才能を売る時
「なんだ、いやにあっさり諦めたな」
「仕方ないだろ。芸能界のことを知ろうとし始めて、まだ三ヶ月ちょっとだぞ……」
夏休みになるまではグラジオラスとの付き合いも浅かったので、ちゃんと関わった期間はその程度になる。
実質三ヶ月分だけの知識で推理すると、今のが限界だったのだ。
自己弁護になるが、違和感を抱いただけでも鋭い方だと思う。
──実際、全く見当違いの違和感って訳でも無いだろうしな。没にした仮説も、多分駄目なりに良い線いってたはずだ。そうじゃないと、とっくの昔に姉さんに追い出されてるだろうし……。
何か面白いものでも見ているかのように微笑む姉さんを観察しながら、内心でそんな打算をする。
この人は基本的に、時間を無駄に使うことを嫌う。
仮に俺の話したことが「聞くだけ時間の無駄」というレベルだったなら、こんなに長々と聞いてはくれなかったはずだ。
逆に言えば、今の俺の話は姉さんから見ても聞き遂げるに値する話────解答するだけの価値がある話ということになる。
故に、俺は率直に尋ねた。
「とにかく、答えがあるのなら教えてくれ……あれだけの本物の才能たちを、姉さんたちはどうするつもりなんだ?」
問いかけた瞬間、ほんの僅かな間だけ、姉さんから表情が消えた。
一切の喜怒哀楽に属さない、陶器を思わせる真顔。
人というよりも機械に近い表情を見せてから、姉さんは実に淡々と答える。
「……何だ、ほぼ答えが出ているじゃないか。そこまで分かっているのなら、殆ど正解と言っても良いんだが」
「……どういうことだ?」
「そのまんまの意味だ。お前の言う通り、グラジオラスメンバーに本物の才能があるからだ。私たちがこんなプロデュースをしている理由なんて、それしかない」
再び、僅かな間。
続いて、姉さんは無感動な顔をやめて苦笑を浮かべる。
そのまま、小さな悔しさと共にこう続けた。
「本物の才能を持つアイドルって言うのは……悲しいくらいに売れないからな。どうしたって、工夫が要るんだ」
丁度この瞬間、姉さんの手前に置いてあるパソコンが、画面をブン、と暗くした。
長らく触っていなかったせいで、スリープモードに入ったらしい。
光源が一つ消えて、心なしか執務室内が薄暗くなる。
同時に姉さんは、声をほんの少しだけ、寂しげで低いものにした。
これからの話に相応しい口調に、自ら寄せるように。
「最初に、お前の考えの中で合っている部分を確認しておこう。ボヌールがグラジオラスを売り出す際、話題になり過ぎないように気を付けているというのは事実だ。簡単に言えば、私たちは仕事内容を厳選している。あまり売れ過ぎず、しかし悪評も出ないレベルになるようにな」
ゆらりと腕を伸ばした姉さんは、両肘を机の上に立て、掌は左右で絡めて口元に構える。
そんな、悪の秘密結社のボスみたいなポージングで、「グラジオラスプロジェクト」は解き明かされていった。
「次に、グラジオラスメンバーの実力が高いこと……新人アイドルとして考えれば、過剰な程の実力を持っているのも事実だ。例えば茜は今すぐにでもダンサーになれるし、菜月だって歌手に転向出来る」
「元々プロだった、酒井さんと帯刀さんの二人は言わずもがな……鏡はどうだ?」
「勿論、奏も例外じゃない。彼女は自己評価こそアレだが、実のところかなり上手いぞ?オーディション前はほぼ素人だったのに、この一年でかなり実力を伸ばした。グラジオラスの中に居るから目立ちにくいってだけで……突出した苦手分野も無いから、どんな場面でも任せやすいしな」
なるほど、と納得感の強い講評に頷く。
鏡自身は突出した得意分野が無いことを嘆いていた節があったが、姉さんから見れば評価は逆になるらしい。
グラジオラスメンバーの隣に並び、どのジャンルでもそこそこやれると言うのは、やはり誰にも出来ることではないのだ。
──本人はあれだけ気にしてたのに……何だ、あるじゃないか、強み。コミュ力でも人脈作りでもない、アイドルとしての誇るべき点が。
話の主題からは逸れるが、俺は思わず微笑んでしまう。
