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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Collaboration Stage:甘味など要らないアイドル生活
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ここに来るまで 或いはこれから先は

「相川葉って……」

「松原さんの、ご親戚の?」


 小一時間前に聞いたばかりの名前の、突然の再登場。

 それを受けて、私たちはまた目を見合わせる。

 何なのだろう、この偶然は。


「その反応……貴女たち、彼のことを知っているの?」


 私たちが呆けていると、相川葉を名乗る少年の後ろから、彼女さんの声が聞こえてきた。

 どうやら、私たちの様子を見て、話しかけに来てくれたらしい。

 或いは単純に、松原さんの名前が出てきたことに、向こうは向こうで驚いているのか。


「……えっと、私たち、松原玲君の知り合いなんです。それで、ほんのちょっと前に、松原君には相川葉さんっていう従兄弟が居るって聞かされて」


 いつまでも呆けてはいられないと思ったのか、絞り出すようにして、奏さんがそう説明する。

 そうすると、今度は眼前の彼氏さん────改め、葉さんが驚いたような声を漏らした。


「へえ、そうか……そうか、君たちが。話の内容からして、芸能関係者ではあるんだろうとは思っていたけど……」


 ふむ、と興味を抱いたかのような声を漏らしながら、葉さんは顎に手を添える。

 そして、くるりと後ろを振り返り、自分の彼女に向かってこう告げた。


「唯、こうなってくるともう、席も移してじっくり語ろうか?ただ彼女たちの動きを止めるだけじゃなく、謎解きの過程も、しっかり伝えた方が良い気がしてきたよ」

「……向こうの方がそれで良いなら、好きにしたら?」


 そこで、唯と呼びかけられた彼女さんは、はあ、と大きく息を吐いた。




 葉さんの提案した案、すなわち席の入れ替えは、すぐに実行された。

 手近な店員を捕まえて、「実は二つ隣のお客さんが、古い知り合いだったんです、一緒に食べさせてもらえませんか?」と彼女さん、改め唯さんが頼んだら、それで了承されたのだ。

 偶々、私たちの間の席が空いていた上に続いて訪れるような客が殆どいなかったことが、幸いした形になる。


 因みに、この席移動をしている間、遠くで届いたショートケーキを食べている桜さんは素知らぬ顔をしていた。

 何か、別のことに集中しているらしく、こちらには視線も向けない。


 何にせよそうやって、成り行きに流されるまま、私たちは二人用の机を二つ合わせ、四人掛けの形で席を同じくした。

 丁度、片方には私と奏さんが、もう片方には葉さんと唯さんが座り、お見合いよろしく向かい合う形である。


 そして、席が用意される間、私たちは何となく、自己紹介を済ませていた。

 私と奏さんは、それぞれ名前を名乗って。

 唯さんも、自分の名前は早見唯だ、と教えてくれたのだ。


 一方、葉さんは既に名乗っているからか、それ以上の自己紹介はせず、代わりにしばらくスマートフォンを操作してから、私たちに何枚かの写真を見せてくる。

 どこか、田舎の方──彼らの祖父母の家だろうか──で撮影したと思われる、新品の制服に包まれた松原さんの写真を、私たちに見せたのだ。

 それと、松原プロデューサー補がスーツ姿で立っている写真も。


 恐らくこれが、松原さんが言っていた「春休みに親戚に制服を見せに行った」という時に撮影した物だろう。

 これを見せられるに及んでは、私たちも彼が松原さんの親戚なのだろう、ということは信じざるを得なかった。

 向こうも、それを見越して見せたのだろうけど。


 そうして、互いの状況をある程度理解してから。

 私たちの、妙に会議風な会話は再開されることとなった。


「……さて、改めて言うのも何だけど、謎解きを始めようか。基本的に、前提さえ分かってもらえればすぐに理解出来る話ではあるから」


 全員が着席したところで、葉さんは我慢できない、という風に突然口火を切る。

 その視線は──帽子のせいでよく分からなかったけれど──実に真っすぐで、初対面だというのに一切の遠慮がない。

 何となくだけど、こちらの心の内面を、全て見透かすような色を帯びていた。


「謎解き、ですか……えっと、その」

「何だい?」

「私たちの話、やっぱりがっつり聞こえていたんですね?それで、その……葉さんたちは、私たちが悩んでいたことを、推理して、解決した、と?」


 改めて自己紹介されても、なお残る胡散臭さというか、変な感じと戦いつつ、私は何とか状況をまとめて見せる。

 探偵の真似事だとか、謎解きとか言うから面食らってしまったが。

 要するに彼は、桜さんの行動のために悩んでいた私たちのために、アドバイスをしにきたのか、と。


 実際、その推測は正解だったらしい。

 私たちの目の前で、すぐに葉さんは頷く。


「その通りだ。君たちは、あちらの彼女が妙な恰好で来店し、なおかつ理由の分からない注文のキャンセルをしたことを不思議に思っていたんだろう?私たちとしても、あの様子は気にかかっていてね。明らかに変な様子だったものだから」

