者への成りすましをしていた人に出会っていたとは。
中学生でアイドルをやっている私が言うのも何だけど、とても現実的な話とは思えない。
だけど、今の推理を聞くと腑に落ちる点が多いのも事実だった。
桜さんの変装のせいで有耶無耶になっていたけど、葉さん、いや霧生光さんの格好は、明らかに熱そうだったし。
結局最後まで、私たちの前で上着を脱ごうとはしていなかったし。
そう言えば、最初に霧生光さんが話しかけてきたり、名乗ったりしてきた時、隣で唯さんが頭を抱えていたな、ということも思い出す。
私としては、「初対面の人に推理を提案して大丈夫だろうか」と思い悩んでいたと思っていたのだけど、もしかするとあれは、「男装をしている中でそんな行動をして大丈夫だろうか」と心配していたのだろうか。
結果から言えば、霧生光さんの声質が割と少年っぽい物だったこともあって──いくら変装しても、まさか声までは変えられないだろうから、あれは素の声なのだろう──私たちを騙しきることには成功したのだけど。
しかし、全体を通して思うことと言えば────。
「松原さんの従兄弟の相川葉さんて……こう、物凄く、個性的な人たちと仲が良いんですね……」
決して、嫌みや皮肉でも無い。
悪印象を抱いた訳でも無い。
純粋な感想として、私はそう言った。
「まあ、そこは同意する。葉兄ちゃん含めて、小説より小説みたいな人たちだ、本当に……」
呆れ顔のまま、松原さんは同意した。
そんな彼の顔を見ながら、私はあの二人のことを黙考する。
一人は、アイドルと見間違うくらいの美少女。
もう一人は、男装が成功するくらいに中性的な容姿で、なおかつ推理力の高い部長。
今思い返しても、アニメか何かから抜け出てきたんじゃないか、というくらい出来すぎな人たちだ。
本物の相川葉さんが、あの二人と仲が良いというのは、それだけで何というか、凄いことのように思える。
霧生光さんと、早見唯さん。
あの二人と同じ部活に所属し、その部活を立ち上げたのが、本物の相川葉。
結局私は、彼と出会うことは無かったのだけど────一体、どんな人物なのだろうか。
あの二人と関わり、合宿の写真を見る限り物凄く仲良くしているのであろうその人は。
私が今「相川葉」について知っている特徴と言えば、勘が良いことと、血縁関係、そして彼女が出来たことくらいだ。
純粋な好奇心として、私はその情報を思い返して。
……そして不意に、ちょっと、気になったことがあった。
「……あれ?松原さん、ちょっと、良いですか?」
「何だ?」
「その、本物の相川葉さんのことです。ええと、確かその人って……去年あたりから、彼女が出来たんですよね」
「ああ。秋辺りに……通っている高校の文化祭が終わった時期に出来たとか、そう言ってたな」
それがどうした、という風に松原さんが私を見る。
それを見つめ返しながら、私は言葉を続ける。
「私、それを聞いていたから、『fraise』で唯さんを見た時、この人がその彼女なのかな、と思ったんです。あの時、霧生光さんは相川葉と名乗っていましたし、さっき言ったようにカップルを装っていたから」
「ああ、君の視点では、確かにそうなるだろうな」
「でも、今の推理によれば、実際にはあそこに居たのは女子高生二人組だった訳で……別に、彼氏彼女という訳でも無いんですよね?」
ここまで話して、一つ事実を思い返す。
すなわち、本物の相川葉も、あまり交友関係が広くない、という松原さんの証言を思い出したのだ。
インドア派とか、あまりモテないとも言っていたし。
多分本物の相川葉も、あまりたくさんの女友達が居るタイプでは無いのだろう。
それこそ、同じ部活であるあの二人以外に、親しい女友達は殆ど居ないでは無いだろうか。
そんな彼が、昨年彼女が出来たというのなら、それは────。
「つまり、普通に考えれば、相川葉さんの本当の彼女は、あの二人の内どちらか、ということになりますよね?同じ部活の人に恋するなんて、よくある話でしょうし」
「詳しくは聞いていないけど、まあ、そうなるだろうな。実際、部活仲間とは殆ど毎日会っているとか言っていた。正月も、夏休みも、部活仲間や早見唯さんの妹さんと居る機会が多かったとか何とか……部活の外に彼女がいてそれっていうのは、流石に考えにくい」
君の言う通りだろうが、それで?