アイドルにはマルチな才能が必要、というのは鏡自身が何度も言っていたことだが、なるほど至言である。
どのジャンルでもそこそこついていけている彼女は、確かにそれを体現していた。
「詰まるところ……グラジオラスの五人は、それぞれ方向性はやや違うが、間違いなく本物の才能を持ってるってことか。E&PのRUNは、チート級とか言ったけど」
「不正の類はしていないが……まあ、余所から見ればそう思えるかもな。アイドルとしてデビューさせた私が言うのも何だが、新人アイドルとして紹介されるような才能じゃない。順当に実力を伸ばしていけば、将来は日本を代表するダンサーや歌手になることだって考えられる」
「そんなにか……」
当たり前のことのように告げられた評価を前に、俺は瞠目する。
自ら推理していたこととは言え、それでも姉さんからこの点を肯定されたのはやはり衝撃があった。
前々から言っているように、姉さんはお世辞やおためごかしを言わない人だ。
この人が話す他者評価は、全て一切の虚飾が無い客観的真実。
そんな姉さんにすら、ここまで言わせる存在────グラジオラスとは、そういうユニットなのだ。
「俺、そこまで凄い存在と気安く付き合ってたんだな……何か、不思議な感じだ」
率直に、俺は思ったことを告げる。
例えるなら、日用品として使っていた皿が、実は何億もする美術品だと告げられたかのような。
その価値云々より、まず自分がその皿を粗雑に扱ってきたことの方に意識が向いてしまう。
「お前は元々アイドルに詳しくないから、彼女らの才能の凄さが把握出来なかったのは仕方が無いがな……かなり私の偏見が入るが、新人アイドルなんていうのは、普通もうちょっと仕上がってないものだ。下手すると、パフォーマンスで言えば上手いアマチュアにも負けることがある」
「そこはちょっと聞いた」
これもまた、「DD」の最中に聞いた知識だ。
あの大会は上手いアマチュアとデビューして時期の浅いプロが参加するようになっていて、なおかつプロが負けることもあるのだ、と。
鏡の話からすると、珍しい出来事でもないことのような言い方だった。
「そう考えると、よくもまあ五人もそんな才能の持ち主を集めたな、姉さん……鏡はオーディションだったけど、他は確か姉さんのスカウトだろ?」
「確かに、そこは私も苦労したところだな。毎日毎日、ストリートダンサーの大会から、近所の中学校の合唱コンクールまで見に行って……」
苦労を懐かしむように、姉さんが遠い目をする。
文脈からして、「ストリートダンサーの大会」で天沢のスカウトを、「合唱コンクール」で菜月のスカウトをしたのだろうか。
本人の言う通り、苦労している。
「だが、どれだけ苦しくても諦める気は無かったからな。『パフォーマンスで魅せられる実力派ユニット』をデビューさせるには、そのくらいの代償は必要だと思っていた」
「実力派ユニット、か」
この辺りは、鏡から前に聞いた話と相違ないらしい。
グラジオラスの売りは、ダンスや歌と言ったパフォーマンスでの高い実力。
そういう面をアピールしていくことで売り出す方針、と言うのは嘘ではないと見て良さそうだった。
だが、そうなると。
再び、先程の言葉が気になってくる。
あれは一体、どういう意図の言葉なのか。
「……さっき、本物の才能は売れないって言ってたな、姉さん?」
「ああ、言った」
「あれ、どういう意味だ?普通に考えたら、変な文章に聞こえるけど」
何だかんだ言いつつも、アイドルにはやはり才能が大事になる。
残酷な話ではあるが、このことは今まで何度も聞いてきた真理だ。
決して、努力などの後天的な要素を軽んじる訳では無い。
だがそれでも、現実的に考えれば、才能の影響は無視出来ない。
努力だけで誰でもアイドルになれると言うのなら、芸能事務所も大規模オーディションも、この世に必要無いだろう。
そしてこの理屈で言えば、才能ある物たちは当然、アイドルに向いているし売れやすいということにもなる。
少なくとも、才能が無い者よりは有利だろう。
それがどうして、才能がある者は売れないという話になるのか────?
