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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage17:掌中の死角

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明確で分かりにくい時

 しかしここで気にしなくてはならないのは、審査員の労力ではなく、天沢やRUNの話。

 何の偶然か、彼女たち二人は二回戦に置いて、同じグループに割り振られていた。

 それが発表された瞬間、俺は隣の鏡に質問をする。


「……なあ」

「何?」

「あの二人、二回戦で同じグループになっただろ?当然、直接競い合う訳だが……鏡から見て、どうだ?」

「どうって、何が?」

「こう……現実的な目線から見て、二人のダンスの実力はどのくらいか、とか」


 二回戦の準備のために番組の進行が一時停止した隙を見計らって、そんなことを聞いた。

 動機はどうあれ、彼女は芸能界での交友関係が広く、同時に才能という物への理解度が高い。

 彼女から見て、RUNが勝ち上がる可能性はどのくらいか聞きたかったのだ。


「んー……私、茜の方は多分、二回戦は余裕で突破すると思ってる感じなんだけど」

「さっきもそんな感じのことを言ってたな」

「うん、でもRUNちゃんは……うん」


 珍しく、鏡は語尾を濁した。

 そしてそれこそが、答えになっていた。


 ──RUNはそんなにダンスが上手くないから、グループ内で二位以内に入れずに脱落する可能性が高いってことか。まあ実際、俺の目から見ても上手くないように見えているレベルだしな……。


 鏡はその性格上、天沢の才能を過剰に評価している節はある。

 だがそれを加味しても、この分析が間違い──天沢を褒め過ぎて、RUNを過少評価している──とは言えないだろう。

 RUNと親交のある鏡の目から見ても、「ワンチャンあるかも」という言葉が出てこないくらいの実力差がある訳だ。


「正直、一回戦もちょっと危なかったしね、RUNちゃん……」

「三位通過だったな」

「うん。まあYAMIちゃんと同じで、そこまでダンスに全力でって感じのユニットでも無いから仕方ないんだけど……本人もこう、駄目で元々って態度だったし」


 そう言えば、並んでいる時にそう口にしていた。

 事務所からとりあえずやってみろ、と言われたのだったか。

 ひょっとすると、彼女たちが所属するバレットも勝つことはあまり期待していないのか。


 ──でもそうなると、どうして彼女をエントリーさせたんだろうな、バレット。いくら負けても応援されるキャラ付けとは言え、わざわざ負けそうな舞台を整えなくても……。


 ふと、そんなことを疑問に思う。

 だが直後、鏡が「あー、これは後々ちょっと気まずくなる感じのやつー……」と言って頭をガシガシと掻き始めたため、その疑問は棚上げされた。


「今までは、ウチとジャンルが被ってないからこそ、RUNちゃんとはそこそこ仲良くやれてたんだけどなー……こうやって直接対決みたいなイベントがあると、明日からは厳しいかも。せめて別グループなら何とかなったんだけど、同じ組だと……」

「……厳しいって言うのは?」

「単純に、互いに気まずくなって話し辛くなるってこと!よくある話だよ?実力差を理由に仲違いしちゃうアイドルとか、大会で負かされたのをずっと根に持つアイドルとか……私、そういうのを気にしつつも他所の人と仲良くやって来たんだけど」


 こう言うのがあると厳しくなるなあ、と鏡はため息。

 それを横目で見ながら、俺は交友関係が広いと言うのも大変なんだな、と改めて感じていた。


 ──そう考えると、他事務所のアイドルとも仲良くやっていた鏡のコミュ力って凄まじいものがあるな……こういう出来事を挟みながら、商売敵との関係性を維持していたってことだし。


 芸能界で生きる以上、アイドルにとって他の芸能人は全員、潜在的な敵と言って良い。

 その敵たちに広く顔を売り、同時に大きな問題もなくやってこれたと言うのは、それだけで偉業と言って良いのではないだろうか。

 いや、何なら────。


「……そう言うのが出来るコミュ力は、もう鏡の才能なんじゃないかって気もするけどな。ダンスとか、歌とかと同レベルの」


 ポツリと、俺は思いつくままに言葉を出す。

 この言葉が、鏡の中でいくらかは影響を及ぼせないかと期待して。

 だが鏡はさらりと、しかし正確に俺の言葉を切って捨てた。


「まあ確かに、才能と言えるかもしれないけど……アイドルの才能じゃないし、それ。どっちかって言うと、アイドルのマネージャーとかプロデューサーの才能じゃない?波風立たないような人脈づくりなんて」

