遊びに誘う時
「ミスって、何の?」
話の方向が見えなかったのか、鏡がきょとんとした顔で質問を挟む。
それを聞いて、俺はそう言えば説明してなかったか、と思い一旦口を閉じた。
撮影スタッフや雑魚専門店の店員からちょくちょく説明されていた豆知識なのだが、聞いたタイミングがバラバラなので、鏡の中では繋がっていないのだろう。
それ以前に酒井さんに至ってはその会話を聞いてすらいないので、思いつく以前の問題でもあった。
結果、振り返りも兼ねて俺は問い直すことにする。
「鏡、君がフグを釣った時のことを思い出せ。確か、スタッフがこんなことを言ってたよな?『フグは歯が鋭いから、偶にこうやって逃げ出す』って」
「あー……うん、言ってたね」
少し間を空けつつも、鏡はその会話を思い出すように宙を見上げた。
隣では、酒井さんがそうなんだ、とでも言いたげな顔をしている。
「そしてもう一つ、雑魚専門店の店員はこんなことを言っていた。『毒や棘みたいな危険な部分がある魚を養殖する時は、それを処理しないといけないので大変だ』って」
「んー、言ってたっけ……?」
「飼育する側の手間、そして買い手の安全性のために、養殖魚は体にある危険な部位を最初から排除することがある。棘を稚魚の内に折っておくとか、体内に毒が蓄えられないように餌を工夫するとか……対策可能な点については、そういう処理が行われるそうだ。俺もさっき調べたばかりだがな」
雑魚などがスーパーに並びにくく、養殖などもされにくい理由の一つとして提示されていたものだ。
逆に言えば、養殖魚とはそういう手間も込みで育てられた魚たち、ということになる。
だから、フグを養殖する場合は────。
「……分かった。つまりフグの養殖魚は、その危険な牙を折っておくのね?飼育する人に噛みついたり、別の魚を傷つけたりしたら大変だから。つまり、天然物のフグには当然歯があるけど、養殖魚はその先端を折られている……?」
俺の誘導に乗る形で、酒井さんがポン、と手を打つ。
無論正解だったので、俺は「その通りです」と言いながら頷いた。
因みにもう一つ、養殖フグには無毒化されているという特徴もあるのだが、こちらは今回関係ない。
もっと、見た目に影響する特徴が重要なのだ。
「さっき調べたんですけど、大抵の養殖フグは歯をペンチとかで折るそうですよ、酒井さん。だから、歯を見ればそのフグが天然物か養殖魚かは分かる、とのことでした」
このことを踏まえると、スタッフが犯したミスと言うのも分かってくる。
分かりやすく、しかしこの知識を得ていないとやってしまいそうなミスだ。
「ええっとつまり、スタッフは裏で予備のフグを買ってて……だけど雑魚専門店では買えなかったから、もっと別の店で買った訳で……そこで買ったのが、養殖物だったってこと?」
「ああ、そうだと思う。これなら、あの怒り方も説明がつく」
鏡がつっかえつっかえ話をまとめるのに合わせて、俺は頷き返す。
推測に推測を重ねているので、証拠なんてものは特にない。
しかし、アジがOKでフグは駄目な理由となると、これしか思いつかなかった。
「多分、養殖魚に詳しくないスタッフがささっと近くの店で買ってきたんだ。それで、他のスタッフには『雑魚専門店で買えなかったフグも用意したから、これで大丈夫です』と報告した」
忙しいスタッフもまた、その報告を信じた。
しかし、これが実際には大問題だった訳である。
「だけどいざ撮影が開始してみると、フグは釣れたものの逃がしてしまった。慌てて予備の魚の中のフグを確認したけれど……」
「そのフグは養殖魚だったのね。歯が折れていて、少し詳しい人が見れば一瞬で天然物じゃないと分かるような状態にあった」
「なるほどー……まあ一応、天然物でも自然と歯が折れた可能性があるけど、それでも養殖物のフグを釣り雑誌の表紙に使うわけにはいかなかったって感じ?ああいう雑誌って、割と魚をアップで映すし」
「そうね。歯なんていう目立つ特徴が写真に映ってしまえば、すぐにやらせがバレてしまうわ。普通に考えれば、養殖魚が海で釣れるはずがないもの」
だからあんなに怒っていたのね、と酒井さんは嘆息する。
