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仕事が舞い込む時

「あー……そうか。グラジオラスにとっては、結構大事な日だったのか、今日は」


 それが分かった瞬間、俺は思わず頷いてしまう。

 同時に、何故姉さんがこのことを解け、と言ってきたのか分かった気がした。


 恐らく、なのだが。

 俺にクイズを出して困らせたかったこと以上に────単純に、喜びを共有したかったのだろう。

 もしかすると、彼女たちにとっても転機となり得るかもしれない話が来ているのだから。


「その言い方からすると、もう分かったか?」


 烏龍茶を飲みながら、姉さんがふと尋ねる。

 それを受けて、俺もああ、とだけ言った。


 そして、確認代わりに、いつもの言葉から話を始める。

 前回もそうだったが、ここのところ、一日に二回、この言葉を使うことが多い。

 そんなどうでも良いことを思いながら、口を開いた。




「さて────」




「まず、姉さんが急いでスタジオに向かった動機は、シンプルに考えて二つ、思い浮かぶ」


 そう言いつつ、俺は指を二本立てる。

 姉さんが、ほお、とだけ言ったのが分かった。


「一つは、レコーディング中に何かトラブルがあり、それを解決しに行った、という可能性。まあ、俺も詳しくはないけど、有り得ない話じゃないだろう」


 果たしてそのくらいのことで、わざわざプロデューサー補佐の人間が出向くのか、という気がするが、これを完全否定できるほど、俺はレコーディングの事情に詳しくない。

 だから、俺はこれを全否定せずに可能性として挙げた。


「そしてもう一つの可能性は、レコーディングでは無く、何か鏡たちに緊急の用があって、慌てて向かった、という可能性だ。こちらの場合は、本人に直に伝えなくてはならないような、緊急連絡があった、と言っても良い」

「なるほど……要するに、トラブルか、緊急の連絡事項か、何かしら早いところスタジオに居る人に耳に入れておかなければならない話があった、と言うことだな。どちらにしても」


 当事者であるせいか、姉さんはさらっと話をまとめた。

 それを受けて、俺は流れるように結論を先に述べる。


「わざわざ並べて置いてアレだが、実際の理由は、後者の方……つまり、鏡や長澤に対する緊急連絡の方だ。レコーディングのトラブルなんて、起こっていない。これは、状況証拠を突き詰めていけば分かることだ」

「断言するか……なるほど」


 一度、姉さんは軽く笑った。

 そして、しゃあしゃあと、こんな疑問を述べる。


「断言できた理由は一先ず置いておくとして……そちらの可能性が真実だとすると、不思議な点があるな」

「……言ってみなよ」

「何故私が、()()()()()()()()使()()()()()()()()、という点だ」


 軽く告げてから、姉さんは軽く髪をかき上げる。

 さらに、その一房が流れ落ちる前に、こう続けた。


「今時、仕事の連絡なんてものは電話で済ますのが普通だろう。多少重要なことでも……いや、重要なことだからこそ、電話で手早く伝えるはずだ。だと言うのに、何故私は直にスタジオに向かっている?何故、二人のスマートフォンに連絡しない?」


 そう言って、姉さんは俺と目を合わせる。

 姉さん自身が実行したことについて話しているのだから、ある意味当然なのだが、その疑問は非常に的を得たものだった。

 そう、ここの部分は、確かにおかしい。


 普通、グラジオラスメンバーに何か用事があったなら、電話で連絡するのが先だろう。

 どこか、電波の届かないような場所に居たとかならともかく、雨道を走ってまで直接会いにいく、というのは少々解せない。

 ただでさえ傘が無く、外に出にくかったのだから、用件は電話で済ませる方が妥当なのだ。


 ……だが、逆に言えば。

 このおかしさを解き明かせば、それはそっくりそのまま、姉さんの動機の解明となる。

 だから俺は、ゆっくりと考えをまとめてから、解説に移った。


「そこに関しては、簡単だ。さっき姉さんは『普通』と言ったけど、確かに、普通の話だよ」

「へえ?」

「そう、普通に……あの日の長澤や鏡が、スマートフォンの電源を切っていたから、だろう?」


 一瞬、姉さんが驚いたのが分かった。

 だが、それは本当に刹那の出来事だ。

 あっという間に、質問が飛ぶ。


「何故言い切れる?」

「それはまあ、帯刀さんが実際にそうなってたし。……今思えば、これもおかしな点だ」


 そう言ってから、俺はこの話の発端を思い出していた。

 長澤が、俺に電話を掛けてきた場面を。


 あの時、彼女が俺に電話を掛けたのは、何故か?

