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アイドルのマネージャーにはなりたくない  作者: 塚山 凍
Stage15:小春にして君を離れ

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現実論における時

 ──YAMIが俺を呼んだ理由、ちょっと分かるな。確かに普通に怖いかもしれない、これ。


 幽霊やお化けを全く信じていない、と言い切っている俺ですらこれなのだ。

 その類を恐れているYAMIからすると、本気で逃げ出したくなるレベルの心霊現象だろう。

 寧ろ、今までこのアパートに住み続けた勇気を賞賛したくなるくらいだった。


「その記事を見つけたのは、気になって検索したからなんですけど……見つけた時は、本当に心臓止まるかと思いました」

「でしょうね……」

「それからはもう、何もしてなくても女の子の声が聞こえてきそうな感じがあって」


 正直、今でも怖いですという言葉が続く。

 拳はギュッと握られ、何かに耐えているようだった。

 よくもまあここまで、と俺は呆れとも感服ともつかない感情を抱く。


「ただ、現実的に考えるのであれば……別に幽霊の仕業とかじゃなくて、人間の仕業だと考えるしかないでしょう?」

「まあ……はい」

「だったら、割と簡単な推理が一つあるんですけど」


 そう居てみると、YAMIはこちらの言いたいことを察するように頷いた。

 彼女は素早くスマートフォンを再操作しながら、確かめるようにそれを呟く。


「事故の被害者……その遺族や関係する人が現場にお菓子を置いているんじゃないか、ということですね?その、お供えで」

「ええ。有り得ない話では無いでしょう?痛ましい事故ですし、被害者は子どもだ。親や同級生が何年経ってもお供え物を現場に置く、なんてことがあってもおかしくない」


 初七日に四十九日、或いは一回忌や七回忌。

 人が死んだ後に行われる法事には、節目となるイベントが幾つか存在している。

 ならば、亡くなった我が子のことを忘れられない遺族が法事の度に現場でお供えをしている、というのは十分有り得そうな話に思えた。


 夜だけお菓子が目撃されているのは、交通の便などを考えてのマナーだろうか。

 何にせよこれが正しいのなら、この怪現象は普通に生きている人間が起こしている出来事ということになる。


「私も、最初はそれを考えました。十年経ったって言うのも、ある意味区切りのいい数字ですから。でも……」

「でも?」

「遺族の行いだとすると、ちょっと変なところがあるような気がするんです……そもそも今の時期って、命日でもなんでも無いですし。この事故、九月のことですから」


 そうだったっけと思いながら、俺は改めて自分で検索して記事を読んでみる。

 すると先程は見えていなかったのだが、確かに新聞の隅には「九月二十日」という文字があるのが分かった。

 記事の内容も合わせると、この子の命日は十年前の九月十九日ということになる。


「普通、そういうお供えって命日にやりません?」

「まあ、やる人の考えによるでしょうが……確かに、二か月遅れでやるっていうのは少し考えにくいですね」


 最初に述べたが、今は十一月の初めである。

 命日からは大分時間が過ぎていて、しかも月命日という訳でもない。

 これだけでも、遺族がお菓子を置きに来たという考えには疑問符がつく。


「しかも、この事故について検索したら他にも情報が出てきて……ほら、これです」


 検索を終えたらしい彼女は、先程と同様に古いスマートフォンの画面を見せてくる。

 覗き込んでみると、今度はよく知らないNPO団体のホームページが映し出されていた。


「『交通事故の児童被害について考える会』……何ですか、これ?」

「ええっと、交通事故で子どもを失った遺族の人たちが集まって作った団体みたいです。学校で講習会をしたり、他の人の相談にのったりしているらしくて……被害者の会、みたいな」


 彼女が画面をスクロールすると、言う通りの活動内容が出ていた。

 自分たちが経験したような被害を繰り返されないように、という志の下で結成された市民団体らしい。

 頭が下がるなあ、と素朴な感想を抱いていると、不意にYAMIが「ここです」と言って指を止めた。


「ここ、団体の会長さんと副会長さんの名前が出てますよね。写真の真ん中に居る……」

「ええ、いますね。四十代くらいの夫婦が」

「この人たちが、さっきから言っている事故で子どもを失った遺族の方らしいんです。自分の娘の悲劇を受けてこの団体を設立したって、ホームページの序文に書いてました。事故の場所も時期も一致していますから、まず間違いないと思います」


