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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage21:遠い国から帰ってきた自由人

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探偵たちが駄弁る時

 今までも何度か述べてきたが、俺は自分の父親との交流がかなり少ない。


 昔から、父さんは日本でじっとしてくれない人だった。

 一応、年一回くらいのペースで帰国はするのだが、その時だって一週間も滞在すればまた別の国に行ってしまう。


 物心ついた時からそんな様子だったから、正直に言ってしまうと、俺は父さんがどんな人なのかについては殆ど知らない。

 家族なら当然把握しているであろうプライベートについて、記憶した覚えがなかった。

 こういう例えに用いるのもアレだが、興味が無いと指摘されたグラジオラスメンバーのプライベートの方が、まだ詳しいと思う。


 それでも唯一確かなのは、彼が海外でそれなりに評価されているカメラマンであるということ。

 日本での知名度はさっぱりだが、欧州には少数ながら熱心なファンが居て、特にイギリスにいる名前も知らない資産家は、父さんの写真に惚れ込んでパトロンになってくれている……らしい。

 父さんが毎月欠かさずにやっている我が家への送金も、殆どパトロンからの援助による物だそうだから、俺もその資産家には随分と世話になっていることになる(ウチの場合、母さんや姉さんもバリバリ働いているので、完全にそこに依存している訳ではないけれど)。


 だがその写真についても、俺はあまり理解していなかった。

 昔、父さんの写真について興味を持って調べたことがあったのだが、本当によく分からなかったのだ。


 ぼんやりと戦場カメラマンみたいなイメージがあったのだが、実際に撮影された写真を見せてもらうと、紛争地帯以外の写真も多かった。

 政情不安定な国に行くことが多いものの、だからと言って戦争の様子を撮影している訳でもないらしい。

 バリバリの軍人に囲まれながら、野原の花を撮影しているような場面も多々あった。


 じゃあ風景を専門に撮っているのかと言えば、そういう訳でもない。

 世界遺産などの各国の名所へも赴いているのだけれど、そう言う場所に限って父さんは風景を撮っていなかった。

 海外に赴いた父さんはいつも、もっと変な物を撮っている。


 本人曰く、世界中のあらゆる人間の「日常」を撮るのがライフワークらしい。

 しかし写真を見ると、よりにもよって何故これを……と思う物ばかり撮っていた。


 一例を挙げよう。

 海外で高く評価されたという写真を一枚、見せてもらったことがある。

 その写真のタイトルは、「……もう、ここで良いか?」という物だった。


 タイトルが既に変だが、被写体はもっと変である。

 写真の被写体は、どこぞの内戦中の国で反政府テロリストとして活動している男性。

 鋼のように鍛えられた肉体を、返り血の付着した迷彩服で包んだ彼は、写真の中では実に深刻そうな表情を浮かべていた。


 彼の右手は腹部に添えられており、左手は何かをこらえるように太ももをつねっていて、足は小刻みにステップを継続中。

 そんな彼が、必死の表情のまま草むらに突っ込もうとしている様子が、写真の中央に映っていた。

 簡単に言えば、お腹を下したテロリストがトイレを我慢出来なくなって、「……もう、ここで良いか?」と思っている様子を、父さんは撮影したのだ。


 確かに、屈強なテロリストが腹痛と戦っている様子はかなり面白かったが、正直これが写真としてどんな価値があるのかはさっぱり分からなかった。

 被写体にキレられるようなことは無かったのだろうか。

 しかしこの写真をイギリスのパトロンは絶賛して、他の海外ファンもそれに続いたというのだから、写真家の世界はよく分からない。


 まあ詰まるところ、俺にとって父さんはその人柄も、やっている仕事の内容も謎だらけの人ということだ。

 下手な他人よりも謎に満ちている。

 そんな謎の父親が、何故か俺を先回りするようにして相川家に居たものだから、この時の俺は盛大に驚いていた。






「まあ座れよ、玲。一枝がクッキーを買ってくれている。どうせなら食おう」


 相川家のリビングでゴロゴロしていた父さんは、硬直したままの俺たちを見ながらそんな指示を出す。

 こういう時、ちゃんと説明をしてくれないのが父さんらしかった。

 全く説明をしてくれないまま、父さんは近くのソファをポンポンと叩く。


 ──いや、クッキーって……一枝叔母さんに何をさせて……?