「それで、暇潰しがてらこっちでも色々と考えちゃってて……真相が分かった途端に、貴女たちに話しかけた、という流れ。驚かせてごめんなさい。この人、こう言うところあるから」


 葉さんの言葉に続けて、唯さんが軽く頭を下げる。

 その動きはどことなく手慣れていて、何となくだけど、初めてじゃない雰囲気だった。

 今までも、こういう経験はあったのだろうか。


 何にせよ、今の話から分かることは二つ。

 一つは、この人たちはやっぱり、相当な変人であること。

 そして、私たちは思わぬ形で、先程から悩んでいた謎の解決法を手に入れたのかもしれない、ということだ。


 だけど────。


 ──どうします、奏さん。この人たち、信用します?


 そんな意図を籠めて、私は隣の奏さんを見る。

 すると、奏さんも似たような目線で私を見ているのが分かった。


 彼女が考えていることは分かる。

 流されるようにして席を同じくしてしまったけど、果たしてこの変な人たちの話を普通に聞いても良い物かどうか、悩んだのだろう。


 普通なら、何かしら理由をつけて断るべきだった。

 なまじ私たちの立場が立場だし、桜さんの事情も考えると、部外者であることの人たちにこれ以上関わらせるのはちょっと、というのが正常な判断だろう。


 しかし同時に、この人たちが全く信用できないか、と言われると、そういう訳では無いのも事実だった。

 何せ、先程松原さん自身から、「自分にとって探偵の師匠である相川葉」という人の話は聞いている。

 謎を立ち聞きした途端に、初対面でも話しかけてくるという奇行も、彼の親戚ならちょっとあり得るかも……というのが本音だった。


 そして、葉さんが松原さんの親戚だというのなら、仮にこの謎解きが桜さんにとって不都合な真相に辿り着くものだったとしても、口止めは簡単だ。

 松原プロデューサー補から、そう言ってもらえればいい。

 先程の写真から見て、少なくとも無関係な人では無いだろうし。


 これらの事情を鑑みた上で、信じるか、否か。

 私たちは、無言で数秒会話をして、やがて。


「それで、分かった真相って、どんなものなんですか……?」


 いつしか、私の方から声を発していた。

 同時に私は、自分の中で、好奇心が他の事柄を凌駕していくのを感じる。


 どうにも、人間は中々、興味という感覚を捨てられないものらしい。

 言い終わってから隣を見れば、奏さんも結局似たような顔をしていた。


「まあ、少し待って欲しい。それを告げる前に、一つ確認だ。正確には確認というか、このことを伝えておいた方がこれからの謎解きも理解しやすいだろう、というエピソードなんだけどね」


 そう言って、葉さんは指を一つ立てる。

 さらに、それを行うと同時に、視線を私たちからすっとずらした。

 席を移動する際に持ってきた、自分たちの荷物────ミュージカルのパンフレットなどが詰まった袋の方を見たのだ。


「もしかすると、私たちの話も既に聞こえていたかもしれないが……私と唯は、ここに来る前に劇団魁星のミュージカルを見に行っていた。まあ、舞台が終わった後、グッズを買ったり写真を撮ったりしていたから、本来の予定よりも結構遅くなってしまったのだけど」

「仕方ないわよ。あんなに人が集まっていたのだから。……出待ちのために、会場を囲むようにして大勢のファンがたむろしていて、中々帰れなかったの」


 突然、自分たちの今までの行動を説明しながら、葉さんは苦笑いを浮かべて一人ごちる。

 すぐさま、私たちの理解度を意識してか、唯さんのフォローが入った。


「まあ、私たちはその人ごみを抜けて──本当に、演者たちはどうやって帰るんだろうと思うくらいの人ごみだったんだけど──ここに来た訳だ」

「はあ……そうですか」


 どう反応すればいいか分からないので、とりあえず頷いておく。

 するとそこで、葉さんが一気に表情を引き締めた。


「そして、ここからが大事なんだが……実を言うと、私たちがその人ごみを抜けてすぐ、私たちを追いかけるようにして人ごみから出てきた人が居た。特徴的な動きをしていたので、よく覚えている」