真剣に疑問を感じて、俺は姉さんに真っすぐ問いかける。
すると、姉さんは何故か、懐かしそうな顔を浮かべた。
「……本物の才能があれば売れる、か。実にお前らしい理屈だ。合理的で、正論で、理屈として筋が通っている。昔の私も、そんな風に考えていた」
「今は、そう考えていないのか?」
「そう考えていないというより、もっと解像度の高い理解をしたんだ。この世の実態をな」
「実態?」
「傾向、と言っても良い。簡単に言えば……」
──大衆には、審美眼なんてものは無いってことを理解したんだ。
さらり、と。
さも、日常会話の一ページであるかのような軽い言い方で。
彼女は世間というものを断罪した。
姉さんの言い方があんまりにも軽妙だったものだから、俺はつい言葉を咀嚼せず、次の言葉を待ってしまう。
これはあくまで要約で、もう少し詳しい話が来ると思ったのだ。
だが、どれだけ待っても続きの言葉は来なかった。
これで説明にはなっているのだ、と告げるように。
それ以上の説明を、拒んでいるかのように。
だから、仕方なく。
俺は、姉さんの言葉を繰り返すことで疑問に代える。
「……審美眼が無い?」
どういうことだ、何の話だ。
そんな目線で見返してみると、流石に意図は伝わったらしく、説明が追加される。
「簡単な話だ。一般人って奴は、アイドルの凄さを見極める目なんて持ってない。大抵の人間は、パフォーマンスの凄さや歌の上手さなんて、大して理解していない。故に、どれだけ凄いパフォーマンスをしようが、それだけでは一生話題にならない。これが私の……というより、ボヌールのプロデュースにおける基礎になる物だ」
「……はあ」
「理解してるか?」
「いや、あんまり……」
長々で語って貰って悪いが、何だか、話がとんでもない方向に転がっているような気がする。
俺がよく知る、しかし一切知らない世界の理屈を説明されているような。
流石に情報を処理しきれず、俺はあたふたとしてしまう。
幸いこちらの混乱の具合は分かったのか、姉さんは一度口を閉じる。
そして、時系列に沿った話に切り替えてくれた。
全ての始まり、グラジオラスのデビュー前の状況へ。
「……そもそも、この話の端緒はそれなりに昔の頃まで遡る」
何かを思い出すように浅く瞳を閉じながら、姉さんはゆっくりと話をする。
口振りだけで、長くなりそうなことは察せられた。
自然、俺は適宜質問を入れながら聞き遂げるスタンスに移る。
「昔って、どれくらい?」
「まあ、十年近く前からだな。ボヌールにとって、この情報化社会においてどんなアイドルを売り出していくかと言うのは、長年の命題だったんだ」
私が入社した時には、もう話題になっていたな。
当時を思い出すように、姉さんはそんな言葉をくっつけた。
「お前も、何となく分かっていると思うが……今の世の中、アイドルが売れるには、何といっても話題性が重要だ。SNSでどうバズるか、楽曲がどんな風に受け止められるか。そういう世の中の流行や流れを掴まないと、どうしたって人気を得るのは難しい。逆に、一度話題になりさえすれば、それは大きなチャンスに繋がり得る……ここまでは良いか?」
「まあ、うん……よく聞く話だ」
「そう、よく聞く話だ。一般人でも分かる理屈と言っても良い」
コン、と姉さんは指で机を叩いた。
そのまま、「だからなんだろうな」と呟く。
「この傾向を受けて、一時期はどの芸能事務所でも、話題性重視のプロデュースをするようになった。アイドルに強烈なキャラを演じさせたり、奇抜な営業をかけたり……歌やダンスなどの実力というよりも、世間の注目を引ける個性や特徴があるか。これが重視されやすくなった訳だ。これも良いか?」
