初めての謎に出会う時
そんなことをしているうちに、俺のバイト初日及び高校への入学初日は終わりを迎えた。
後から振り返っても、盛りだくさんな一日だったと思う。
どう控えめに見ても、普通の人が一日に経験するイベントの五倍くらいの出来事を一人でこなした。
だから、だろうか。
次の日、すなわちバイト二日目は割とすんなりと始まった。
オリエンテーションばかりの学校の授業を終えて、言われた通りにボヌールに向かった後の話である。
俺は昨日と同じように自転車を停めて、与えられた事務所配布のジャージ姿に着替えると、レッスン室にまで出向いていた。
──渡してくれた予定通りに進んでいるのなら、今日もレッスン室ではグラジオラスがダンスレッスンをしているはずだったな……。
頭の中では、姉さんから渡された書類の中に混じっていた予定表を思い起こす。
そろそろ終わるタイミングのはずだと考えながら、俺は昨日と同様にレッスン室の扉を開けた。
「ハイ、一、二、三、四、ターン!……ハイ、一!」
途端に、昨日とはまた別の音楽とトレーナーの快活な声が鼓膜に響いてくる。
テンポよく踊る五人のグラジオラスメンバーの姿も、自動的に目に入った。
──おー、やってるやってる……全員居るな、今日は。
やや遠くで行われているのは、アップテンポの曲に合わせた激しい動きのダンス。
昨日よりは長く練習していないのか、流石に顔色が紫にはなっていないが、それでも汗だくになりながら五人の少女が踊っていた。
凄いというか、大変そうだというか。
レッスン室は壁が鏡張りになっているので──動きの確認のためだろう──あらゆるところから彼女たちの動きが見えて、視覚的に圧倒されてしまう。
ただまあ、俺のバイト内容からすると、彼女たちのダンスの凄さは仕事に関係無い。
寧ろ、関係があるのは────。
──時間的に、後少しで終わるはずなんだけど……割と熱心にやっているな。さて、そうなると……。
どうしようか、と率直に考えた。
掃除のバイトである以上、彼女たちのレッスンが終わるまでは俺は仕事をすることが出来ない。
まさか、ダンスをしている彼女たちの真ん中に雑巾を持って突っ込む訳にもいかないだろう。
──そうなると、暇だな……早く来すぎた。
掃除用具の詰まったロッカーの前で待機しながら、俺は暇を持て余してしまった。
なまじレッスン場まで来てしまったせいで、暇潰しの手段がない。
移動してもいいのだが、すぐにレッスンが終わる可能性だってある以上、動かない方が良いだろう。
スマートフォンを弄っても良いのかもしれないが、仕事をする前にそう言う態度で居るのも、何か不真面目なような気がする。
必然的にというか何というか、俺は「早く終わらないかな……」と思いつつ、目の前のレッスンの様子を何も考えずに目で追った。
それ以外に暇を潰せる物が無かったのだ。
──あ、長澤菜月だ。
自然、俺の視線は唯一知っている存在に集中する。
彼女はメンバーの中でも一番背が低いので、判別自体は簡単だった。
後ろ姿だけではあるが、昨日話した人物だとはっきり分かる。
目に映るのは、相変わらずのポニーテールを揺らして、華奢な体をリズムよく跳ねさせている姿。
こちらに気づくことも無く、一心不乱に踊っているようだった。
よくやるなあ、とこれまた誰目線だか分からない感想が湧く。
ただしやはり疲労の影響は大きいのか、彼女は所々足をもつらせていた。
その度に、トレーナーから叱責が飛んでいる。
まだ中学生であることもあってか、動きについていけていないのかもしれない。
というかパッと見た感じ、彼女はメンバー内でも一番年下のようだった
後ろ姿で判断する限り、他のメンバーは全員高校生くらいに見える。
昨日の姉さんの話も合わせると、長澤菜月のみ中学生であるようだ。
もしかすると、アイドルグループ内でも妹分として扱われているのだろうか。
そんなどうでもいい考察に現を抜かしてから、俺の暇潰しの対象は次に向く。
──他に名前を知っているのは……昨日聞いた、天沢茜か。