「そうか?」

「私にとってはそうなの……今までやって来たことも、そう」


 それだけ言って、鏡はこれ以上の話を拒否するように顔をそむけた。

 こういうところ、彼女は強情である。

 頑なに、自分の才能を認めようとしない。


 ──こうしてみると、かなり意固地で頑固な部分がある子なんだな……鏡奏って子は。決して、分かりやすい子なんかじゃなかった。


 会話を通して、また、鏡の新しい側面に気が付いた。

 面倒な子だと思っても良い場面なのかもしれないが、彼女の努力を知っている身として、そんな感想は出なかった。

 ただただ、気づいてやれなかった自分にやるせなくなるだけで。


 ……しかしこの三連休、とにかく人の本質に触れている気がする。

 YAMIしかり、酒井さんしかり、鏡しかりだ。


 今まで見えていなかった部分が、糸がほどけるように見えていく。

 問題は、本質が分かったところで、そこから救いあげる手段がさっぱり思いつかないという点なのだが。


「……まあ何にせよ、同じメンバーなんだし、二回戦は茜を応援しよっか。RUNちゃんには悪いけど、まさかこんな公の場で他事務所を応援する様を見られる訳にはいかないし」


 話題を切り替えるように、鏡はさばさばした表情でそんな提案をする。

 それに俺が頷こうとしたところで、また会場のスピーカーから音が響いた。


『皆さん、五つのグループごとに並びましたね?それでは、くじ引きで踊る順番を決めて行きましょう!果たしてこの順番決めが結果にどう響くか……緊張の瞬間です』


 ──ん、ああ……順番決めのくじ引き、舞台上でやるのか。


 ステージの上でわたわたと動く司会やスタッフを見ながら、改めて舞台に集中した俺は意外の念を抱く。

 先程の一回戦では、いつの間にか踊る順番が決まっていたので、てっきり今回もそうなのかもと思っていたのだが。

 どうも二回戦では、踊る順番まで観客の前で決めるらしい。


 ──まあ、一回戦は百人くらいの出場者が居たから、一人ずつくじ引きすると尺が長すぎるか。三十人くらいなら一人ずつやってもそこまで長くならないし、撮れ高にもなる。


 これが配信される番組である以上、出場者たちが一喜一憂する様と言うのは十分にニーズがある映像だろう。

 ひょっとすると、ただ踊っているだけとも言える審査中の映像よりも求められているのかもしれない。

 そうやって黙々と番組の意図を察している内に、司会は何やら紙の箱らしき物を持ち出し始めた。


『えー、この箱の中には、一番から百番までの数字が書かれた紙が入っています。これから皆さんには、この紙を一人ずつ引いていってもらいますね。そして、グループ内で選び取った数字の小さい人から踊る……分かりますか?』

『うーんと、例えば最初の組の六人がくじを引いて……七十、九十、二十、十、五十、三十と出たとします。そうすれば、十番のくじを引いた人から踊って、九十番のくじを引いた人がトリになるんですね?』

『その通りです!因みに入っているくじは一枚ずつで、ダブりはありません。つまり、一番のくじを引いた人は、他の人が何を取ろうが最初に踊るのが確定!逆に百番を引いた人は、それ以上の数字がありませんから、トリで確定です』


 出場者の一人とテンポよく話しながら、司会はルールを解説していく。

 それを聞きながら、俺は地味に盛り上がりそうなくじ引きだな、と感じていた。


 一グループの人数は五、六名で決まっているだから、順番を決めるだけなら百枚ものくじは必要ない。

 一番から六番までのくじを用意して、そのまま引かせればいいだけだ。

 これが番組ではなく、普通のくじ引きをする場面なら、きっとそうやっていたことだろう。


 ただこの場合、最後の一人は自分が引かずとも順番が分かるので、最後の方まで盛り上がらないという問題がある。

 例えば先に引いた五人が「二、三、四、五、六」と引いていたら、最後の一人は確実に「一」だろう、と消去法で察しがついてしまうのだ。

 それは少々、映像としては尻すぼみになる。


 ついでに言えば、大量の紙片を詰めた箱の中に手を突っ込んで出場者たちが真剣にくじ引きする方が、映像的にも派手さがあるのだろう。

 六枚の紙を適当に出場者が摘まんでいくだけでは、流石に地味と言うか。


 ──百番まである分、最後の一人が引くまで順番が決まらないっている面白さもあるしな。二十二、三十三、四十、五十七と来た後に一番を引く人が現れる、なんてことも有り得るんだし。


 消去法で最後の人の順番が分かってしまう普通のくじ引きと違って、最後の一人がくじを引くことにちゃんと意味があるのだ。

 寧ろ、最後の一人の引いた番号によってガラッと順番がスライドすることも有り得るため、最後になる程盛り上がると言って良い。

 わざわざくじ引きの場面まで客の前でやるだけあって、やり方を多少凝ったのか。


「……このシステム、前からそうなのか?」

「ん?ええっと、そうだったと思うけど。少なくとも、私が前に来た時から二回戦はこんな感じだったかな。使ってる箱やくじも同じ」


 なるほど、と以前から「DD」を知る鏡の言葉に頷く。

 前々からこのシステムで順番を決めている──なおかつ、そのくじの様子を映像の収めている──ということは、このやり方が盛り上がると制作側に判断されているということでもある。