 葉兄ちゃんの母親、父さんからすれば妹に当たる人の名前も出てきて、俺は一層混乱する。

 一枝叔母さん、ウチの母さんや姉さんと同レベルで忙しく働いている人だったはずだけど。

 あの人は父さんが来ることを知っていたのだろうか、それでいて俺が泊まることを許可したのだろうか、なんて考えていると、また思考が崩れてきてしまう。


 一方で、隣に居た葉兄ちゃんは冷静だった。

 彼の勘で最適解を見抜いたのか、誘導されるままにソファに着席。

 動揺もすぐに収めて、「父さん、俺もコーヒー欲しい」と父親に飲み物の催促までした。


 人間、近くの人が冷静だと釣られて自分も冷静になることがある。

 この時もその原理が働いたのか、俺は葉兄ちゃんに続く形で着席した。

 同時に、俺が飲みたい物を勘で察したのか、幹夫叔父さんがミルクと砂糖の入ったコーヒーをさっと置いてくれる。


「このクッキー、高いらしいからな。あんまりバリバリ食うなよ。私も食いたいからな」

「高いって言っても多分そんなにしないよ、義兄さん。ただの勘だけど」


 俺たちが着席したタイミングで、父さんががめついアドバイスをかまし、幹夫叔父さんは苦笑いしながら同じく腰を下ろす。

 結果として、クッキーとコーヒーを各々抱えながら、父さん、幹夫叔父さん、葉兄ちゃん、俺の四人が相川家の机を囲んで輪になった。

 風景だけなら親族で会議でも開いているような様子だったが、実際は偶然の産物である。


 ──何なんだ、この集まり……。


 こんな風に集まったことは今までほぼ無かったので、俺はどことなくシュールな気分になる。

 しかし動かないことにはどうしようも無いので、流されるままにクッキーをパキリと齧って割った。

 自分探しの旅とその悩みについては、一先ず棚上げして。




「……で?父さん、何でここに?」


 何となく無言でコーヒータイムを楽しんでから、俺はずばりと問いかける。

 当たり前のように父さんはコーヒーの続きを飲んでいたが、まずはこれを聞きたかった。

 そのくらい、彼の帰国とはレアイベントなのである。


「別に今日は正月とかじゃないし……帰国の連絡も無かったよな?」

「ああ、してないな。そもそも東京に戻る予定が無かったから」

「東京に戻らない……じゃあ何の用事で?」


 東京の自宅に帰る気が無いということは、全く別の用件で日本に寄らないといけなかったということ。

 自由人の権化みたいなこの人が、一体何の用事を見つけたのか。

 興味を思って質問すると、父さんはひょいっと何かのチケットをこちらに差し出してきた。


「この人に呼ばれたんだ。日本で大規模な写真展をするから、是非一度来て欲しいと……向こうを安心させるためにも、一度くらい行こうかと思ってな」


 何だ何だ、と俺と葉兄ちゃんはそのチケットを凝視する。

 最初に声を出したのは葉兄ちゃんだった。


「あ、この人……宇田川実(うだがわみのる)?戦場カメラマンの」

「おお、葉も知ってたか。その通りだ。どうもアイツ、今はこちらに戻っているらしくてな。その縁で声がかかった」

「……父さん、この人と知り合いだったっけ?」


 チケットの真ん中に記述された「虚飾の無い事実を訴えるということ ~宇田川実の三十年~」という文字を見ながら、俺も質問する。

 葉兄ちゃんと同様に、俺もこの人の名前には聞き覚えがあった。


 宇田川実を簡潔に表現すれば、父さんと同じく海外で写真を撮りまくっているカメラマン、ということになる。

 年齢も、確か父さんと同じくらい。

 ただし父さんとは違って、日本でも絶大な知名度を持つ人だった。


 戦場カメラマンとして長く活動しているとのことで、日本でも有名なドキュメンタリー映画を撮影したり、大きな賞を幾つももらったりと、話題には事欠かない人物だ。

 海外で大きなテロが起きると、どこかのニュース番組にコメンテーターとして必ず出演しているレベルである。

 そうやって手広く活動している相手なので、俺でも名前を知っていたのだ。


 それでも、彼と父さんに交流があるなんて話は聞いたことが無かったのだが────、


「昔、撮影地で彼とバッタリ出くわしたことがあってな。同じ日本人同士ということで、それなりに話をしたことがあるんだよ。それから、彼はこの手のイベントを開く度にチケットを贈ってくれるようになったんだ」

「へえ……義理堅い人だね、宇田川さん」

「まあ、色々他にも事情があってな……今までは仕事もあって行っていなかったんだが、あまりにもしつこく送ってくるから、参加するために日本に戻ってみた訳だ。そうしたら、偶々開催地がここだったから……」


