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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Collaboration Stage:甘味など要らないアイドル生活
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一般人 或いは特別ゲスト

「……菜月、めっちゃ他所見てるけど、どしたの?」


 そこで、不意に私は目の前から声をかけられる。

 いつの間にか思考の奥底に浸っていた私は、ひゃあ、と声を上げた。

 何とか、意識を現実に戻す。


「あ、ああ、奏さん。メニュー、決めたんですね」

「うん、この『極イチゴのロールケーキスペシャル』にするから……で、何故にそんなに上の空?」


 滅茶苦茶砕けた日本語を駆使しつつ、奏さんは私の顔を見つめる。

 どうやら、私が考えていることに興味が湧いているらしい。


 その顔を見て、私は反射的に不味いな、と思った。

 というのも、こういう顔をした時の奏さんの行動力を、私は同じアイドルグループのメンバーとして知っているからだ。


 端的に言ってしまえば、こういう顔になった時の奏さんは、自分の好奇心の赴くままになってしまう。

 元々の噂好き、ゴシップ好きな性格、さらにトークの上手さを生かすための努力も相まって、何かに興味を抱いたら、すぐにその詳細を聞き遂げようとするのだ。


 誰が止めようが、事態に関わりに行って────その果てに、松原さんに謎解きを頼むような時。

 彼女は何時も、こんな顔をしている。


 茜さんや桜さんに何度も窘められている気質なのだけど、一度こうなってしまうと、奏さんは止まらない。

 奏さんにロックオンされたということは、私はもう、考えていたことは洗いざらい話すしかなさそうだ、ということを意味する。


 必然的に、私は「どうでもいい話ではあるんだけどな」と思いながら、自分が何に注目していたかを話すことにした。

 こう言う時はもう、黙る方が面倒くさい。


「その、二つ隣の席に座ったカップルについて、なんですけど……」

「んー?あ、居るね、確かに」

「あの女性、凄い綺麗な人だし、もしかしたら同業者なんじゃないかなー、とか考えてて……」


 そう言うと、奏さんは興味深そうに二人が座った席をガン見する。

 多少位置が離れているから、あからさまに見ても大丈夫だろう、と思ったのか。

 間が良いのか悪いのか、丁度その話をしている間に私たちとカップルの間の席が空き、視線を遮るものが無くなったので、奏さんの目には遠慮という物がなかった。


「へー、確かに凄い美人……ボヌールの廊下を歩いていても、全く違和感ないかも」


 感心したように、奏さんはまずそんなことを言う。

 そして、次にこう言った。


「でも私、あの人の顔見たことないな……少なくとも、アイドル関連の人としては、身に覚えがないと思う」

「あ、そうなんですか?」


 意外な返答に、私はちょっと驚いた。

 そして、奏さんが知らない以上、少なくともアイドルではないらしい、と確認する。


 ゴシップ好きで社交的な性格の都合上、奏さんはアイドル業界についてかなり詳しい。

 結構マイナーなアイドルの子に対しても、「あの子はナントカって事務所のナニナニちゃんだよ」と解説してくれたことが、今までに何度もあるくらいだ。

 そんな奏さんが知らないということは、それはすなわち、あの女性はアイドル関係の人では無い、ということになる。


「それに、モデルとかでも、女優とかでも見た顔じゃないしー……ネット関係とか、配信者も、有名どころは抑えているんだけど、そっちでも知らないなー」

「じゃあ……一般の人なんですか、あの人」


 自分で言いながら、私はその言葉に驚く。

 何というか、奏さんが言うならそうなんだろう、とも思いつつ、信じ切れない気分だった。

 寧ろ、どこそこのモデルだよ、と説明された方が、余程納得出来たかもしれない。


「信じられないのもちょっと分かるけど……そうだと思う。だってほら、変装とかしてないし、それ以前に」

「それ以前に?」

「もしそう言う人だったなら、堂々とカップルでこんなに有名なお店に来るとか、無いでしょ、普通」


 そう言われて、あっ、となった。

 確かにそうだ。

 少しでも名前がある人なら、こういう状況はまず有り得ない。


 今時、少しでも名がある人というのは、どこで何を書かれるか分からない。

 ボヌールの先輩でも、SNSやネットニュースを切っ掛けとしてスキャンダルになったり、炎上したりした人をよく知っている。

 他の事務所のことは知らないけど、ボヌール以外でも、似たような認識だろう。


 つまり、変装も無しに異性とこんな大きな店に来るなんて、普通有り得ないのだ。

 いくら何でも、うっかりで済まされる話ではない。

 逆に言えば、彼女が自分の彼氏を連れて、顔も隠さずに有名店に来ている時点で、あの二人は芸能関係者とは考えにくい訳だ。


「でも、まだあの二人がカップルと決まった訳じゃないですし……」


 それでも今一つ納得しがたくて、私は少しだけ反論する。