 そう理由を聞かれたなら、それは単純に「帯刀さんがスマートフォンの電源を切っていて連絡が取れなかったから」と言う物になる。

 恐らく、事務所から渡されているタブレット端末の方も、同様に電源が切られていたのだろう。


 つまり、あの日の彼女は、全ての通信機器の電源を切っていた訳だ。

 普通に仕事もある日で、何時事務所から連絡が来るか分からないような状況で、何故か連絡手段を断っているのである。 


 これは、どうしてなのか。

 それは、スマートフォンの電源を落としていた帯刀さんが昼寝前にやっていたことをを考えると、大体事情が見えてくる。

 彼女が、レコーディングから帰ってきた後だったことを考えると、想像できる事情があるのだ。


「これは完全に俺の想像だけど……多分、あのスタジオでアイドルがレコーディングをする際には、ルールがあるんだろう。収録中に私物のスマートフォンが鳴り出すっていうのは、流石にちょっとアレだから」

「ほう、どんなルールだ?」

「単純に、そう言う仕事の時は、電子機器はマナーモードにするか、電源を切るように言われているってことだよ。こう、ある種のマナーとして。帯刀さんは、そのマナーに従った上で、もう一度電源を点けるのを忘れていて……だからこそ、電源が切れていたんだ」

「……ふむ」

「それに、俺の記憶が確かなら、鏡や長澤も、俺に電話をする時は、傘立ての前で……つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()通話していた。つまり、通話するならスタジオの外で、みたいなルールがあるということになる。スタジオ側のルールなのか、姉さんが指導したことなのかは知らないけど」


 想像の赴くまま、俺はすらすらと話を続けていく。

 このルールに関しては、本当に証拠が全くない。

 しかし、感覚的には分かる話だった。


 アイドルに限らず、割と多くの人がやっている事だろう。

 仕事に集中したいとき、或いは雑音を立てるわけにはいかない時に、その手の電源を切るというのは。

 ルールというか、暗黙の了解として。


 それこそ、目の前に居る姉さんだって、仕事中はまずプライベートな連絡は取れない。

 最初から、電源を切っているのだ、この人は。

 レコーディング中のアイドルが、仕事に集中するために似たようなことをしていないと、どうして断言出来るだろう。


「そしてだからこそ、あの日の姉さんは、彼女たちに直に会いに行くしか無かったんだ。時刻を考えると、姉さんにこの用事が出来た時には……二人はもうスタジオに入っていて、電話を出来なかったから」

「しかし、スタジオに電話をして取り次いでもらう、という選択肢もあるぞ?それなら、わざわざ会いに行かずとも連絡くらいは出来る」

「手間だろう?事情を説明するところから始めないと行けないし……場所的にも近いから、歩く方が早い、となった」

「傘を忘れているのに、か?」


 少し口元を上げながら、姉さんがまた本人は知っているであろうことを聞いてくる。

 その性格の悪さに軽く呆れながら、俺は返事をした。


「傘を忘れても、歩くのには困らなかったんだよ。だって姉さん、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()

「ほう?……鏡に話したと言う推理と、話が変わってきてないか?」

「ああ。どうもこの点は、俺は推理ミスをしていたらしいね。姉さんの話からすると」


 そう言って、俺は軽く苦笑を浮かべる。

 前回に続いて、鏡には嘘を教えてしまった。


 場合によっては後で訂正した方がいいかも、と思いながら。

 俺は一息に、推理を告げていった。

 これ以上、姉さんに意地の悪い質問をされる前に、真実を告げるために。




「まず、あの日の姉さんの状況を、流れに沿って追ってみる。……姉さんはあの日、とある事情で、鏡たちに何かを伝えなくてはならなかった。そして、先述したようにスマートフォンは使えず、直に行く必要があった」