芸能人として、あの時怒っていたスタッフ──多分、魚を購入したスタッフの上司とかだろう──の気持ちが少し分かったのか。
実際、これはやらせを実行する側としては冗談にならないミスである。
釣りの撮影は普通、魚の顔を結構大きく映す。
まさか、魚の尻尾だけ写すような写真を撮るはずも無い。
つまり、その養殖魚のフグを逃がしたフグの代わりに鏡に渡せば、鏡とフグの顔が真正面から記録される訳で。
アングルにもよるが、養殖の象徴たる折れた歯が見えてしまう可能性は結構高い。
海の真横で、釣り竿を背負ったモデルが養殖魚をさも釣った風に抱えるという、誰がどう見たって「やらせ」としか言いようのない写真が完成するのだ。
「これに土壇場に気が付いたことで、スタッフが予備の魚の購入係を説教。だけどやらせのことをその場で大声で言うことは出来ないので、それ以降は口をつぐんだ。結果、撮影は雰囲気が悪いまま終了。さりとて、何も知らせていなかったモデルに今更やらせのことを告げることも出来ないので、無言のままスタッフは去って言った……まあ、概ねこんなところだったんじゃないでしょうか」
最後に俺が話を絞めると、酒井さんと鏡が軽く拍手をしてくれる。
二人して、納得してくれたのか。
だが、鏡の表情にそれ以外の色が差し込んでいることを、俺は見逃さなかった。
「お待たせしてすみません、居場所が分からなかったんですが、電話するほどのことでもないと思って……」
そんなことを言いながら碓水さんが追いかけてきたのは、俺が推理を述べ終わってすぐのことだった。
俺たちが移動した場所について知らせていなかったので、近くを探し回っていたらしい。
申し訳ないことをしたとすぐに三人で謝ったのが、推理後の初行動である。
「すみません、ちょっとこっちで話をしてて……」
「いえいえ。ええと、もう帰宅でよろしいですか?こちらにやり残したこととかは?」
「あ、大丈夫です。釣り道具の類は雑誌の人が持って帰りましたから、もう全員で車に乗れば……」
そうよね、と酒井さんは俺と鏡の方を振り返って確認する。
当初の予定通り、ここで全員で帰るつもりのようだ。
鏡もそれで異存が無かったらしく、すぐに頷く。
だが────。
「……すみません、俺、鏡と一緒に帰っても良いですかね」
面倒な頼みごとをしていると思いながらも、俺はそこで口を挟んだ。
途端、三人が驚愕の目線で俺を見抜く。
しかしそれに負けず、俺は酒井さんに小さく目配せをした。
……それから、小一時間後。
「……でも、意外だったなー」
「何が?」
「何もかも」
ぼんやりとした会話を繰り広げながら、俺と鏡は要望通りに二人で行動していた。
碓水さんと酒井さんの二人には車で帰ってもらい、自分たちは独自に帰ることにしたのである。
ただし、時間的にお昼が近づいていたこともあって、真っすぐ帰宅はしていない。
釣り場の最寄り駅まで歩いたところで、空腹を満たすべく、偶然見つけた回転寿司のチェーン店に二人で入店した。
鏡が意外だったと口にしたのは、そのテーブルに腰を下ろしてからのことである。
「松原君が突然誘ってきたのも意外だったしー……それ以前に、桜さんがそれをあっさり認めたのも、めっちゃ意外だった」
「普段は、そういうのに厳しいらしいからな」
「そうそう。行きの時も言ったけど、現場には絶対に遅刻するなとか、安易に男遊びをするなとか、凄く厳しいのに……」
松原君相手とは言え、何であっさり認めたんだろ。
そう呟きながら、鏡はテーブルに設置された蛇口でドドド、とお茶を入れる。
彼女の不思議そうな顔を見ながら、俺は苦笑いを浮かべた。
酒井さんがあの提案をあっさりと認めた理由は、実にシンプルだ。
昨夜、俺が彼女から受けた「鏡の様子に気を付けて欲しい」という依頼のせいである。
フグだのアジだの言っている内に宙に浮いてしまっていたが、あの場で俺が目配せをしたことで、酒井さんは昨夜の依頼のことを思い出したのだろう。
だからこそ、碓水さんをとりなしてまで俺と鏡が二人で帰ることを認めた。
