自慢される時(Stage4 終)
短めです。
「相も変わらず鋭いな。その通りだ……ちょっと、待っていてくれ」
綺麗な笑みをスッと引っ込めた姉さんは、そこでやおら立ちあがり、リビング近くに放り投げてあった仕事用のカバンに右手を突っ込む。
さらに、「これだ、見てみろ」と言って、一枚の用紙をこちらに渡してきた。
当然、反射的に俺はそれに目を通すことになる。
一見したところ、どうも何かの企画書のようだった。
表紙に書いてある文字を、そのまま読んでみる。
「『凛音レポート』?……『ライジングタイム・土曜日のコーナー』?」
「ああ、名前ぐらいは聞いたことがあるだろう?凛音も、ライジングタイムも」
「まあ、それはそうだけど……」
実際、聞き覚えのある単語たちだったので、俺は頷いた。
同時に、脳内で自然と連想されていったのか、いくつかの言葉が脳裏をよぎる。
その言葉たちが、自然と彼らの解説になっていた。
まず、「ライジングタイム」というのは、とある民放番組の名称である。
朝八時くらいから基本的に毎日同じ時間にやっている、朝の情報番組、と言うやつだ。
全国ネットの帯番組、と言えば分かりやすいだろうか。
そもそもテレビをあまり見ないので、実際にじっくりと見たことはほぼ無かったが、それでも番組名くらいは知っている。
日本のどこの家庭でも、朝にテレビを点け放しにしていれば、自然と目にするような番組だから、当然だろう。
詳しい歴史は知らないが、俺が小学生の頃から放送していた記憶がある。
そして、最初に名前に出てきた「凛音」というのは、それこそ今日話題に出したばかりのアイドルの名前だった。
例の、帯刀さんも子役時代に出演していたという映画で、主役を務めていた女性アイドル。
彼女は、俺でも名前を知っていることから分かる通り、凄まじい人気を誇っている人物である。
例の映画を皮切りに、役者やらバラエティの司会やらどこかの親善大使やらと、多種多様な仕事をしているので、アイドルというかマルチタレントと呼んだ方が良いかもしれない。
そのくらい様々なことをしているために、抜群の知名度を持っていて────だからこそ、俺でもちょっとは知っている。
会ったことはないし大ファンという訳でも無いのだが、そういえば彼女は、ボヌールに所属しているはずだった。
だからこそ、鏡も昼の話の中で、「凛音先輩」と呼んでいたのだし。
そして、その人の名前が入った企画書を姉さんが持っていると言うことは────。
「これ、ライジングタイムで始まる新コーナーの企画書とかなのか?凛音……さんがメインでやるコーナーが始まる予定になっていて、それにグラジオラスが関わる、みたいな?」
普段の癖で、会ったこともない芸能人を呼び捨てにしそうになりつつ、適当な推測を呟いてみる。
すると、我が意を得たり、という感じで姉さんが頷いた。
「そう言うことだ。元々、各曜日ごとにメインのタレントを一人据えたレポート企画があって、一年置きくらいの感覚でテコ入れされるんだがな。今回は、凛音をメインレポーターとした企画になった。評判が良ければ、かなり長期に渡って行われる予定だ」
「……ということは、それにグラジオラスメンバーが?」
「その通り。サブレポーターとして、週に一人ずつ凛音に付き添う形になる……まあ、このサブレポーターは、不定期な役職だし、他のアイドルになることもあるが」
──それはまた、凄いな。
テレビの事情をよく知らないなりに、俺はそう思う。
詰まるところ、結構歴史のある番組のコーナーの一つに、サブの出演者とはいえグラジオラスが配役された、と言うことだ。
アイドルとしての知名度を得るにあたっては、絶好の機会だろう。
「でも、よくそんな仕事取れたね?まだまだ売れていないって聞いたけど」
「まあ、そこはこう、色々、な。ぶっちゃけた話、凛音の力を借りたようなものだが」
姉さんは少し、歯に物が挟まったかのような話し方をする。
それを聞いて、俺もう一つ、なるほど、と思った。
──この言い方からすると、グラジオラスの実力で勝ち取ったと言うより、凛音さんの名前を借りて交渉したんだろうな。彼女を出演させるなら、ウチの新人アイドルも出演させてくださいって。
いかにもありそうな話だったので、俺は自分で自分の推理に納得する。
規模としては大きくなっているが、話としては、以前に酒井さんの撮影で聞いた物と同じ理屈だ。
あの時鏡は、自分がモデルの仕事に関われたことについて、「桜さんの威光にあやかって」と言っていた。
その言い方に従えば、今回の機会は、「凛音さんの威光にあやかって」となるのだろうか。
平たくいえば、既に人気のアイドルとセットにする事で、未だに売れていないグラジオラスに仕事を引き込んだのである。
