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代替案を考える時

「どうしたの、松原君。突然真剣な顔をして……」


 流石に少し戸惑ったようにして、鏡が心配そうな声を出す。

 しかし申し訳ないが、それに反応は出来なかった。


 手早く確かめたかったのだ。

 俺の頭の中に思い浮かんだ物が、この教室にあるか否か。


「……ごめん、どいて」


 俺は掌を適当にゴシゴシと擦り、その勢いのままにベランダから教室内に戻る。

 出入り口の場所の都合上、俺は黒板にほど近い位置に足を踏み入れることになった。


 それを認めた上で、俺は黒板に────正確にはその下に視線をやる。

 黒板直下の床や、その周囲に置いてある机の類。

 普通なら「アレ」はそう言う場所に置かれているはず、と言う場所を観察したのだ。


 だから、出来る限り注視する。

 大きさ的にそうそう見落とすようなものでは無い。

 仮にどこかに設置されているのなら、一発で分かるはずだった。


「……無いな」


 だがすぐに、そう呟くことになった。

 見た限り、俺もよく見知った「アレ」はこの教室の中には無いようだった。


 ──いくらここがアイドルの控室になったからと言って、わざわざ片付けるようなものではないし……最初から置いていないってことだよな?


 それを自覚した瞬間、俺の頭の中で様々な情報が繋がっていく。

 今まで聞いた話の中に、どうでもいい話など一つもなかった。

 全てが推理の材料である。


 チョークの粉と「幽霊の手形」。

 噂話と木の関係。

 それらが次々と繋がっていき────やがて一つの仮説を生む。


 ──この仮説でも矛盾は無い……でも、他の教室に置いてある可能性はまだ残っている。


 ふとそう考えて、俺は足を早めた。

 少々急ぐ必要がある。

 撤収作業が終わってスタッフが戻ってきたならば、俺のような撮影と関係のない部外者は追い出される可能性があった。


 だから──教室の後ろの方で、鏡が俺を呼び留めた気もしたが──俺はスタスタと教室を出る。

 さらに、控室の両隣に存在する教室を早足で見て回った。


 黒板下の床や近くの机の上を見て回るだけなので、そう大した時間はかからない。

 すぐに俺は「アレ」が近くの教室には存在していないことを確認し終わる。


「やっぱり、無いってことで良いか……そうだよな。だからこそ、あの方法しか無かったんだろうし」


 無意識に、俺はそんなことを呟いた。

 そしてそれと同時に────背後から追ってきたらしい鏡にガシっと肩を掴まれた。


「ちょ、待ってよ!どうしたの、松原君?」

「ん?あ、ああ……悪い」


 そう呼び掛ける鏡は、ゼイゼイと声を荒げていた。

 どう言う訳か、かなり疲れているように見える。

 廊下を走るだけでそこまで疲れたのか、と疑問が浮かんだ。


 だが同時に「そう言えば鏡は午前中の間、ずっと撮影をしていたんだったな」と思い出した。

 彼女自身、膝がガクガクになったとかいう話だった。


 その状態で走らせたのは、よく考えると中々酷だったかもしれない。

 途端に申し訳なくなった俺は、ちゃんと謝ることにした。


「鏡、ごめん。ちょっと調べたいことがあって……」

「え、あ、うん……いや、謝ってもらう程の事でもないんだけど」


 俺の態度が再び激変したことに驚いたのか、鏡が目を白黒とさせる。

 その様子からするに、俺の言動にかなりの奇妙さを覚えているらしい。

 怯えているともとれる彼女の視線が、実に痛かった。


 ──百パーセント俺が悪いが……かみ合わないな。


 軽くそんなことを思う。

 まあ確かに、突然木の様子を確認し、突然教室の中を走り回り、突然謝ってくる男というのは傍から見ると相当に怪しいだろう。

 怯えられても仕方が無いのは事実だった。


 ただし、その引き換えに。

 鏡の望む話を聞かせることは出来そうだった。


 故に俺は、こう口にする。

 鏡相手には言葉を気をつけなければならない、ということを自覚しつつ。


「……でも、鏡。ここに来たお陰で、謎は解けた。今からすぐにでも、謎解きをしても大丈夫だ」


 言い終わった瞬間、鏡がキョトン、とした顔をした。

 何を言っているのか掴めなかったらしい。

 数秒経ってから、ようやく再確認がなされる。


「え、謎って……どっちの?心霊写真の方?噂話の方?」

「両方だ……さっき否定したばかりの話を蒸し返すようでアレだが、やっぱりこの話は互いに関係があるらしい」


 そう言ってから、俺は控室の奥にあるユリノキに視線を移す。

 同時に、階段の方からドヤドヤと人の声が響いたことを察した。

 どうやら、やっと撤収作業が終わったらしい。


 ──人が来るな。だとしたら、控室に籠った方が良いか。他人に聞かせる話じゃないし……。


 アイドル用の控室の中であれば、酒井桜と俺たちくらいしか来ないだろう。