俺が唐突にこんなことを言い出すとは、さてはあの依頼関連で何かあるのだろうと思ってくれたのだ。
彼女の察しの良さには、後で感謝しなくてはならないだろう。
「……まあ、酒井さんだって例外を認めることもあるだろう。今回はその例外だったってだけだ」
「ふーん?」
鏡本人には依頼云々を説明する訳にもいかないので、俺はそうやってお茶を濁す。
無論納得はされなかったのか、鏡は更に不思議そうな顔をした。
しかし、今この場に居ない人のことを不思議がっても仕方が無いと思ったのか、すぐに矛先をこちらに変えた。
「じゃあ、松原君の方は理由教えてくれる?何でマネージャーさんを説得してまで、私をここに誘ったのか」
ここに来るまでは何だか聞けなかったし、ここで教えてよ。
そう言いながら、彼女は開店するレーンから寿司の皿を掴んだ。
何とはなしに見てみると、皿に大きく「自然のままの味!天然魚の秋 本物の上手さをここに!」というキャッチコピーが印字されている。
養殖魚では無い、天然物のキャンペーンでもしているのか。
印字の上に乗っかったサーモンをあぐあぐと食べながら、彼女は質問を続ける。
「確かに私、この後は特に予定無かったけどさー……普段は別に、暇だからって誘わないじゃん?」
「まあ、そうだな。それこそ、行きの電車で君に不満を言われたくらいには」
「なのに、突然私をお昼に誘った……その心はイカに?」
芝居がかった口調で、彼女はもう一皿レーンから持ってくる。
予想通りと言うか何というか、その皿の上にはイカが載せられていた。
鏡奏、割とジョークのセンスが無い。
──まあ、ジョークを言えるくらいの元気があるなら御の字か……最初から暗くても、話しづらいし。
はあ、と俺は一つため息。
そして、鏡と同様に淹れたお茶を一口飲んでから、さらりと本題を切り出した。
酒井さんからの依頼をこなす中で発見した、一つの謎について。
「なあ、鏡」
「何?」
「一つ、確認させて欲しい。さっきの撮影、どうして俺の前であんなことをしたんだ?」
「あんなこと?」
「とぼけないでくれ。鏡、あの時────」
────わざと糸を切って、フグを逃がしただろう?
瞬間。
ピタリ、と嘘みたいに鏡の動きが止まる。
いつもは常に騒がしい彼女が、凍り付いたかのように動かなくなった。
その姿を見て、ああやっぱり、と思う。
例によって証拠は何も無かったので、実のところ完全に否定されたら苦しかったのだが。
当然というべきか、彼女には帯刀さん並の演技力は無かったようだ。
「……何言っているか、全然分かんないんだけど。っていうか、え?」
数秒待って、ようやく帰ってきたのはそんな言葉だった。
本人としては冷静に返事をしているつもりなのかもしれないが、悲しいことに語尾が震えている。
その手に持ったイカもまた、着信中のスマートフォンみたいな震え方をしていた。
彼女の様子を見ながら、俺はとりあえず皿をテーブルに置くように促す。
そして、とりあえず食べ物が床に落ちる心配をしなくてよくなってから推理を始めることにした。
「さて────」
「さっきまで話していた、スタッフがフグを逃がした時だけ急に怒り出したっていうあの小さな事件。あれが起きる直前、フグを逃がしたのは鏡だったよな?」
始めに、分かり切っていることから確認する。
鏡には聞かせるまでも無いところだが、念のためだ。
俺がどう疑問に思ったかを教えておかないと、向こうも不気味だろう。
「……そうだけど、それが何?」
「いや、今思い返せば、あれは変だったなと思って……その後に起きたことのせいで有耶無耶になっちゃったけど、あの場でのフグの逃げ方はかなりおかしかった」
そうだろう、と同意を求めて鏡を見やる。
よしんば、向こうから真相を明かしてくれないかとも期待して。
しかし鏡は動かず、仕方なく俺はそのまま語り続けた。
「スタッフの人たちは、こう言ってたな?フグは歯が鋭い。だから、こうやって釣り針から逃げ出してしまうのもよくあることだって言う風に」
「うん、そう言ってた。松原君だって調べてたじゃん」
「ああ、その通りだ。養殖じゃないフグの歯が鋭いのは間違いないし、そのせいで釣りに失敗することがあるのも事実だろう……だけどさ」