 実際、気になっていたことではあったのだ。

 あの二人、どういう関係性なのだろう、と。


 カップルっぽいというのは、あくまで私が見た印象に過ぎない。

 話題に上がっている少女の対面に座る人物が、少年っぽい感じに見えたので、そう判断しただけだ。

 まだ、関係性が確定したわけじゃない。


 だからもし、彼女たちがあくまで普通の友人関係とかだったのなら、別にスキャンダルを恐れる程の事ではないかもしれない。

 実際、一応アイドルである私たちも、二人でこのお店に来ているのだし。


「んー、でも……その関係は、今分かるっぽいよ」


 しかしそこで、奏さんはくい、と顎で話題に上がっている二人の方を指した。

 すると、タイミングが良いというか何というか、彼女たちの声が聞こえてきた。

 店員さんを呼んで、注文している声が。


「……お待たせいたしました、何になさいますか?」

「あ、この『たっぷりイチゴの贅沢パフェ』でお願いします。二人で分けて食べるので、スプーンとフォークを二つ……」

「限定メニューですね……はい、了解しましたー」


 二人の様子を見て、店員さんはにっこりと笑う。

 同時に、「少々お待ちください」と告げて立ち去っていった。

 それを見届けてから、私は思わず口を開く。


「……カップル限定メニュー、頼んでますね」

「でしょ?勿論、嘘をついている可能性はあるけど……普通に考えたら、カップルでしょ」


 確かに、と私は頷く。

 見た感じ、二人とも仲は良さそうだし、店員への指示からして一つのパフェを二人で食べるつもりでもあるようだ。

 これで彼氏彼女ではない、というのはちょっと考えにくい。


 ──そうなると、あの男の人はやっぱり彼氏さんなんだ……どんな人なんだろう、あれだけ綺麗な人に選ばれる男の人って。


 そして、彼女たちがやはりカップルなのだろう、と認識したことで。

 私は彼氏側の方をちょっと観察してみることにする。


 今度は、彼の方に好奇心が湧いたのだ。

 いや、そもそもにして、この彼氏さん、ちょっと変なところがあるような────。


 ──この彼氏さん、彼女さんと違って、ちょっと変装っぽい恰好してるんだよね。帽子をしていて目線が見えないし……ちょっと厚着もしているし。


 変装、というのは流石に言い過ぎかもしれないけど、実際そう言う風にも表現できる格好だった。

 その、彼氏さんの服装というのは。

 実を言えば、彼が店に入った時から、密かに気になっていたくらいである。


 大雑把に彼の服装を解説すると、黒いブーツと紺のジーンズ、白いTシャツに明るい緑色のジャケット、という装い。

 着ている本人が細身な上、ジャケットのシルエットが恰好良いので、結構似合っている印象だった。


 ただ、夏だというのにジャケットの前をピッチリ締め、首を締め付けるようにして着ているので、似合う云々よりも先に、暑そう、という感想を抱いてしまう。

 勿論、店内でも被ったままの黒い帽子も、その感想に貢献していた。

 ちょっと、今の季節に合っていない感じすらしてしまう。


 あまり、着こなしとかファッションとかについて、明るくない人なのだろうか。

 何というかこう、傍から見ていて思わずアドバイスをしてしまいそうな服の着方をしている。

 あとちょっとアレンジするだけで、もっと似合うだろうに。


「帽子で彼氏さんの顔が見えないから、どんな人なのか分かりにくいねー……まあ、多分高校生くらい、かな?」


 同じく、流れで彼氏さんの方を観察していた奏さんが、本人には聞かれないような小声で、そんな感想を述べる。

 私もほぼ同じ感想だったので、一つ頷いた。

 私たちの居る位置からだと、角度も相まって、あまり顔が見えないのだ。


「でも、仲良さそうですよね、あの二人……こう、あからさまにベッタリしてるって感じじゃないですけど、雰囲気自体が仲が良いみたいな」


 続いて、カップルの様子を見ながら、私は思わずそう呟く。

 私の言葉に、虚飾は含まれていない。

 目の前の二人は、一見して非常に穏やかな雰囲気に包まれているようだった。


 決して、手を繋いだり、ベタベタしている訳じゃない。

 寧ろ、二人用の席に向かい合わせに座っていて、距離的には多少離れている。

 だけど、明らかに二人の間の雰囲気は、他人行儀なそれでは無かった。


 メニューの文言を見ながら、軽く笑い合ったり。

 こちらからではよく聞こえないけれど、何か思い出話のような物を話してから、フフッと表情を崩したり。

 良い意味で初々しさの無い、円熟した仲の良さに満ちている。


 変な例えだけど、行動の一つ一つから、この二人がどうしようもなく心で繋がっていることを察することが出来た。

 目に見える繋がりを持たずとも、自然と分かり合えている関係。

 このカップルは、そんな領域に辿り着いているのではないか、とすら思った。


「……何か、こう……熟年夫婦みたい。勿論、悪い意味じゃなくて」


 ポツリ、と奏さんが率直な感想を述べる。

 熟年夫婦、か。


 言い得て妙だな、と私はまた頷くことになる。

 すると、丁度そのタイミングで、新たな声が店内に響いた。


「……たっぷりイチゴの贅沢パフェ、お待たせいたしましたー!」