 そう考えた俺は、とりあえず控室の方を指さした。


「まず座ろうか、鏡……この推理、基本は簡単な話なんだけど、いざ語るとなるとちょっと時間がかかるから」


 そう言って、俺は彼女に移動を促した。

 しかし鏡は、話の急展開についていけなかったのか、依然として訳が分からないという感じの顔をしている。


 しかし彼女としても、痛む足を酷使して立ったまま推理を聞きたくは無かったのだろう。

 流されるようにして鏡は教室に入り、黒板の真ん前にある席に座った。


 それを確認してから、俺は彼女と相対するように、黒板を背にして教壇に立ってみる。

 芝居がかった動きであることは自覚していたが、謎解きの過程で使わなければならない小道具もあるし、ここで良いだろう。


 そう考えた俺は、教卓に両手を置いて教師のようなポーズをする。

 様子としては、さながら授業を始めるかのように。

 気合いなく、いつもの言葉を述べた。






「さて────」






 最初の一瞬、俺は言葉を出し損ねた。

 どこまで言えば良いのか、と迷ったのだ。


 今回の推理では、少々話し方を選ぶ必要があることを俺は分かっていた。

 俺が今推理したことをそっくりそのまま語ってしまうと、話が少々ややこしくなる。


 だからこそ、選ぶ。

 元々鏡が依頼してきたことなのだから、推理を話すのは仕方がないのだが、同時に()()()()()()()()()必要もあるのだ。


 そういう配慮の元、俺は推理の内容を吟味し────その上で口を開いた。


「……まずは今回の謎の内、例の噂話の方から解いていこうと思う。そちらは話が簡単だし、俺たちもあの粉を見ているからな」

「あの粉って……さっき見た、手すりについていた粉のこと?」


 質問質問と言って、早速軽く挙手をした鏡が口を挟む。

 シチュエーションも相まって、今の鏡の姿は本当にここの高校の生徒のように見えた。


 俺も何となく、本気で教壇に立っているかのように錯覚してしまう。

 気分的には、熱心な生徒の質問に受け答えする新米教師のそれが近かった。


「さっき、花粉説はダメだった、みたいなこと言ってたよね?それでも、やっぱりあの粉が重要なの?」

「ああ、その通りだ。花粉説こそ潰れたが、あの粉こそ噂の元凶とみて間違いない。……あの粉は花粉ではないが、同時にあそこにあって当然のものだったんだ」


 最初にそこを断言しておく。

 しかし、少々分かりにくい言い回しだったらしい。

 はてな顔で、また鏡が挙手をした。


「それって……つまりあの木は、花粉以外にも変な粉を出す特徴があったってこと?」


 今度の質問は、微妙に的を外していた。

 そっち方面に考えても行き止まりである。


「流石にそれはないと思う。ネットの話でもそんなことは出ていなかったし……それ以前に、仮にユリノキにそんな特徴があるのなら、学校に植樹なんてされないだろう」

「んー……まあそれは、私も言ったことだけど」


 そう、鏡自身も言及していた。

 ユリノキが存在するこの場所は、学校なのだ。

 何百名もの生徒が通っている教育機関である。


 そのことをよくよく考えれば、彼女の口にした可能性は否定される。

 生徒たちが触れるかもしれない場所に、学校側がそんな危険な木を植えるはずもないからである。

 総合的に考えて、「あのユリノキに近寄った人間の中には体調を崩す人もいるが、その原因はユリノキの生態には無い」というのが妥当な結論だ。


 要するに────。


「あの手すりに付いていた粉は、後付けでユリノキの近くに撒かれたものなんだ。具体的には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだろう」

「え、そうなの?でも……何で?」


 依然として困惑顔の中、鏡が問いかける。

 彼女はもう挙手すらしていなかった。

 疑問がありすぎて、手を挙げる暇すらなくなってしまったのだろう。


 これは当然の反応と言えた。

 彼女の視点からすれば、何故あの粉をチョークの粉と断言できるのかすら分からないのだろう。

 彼女は混乱した様子で、まずこんなことを聞いてきた。


「えっとつまり……この学校には誰か、ベランダにチョークの粉を撒くのが趣味の人がいるってこと?」

「いや、流石に違う。というかそもそも、手すりやユリノキに粉が付いたのは副産物みたいなものだ」


 そこまで言ってから、俺は話をまとめにかかる。

 過程をすっ飛ばしてしまうが、この様子からするとその方が話を早いと踏んだのだ。

 俺は手短かに、犯人とその動機について言及する。


「これを実行した人の目的は、多分、()()だろう」

「……掃除?」

「ああ、掃除だ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そう言ってから、俺はおもむろに振り返って背後にある黒板を見つめた。

