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裏話をする時

『え……松原プロデューサー補が?そうなの!?』

「ああ。というか、居るだろ、そこに。本人に聞けばハッキリすると思う」

『いやまあ、確かに居るけど……あれ、でも』 


 そこでふと、鏡は腑に落ちない、と言う感じの声を発した。


『私、プロデューサー補がこっちに来てるって話、松原君にしたっけ?』

「いや、してないな」

『だよね。じゃあ、何で松原君、プロデューサー補がここに来てるって分かったの?本人から聞いた?』

「いや、そう言う訳じゃない」


 いくら姉弟でも、そこまでの互いの予定は知らない。

 大まかな出勤時間はともかく、突発的な用事など知る術も無いだろう。

 しかし、状況から推測すれば、姉さんがスタジオに居ることは大体分かるのである。


 根拠の一つは、先述したように、帯刀さんが昼寝に移行する前、姉さんから急遽待機という指示を受けていること。

 彼女の話し方から推測するに、本来は事務所で待機する予定では無かったのに、突然指示が来た、という感じだった。

 その辺りを突き詰めると、姉さんに何か、突然の予定変更があったのではないか、という想像くらいは出来る。


 また、長澤や鏡との電話内で見受けられた、俺の名前を呼び方もヒントになった。

 と言うのも、彼女たちが最初に電話で俺に対して呼びかける時、変な言い方をしていたのである。


 確か、「松原……さん」とか、「松原……くーん」と言うように、敬称の前の部分を変に溜めていた。

 二人とも、似たようなタイミングで。


 だからこそ少しおかしいと思っていたのだが────姉さんが近くにいたのなら、それも理解出来る。

 多分彼女たちは、松原、とまで口にした後、反射的に「プロデューサー補」と続けようとしてしまったのだろう。

 姉さんがスタジオに居るものだから、習慣的にそう言ってしまいそうになった訳だ。


 しかし、流石に途中で気がついて、呼び方を急遽軌道修正した。

 だから、共通部分である「松原」まで言った後、妙に間が空いていた訳だ。

 つまり、彼女たちがあそこで言い淀んでいた事こそ、姉さんが居ることの傍証になるのである。


 最後に、長澤が俺に電話をかけてきた事自体も、大きな手がかりだった。

 実を言うと、密かに不思議に思っていたのだ。

 何故長澤は、帯刀さんに連絡が取るためと称して、俺に電話を掛けてきたのだろう、と。


 帯刀さんがスマートフォンの類の電源を点けていなかったので、連絡が取れなかった言うのは、まあ良い。

 そのために、別の人物に連絡を取って、帯刀さんへの伝言を頼もうとしたのも、普通の話だろう。

 しかしそこで、電話をかける対象を俺にしたのは、かなりおかしい。


 何故かと言えば、彼女の視点からすれば、俺が帯刀さんの傍に居るかどうかは……いやそれどころか、俺がボヌールにバイトで来ているか否かすら、知らないはずだからである。

 実際には俺は帯刀さんの近くに居たが、それは結果論だ。

 ただでさえ、今日のバイト時間は突然変わったのだから、彼女が俺の予定を知ることが出来るはずが無い。


 普通、もっとボヌールに居そうな人物──マネージャーとか、事務の人とか──に電話をするのが妥当な選択だろう。

 それなのに、長澤は帯刀さんに連絡が取れないと分かると、次に俺に連絡を取った。

 わざわざ、鏡のスマートフォンを借りてまで。


 これは、どこかから、「丁度今くらいの時間には、松原玲がボヌールに居るはずだ。時間的に、休憩室にでもいるかもしれない」という情報を手に入れていないと、有り得ない行動である。

 何者かが、俺の予定を長澤や鏡に伝えていたのだ。


 そうなると、そんな情報を与えることが出来たのは、姉さんくらいしか居ない。

 俺は自分のバイト予定を言いふらす趣味は無いが、姉さんに対しては、今朝の時点で俺の口から、バイトの時間が午後にずれたことを言っていたからだ。

 つまり姉さんのみ、長澤に「松原玲は待機を命じられている帯刀多織の近くに居るかもしれない」という話を伝えられる。


 こう言った推測から、今のスタジオには姉さんが居るはずだ、と言う推理に至った訳である。

 そんな事を、俺はつらつらと鏡に説明した。


『へー……そう推測出来るんだ、なるほど─。実際、来てるしね、松原プロデューサー補。私はもうレコーディングブースに入ってたから、いつの間にか来てるな、くらいの感覚だったけど』