そう言って、松原さんが話を促す。
その言葉を受けて、私はいよいよ質問を吐き出した。
「純粋に好奇心で聞くんですけど……本物の相川葉さんは、あの二人の内、どちらを彼女として選んだんですか?松原さん、従兄弟として聞いてません?」
流石に、奏さんのように興味丸出しで聞くつもりは無かったけれど。
どうしても知りたくて、私は身を乗り出してしまった。
だって、気になったのだ。
あれだけ魅力的というか、個性的な人たちを彼女に選ぶというのは、どういう決意の元なされたのか。
どういったお付き合いを、しているのか。
本物の相川葉さんと親しいという松原さんなら、知っているかもしれない。
そう期待して、私は彼を見つめる。
だけど────すぐに。
松原さんは、申し訳なさそうな顔をして、首の後ろをボリボリと掻いた。
「すまない、それは聞いていない。俺が知っているのは、彼女が出来たって話だけだ。その経緯については多少知っているが……わざわざ聞き返すのもやっかんでいるみたいで嫌だから、それ以降も話してない」
「えー……」
松原さんには悪いけど、思わず全力で不満を表明してしまう。
何というか、肩透かしな話だった。
私のそんな様子がおかしかったのか、松原さんは苦笑いを返す。
「今からでも、もう一度電話して聞くとかは……」
「出来なくは無いが……絶対、『どうしてそんなことを聞くんだ?』って返されるぞ。あの人は勘が良いから、一回の電話だけで『fraise』の一件まで全部勘づかれる気がする。それが果たして良いことなのか……いや、別にまあ、葉兄ちゃんはそこまで四角四面な人では無いが」
そう言って、松原さんは少しだけ、心配そうな顔をする。
彼の顔を見て、私も松原さんが何を心配しているのか分かった気がした。
再三言っていることだが、昨日、あの二人は「fraise」でカップルでもないのにカップル限定メニューを食べるというプチ詐欺を働いた。
別にそれで誰かに滅茶苦茶迷惑をかけた訳では無いけど、まあ、ズルと言えばズルではある。
だからこそ松原さんは、それを相川葉さんに伝えない方が良いのではないか、と思っているのだ。
相川葉さんの彼女がそういうズルをしたなんていう話を伝えると、もしかすると相川葉さんの中で、彼女さんの印象がちょっと悪くなるかもしれないから。
勿論、いくらなんでも、こんな小さなことを伝えたことで彼女と別れるなんてことは無いだろう。
そこまで几帳面な人でも無いらしいし。
だけど、人間関係というのは何が起こるか分からない。
相川葉さんにどうリアクションされるか分からない以上、この一件は胸に秘めておくのが一番良い、触らぬ神に祟りなし、と松原さんは踏んだのだろう。
彼の様子からは、何だかんだ言いながらも、親しい従兄弟には恋愛関係で上手くいってほしい──少なくとも、余計な波風が立って欲しくない──という配慮が透けて見えた。
無論、普通に明杏市に帰った二人が思い出話として今日のことを話すかもしれず、この配慮は杞憂かもしれない。
というか、杞憂に終わる可能性の方が高い。
だけど松原さんとしては、昨日のことを蒸し返す恐れのある電話は、どうしてもやりたくない。
相手の勘が良い以上、猶更。
「じゃあ、彼女がどっちかって言う謎は、謎のままですね……電話出来ない以上、仕方ないですけど」
その意図を汲んで、私はそう漏らす。
すると、松原さんは軽く頭を下げた。
「そういうことにしておいてくれ。それでもどうしても知りたいのなら……まあ、各自自分で考えるってことで」
「自分で考えるって……推理しろってことですか?」
「ああ。折角直に彼女候補の二人に会ったんだから、解き明かすのも不可能ではないかもしれないだろう?……最後に残った謎は、最早解く側の解釈次第、ということだ」
そんなことを言って、松原さんは何度目かの笑みを返す。
そうなると私としては、初めて手渡された「日常の謎」を前に、どっちなんだろう、と悩むしかなかった。
霧生光さんを選んだ可能性は、十分に有り得る気がする。
だけど同じくらい、早見唯さんを選ぶことだって有り得る。
二つの可能性を前に、私は溺れるようにしてうーん、うーんと唸った。
すると松原さんは、冗談のような口調で「意外と両方だったりして」などと言うのだった。