 事実、ステージ上では予想通りの光景が広がっていた。


『さあさあ、十八、五十二、七十三と来ました……次の方、どうでしょう!』

『えいっ……な、七、です……』

『おおー!そうなると貴女がトップバッターになる可能性がぐっと高まりました……さて、次は……』


 出場者がくじを引くたびに、雰囲気に乗せられたのか、一般審査員や俺たちのような立ち見の観客もオオーっとどよめく。

 ダンスそのものによる盛り上がりとはまた違うどよめきだが、まあ勝負前のイベントとしてはこれで良いのだろう。

 くじ引きの様子をステージ上でやるのは、撮れ高以上にこうやって場を温めるため、という側面も大きいのかもしれない。


 そんな分析をしている内に、天沢やRUNがくじを引く順番がやってくる。

 先述したように出場者は全部で五つのグループに分けられているが、彼女たちはその五番目に当たる最終組に属しているため、くじを引くのは最後だった。


 ──くじの結果はランダムだから、先に引こうが後に引こうが差は無いが……大分待たされたな、二人とも。


 RUNはともかく、天沢は気が気じゃなかったかもな、と俺はこっそり同情する。

 オーバートレーニングの一件から分かるように、彼女は決してストレスに強い性格という訳でもない。

 どれほど実力があろうと、なかなかくじの順番が回ってこなかった今の状況は、内心かなり堪えたのではないだろうか。


『さぁーっ、いよいよ最後のグループです。こちらのくじが終わり次第、二回戦開始となります……では、最初の方、どうぞ!』


 最後のグループということもあってか、司会の進行はかなり早い。

 壇上の出場者たちはかなり固くなっていたが──緊張のせいか、どの人も掌をグッと握り締めていた──お構いなしにくじを進めていく。


 司会の号令に合わせるように、前のグループで最後にくじを引いた人が、くじの箱をぽいっと天沢たちにパス。

 すかさずRUNがタタタッと壇上に駆けて行って、その箱をガシッと掴んだ。


 さては最初にくじを引くのかとも思ったのだが、RUNにその気は無かったらしく、彼女は流れるように箱を別の出場者に差し出す。

 どうも、自分以外の出場者が全て引き終わるまで箱の持ち手をやって、自分は最後に引く気らしい。


 結果としてポンポンポン、と四人の出場者──天沢とRUN以外の最終組の出場者──がくじを引いて行き、二番、五十八番、九十三番、七十一番、十九番と揃った、

 これにより、くじを引いていないのは天沢と箱の持ち手であるRUNだけとなる。


 天沢はやはり緊張が強いのか、素早く動くことが出来ず、この段階までくじの箱に手を伸ばしていなかったのだ。

 だが流石に最後の二人となると逃げようもなく、RUNは「どうぞ」と言いながら天沢にくじの箱を差し出す。

 自然、RUNと天沢の二人の姿が会場に設置されたモニターにデカデカと移った。


 ──顔、強張ってるな……。


 観戦しながら苦笑する俺に見つめられる中、彼女は意外と迷わずにさらりとくじを引く。

 箱の中でガサゴソやるようなこともなく、秒で紙片を選んでいた。

 天沢がくじを引くときの癖なのだろうか。


『さあ、何番が出ましたか、天沢茜さん!』

『えっと……イチ、ゼロ、ゼロ……あ、百番です』

『おおっと、ここで百番が出ました!こうなると最終組のトリ、すなわち二回戦の最終ダンサーは天沢茜さんということに……はてさて、この運命はどう転ぶのか!?』


 ──おー、天沢がラストか。これはまた、分かりやすい番号を引いたな。


 最初に説明されていた通り、一番から百番までのくじが一枚ずつ入っているのだから、百番以上の番号が選出されることは有り得ない。

 最後にくじを引くRUNの結果を待たず、トリは天沢で確定である。

 司会の言う通り、これが天沢の評価にどう影響するのかは分からないが、集中しやすい番号にはなった。


『ではでは、大変お待たせしました!RUNさん、ここでサクッとくじを引いてください!』

『は、はい、頑張ります!』

『アハハ、くじを引くのは頑張らなくても出来るじゃないですかー!では、どうぞ!』


 そうこうしている内に、RUNが司会の誘導に沿ってくじに手を伸ばす。

 司会に「サクッと」などと言われたせいか、彼女も天沢と同様に素早くくじを引いた。

 恐らくだが、箱の中に積み重なっている紙片の上の方を摘まんだのではないだろうか。


 遠目でも分かる程に震える手でくじを引き抜いた彼女は、恐る恐る中の数字を確認する。

 そして、すぐに────ピシリ、と固まった。


『おやおや?どんな番号だったんです、RUNさん?』


 RUNの異常を素早く察した司会が、やや急かすように声をかける。

 だが彼女はそれにも答えず、ただ黙ったまま、自ら掴んだ紙を客席に向けるにとどまった。


 迅速にカメラがその映像を抜き、これまたモニターに映し出される。

 途端、一般審査員や見学客たちがざわり、と揺れた。


 当然だろう。

 彼女が提示した紙の真ん中には、堂々と────「100」の数字があったのだから。

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