 父さんが指さしたチケットの端には、明杏市の隣県の都市名が書かれてあった。

 どうもこの写真展、明杏市から比較的近い街で開催されるらしい。

 そんなに大きな都市でもないのだが、宇田川さんの出身地だったりするのだろうか。


「つまりこの写真展のために帰国したら、偶々明杏市が近い場所だったから、相川家に寄り道を?」

「そういうこと。丁度、電車が明杏市を通ったからな。どうせなら寄って行こうと思って」

「じゃあ、幹夫叔父さんにはかなり迷惑を……」


 幹夫叔父さんの立場からすると、ただでさえ俺が泊まりに来ると思って準備をしていたところに、自分の義兄にまで突然押しかけられた形になる。

 悪いことをしたなあと思って彼に頭を下げると、幹夫叔父さんは苦笑しながら「気にするな」と手を振った。


「何となく、勘で義兄さんが来そうな気はしていたから……それで、母さんに来客用のクッキーを事前に買ってもらったんだ。困ってはいないさ」

「ま、一枝は忙しいから、一言挨拶だけして休日出勤していったけどな。私の妹ながら、元気な奴だ」


 自分が元凶の癖に他人事みたいな言い方をしながら、父さんはクッキーをバリボリ食べる。

 何にせよ、これで彼がここに居る理由自体は分かった。

 父さんと幹夫叔父さんの関係を思うと、容易に想像出来る内容だ。


 元々、父さんと幹夫叔父さんは変に仲が良い。

 あくまで大人になってからの付き合いのはずなのだが、「アンタらは幼馴染か何かか?」とツッコみたくなるくらいには気心が知れている。

 俺が生まれる前の時期には、二人で海外を放浪して、世界一周をしたことすらあったらしい。


 それだけ仲が良いものだから、父さんはふらりと幹夫叔父さんに会いに行くことがある。

 今回のように、映玖市の自宅をすっ飛ばして彼に会いに行き、そのまま飲み会を開くのだ。

 幹夫叔父さんからすれば割と迷惑な話だと思うのだが、今日の様子を見るに、意外と上手く行っているらしい。


 ──まあ息子としては、映玖市に帰らずにこっちに寄っているって、それなりに複雑な気分になるけど……この人にそれを求めても無駄か。


 ほんの少しだけ「常人」が愚痴を零したのが分かったが、即座にその不満はかき消された。

 亀に空を飛べと言っても無駄なように、父さんに定住しろと訴えても無駄である。

 ドライな「探偵」がそんなことを考えている内に、父さんはこちらに話題を戻した。


「というより寧ろ、私としては玲がここに来たことに驚いたぞ……何か用事でもあったのか?」

「あー、それは……」


 理由を聞かれて、俺は固まってしまう。

 ここで「自分探しの旅の最中で……」とは言いたくなかった。

 この理由は実の親にも言いたくないというか、実の親だからこそ言いたくないというか、大前提として恥ずかしい。


「……俺が呼んだんだ。今日はウチの学校の文化祭だったから、どうせなら玲も来て欲しくて。まあ結局、あんまり面白い展示が無かったら、二人とも午前中で帰ったんだけど」


 すかさずフォローを入れてくれたのは葉兄ちゃんだった。

 この辺り、従兄弟としての阿吽の呼吸がある。

 俺の方もすぐにその設定に乗っかった。


「そ、そうだよ、父さん。俺も父さんも、偶々この日に明杏市に来る予定になっていたんだ。だからかち合ったというか」

「ふーん……不思議なこともあるものだな」


 ぼんやりと言いながら、父さんはコーヒーを一口。

 そしてふと思いついたように、「だったらお前たちもこれに行くか?」と言いながら、再び例のチケットを見せてきた。


「宇田川は何枚も送ってきたから、多少人数が増えたって問題ない。このチケットを呈示すれば無料で入れるから、どうせ暇ならお前たちも……」

「写真展か……でも正直、宇田川って人の写真についてよく知らないんだけど」


 父さんがこういう提案をするとは珍しい。

 しかしそれ以前に、俺は写真家についてよく知らなかったので、そんな馬鹿みたいな感想しか返せなかった。

 俺が知っている宇田川実は、テレビで難し気なコメントをしているタレント風の姿だけである。


「それはそれでアイツが可哀想だが……ほら、これとか見たことが無いか?日本だと、募金の宣伝とかによく使われている写真だと思うが」


 ちょっと笑いつつ、父さんは自前のスマートフォン──持っていたのか、と俺は軽く驚いた──を操作して、何かの写真を見せてくる。

 俺、葉兄ちゃん、幹夫叔父さんの三人が、その画面を注視した。

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