「追いかけるように、出てきた人……?」

「ああ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()。あの妙な恰好をしている少女が、まるで人ごみを突っ切るようにして、会場から飛び出てきたんだ」


 そう言って、葉さんはチラリと横目で桜さんの方を見た。

 ケーキをつつきながら、こちらの様子は全く目に入っていないようにしている、桜さんを。

 彼の話では、彼らを追って出てきたという人を。


「……えっ、じゃあ、桜さん、今日は劇団魁星の舞台に出てたんですか?もしくは、純粋に見に行っていたとか?」


 葉さんの話を聞いて、奏さんが素っ頓狂な声を上げる。

 声には出さなかったけど、私も同じ気持ちだった。

 一体、何をしていたの、桜さん。


「貴女たちの反応を見る限り、この話は結構意外なものみたいだけど……彼の言っている話は本当よ。私も見たもの。この暑いのに変に厚着をして、わざわざ人ごみの中心から出てきた彼女の姿を。まあ、すぐに車に乗ってどこかに行っちゃったから、そこで見失ってしまったのだけど」


 私たちが驚く様子を興味深そうに見つめながら、唯さんの説明が入る。

 それを聞いて、私たちはまた驚いた。


 つまり、それは。

 この人たちは、このお店に入る前から、あの変な恰好の桜さんに会っていて。

 そして、どういう人なにか気にしていた、ということになるのだろうか。


「ええと、じゃあ……お二人としては、このお店に桜さんが来たことで、思わぬ再会って感じだったんですか?」

「ああ、その通り。実のところ、結構驚いたよ。車に乗ってどこか遠くに行った様子だったのに、何故か結構近場であるこのお店に来ているんだから。しかも服装も変わっていない。そもそも、徒歩でここまで来た私たちよりも何故後に到着しているし……あまりにも、奇妙だったからね」

「貴女たちも、彼女が何を考えているか探っていたみたいだけど、そのことで、私たちも同じように考えていたわ。それを気にしている内に、貴女たちの話が聞こえてきた、ということでもあるけどね」


 二人の説明を聞いて、私はほへー、と声を漏らす。

 何だか、話が大きくなってきた。


 彼らの話を聞く限り、この桜さんの奇行にまつわるアレコレは、ただこの店の中で起きたことだけで解くのでは無く、もっと前の行動から解かなくてはならないらしい。

 というか、真相が分かったというこの人たちが、先にこの話をしたということ自体、劇団魁星の公演がこの謎に関わっているということの証明だった。


「……でも、そうだとしたら、桜さんが向かっていた仕事って、劇団魁星絡みだったの?そんな仕事の話、聞いたこと無いけど。でも、そうじゃないと会場に居た理由が無いし」

「それに、その車っていうのは、何なんですかね?マネージャーさん?」


 新たに増えた謎を受けて、私と奏さんはめいめい疑問点を口にする。

 そして、ある程度吐き出し終わってから、改めて葉さんの方を見て。

 こう聞くのが一番早いだろうな、と思いながら声を発した。


「相川葉さん……真相が分かっているというのなら、教えてください。つまりは、どういうことなんです?」


 ────私が、それを告げた瞬間。

 葉さんが、見ただけでゾクリとするほどの、綺麗な笑みを浮かべたのが分かった。


 まるで、この場の人間でただ一人、人知を超えた領域に踏み入ったかのような。

 そう錯覚するほどの、余裕を湛えた笑み。

 表情だけで、「格が違う」と理解するのは、初めての体験だった。


 彼は、自身の表情をその笑顔で固定させたまま。

 スッと、自分の人差し指と親指でL字を作り、自身の細い顎にそれを添えて支えとする。


 恐らく、それが合図だったのだろう。

 隣の唯さんにとっても、彼自身にとっても。


 事実、それを境に、彼は表情だけでなく、纏っていた雰囲気をガラリと変えた。

 独特の緊張感と、ある種の期待感を伴った、どうにも表現しにくい雰囲気。

 この空気感の前では、早見唯さんに感じていた「華」すらも霞んで見える。


 自然、私たちはただただ彼の姿を見つめて、推理を待つことになった。

 ただ一人、唯さんだけは、手慣れた様子で頷いていたけれど。


 そして彼は、三人の少女に見つめられながら。

 松原さんとの血の繋がりを感じさせる、聞き慣れた言葉をその口から発したのだった。






「さて────」

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