あの時の様子を思い出して、俺はフッと笑う。
「いくら何でも、一度地上まで釣り上げた後に……針の根本よりも上にある釣り糸を、釣られたフグが噛みちぎることは無いよ。あの小さなフグが、どうやってそこまで針を飲み込んだんだってことになるし」
あの時。
鏡がフグを逃がしたと言った時、彼女は針が丸ごと無くなった釣り糸をこちらに見せてきた。
明らかに、針と糸の結合部よりも更に上の方の糸が千切れてしまった仕掛けを。
だがよくよく考え見れば、あの状況はおかしいのである。
何せその直前、俺は鏡がフグを釣り上げた瞬間を見ている。
針の真ん中あたりに噛みつく形で引っ掛かっていた、小さなフグを認めているのだ。
仮に、針そのものが折れ曲がって、そのせいでフグを逃がしたのであれば話は分かるのだ。
カメラマンの言う通り、フグがその鋭い歯で針を破壊して、その上で逃げたというだけのこと。
中にはそういうフグも居るよな、という話になるだけである。
しかし実際に噛みちぎられたとされる場所は、針と糸の結合部よりも更に上。
そこが千切れないと、針ごとなくなるようなことにはならない。
だからこそ、おかしいのだ。
「あの千切れ方をするには、地上に釣り上げられたフグが針を丸ごと飲み込んで、糸を手繰るようにして噛みちぎる必要がある。もしくは、糸自体がたわんでフグの口元にまで近づいてしまったか……だけど正直、どちらも可能性は低いと思う」
まず前者は、フグの体格的に難しそうである。
あの小さなフグは、針や仕掛けを丸ごと飲み込める程の大きな口はしていなかった。
それ以前に、地上に釣り上げられた後に積極的に針を飲み込む魚と言うのは、ちょっと想像しにくい光景である。
後者もまた、俺の見る限り可能性は低い。
鏡が釣り上げたフグの姿を見せた時には糸はたわむことなく一直線に伸びていたし、それ以前にたわんだ糸を噛みちぎるというのはフグとしてもかなり大変だろう。
「……でもさー、その程度なら別におかしいとは言い切れないじゃん?ただ単に、糸が限界だっただけかもしれないし」
「撮影も終盤だったとは言え、あんな小さなフグを釣っただけで限界を迎える釣り糸なんて不良品だよ。メーカーから支援まで受けている釣り雑誌が、撮影中にそんな糸を使うか?」
彼女たちが宣伝のために来ていた服のことを思い返しながら、俺は苦し紛れの反論を切って捨てる。
妥当だと思ったのか、鏡はそこですぐに押し黙った。
他の反論を思いつけないらしい。
実際、こちらとしても鏡に付きつける論拠は他に幾つもあった。
鏡がフグを逃がしてしまった際の乾いた足元(フグが逃げたのなら、まずは地面に叩きつけられるはず。跳ねて海まで逃げたとしても、その動きで地面が濡れていないとおかしい)もそうだし、千切れたという糸の様子(遠目ではあるが、断面が綺麗すぎたように思う。はさみか何かで切らないと、ああはならない)もそうだ。
だがそれらを一つ一つ述べる前に、鏡は核心を自ら突いた。
「そこまで言うんならさ……」
「何だ?」
「松原君、動機は何だと思ってる感じ?私が何で、そんな撮影中にわざと魚を逃がすような真似をしたって考えてるの?」
聞かせてよ、と言いながら、鏡は強がるようにイカを頬張る。
醤油をつけるのを忘れているようだが、そういうスタイルなのだろうか。
もしくは動揺の産物か、と思いながら俺は自説を述べることにする。
「最初はさ……単に、目立ちたかったのかと思った。釣りに失敗しているところっていうのは、体験ルポを載せる時に役に立つかもしれないし、写真が採用される可能性も高い。だからこう、無理矢理盛り上げ所を作るために、わざと失敗したのかなって」
最初の方でも言われていたが、彼女たちがしていたのは表紙の撮影だけでなく、「アイドルたちが釣りに初挑戦」という体験ルポの撮影も含めた物である。
そしてルポというのはある程度の長さがある以上、山あり谷ありの展開が求められるはずだ。
最初からアイドルたちはじゃんじゃん魚を釣りました、では嘘くさい上に面白くない。