知ったところで何か得るものがあるわけでも無いのだが、好奇心に身を任せて天沢茜の姿を探す。
顔は知らないが、判別は可能だ。
長澤菜月以外のメンバーで見覚えのない存在が居れば、それが天沢茜だろう。
そう踏んで、俺は視線を水平移動させていく。
──……ああ、アレか。動き的に。
すぐに、視線が止まった。
視界の中央にあるのは、ショートカットの女の子。
素人目にもはっきりと分かる程キレのある動きで、テンポよく足を動かしている子だった。
昨日聞いた話だと、年齢は俺と同じ高校一年生だっただろうか。
見た感じでは高すぎず低すぎないごく普通の身長だが、ジャージの裾から伸びる手足はやや筋肉が目立っていて、よく鍛えていることを伺わせる。
動きのキレも相まって、彼女の姿はアイドルというよりも陸上選手か何かに見えた。
──容姿は後ろからだとよく分からないけど……ダンスの上手さは、俺でも分かるな。他のメンバーと比べて明らかに余裕があるし。
彼女のダンスを見ながら、俺はほへー、と息を零す。
物凄く間抜けな反応になってしまったが、本当にそんな反応しか返せないくらい、彼女はダンスが上手かった。
周囲のメンバーに比べて、明らかに流麗に踊っている。
分かりやすいところでは、足の動きが綺麗だった。
ダンス中に足を床に着けた時、他のメンバーは変な音を立てたり、動きが停止したりしているのだが、彼女にはそんなノイズが無い。
ただの硬い床のはずなのに、彼女の足はまるでトランポリンの上にいるかのように、軽やかに跳ねる。
或いは、腕の動きだけでもその上手さは察しがついた。
指先にまで神経を集中させているのか、非常に細やかな動きをしているのが遠目にも分かるのである。
生憎とダンスの心得が無いので、これ以上の特徴は分からなかったが、それでも凄まじい技量なのだろうと推測する。
お手本として前で踊っているトレーナーの動きと比べても、天沢茜の動きには全く遜色がない。
新人アイドルということを考えれば、それだけでも十二分に凄いことなのだろう。
──暇潰しに見てたけど……凄いな、彼女のダンスなら、ずっと見ていられる気がする。
終いには、そんなことまで思った。
見惚れる、というのはこう言うことなのだろうか。
「……三、四、ターン……ハイ、ポーズ!……ハイ、OKです!」
そうやって呆けているうちに、突然、トレーナーの一際大きな声が聞こえた。
意識外からの大声に肩をビクッとさせると、それに呼応するようにして鳴り続けていた曲が止まり、五人のアイドルたちが一斉に動きを止める。
正確には動きを止めるというよりも──特に天沢茜以外の四人にとっては──「疲労のあまり膝から崩れ落ちる」という方が正しいかもしれないが、何にせよレッスンの流れが止まった。
続いて訪れるのは、傍から見て分かる程の空気の弛緩。
どうやら、ようやくレッスンが終わったらしい。
「では、今日のレッスンはここまでです。次回までに、今日指摘したところは直しておいてください……ハイ、解散!」
未だに快活なトレーナーが元気よくそう言って、パチンと両手を合わせる。
途端に、五人のアイドルがハアー……と息を吐いたのが分かった。
安堵やら疲労やら、様々な感情が込められていることが遠目からでも伝わってくる。
──……と、そろそろ俺は仕事か。
図らずもレッスンの終点を見守るような形となった俺は、そこでようやく我を取り戻し、改めて掃除用具用のロッカーに向き直った。
乾拭き用と水拭き用の雑巾を素早く取り出し、何時でも行けるように構えておく。
すぐに行こうかとも思ったのだが、アイドルの人たちが居残っている中に立ち入るのも急かしているみたいでアレなので、とりあえず人がはけるまではその場で待ってみる。
そうしていると、やがてどやどやとアイドルたちがこちらに──正確には荷物を収めたロッカーに──向かってきた。
「……今日も疲れたねー」
「ねー……けど、昨日よりは綺麗だったよね」
「そうね。合わせるのも上手くなったと思う」
「あ、私も、そう思います……茜さんから見て、どうでした?」
「あ、ごめんなさい、私ちょっとトイレ……」