「だけど、姉さんには傘がない。持ってきていないんだからしょうがないけど、これはスタジオに向かうにあたってネックになる」


「しかし、この問題はすぐに解決した」


「というのも、このタイミングで帯刀さんが事務所に戻ってきたからだ」


「普通に、傘を使って、スタジオから帰ってきた」


「そんな彼女に姉さんは、『とある事情』から、事務所での待機を命じた。まあ帯刀さんの様子からすると、何故待機させているのかまでは伝えなかったみたいだが」


「何にせよ、待機を命じられた彼女は、事務所での昼寝に移行した」


「つまり……帯刀さんはそれ以降、しばらく外に出ないし、傘も使わない、と言うことだ」


「だから、思いついたんだろう?」


「あれ、もしかして、この子の傘を借りれば良いんじゃないかって」


「効率的と言えば、効率的な話だ」


「待機を命じたのが姉さん本人である以上、姉さんが次に声をかけるまで、彼女が傘を使って外に出ることはまず無いし」


「当然、それによって誰かに迷惑がかかる、という訳でもない」


「強いて言うなら、帯刀さんにその話を伝えていなかったのがアレだけど……そこは多分、単純に傘を借りることを思いついた時点で、彼女が昼寝をしてしまっていたからだろう」


「わざわざ『傘借りるよ』と言うためだけに起こすのもちょっと、と思ったんだ」


「仮に、勝手に傘を借りたことで帯刀さんに何か言われたとしても、どうせこれからも顔を合わせるんだから、そこで謝ればいい」


「それに、さっきの話が確かなら、姉さんはグラジオラスメンバーの私物の判別が大体できるらしいから、シールが貼ってある傘が帯刀さんのそれだ、と言うのは本人に聞かなくても分かる」


「だから姉さんは、最初の推理で言ったような『勝手に持って行った』と流れじゃなくて、ある程度迷惑をかけないということの目算を立ててから、傘を拝借した」


「この辺りの事情を帯刀さんが話してくれたら──せめて自分は傘を持って帰ったと断言していたら──推理ミスもしなかったんだけど……彼女も多少は、寝ぼけていたのかな」


「何にせよ、この経緯から、一つ、分かることがある」


「それは、姉さんがスタジオに向かった動機は、やっぱりレコーディングのトラブルとかじゃなくて、鏡たちへの連絡だった、ということだ。最初に言った、二つの可能性を一つに絞る理由が、ここにある」


「だって、そうじゃないと話が繋がらないだろう?緊急連絡はメンバーに伝えればそれで終わるけど、レコーディングのトラブルの方は、いつ終わるか分からないんだから」


「仮に、レコーディングのトラブルを解決するために姉さんが外出し、そして長時間帰らなかった場合は、帯刀さんがボヌールから移動できずに困ってしまうかもしれない」


「逆に言えば、傘を持ち出している時点で、姉さんにはすぐに──帯刀さんが困らないくらいの時間内で──ボヌールに戻る当てがあった、ということ」


「そう考えると、いつ解決するかも分からないレコーディングのトラブル説より、緊急連絡説の方が妥当だ」


「あくまで連絡さえすれば、早く帰れると思っていたからこそ、傘を拝借した、というのは如何にもありそうだろう?」


「さて、ではその緊急連絡とは……恐らくは帯刀さんを待機させる理由ともなった、『とある事情』とは何か、という話になる」


「これに関しては、帯刀さんが待機を命じられた時の言い方から、何となく想像出来る」


「俺の記憶が正しければ、彼女は『メンバー全員が戻るまで待機』と言う風な指示を受けていた」


「つまり、グラジオラスメンバーは、あの後ボヌールに集まる予定だった、と言うことになる。帯刀さんは、その最初の一人だった」


「しかし、この発言はさっきの姉さんのヒントと矛盾する」


「さっき、俺に言っていただろう?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と」


「仕事の終わり時間が遅くなりそうなアイドル……この場合、鏡と長澤のことだ」


「午後三時くらいにはもうレコーディングが終わっていた帯刀さんはともかく、そこから仕事が始まった彼女たちは、終わり時間が結構遅くなる可能性がある。俺はレコーディングにどれくらいの時間がかかるか知らないけど、午後六時、七時あたりに終了することも十分考えられるだろう」