「なるほど、そういう流れか。……逆に、丁度姉さんが来た時点で待機中だった長澤は、少し姉さんと話したんだろう。それで、俺がボヌールに居ることを聞いた訳だ」


 しかし姉さんも、まさかその場で、自分が他人の傘を勝手に使ってここまで来ました、とは話さなかった。

 そうそう人に言うものでもないし、まあ当然だろう。


 だから長澤も、鏡も、姉さんの姿を見ていながら、姉さんが今回の一件の犯人的なポジションにいることに気が付かなかった、という流れらしい。

 彼女たちの中で、傘と姉さんは切り離されてしまっていたようだ。


『でも、そっかー、松原プロデューサー補だったんだー……あれ、でもそうなると、私たちってこの傘を持って帰らない方が良いのかな?プロデューサー補が事務所まで帰る時に、使う必要があるだろうし』

「まあ、そうなるな。その辺りは、姉さんと相談しておいてくれ。……帯刀さんの方は、今のところ傘が持ち去られていたにしても、困りはしなさそうだし」


 そう言いながら、俺は首を回して、帯刀さんの方を見つめる。

 当然のことだが、そこでは帯刀さんが、丸まるようにしてスヤスヤと寝ていた。

 それなりの時間、鏡と話していたはずだが、起きる気配は一切無い。


 ──よく考えたら、この人は特に何もしてないんだよな、今回の一件。あくまで、この人の傘がボロかった、という一点で変な謎を生んだだけなんだし……いやまあ、勝手に持ち去った姉さんが一番悪いけど。


 穏やかな寝顔を見つめながら、ふとそんなことを思う。

 それなのに、ちょっと失礼なことを考えてしまったな、という申し訳なさと共に。

 その感覚に浸っているうちに、鏡からの返答は来た。


『帯刀さん、よく昼寝してるしね─……分かった。じゃあ、確認してくるね』

「ああ、よろしく頼む。それと……」

『それと?』

「俺が言うようなことでも無いんだろうけど、まあ、レコーディング頑張れ。こんな細かい謎、もう気にしなくて良いんだからさ」


 挨拶として、最後にそんなことを言った。

 すると、即座に。


『……オッケー!菜月にも、そう伝えておくね!』


 そんな、明るい鏡の声がスマートフォンから響く。

 それを境に、ピッと、通話が切れる音が響いた。


「切り替え早いな……」


 暗くなっていく画面を見つめながら、俺は苦笑してそう呟く。

 彼女もボヌールの影響を受けているのか、こう言うところが「爆速」だ。


「ま、これで電話も終わり……後はバイト、か」


 それだけ言って、俺は時計を見上げだ。

 時間的には、これで丁度良い時刻になっているようである。

 彼女たちがレコーディングを頑張るように、俺は俺で、バイトを頑張る時間帯になったようだった。






 以上が、今回の短い一件の顛末である。

 要するに、昼寝しているアイドルを見つめながら、ああでも無いこうでも無いと言い合っていただけだったが、一度難しく考えすぎたせいか、解くまでが手間だった。


 それでも、強いて教訓めいたことを探せば。

 俺が今回の件で学んだことは、二つ。


 一つは、帯刀さんは天然系の人だが、流石に降雨中に傘の存在を忘れ去るほどでは無いこと。

 そしてもう一つは、やっぱり泥棒は良くない、と言うことである。

 当たり前だが、傘を使うなら、自分のものにすべきだ。


 そう言う教訓を胸に秘めつつ、この一件の二日後、俺は折りたたみ傘を買うのだった────。






「……で、それで謎解きは終わりなのか、玲?」


 そして、後日。

 俺が折り畳み傘を購入した日の晩。


 さらに具体的に言えば、珍しく早めに帰ってきた姉さんを交えて、久しぶりに二人で夕食をとっている時のこと。

 俺が買ってきた折り畳み傘を見て、「何で突然買ったんだ?」と聞いてきた姉さんに対して、二日前の一連の話をした際の姉さんの反応が、これだった。


「終わりって……これ以外に、何かあるのか?」


 意外な返答に対して、俺は目をパチクリさせてしまう。

 麻婆豆腐を掻き込んでいた俺の右手も、少し止まった。


 正直、もう二日も経っている話なので、反応の予想も「そう言えばそんなこともあったな」くらいのものだろう、と踏んでいたのだが。

 意外にも、姉さんの口調は、俺を試そうとしているかのようなそれになっている。

 その意図が分からず、俺はもう少し問い直した。


「何か、今までの話で、物凄く間違ったところがあったのか?鏡が姉さんに確認したって言ってたし、その後も特に電話が無かったから、大丈夫だと踏んでいたんだけど……」

「いや、そこは間違ってない。動機あたりに細かい違いがあるが、大筋は言っている通りの流れだった」


 そう言いつつ、姉さんはワンタンスープを美味しそうに啜った。

 そして、スープのお陰で口が滑らかになったのか、さらに言葉を続けた。


「ただ、お前が口にした割に、まだ明かされていない話があったからな。本筋とは関係の無い、オマケみたいな部分だが」

「オマケ?」

「ああ。まだ、解説されていないだろう?……何故私が、人の傘を奪ってまでスタジオに向かったのか、という部分が」


 それを、言われた瞬間。

 俺は、おおなるほど、確かにそれは解いていなかった────とは、流石に思わなかった。

 寧ろ、結構困惑する。


「えー……それって、推理して解けるものか?俺、グラジオラスのレコーディング関係の事情、全く知らないんだけど。そもそも、どういう理由なら姉さんがスタジオに向かうのか、見当もつかないし」