 へえ、と流石に驚く。

 痛ましい事故だとは思っていたが、まさかこんなに早く遺族の動向を知ることになるとは思わなかった。

 どうやら事故から十年経つ現在、遺族は事故を受けた活動をされているらしい。


「それは有難い情報ですが……その話、どうお供え物の話に繋がるんです?」

「ええっと、その……この団体の活動方針と、お供え物と言うのが合致しない気がしたんです。だってこのホームページ、こういうことを書いていて……」


 そう言いながら、彼女はまたスクロール。

 するすると情報が流れていった先に表示されたのは、分かりやすさを優先して設置されたらしいQ&Aのコーナーだった。

 恐らくはこの団体宛てによく送られているのであろう質問に対して、会長と副会長からの答えが掲載されている。


 YAMIが示しているのは、その六問目。

 シンプルな字体で記載された、「事故現場には、どんなものをお供えすれば良いのでしょうか?」という質問に対する解答だった。


「……『死者を悼む個人の意志を否定するつもりは毛頭ございませんが、当団体では事故現場へのお供え物は控えることを基本方針としております』?」

「はい。何でも、ああいう事故現場へのお供え物や献花って、現実的には困ることも多いらしくて……だから、この団体ではそういう行為自体を推奨していないらしいんです」


 私もこのページを見て初めて知ったんですけど、と謎に恐縮しながら付け加えられる。

 そこから彼女がホームページを見ながら語ったのは、以下のような話だった。


 先述したように、事故や事件が起きると現場には何かしらが供えられることが多い。

 花や果物、お菓子に玩具と内容は様々だが、その行為はさながらある種のマナーのように受け止められている。

 しかしこの行為、実は近隣住民にとっては迷惑になりやすい行いなのだという。


 お供え物が置かれている場所が、行政の用意した献花台などなら問題は無い。

 一定の期間が立てば、管理者が定められた手順で保管なり処分なりしてくれるだろう。

 しかしそれ以外の事故へのお供え物は、ニュースを見た一般人が自主的に現場に置きに来ることが多く────だからこそ、問題なのだ。


 大抵の場合、お供えをする人たちは自分たちのお供え物を後になって引き取りに来るということが無い。

 現場にお供え物を置いた時点で、行動が完結してしまうのだ。

 自然、それらのお供え物は雨が降ろうが風が吹こうが、その場所に置きっぱなしということになる。


 そうなると────放置されたお供え物たちは、やがて腐ってしまう。

 身も蓋も無い話だが、野外に食べ物を置いた以上はどうしたってそうなるのだ。


 そして一度腐ってしまうと、その異臭は近隣住民にとって悩みの種となるだろう。

 ただでさえ大きな交通事故が起きると、現場にマスコミや野次馬が来ることが多く、住民はその騒がしさに参っている場合が多いのだ。

 その中で異臭までするとなっては、日常生活に大きな影響が出る。


 また、異臭は虫や鳥を引き寄せることがある。

 人間の死者を悼む気持ちなど、動物たちには何ら関係が無い。

 最初は溢れんばかりのお供え物にあふれていた事故現場が、数日後にはカラスのたまり場になるというのは珍しい話ではないらしい。


 もっと言うと、交通の問題もあるだろう。

 交通事故の現場になるくらいなのだから、それらのお供え物が置かれる場所は普通、道路の一画だ。

 警察による現場封鎖が終わった後は、他の人が使うことになる一般道である。


 そんな場所に大量のお供え物が置かれていると、通行が再開した際にはかなり邪魔になるのだ。

 車は通りにくく、歩行者は変な迂回ルートを使わざるを得なくなる。

 何なら、そのせいで新しい交通事故が起きかねない。


 そして、最大の問題は────これほどの問題があっても、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という点である。