 さらに、下の方に置かれてある黒板消しを掴んでみせる。


「……鏡だって、黒板消し自体は知っているだろう?最近は使わないところもあるらしいけど、それでも多くの教室では未だに必須の物だし」

「それはまあ、黒板消し自体は知ってるけど」


 そう言いながら、彼女は目をパチクリと開閉させる。

 身近な物の出現によって理解が追い付いてきたのか、質問も復活してきた。


「……黒板消しクリーナーっていうのは、アレよね?こう、箱型のプチ掃除機、みたいな……黒板消しを擦りつけて、粉を取るやつ」

「そうそう、それ。日直にでもなれば、使ったことはあるだろう?」


 俺自身、小学生の頃から使用した経験がある。

 黒板消しを使って前の授業で書かれた文字を消し、その黒板消しをブオンブオンとうるさいクリーナーで綺麗にするのが日直の仕事だった。


 そしてこの黒板消しクリーナーこそ、俺が黒板直下の床を注視してまで探し求めた「アレ」である。

 だって、余りにもおかしかったのだ。

 この教室の様子は。


 黒板消しはその用途上、汚れたままでも長期間大丈夫な物ではない。

 どう我慢しても一日、いや欲を言えば、授業ごとにクリーナーで綺麗にしておくことが求められる。

 だからこそ本来なら、この教室の黒板の近くにもクリーナーが無いとおかしいのである。


「意識していなかったから気が付かなかったけど……無いね、クリーナー。この教室の中には……」


 俺が言いたいことに気が付いたのか、鏡はそこでキョロキョロと周囲の様子を伺った。

 丁度、先程の俺とほぼ同じ行動だ。

 どうしたって「あるはずの物が無いこと」の確認というのは、こういう仕草になってしまうのである。


「……俺もさっき確認したから間違いないだろう。この教室には、クリーナーが無い。もっと言えば、近くの教室のどこにも無いみたいだ」

「え、そうなの?じゃあ……どうやって黒板消しを綺麗にしてるの、ここの生徒の人?」


 驚いたように、彼女が高めの声を上げる。

 彼女にもこの状況のおかしさが分かってきたらしい。

 理解が追い付いたことを確認してから、俺は話を続けた。


「当然、クリーナー無しでも黒板消しを綺麗にする手段があったということになる。水で濡らしてゴシゴシ拭うとか、或いは……」

「或いは?」


 鏡が続きを促すが、俺は敢えて答えない。

 代わりに俺は未だに掴んだままだった二つの黒板消しを提示し、そのまま教室からベランダにまで歩いていった。


 雨が強くなっているのでかなりに濡れることになるが、構わない。

 いや寧ろ、この状況に置いてこの天候であることは幸運と言えた。

 変に迷惑をかけなくて済む。


 それらのことを確認しながら、俺は端的に解を示した。


「或いは、こんな風な手段だ」


 そう言って────俺は両手に持った黒板消しを目の前でパン、と打ち合わせた。

 音こそ小さいが、それでもしっかりと打ち合わせる。


 当然ながらその瞬間、二つの黒板消しの接着面を起点として、元々付着していたチョークの粉がブワッと舞い散った。

 風の影響なのか、それは俺にはほとんどかからずにベランダから見える外に向かって飛んでいく。

 それを良いことに、俺はしばらくその動作を続けた。


 パンパンパンパンパンパン────。


 二十回近く打ち合わせただろうか。

 ほとんどの粉が飛び散ったことを確認してから、俺は教室の中に留まる鏡を見つめる。

 そして、やっと推理の続きを述べた。


「ほら、これならクリーナーは要らないだろう?外でパンパンやるだけで、結構綺麗になるんだから」


 そう言って、俺は綺麗になった二つの黒板消しを鏡に見せつけた。

 恐らく彼女には、綺麗になった黒板消しの面が見えているのだろう。


 無論、代償として。

 俺の周囲に飛び散ってしまったチョークの粉も、はっきり見えているはずだった。

 手すりやユリノキの葉も例外無く、白い粉で汚れている様子が。

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