こちらに近づいてきたことで、自然とアイドルたちの会話が聞こえてくる。
因みに、最後から二番目の敬語口調は長澤菜月の言葉で、最後のは天沢茜のセリフである。
会話内容から察するに、天沢茜はダンスレッスンが終わるまでトイレを我慢していたらしい。
こちらに近づくや否や、彼女は俺の横を素通りして廊下の方に走っていった。
恐らくだが、俺の存在そのものに気がついていなかったのではないだろうか。
それに続くような形で、残り四人のアイドルたちはゆっくり歩いてくる。
彼女たちがほぼ全員こちらに来た時点で、俺はようやくバイトを始めることにした。
「あ、すいませーん、通りまーす……」
へりくだった感じの謝り方をしながら、俺はレッスン室の方に立ち入っていく。
すれ違った途端、少し前から俺の存在に気が付いていたらしいアイドルたちが不思議そうな顔をしたのが分かった。
俺の姿を目に留めてはいても、バイトの件については何も聞いていなかったらしい。
レッスンをジロジロ見ているコイツは何なんだ、とでも思っているのだろう。
ただ流石に、長澤菜月は俺のことが分かったらしく、律儀にも軽く会釈をしてくれた。
こちらも会釈を返し、雑巾片手に中に入っていく。
同時に背後からは、説明と雑談の中間のような会話が行われた。
レッスン室の構造のせいか、会話の内容がよく響く。
「あれ、菜月、あの人知っているの?ええと、アイドルじゃないよね?」
「あ、そうです。あの人、掃除のバイトらしくて……松原プロデューサー補の弟さん、と言っていました」
「えー?……あの人、弟居たの?」
「そうみたいです。私も、初めて聞きましたけど」
「……それよりもさー、茜の荷物、持って行ってあげる?」
「あ、そうだね。トイレからこっちに戻るのも、手間だし」
「どうせ、茜もロッカー、鍵かけてないしねー」
「けど、バイトの人も来るなら、これからは鍵をしておいた方がいいかも。紛らわしいし……」
「そうね。もう女子だけじゃないし……」
話している内に段々と新参のバイトのことはどうでもよくなってきたらしく、内容が完全に雑談に移っていく。
俺は掃除の準備をしながら、その会話をボーっと聞いた。
「この後、どうする?」
「私は帰るつもりだけど……そっちは?」
「私は寝るー……眠いー……」
「まだ夕方なのに……じゃあ菜月、私と晩御飯食べる?」
「あ、はい!ご一緒させてもらっても大丈夫なら……」
「大丈夫だって。いつもの、事務所前のファミレスだし。ちょっと駄弁るだけ……茜も誘おうか?」
「でも茜、今日は予定あるって言ってなかったっけ?」
「あー、確か、一時間くらいいつもの部屋で休んでから、雛倉ジムに行くとか何とかー……」
「凄いですね……このレッスンの後、またジムって。雛倉ジムって、駅前のアレですよね?先輩たちもよく使ってる」
「うーん、けど、運動するとかじゃないらしいよ?ジムの人に、オーバートレーニングにならないレッスンのやり方について、アドバイスを受けるとか何とか……」
「私もそう聞いたわ。ちょっと前、茜はマネージャーに練習のし過ぎで怒られたから、その辺りの対策みたい。プロデューサー補に勧められたとか何とか」
「へえ……あ、でも茜がいるなら、私たちもあの部屋で休んでおく?まだ晩御飯には少し早いし。シャワー浴びるにしても、そんなにかからないでしょ?」
「そうですね。三十分くらい、時間潰しましょうか……」
とりとめのない会話を、どやどやと続けて。
彼女たちは荷物を持って──ここに居ない天沢茜の分まで持ってあげて──立ち去っていった。
──会話だけ聞くと、部活終わりの女子高生みたいだな……。いや、それにしては体育会系に過ぎるか。
掃除に入る直前、脳裏に浮かんだ感想と言えば、そんな物だけだった。
そこから俺がやったことは、まあ、型通りの掃除である。
面白くは無いが簡単な訳でもない、普通の作業。
レッスン室内は、何か特別な機材が置いてある訳じゃ無い。
特にここはダンスをするためのフロアで、基本的にはただ広いだけの場所である。