 そう、何となく。

 何となく、お供え物を勝手に処分するというのはやり辛い。

 献花を他人が捨てるなんて、やると罰が当たるような気がする。


 無論、気にしないという人も居るだろう。

 異臭やら通行妨害やらで迷惑になっているのだから、さっさと捨てた方が良いと言い切る人も居るかもしれない。

 しかし実際問題、これらの処分に躊躇いを覚えない人は少数派らしい。


 遺族ならともかく、第三者が勝手にやるなんてのはちょっと────。

 すぐに捨てちゃうと、何だか薄情に思われそうで────。

 勝手に捨てた後で、他の人に「何で捨てたんだ!」とか言われると揉めそうだし────。


 こういうどことなく理解出来る理屈が、近隣住民の行動を縛るのか。

 お供え物の処分は、どうしても遅れる傾向にあるとのことだった。

 勿論、遅れた分だけ腐りやすくなっていくのだが、それでもいよいよとなるまでは処分されない。


 ひょっとすると遺族に引き取って欲しいという期待があるのかもしれないが、事故の後の遺族と言うのは葬式やら警察対応やらで何かと忙しい。

 言うまでもなく、家族を失ったショックで行動出来ないこともある。

 有志が独自に置いたお供え物までは、とてもじゃないが手が回らない。


 だから最終的に、お供え物がどうしようもなく腐ってから、泣く泣く自治体や住民が処分することが多いようだった。

 まるでマナーのように行われるお供えだが、こういう問題が常にどこかで起きているということである。


「『そういった遠慮を生むくらいなら、最初からお供え物を置かない方が良いのではないでしょうか。例え批判されても、私たちはそう考えます。被害者を悼む気持ちは遺族としてもありがたいものですが、亡くなった方も腐った食べ物を現場に撒き散らされても嬉しくないでしょう。お供え物は、個人が屋内で実行するのが一番問題とならないのではないでしょうか』……なるほどな」

「凄い、具体的な解答ですよね。まるで実際に経験したみたいな……」

「ひょっとすると、この人たちも何か言われたのかもしれませんね。十年前の事故で」


 文章を二人で読み上げながら、俺たちは何となく頷き合う。

 この解答があくまで一つの意見に過ぎないことは分かっていたが、少なくとも俺にはそれなりに説得力のある意見に思えた。

 こういう現実的な問題を解決することもまた、この団体の目指していることなのだろうか。


 何にせよ、ここで大事なのは────。


「つまり、こういうことですね?あの電柱付近で起きた事故の遺族は、現場へのお供え物をしないことを勧める団体まで作っている。ならば、彼らが命日でもない日にお菓子を電柱に置きに来るようなことは無いだろう、と」

「そうです……だって、わざわざ団体の方針に反することを会長夫婦がやるって、かなり変ですし」

「まあ、そうですね」


 一応、団体のスローガンとは別に、遺族の夫婦が個人的にお供えをしているという可能性も無くはない。

 ただ、こうやってホームページに批判覚悟で「現場でのお供えは勧めない」とまで書いている以上、自分の子どもだけは特例で許しているというのは考えにくかった。


「じゃあ、仮にそのお菓子たちが十年越しになされたお供えだとしても……やっているのは多分、遺族やその関係者じゃない。もっと別の人たちってことになるんですかね?」

「別の人たち……例えば、誰でしょう?」

「まあ、順当に行けば加害者とか……」


 死者を悼む気持ちと言うのは、何も被害者遺族だけが抱く感情でもない。

 根っからの悪でなければ、加害者側も同様の感情を抱くことだろう。

 自分のやってしまったことへの償いも含めて、お供え物を何年経っても用意するというのは変なことでは無いはずだ。


「死亡事故ですから、多分この軽自動車の運転手は刑務所に入ったと思います。でも十年経った現在では、もう出所しているかもしれない。だったら……」


 自分が起こした事故の現場を、また訪れているのかもしれない。

 命日でもない時期に突然お供え物が現れたのは、丁度この時期に加害者が出所したからではないのか。

 そんな考えをYAMIに告げると、彼女は「その考えは無かった」という顔になって、素早く加害者の情報をスマートフォンで調べ始めた。


 しかし、彼女の動きはすぐに止まる。

 意気揚々と検索をしていた彼女は、突然不具合を起こした機械のようにピシッと静止した。


「え、どうしました?」

「いえ、その……松原さんの考え、かなり筋が通っているように思えたんですけど……やっぱり違うようです」


 ごめんなさい、と何故か謝りながら彼女は画面を見せてくる。

 今日だけでも何度も繰り返された動きだったが、表示された記事もまた似たような物だった。

 URLは大手新聞社の物で、表題は以下の通り。


「神舵区交通事故の容疑者 突然の自殺 直筆の遺書発見」


 日付はやはり、十年前。

 不幸な事故が、不幸な結末を迎えた証左だった。

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