「あ、ありがとうございます」


 ……色々と観察している内に、当のカップル限定メニューが二人の元に届けられたのだ、ということを確認するのに、数秒かかった。

 気がつけば、随分と長いこと話し込んでいたらしい。

 件の二人が、嬉しそうにパフェを受け取るのが、よく見えた。


 その光景を何となく、私たちは二人で見つめて。

 それから、どちらともなく、あのカップルの観察を終了する。


 とりあえず、最初に気にしていた「あの女性は芸能人なのか」と「あの二人は恋人同士なのか」という議題には片が付いたので、これ以上観察する必要は無い。

 もっと言えば、あんまりにもジロジロと見続けていると、流石に注意される恐れもある。

 程々のところで切り上げるのが無難だろう、と同時に思ったのだ。


 だから、私たちはさらっと懸案だった注文を終えて、普通にそれらが届くのを待つことにした。

 突然の美少女の登場に、何だか話の内容が逸れてしまっていたけど、元はと言えばこれらのスイーツを楽しみにしていたのだ。

 気を取り直して、存分にこちらを楽しむとしよう────。




 そう、思ったところで。

 またまた、気になる話題が二つ隣から聞こえてきた。


「……でも、素晴らしかったな、あの講演。演劇を生で見るのは久しぶりだけど、迫力がやっぱり凄い……」

「そうね。わざわざ東京まで出かけてきて良かった……『柊』のあんなに良い席、滅多に……」


 何かのはずみに聞こえてきた、そのカップルの発したとある単語。

 それを切っ掛けに、別の話に移っていた奏さんが、不意に隣に顔を向ける。


「柊?……ああ、そっか。あの二人、それで」

「奏さん?……どうかしましたか?」


 突然動きを止めて、何かブツブツと言い始めた彼女に、私は首を傾げる。

 すると、即座に説明が入った。


「いやまあ、どうでもいい話なんだけど……奇遇だな、と思って」

「奇遇、ですか」

「うん。だって、あの二人が言う『柊』って、多分これのことだし」


 そう言って、奏さんは素早い動きで自分のスマートフォンを取り出し、何かしら検索する。

 そして、ほら、と私に見せてきた。

 自然、私はその画面を覗き込み、目に入った文字を読み上げた。


「『劇団魁星五十周年記念全国公演・あの名作、柊を上演』……劇団魁星って、あのミュージカルとかで有名な……」

「そう、それ。菜月も、名前くらいは聞いたことあるでしょ?」


 仕事柄、関わりがない訳でも無いジャンルの話だったので、私は頷く。

 実際、聞いたことのある名前だった。

 関東を中心に定期的に公演している、歴史あるミュージカル劇団である。


「あの劇団、ここに書いている通り、今年で五十周年らしくて。最近、定期的に公演をしてるの。毎回、有名俳優とかの特別ゲストも呼んでね」

「ああ、そう言えばネットニュースとかで見たことあるような」

「そう、結構話題になったしね。しかも、奇妙な縁と言えば奇妙な縁だけど……」


 そう前置きしてから、奏さんはその「奇妙な縁」を紹介してくれた。


「最近のゲストには、アイドルとかも選ばれていることがあって……確か、東京公演のゲストは、凛音先輩だった。それこそ、今日も出演してたと思う」

「え、凛音先輩が?」


 へえ、と私は驚いた。

 劇団魁星以上に、身近な名前が突然出てきた。


 ここの割引券をくれた、あの凛音先輩は、今日はその演劇にゲストとして出演しているのか。

 そう言えば、確か舞台俳優の仕事もやっている人だったな、と私は豆知識を思い出す。


 こう思うと確かに、奇妙な繋がりではあった。

 私たちは凛音先輩に会ったことでここに来たけど、あの二人も別の形で凛音先輩を見てから、ここに来た、ということなのだから。

 いやまあ、どうでもいい偶然ではあるのだけど。


「じゃああの二人、その公演を見てきた帰りなんですかね?それで、ここに来てる、とか」

「だと思う。良い席、とか言ってたしね」


 なるほど、と私は大雑把にあのカップルの足取りを把握する。

 把握したところで、特に何になるという訳でもないのだけど、何となくスッキリした。

 ついでに、「わざわざ東京まで見に来たって言っている以上、あの二人は地方在住の人なのかな」などと考えても見る。


 そこまで考えてから、私は何とはなしに、またお店の入口の方に視線をやった。

 もしかして、他にも公演を見た帰りの人がここに来ているのかな、なんて考えて、無意識にその姿を探していたのだ。

 勿論、外見だけでそんなことは分かる訳無いのだけど、それっぽい人が居たら、話のネタくらいにはなる。


 そんなことを考えて、入口を見つめた瞬間。

 丁度良くというか、運よくというか。

 話のタネは、まさにその瞬間、やってきた。


「……すいません。一名、お願いします」


 カラン、と入口の扉に仕掛けられたベルが鳴って。

 そこで、また一人、お客さんが姿を見せる。


 入口を見つめていた都合上、私はそのお客さんの姿を視界に収めて。

 同時に、何度目かの驚愕で思考を染めた。

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