「だから当然、彼女たちは直帰を指示されていたはずだ」


「時間も遅いし、仕事が終わった後、それを事務所に報告しなくていいから、直接家に帰れ、と」


「だけど、さっき言ったように、帯刀さんはメンバー全員が事務所に集まると……鏡や長澤も、最終的には事務所に来ると言っていた」


「この矛盾は、何を意味するのか?」


「まあ、ここは単純な話だ」


「予定が変わった、と考えればそれで済むだろう」


「恐らく、最初は直帰しても良かったはずだったけど、急遽、やっぱりメンバー全員で事務所に集まってほしい、という理由が出来た」


「グラジオラスの予定が、急遽変更された訳だ」


「だからこそ、姉さんは急いでスタジオに向かわなくちゃいけなかったんだ」


「放っておいたら、鏡たちは家に直接帰っちゃうから……帰ってしまう前に、予定変更を彼女たちに伝えなければならなかった」


「故に姉さんは、まだスタジオ内に鏡たちが居る内に、慌ててスタジオまで向かって、連絡することにした」


「スタジオに向かってから、それなりの時間そこにいたのは、既にレコーディングブースに入っていた鏡の邪魔をしないためだろう」


「まず長澤に話をして──この時、俺が事務所に来ていることも話したんだろう──さらに、鏡が休憩時間に入るまで待ってから、鏡にも直接伝えた」


「長澤の口から鏡に伝えるようにしなかったのは、ついでにレコーディングの様子を見ていきたかったからか?」


「まあ何にせよ、帯刀さんが寝ている間は、姉さんはスタジオで連絡がてら見学する流れになった……」


「大体、こんなところだろう?」




 パチパチパチ、と乾いた拍手の音がリビングに響く。

 気がつけば、姉さんが不敵な笑みを浮かべながら拍手をしていた。

 表情のせいか、映画の悪役もかくや、という凄みのある雰囲気である。


「なるほど、大体話は分かった。そして同時に、当事者として認めよう。玲の推理は、概ね合っている」


 その表情のまま、姉さんは最初にこんなことを言った。

 そして、こう続ける。


「だが、まだ肝心なところが言及されていないな?私が急遽、グラジオラスを事務所に集めなくてはならなくなり、電話が使えないためにスタジオに走った、というのは分かるが……その、『事務所に集めなくてはならない理由』というのは何なんだ?」

「ああ、そこか。……簡単な話だけど」


 反射的に、そう言い切った。

 事実だからだ。

 シンプルに考えてみれば、グラジオラスの全員が事務所に集まる理由など、そう大してないのである。


 考察の材料は、三つ。

 夕暮れ頃は、先程の言葉によれば、アイドルたちが事務所に戻ってきやすい時間であること。

 そして、プロデューサー補佐がアイドルに付き添う場合には、営業の意味を込めた挨拶も含まれる、ということ。


 最後に────未だに、あまり売れていないらしい、グラジオラスの現状。

 その点を考えていくと、見えるものがある。

 それを、俺は口にした。


「アイドル全員で揃って、プロデューサー補佐まで集まったのなら、そこからやるのは……()()()()()()()()()()、だろう?憶測だけど、何か、グラジオラスと先輩アイドルとの共演みたいな、売れる切っ掛けとなるような大きな仕事が舞い込んで、それで……」


 長くなりすぎたので、そこで要するに、と話をまとめる。


「丁度、そのアイドルが事務所に戻ったから、全員で挨拶に向かう必要があった。故に、緊急連絡をしてまで事務所にメンバーを集めた……これでどうだ?」


 そう、告げてみると。

 今度こそ姉さんは拍手をせず、純粋に綺麗な微笑を浮かべたのが分かった。

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