「まあ、何となくは……要するに、過激なキャラ付けとかで、話題作りに特化するアイドルが結構多くなったってことだろう?」
なまじ実例を見ているために、その辺りの理解は早い。
YAMIがあの性格で女王様を演じているのも、RUNが本音を隠しつつも清楚に振る舞っているのも、全てはそのためなのだから。
娯楽もエンタメも豊富に存在し、数多の情報が流れていくこの時代、あれくらいやってもまだまだ足りないくらいなのだろう。
故に、ここまではしばしば言われている話でしかない。
姉さんもそれは分かっていたのか、唐突に、自ら振った話題を転調させた。
「ただ……実を言うとな、話題性に特化したアイドルって言うのは、長い目で見ると中々厳しいものがある。当たり前と言えば当たり前だが、飽きられたら終わりだからな。大して実力も無いアイドルに、強烈なキャラを演じさせて話題を作っても……」
「……そのキャラにファンが慣れて、飽きてしまったらもう売れないってことか?」
「その通り。加えてファンに飽きられた個性派アイドルというのは、中々悲惨な状態になりやすい。なまじ一度は話題になっているから、今更キャラを変えるのもアレだしな。かと言って飽きられたキャラを続けても……ファンは、また別の話題になっているアイドルに推し変することが多いだろう。それこそバレットのように、黒歴史扱いにして笑いをとることもあるが……余程上手いことをやらないと、長く売れるのは難しい」
「エグイこと言うな……」
「だが、事実だ。それにこれは、私の個人的な意見という訳でもない。アイドル業界全体で、前からよく言われてた話なんだよ。強烈なキャラでデビューさせたところで、長い目で見ると、稼げるアイドルになる割合は意外と低いんじゃないか、と」
「ふーん……」
キャラ作りに拘るアイドルたちを馬鹿にしているような言い方が引っ掛かるが、言わんとすることは分からないでもない。
個性的なキャラを好きにバズらせる世間はともかく、プロデュース側はまた考えることが違うのだろう。
ボヌールのような芸能事務所からすれば、アイドルたちにはガンガン働いてもらい、その稼ぎを事務所に還元してもらわないといけない。
その分、こういった「自社からデビューさせたアイドルが、果たして長期間に渡って活躍してくれているか?どのぐらいの割合で成功するか?」と言うのは気になる点なのだろう。
勿論、アイドルというのはある程度、活動期間が限られることが多い職種である。
それでも、長く活躍出来るならそれに越したことはない。
芸能界でも、生存率は大事なのだ。
──口振りからすると、その手のアイドルは生存率が悪いってことが問題視されたんだろうな。良くも悪くも、最初の時期しか盛り上がらないことが多いから……。
これまでの話から推測するに、この生存率の悪さが実力派ユニットのデビュー話へと繋がったらしい。
事実、姉さんは俺の推察を裏付けるような話をした。
「そういう事情で、もっと飽きられない、長く応援してくれるファンが付いてくれそうなアイドルを作ろうって話が出たんだ。今までの流行に反してでも、長く活躍するアイドルを作ってみようと……」
「それで、本物の才能を持つ人たちのスカウトに?」
「そういうことだ。とってつけたようなキャラは、所詮いつかは古びてしまう。だがダンスや歌の実力は、どれだけ時間が経っても古くなることは無い。寧ろ、経験を積んで上手くなっていく……こういった、もっと長く活躍してくれる存在を求めた訳だ。パフォーマンスでファンを魅了することを目指して、アイドルの原点に立ち返ろうとした、と言っても良い」
だが、これにも問題があってな。
呟くように言いながら、姉さんは自分の目元をトントン、と叩いた。