姉さんが営業をかけたのか、もっと上の人が──例えば凛音さんサイドのプロデューサーとか──思いついたのかは知らないが、よく出来た仕組みだ。
凛音さんレベルになれば知名度が高いので企画は成立しやすく、サブレポーター側の知名度も一緒になって上がりやすい。
まあ、「サブレポーターの登場は不定期」とか、「サブレポーターが他のアイドルになることもある」とかいった妥協点が言及されているあたり、制作会社やテレビ局との交渉はそれなりに難航したような節も見受けられるが。
「しかし、土曜日ってのは大きい話なんだろうね。視聴率も平日より高いだろうし……」
「ああ、その辺りは交渉の成果だな。凛音サイドとの個人的なコネも、色々と使ったが。それの感謝も含めて、グラジオラスを連れて挨拶回りに行ったんだ」
ふふん、と姉さんはそこで得意げな顔をする。
どうやら、賞賛の言葉を待っているようだった。
今まで、その個人的なコネ──同じ事務所なんだし、凛音さんサイドに知り合いでも居るんだろう──を使っての交渉に注力していた分、褒めてもらいたいのか。
──と言うかこの人、褒め言葉を引き出すためだけに今までの推理をさせたんじゃないだろうな……。職場ならともかく、家族から褒めてもらってないから褒めてもらおう、みたいな。
姉さんの顔を見て呆れながら、俺はふとそんなことを思う。
かなり子供っぽいやり方だが、姉さんならやりかねない。
元々この人は、自分の欲しい反応を相手から引き出すためだけに、変な話題を振ってくるところがある。
昔からの俺への悪戯も、その一貫と言っていい。
この件で俺が驚き、讃える様を見たい、とだけ思って「動機は何なのか」と聞いたのではないだろうか。
──まあ、めでたい話なんだから、喜ぶのも分かるけどさ……。
それでも、何となく思惑通りに褒めるのも、ちょっとアレだ。
自然、俺は少し話題を逸らす。
「……グラジオラスメンバーも、喜んだだろうな、これ」
そう言うと、姉さんはそれは勿論、と大きく頷く。
「凛音に挨拶に向かう前、全員集まってから話を告げたんだけどな。それはまあ、全員凄まじい喜びようだったぞ」
「凄まじいって、どんな?」
「菜月と奏が嬉し泣きして、桜が歓声を上げて、多織が目を覚ました上で、茜は喜びのあまり即興ダンスを創作していたな」
──……後半二人、何かおかしいな。
心の中で、微妙にツッコミを入れる。
いやまあ、彼女たちなりの喜び方なのだろうが。
まあ、何にせよ────。
「それなりに見知った仲だし……上手くいけばいいな、撮影」
話を締めくくるように、俺はそう述べる。
すると、姉さんはこう返した。
「そうだな……そういう意味でも、この話、他所では言わないでくれよ?新コーナーはサプライズ的に発表されるのが慣例で、この企画書も極秘だからな」
「始まる前に企画をダメにはするなってことか?……了解、誰にも話さない」
「分かってくれるなら良い……まあただ、知った上で興味があるなら、この撮影にお前も来るか?色々と楽しいと思うが」
本気かどうかも分からない口調でそう言って、姉さんはニヤリと笑う。
俺はそれを見て、またまた、とだけ返した。
俺たちは、まだ知らない。
この一件が、グラジオラスを、ボヌールを、そして俺の人生を揺るがす、大事件の引き金となることを。
いや、大袈裟に言えば、日本の芸能界そのものに大影響を与える、そんな謎を抱えていることを。
俺たちは、まだ知らない。
事件の火種は、この時から生まれていたことを。
何重もの意味で、既に着火してしまっていたのだと言うことを。
俺たちは、まだ知らない。
この時にも着々と、ボヌールにはある手紙が届き続けていたことを。
警察が、既に動いていたことを。
俺たちは、何も、知らなかった。
……ああ、それでも。
彼なら、この時点で予測出来たのだろうか。
俺の従兄弟、相川葉なら。
葉兄ちゃんなら。
勘で、見抜くことができたのだろうか?
「……無理だったと思う。まあ、ただの勘だけどな」
全てが終わってから、何度目かの電話をした時。
葉兄ちゃんは、そう言っていたけれど。
それでも俺は、全てが終わってから、そう考えざるを得なかった。
※次章のCollaboration Stageは本作と世界観を共有する作品でもある、拙作「探偵など要らない学園生活」とのコラボエピソードとなります。時系列としては、「探偵など要らない学園生活」最終回の九か月後となる予定です。
既読の方は懐かしく感じるように、未読の方は拙作を知らずとも問題なく楽しめるように(寧ろ、未読の方が楽しめるかもしれません)書くつもりですので、よろしくお願いします。