何個か、釣りそうになったけどギリギリのところで逃がしちゃった、みたいな写真があるとバランスが良いだろう。
釣りに失敗する様子もまた、撮れ高の一つなのである。
酒井さんが大物を逃がした時、釣っている最中からカメラマンが写真を撮っていたのはこれが理由だろう。
最終的に釣り上げることが出来ずに途中でバラしても、それはそれで失敗例として使えると思っていた訳だ。
無論、予備の魚のこともあるので、そちらと合成すればまた別の使い方も出来た訳だが。
「鏡は芸能界に知り合いが多いっていうし、そういうのが実は分かっていたのかなって……だから、無理して失敗することで、撮れ高というか、見せ場を作りたかったのかと思っていた。言ってみればまあ、一つの『やらせ』だけど」
「……私が言うのもアレだけど、ありそうな話じゃん」
「ああ。でも、俺はこれが理由じゃないと思った。少し、しっくりこなかった」
そう考えた理由は単純。
鏡がフグを逃がしたのが、酒井さんが別の魚に逃げられた一件の直後に起こっていたからである。
あのタイミングで魚をわざと逃がしても、ぶっちゃけた話そこまでの盛り上げどころにはならない。
またかよ、となるだけだ。
と言うか、仮に釣りに失敗した場面がルポに掲載されたとしても、あの様子だと酒井さんがアジを逃がした場面の方を使われる可能性が高いだろう。
残酷な話だが、雑誌から見た場合の優先度や注目度が違うのだ。
酒井さんの失敗例が既に撮影されている以上、鏡の失敗例に需要は薄い。
わざと魚を逃がしたところで、そういうメリットは無いということだ。
では、何故わざわざ魚を逃がしたのか。
カメラマンの目を盗み、周囲の隙を伺い、糸をハサミ──根がかりした時のために持っていたのだろう──で切ってまでフグを逃がした理由は何か。
それを示唆してくれたのは、酒井さんの依頼だった。
──グラジオラスとしてデビューした直後、奏は……。
昨夜のことを、少し思い出して。
それから、俺は動機を告げた。
「鏡。君は……酒井さんを庇おうとしたんだな?」
静寂。
反駁も反論もなく、不気味なほどに鏡は黙り込んだ。
それが最早答えだったが、俺は言葉を止めない。
「あの時、酒井さんが魚を逃がしてしまったから……そのせいで、酒井さんが釣りが下手だとか言う評判が立つんじゃないかと恐れた。自分が憧れる先輩が、万が一にもそういう評価になってしまうのが嫌だった」
「……」
「だからこそ、わざと魚を逃がした。自分の方が更に下手だとアピールして、スタッフの注意が君に向くように。ひいては、酒井さんの評判を落とさないように……詰まるところ、酒井さんの仕事にケチをつけないよう、道化役になったんだ」
「……」
「俺はずっと、酒井さんが鏡に対して過保護だと思っていた。だけど、実情は違うんだな。君の方が、酒井さんに対して過保護だ。いっそ、異常なほどに……そうじゃないか、鏡?」
論理的に考えれば、棄却するべき可能性。
先程の「失敗シーンという撮れ高を作りたかった」という仮説よりも、よっぽど説得力の無い展開。
そんな仮説未満の妄想を、俺はその場で垂れ流す。
常識的に考えれば、酒井さんが一匹だけ魚を逃がしたところで、評判が落ちるなんてことは有り得ない。
そういうこともあるよ、と慰められるだけだ。
事実、あの時の現場でもそうなっていた。
また、鏡が即座に魚を逃がしたところで、注意がそちらに向くはずも無い。
さっきも言った通り、またかと思われるだけ。
今俺が述べたことは、筋が通っていない無茶苦茶な推理だ。
だけど、今この場に限っては。
この無茶苦茶な推理の方が、説得力があるんじゃないかと思っていた。
俺にこんな判断をさせたのは、きっと真向かいに居る鏡の瞳のせいだろう。
逃げるように食べた寿司も飲み込んで、それから押し黙った彼女は、いつしか目も顔も凍らせてしまっていた。
ただじっと、流れては去る寿司たちを見つめていたその瞳。
それを真正面から見た俺は、ほう、と思う。
酒井さんの言っていたことは正しかったな、と思って。
なるほど確かに────鏡の瞳は、卑屈な色を帯びているようだった。