掃除内容も床拭きと鏡の水拭き──動きが確認できなければレッスンにならないので、綺麗にしておく必要がある──だけであり、そう難しい仕事ではなかった。
床自体は結構汚れていたが、それだって綺麗にするのが難しいというレベルでは無い。
敢えて困難な点を挙げるなら────広さは問題だっただろうか。
大人数でもレッスンできるようにしてあるのか、この空間、案外広い。
だからなのか、床全体を拭くだけでも俺は結構疲れた。
元々インドア派で大して体力も無い俺にとっては、重労働と言っても過言ではない。
情けない話だが。
結局、なんやかんやで掃除を終えたのは、開始してから一時間以上経過してからだった。
バイト代のことを考えればこれでも十分割が良いのだろうが、初めてということもあってか疲労が凄い。
今まで筋肉痛になったことが無いような場所が傷んでいる感覚がある。
「まあ、やっていれば慣れるか……」
掃除を終えた瞬間、雑巾を絞りながらポツリと呟く。
レッスン室の構造上、やけに声が響くのが何となく恥ずかしい。
これだと、独り言も一々言えないな、などと考えたところで────。
「おー、やってるな」
その反響の中に、聞き慣れた声が混じったことを察した。
「……姉さん?」
鏡の方に向いていた首をグイッと曲げ、ロッカーの並ぶ準備室の方に視線をやる。
先程まではそこには誰もいなかったはずなのだが、今は人影が見えた。
我が姉、松原夏美だ。
「どうしたんだ、急に。何か用事でも?」
「いや、特に用事は無い。ただ単に、お前が掃除をしているというから見に来ただけだ」
姉さんはそこでとぼけたような表情を浮かべ、さらに洋画のように両手を広げるジェスチャーをした。
大げさな身振り手振りだが、他意はないと言いたいらしい。
正直、全然似合っていない動きだったが。
「……からかいに来たのか?」
その動きを見て、自然、口を尖らせてしまった。
意味も無くここに来たということは、つまりただ単に俺をからかいに来たのではないか、と思ったのだ。
俺の姉さんは、しばしばそう言うことをする。
人生丸々、姉さんの弟をしているからこそ出来る推測だ。
「それは私を悪く捉えすぎだろう。……何だ?姉が可愛い弟のバイト姿を見に来るのは、そんなにおかしいか?」
俺の言葉を聞いた彼女は、大げさに肩をすくめた。
さらに、自分でも自分の言っていることを信じていなさそうな顔で微笑を浮かべる。
──おかしくはないけど……忙しい中、わざわざ見に来るほど情に厚かったかな、この人。
少し呆れながら、そんなことを考えた。
俺の印象としては「冷徹ではないし優しい時もあるが、感情だけで動く人でもない」という感じなのだが。
そんな俺を前にして、姉さんは依然として嘘くさい口調でベラベラと話す。
「まあ、お前相手じゃなくても、ここの掃除はそれなり大事だから様子を見に来る気だったがな」
「そうなのか?」
「勿論。何せこのレッスン室は、熱心なアイドルが自主練に使うこともある。そこの使い心地が悪い、掃除がされていないって言うのは、前々から無視できないクレームだった」
愚痴を述べるようにして、彼女は一息に語った。
そして、こう話を続ける。
「ただ、お前に対しては……普通に用事もあるかな。ちょっとした紹介が」
「紹介?」
「本当なら、バイトに言うことでも無いんだがな……ほら、レッスン室前の廊下を進んだ先、会議室が並んでいるところがあるだろう?」
「いや、あるだろうと言われても」
この建物の内部構造に、俺が詳しいはずが無い。
頭に浮かぶのは疑問符だけだったが、姉さんはそれを無視する勢いで言葉を続けた。
「その並びの中に、『第四会議室』と書かれた部屋がある」
「……はあ」
「その部屋、社員やアイドルたちの休憩室みたいになっている場所だから、お前も使っていいぞ。この掃除の帰りにでも寄っていけばいい」
「休憩室?」
会議とは随分とイメージの違う単語に、思わず手を止めて首を捻る。
姉さんも言葉が足りないと思ったのか、すかさず説明が足された。