「まあ、そうだな。だがこの『私が急いだ理由』に関しては、頑張れば解ける話だ。玲の視点でも、推測くらいは出来る」


 そう断言して、姉さんはほれ、と蓮華で俺を指した。

 さらに、こんなことを言う。


「推理ついでだ。私が何故そんなに急いでスタジオに向かったのか、この場で解いてみろ。私は当然真相を知っているから、採点してみよう」

「……えっ、今!?」

「そう、今だ」


 当然のように、姉さんは頷く。

 それを見て、俺は驚きながらも、「また始まった」と思った。


 姉さんはたまに、こう言うことをする。

 何というか、俺に頑張れば解けそう、というレベルの難題を吹っかけてきて、反応を見る遊び、というか。

 究極的には、以前言及した心霊写真の悪戯と大差ないのだが、あれのクイズバージョンみたいな話である。


 どうやら俺の話を聞いている内に、そのクイズを久しぶりに仕掛けたくなったらしい。

 当事者として、姉さんは当然真相を知っているので、ついつい言いたくなったのだろうか。


 ──面倒臭い話になったな……こうなったら姉さん、中々引かないし。


 顔を顰めながら、俺は首の後ろをバリボリと掻く。

 さらに、諦めるようにして、今までの話を振り返ろうとした。


 この辺り、俺も姉さんの悪戯や謎かけに慣れているのだろう。

 下手に対抗するよりも、従った方が楽だと踏んだのだ。


 実際、二日前の一件に、何か興味深い動機が潜んでいるというのなら、知ってみたい気もするし。

 そう考えて、俺はポツリポツリと分かっていることを並べていく。


「ええっと、解かないといけないのは動機……動機だよな?何故姉さんが、そんなに急ぐ羽目になったのか、そこを当てれば良い」

「そうだ。今までお前が見たものを振り返れば、十分にそれは分かる」

「そうなると、鍵となるのは……帯刀さんが待機していたこと、とかか?」


 ふと、そう呟いてみる。

 気にするようなことでも無いと放置していたが、その点については、二日前から多少疑問には思っていたのだ。


 帯刀さんの話によれば、姉さんは彼女に休憩室での待機を命じていた。

 あれは一体、何のためだったのだろう、と。


 帯刀さんは本来、レコーディングも終わって、いつでも帰ることの出来る状態だったはずだ。

 仕事終わりの報告とか、連絡伝達などで事務所に寄ることはあっても、普通、後に予定がなければすぐに帰るだろう。

 なのに彼女は全員揃うまでの待機を命じられ、その上で、昼寝に移っていた。


 ──つまり、待機させるだけの理由があった、と言うことだよな。時系列的には、帯刀さんを待機させた上で、スタジオの方に向かっているんだし……何か、グラジオラスメンバー全員と、直接話さなければならないことがあったとか?


 そこまで考えて、うーん、と唸る。

 方向性は間違っていないと思うのだが、何か足りない、と思うのは何故だろう。

 すると、そこで悩むのを見計らったかのように、姉さんが口を開いた。


「苦戦しているな……ヒントをやろう」

「え、いいの?」

「ああ。二つほど、情報を加える」


 そう言って、姉さんは指を二本、立てた。


「まず一つ。私は基本的に、グラジオラスメンバーの私物は、大体判別出来る。置き忘れたタブレットだろうが何だろうが、プロデューサー補佐として、見分けられないと困る場面も多くてね。そのことが、今回の一件に関わっている」

「ふーん……?」


 まず、訳の分からない情報が来た。

 それに驚いていると、休憩も許さずに次のヒントが来る。


「そして、もう一つ。多織が事務所に戻った時間帯からちょっと後……つまり夕方にかけての時間というのは、どこもそうだろうが、一仕事終えたアイドルが事務所に戻ってきやすい時間帯なんだ。まあ、そこよりも終わり時間が遅くなりそうな子には、直帰を命じているから、別に全てのアイドルが戻るわけでも無いが。その点を踏まえて、考えてみろ」


 ──時間帯……アイドルが戻ってきやすい頃、か。


 そのヒントを聞かされた瞬間。

 不意に、思い起こされる証言があった。

 鏡に対して、プロデューサー補がアイドルに付き添うことはあるのか、と問いかけた際の話が。

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