「その会議室、実を言うと殆ど使われない部屋なんだ。ウチの事務所でも持て余しているスペースというか……一応、机と機材くらいはあるが」
「だからこそ、暇な人が休憩するスペースになっている、みたいな?」
「その通り。最近ではお菓子も常備されているくらいだから、適当につまんでいけばいい……それじゃ」
「え、ちょっと」
爆速で生きる姉さんの前では、俺の静止は毎回毎回空しくスルーされる。
あっという間に、姉さんは俺に背を向けて立ち去っていった。
何だか最近、こういう光景をよく見る気がする。
──何かまた、言いたいことだけ言って去っていったな、あの人……。
結局本当に、休憩室の存在について教えてくれただけだった。
そのスピード感に呆然としてしまい、俺は掃除用具を片付けるというだけの単純作業を妙にゆっくり行ってしまう。
変なところで、身体がバランスでも取っているみたいだった。
幸いなことにごみが大して無かったので、ゆっくりやっても尚、掃除用具の片づけはすぐに終わった。
ここへ来てようやく、俺はいつ帰っても大丈夫な状態になる。
終了報告を事務員にしておく必要があるが、ここでバイトは終わりということだ。
「けどまあ、帰る前に一応覗いてみるか、その休憩室。お菓子も食べたいし」
本当ならすぐに帰っても良いのだが、レッスン室を出た俺はポツリとそう呟く。
先程の姉さんの話は、呆然としながらもちゃんと頭に残っていた。
時間的に、小腹も空いている。
夕食前の間食というのは褒められた行為でも無いが、お菓子一つくらいは良いだろう。
そう思って、俺はレッスン室から出てすぐ、首を左右に振ってその会議室を探した。
「……あ、あった」
割とあっさり、それの看板は見つかる。
部屋の名前をしっかりと書いてくれて助かった。
廊下に突き出るようにして存在する「第四会議室」という名前が、ここからでもはっきりと見える。
「しかし、使っていない会議室を持て余すって言うのも、凄い話だよなあ……」
歩きながら、ついそう呟いた。
昨日からこういう驚きが多いと自覚しながら、俺は廊下をテクテクと歩いて行き、やがてその休憩室──もう、第四会議室とは呼ばない──に辿り着く。
「失礼しまーす……」
一応、誰かいた時のために、ノックを行ってから中に入った。
瞬間、明かりの点いていない室内の光景が目に飛び込んでくる。
空調が働いていない割に、意外と温まった空気も肌の上を流れた。
誰も居ない様子なのに何故暖かいんだろう、と一瞬疑問に思う。
まあ、どうでもいいことと言えばそうなんだが。
一先ず俺は壁をまさぐり、ライトのスイッチを見つける。
それを押してようやく、会議室の光景が確認できるようになった。
「……殺風景な部屋だな」
抱いた第一印象は、そんな物だった。
酷い感想に思うかもしれないが、仕方がないだろう。
姉さんの言葉通り、会議机と椅子、さらにプロジェクターくらいしか設備が無かったのだ。
その割に部屋が広いので、全体的に寒々しい印象になっている。
──でも、部屋の隅にソファがあるな。アイドルや社員が休んでいるっていうのは、これか?
次に、そんな発見をした。
目に映るのは、部屋の隅に置かれている大きめのソファと、その手前に並ぶガラステーブル。
テーブルの上には、菓子盆が設置されていた。
どうやら誰かが、ここにお菓子を持ち込んでいるらしい。
一見しただけでも、常温でも保存のきくお菓子だけが置かれていると分かる。
「つまり……休憩って言うのは、このソファで駄弁るんだな。凄い贅沢な空間の使い方だけど……」
ほぼ用無しと察せられるプロジェクターを見ながら、思わずそんなツッコミを入れてしまう。
ここまで来ると豪勢というよりも、無駄な使い方をしているのではないかという気すらしてきた。
無論、ちゃんと会議のためにこの部屋を使うこと自体はあるのだろう。
その証拠に会議机の上には、プロジェクターとコードで繋がった見覚えのあるタブレット端末が置かれてあるし────。
「……ん?」
一度、「それ」を流し見てから。
何か、違和感に気がついて。
俺は、綺麗なまでの二度見を披露した。